短編その1 大災害の預言
自分が生まれた時のことなんか、自分自身が覚えているはずがない。僕も当たり前だが、どんな様子で自分が生まれてきたのか、まったく記憶がない。時々、生まれてくる前とか、自分の過去生などを覚えているという人がいるが、僕には全く信じられない。それと、いわゆる未来予知みたいな、何の根拠もないようなことを言って、世間に大きな迷惑をかけている連中についても、少々腹立たしくもある。去年も、7月に日本に大地震がきて、大惨事になるみたいなことを、何度も何度もYouTubeで発信していた連中がいたが、その日には何も起こらなかった。本当に、何も起こらなかった。当然、何も起こらないと確信していたため、僕はいつもどおりの生活を続けた。何も、いつもと変わりなく過ごした。
まあ、人によっては、その日にリストラされちゃったとか、長年交際していた恋人にふられたとか、そういう切実な出来事があった人々もいただろう。だが、何万人もの人たちが、ひとつの自然災害で亡くなるというような大惨事は発生しなかった。預言されていた次の日には、ネットを通じて、そういういい加減な風評被害を起こした人たちは、手のひらをかえしたように、その話題にふれなくなった。まるでその外れた預言については、あるひとりの女性漫画家に責任があるかのような空気を醸し出している。その女性漫画家にとっても、かなり大きな迷惑だっただろうと思う。正直言って、都市伝説のような時事ネタは、エンタメとして楽しむぶんには良いとしても、あまりにも世間に向かって、大々的に、しかも何度も何度もしつこく喧伝するようなことだろうか。結局、YouTubeから上がってくる収益で、がっぽりとお金儲けをして、その責任は一切合切、その漫画家の女性ひとりに押し付けているような感じがして、胸糞が悪い。報道の自由、表現の自由をはき違えているような、脳みその軽い連中が大きな顔をして、仮想空間をのさばっているのは、見ていて気分が悪い。
そういった連中は口ではフェイク・ニュースに気をつけろみたいなことを、したり顔で言ってはいるが、その舌の根も乾かないうちに、いい加減なフェイク・ニュースをどんどんと拡散していく。そして、それが商売となり、かなりの収益になっていくのだ。しかも、そのフェイク・ニュースを拡散したことに対する、倫理的、道徳的なペナルティーは一切無しというのが理解できない。YouTubeというプラットフォームは、ちゃんとした倫理規定を設け、厳密にそれを適用するべきではないだろうか。少なくとも、根拠のない噂話などは、それを発信した者に、最後まで事の事実の検証をさせるべきである。流しっぱなしで、あとは知らないっていうのは、あまりにもいい加減な態度ではないか。民主主義の社会では、表現の自由を維持するのは当然としても、その自分が発信した情報には、最後まで責任を持つべきである。責任なしの自由は許されるのだろうか。これは、ある意味セットで考えたほうが良いと思う。
そして、ここから私の個人的な話を書いていこうと思う。その日も、暑い一日だった。明らかに、この国の気象は狂ってきている。35℃が普通の日常だなんて、いつからそんなことになったのだろうか。昔とは暑さの種類が違う。もし、暑さに重さがあるとしたら、今の夏は私が子供のころに経験していた夏よりも3割程度重いような気がする。それほど、ずしりと体に重くのしかかる暑さである。そもそも、その暑さを重さには変換できないのはわかっているのだが、明らかにこの暑さは重い。
今日は、2025年7月1日である。なんでもない、普通の平日、火曜日である。私はいつものように、田園都市線で都心の職場に向かっていた。まずは、溝の口まで行けば、大井町線に乗り換えができる。溝の口発の電車も多いので、溝の口駅で2本ほど電車をやりすごせば、座って大井町までは行ける。なんせ、この暑さなので、あまり朝から体力を消耗したくはない。そして、いつものように電車を2本やりすごし、大井町行きの各駅停車の電車に乗る。電車では、一番端っこの席に座る。だいたい、2本やりすごせば、好きな席に座ることができる。たしか、先頭車両は女性専用車だったと思う。これだけ、男女平等を叫ばれているこの時勢に、なぜ男性専用車が存在しないのかわからない。私としては、できれば男性専用車に乗りたいものである。最近、痴漢の冤罪も増えてきているし、それで人生を棒にふったというような話も聞くことがある。男性専用車であれば、そんな間違いも起きないはずである。こんなところで、男女差別をしてどうするのだろうか。
