聖女を追放した国は、まだ何も知らない 〜元カルト二世の私が、神を必要とさせるまで〜
聖女を追放した国は、まだ何も知らない
〜元カルト二世の私が、神を必要とさせるまで〜
白亜の神殿に、冷ややかな声が響く。
「聖女エリシア。貴様を聖女の座から追放し、この国から追放する」
断罪台の上に立つ私を見下ろすのは、かつての婚約者である王太子。そして、その傍らで慈悲深い表情を浮かべる公爵令嬢リュシエンヌ。
彼女は転生者でも悪女でもない。ただ、この国の秩序と道徳を体現する、非の打ち所のない「正解」だった。
「……承知いたしました」
私は静かに頭を下げた。
周囲の貴族たちは、私を「私利私欲に走った偽物」と蔑みの目で見ている。民衆の中には泣いている者もいたが、彼らは決して声を上げない。
人は「正しい側」にいたい生き物だ。
そして今、この国における正義は王太子とリュシエンヌにある。
(いいのよ。物語としては、ここでハッピーエンドだものね)
偽りの聖女が去り、真の理想が国を導く。
だが、彼らは知らない。
「正しさ」だけでは、人は救えないということを。
信仰とは「救い」ではなく「依存」である
[国境近くの寒村]
泥をすすり、流行病に怯えるその村で、私は一人の母親に出会った。
息の絶え絶えな子供を抱き、泥にまみれて祈る女。
「神様……助けてください……なんでもしますから……」
その姿に、私は前世の記憶を重ねる。
信仰に狂い、全財産を献金し、最後には私に「お前の祈りが足りないから救われないんだ」と吐き捨てた母の顔。
――ああ、懐かしい。
この、絶望に焼き付いた飢餓感。これこそが「神」の苗床だ。
「大丈夫。神様は、あなたの苦しみを見ていらっしゃいますよ」
私は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、子供の胸に手を当てた。
聖女としての魔力を、あえて「光の粒子」として視覚化させ、ゆっくりと、演劇的に流し込む。
「……ああ……!」
子供の顔色が劇的に良くなる。
だが、ここで「はい、治りましたよ」と離してはいけない。
私は母親の手を握り、彼女の目を見つめた。瞳孔が開くのを待ち、低い、安心感を与える周波数で囁く。
「あなたがずっと一人で頑張ってきたことを、私は知っています。もう、一人で背負わなくていいのですよ」
母親の目から、堰を切ったように涙が溢れた。
彼女が縋り付いたのは、神ではない。
私という「個」への、絶対的な依存の始まりだった。
[蝕まれる王国]
数ヶ月後。
王都では、リュシエンヌが「正しい」統治を行っていた。
彼女は公平に、効率的に、制度に則って民を救おうとした。
だが、治らない病、不当な格差、理不尽な死――。
「正しさ」というシステムからこぼれ落ちた人々は、心の拠り所を失っていた。
一方で、国境の村は変貌を遂げていた。
村人たちは私に差し出すために、なけなしの食料を、労働力を、そして「忠誠」を競い合うように捧げている。
私は、彼らにささやかな奇跡を与え続ける。
同時に、**「外の世界がいかに汚れているか」「私を信じる者だけが選ばれた民であるか」**を、説法の中に混ぜ込んで。
「エリシア様……あなた様だけが、私たちの光です」
跪く村人たちの目は、かつての私の母と同じ、狂信的な輝きを放っていた。
[救済の終着点]
ある日、王都からの調査員が村を訪れた。
そこにあるのは、貧しいはずなのに、不気味なほど統制され、幸福そうに笑う異様な集団。
調査員は、玉座のような椅子に座る私を見て、戦慄した。
「エリシア……何を……何をしたんだ!? この村の人間は、まるでお前に魂を抜かれたようだ!」
私は優雅に立ち上がり、首を傾げた。
「失礼な。私はただ、彼らが欲しがっているものを与えただけですよ」
「欲しがっているものだと?」
「ええ。**『自分を救ってくれる、絶対的な誰か』**です」
私は調査員の耳元で囁く。
「リュシエンヌ様は立派な方だわ。でも、彼女は民に『自立』を求めるでしょう? それは弱者にとって、死ねと言われるより残酷なことなのよ」
調査員の顔が青ざめる。
村の入り口には、王都から逃れてきた新たな「信者」たちが列をなしていた。
「神が人を救うのではない。救われたい人間が、神を必要とするの」
私は、彼らの望む聖女を演じ続ける。
この国すべてが、私の足元に跪き、依存し、思考を止めるその日まで。
――さあ、祈りなさい。
その絶望が、私の力になるのだから。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「救済とは何か」というテーマで、一風変わった聖女の物語を書いてみました。
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