数日前から、周囲で土曜日に大地震が起きるというような話を聞くようになった。子供のころに経験した、ノストラダムスのような話だろうと考えていたので、あまり深く調べることもしなかった。ただ、社内でも女性や若手の社員たちが、そんな話をしていることをたびたび耳にした。私は詳しいことは知らなかったので、職場の若い女性社員に聞いてみた。
竹田(私)「西村さん。5日に何か起きるみたいなことを言っているみたいだけど、いったいどういう話なの。」
西村さんは同じ課に勤務する、20代後半くらいの若手である。すでに既婚者である。
西村「まあ、7月5日に何か大きな地震が起きて、大津波が発生するっていう噂があるんですよ。」
竹田「それは、誰からの噂なの。」
西村「なんか、私が知る限りでは、ある有名な漫画家の女性が、その日に地震が起きて、その地震による津波で日本の太平洋側が流されるってことらしいですよ。」
竹田「その漫画家っていうのは、何か予知能力があるのですか。」
西村「私も詳しくはわからないんですけど、なんでも東日本大震災を預言していたって話ですよ。」
竹田「そうなんだ。じゃあ、はっきりとした科学的な根拠はないってことなんですかね。」
西村「まあ、そういうことだと思いますよ。私もそれほど詳しいわけではないもので。」
まあ、世の中の一般的な人の関心はその程度だろう。私もそれほど関心があるわけでもないし、そんな突拍子もないような話が現実化されるとも思わない。ただただ気に入らないのが、そういう情報を無責任に垂れ流している、一部のSNSの人たちなのである。これなんか、ある意味、昔流行った新興宗教と同じ匂いがする。当たれば、われわれの預言が正しかったと言い、外れれば、われわれの祈りが通じたと言う。どちらに転がっても、彼らの言動が正当化され、そしてSNSのプラットフォームを通じて、巨額のマネーが動く。おろおろと走り回るのは、哀れにもそんな根も葉もないような噂を信じて、みずからの行動を変えた人達だったり、それらの人たちの行動によって2次的被害を受けた人たちである。例えば、一部の観光業の人たちは、そんな明らかなオカルト話のために、経済的な損失を被っている。だれが、その損失を補償するのだろうか。西村さんの話から、おおよその噂の概要はわかった。私には、それが確実に起こらないという確証があったので、うろたえることはなかった。周囲の人にも、そんなくだらない噂で、金曜日の夜から東京を脱出するような人はいなかった。それはそうだろうと思う。
7月5日は土曜日である。4日の金曜日の時点では、まだ何の前触れもなかった。以前、東日本大震災を経験したときは、大地震の前後に小さな地震があったような記憶がある。もし、未曾有の大地震が来るのであれば、多少の余震みたいなものがあってしかるべきだと思ったが、金曜日には結局何も起きなかった。5日の土曜日は、普通の休日だが、特に予定はなかった。すでに、娘は働いているので、自宅には妻と私だけしかいない。妻はそんな噂があることさえ知らないようだった。
たしか、以前YouTubeでそのことを発信しているYouTuberが5日の早朝に地震が起きると言っていたような気がした。ところが、土曜日の朝に目を覚ますと、すでに午前9時を回っていた。ベランダに出て、外を見てみたが、そこには津波に追われて逃げている人やら、倒壊した建物の下敷きになって呻いている人もいなかった。テレビでは、普通にいつもの土曜日の午前にやっている普通の番組が映っていた。テレビには、災害に関するテロップなどもなく、いわゆる普通の土曜日だった。
妻も同じくらいの時間に普通に起き上がっきて、普通の目玉焼きを焼いていた。
私「今日さ、日本は滅亡するって知っていた。太平洋で大地震があって、すっごい大津波がきて、日本の太平洋側の街はことごとく飲み込まれるんだってさ。」
妻「へぇー、そうなの。そのわりには、外は静かだし、海の水もきてないようだし。」
私「そうだよな。うちも、そんなに海から遠くないのにね。」
妻「そうよ。今から非常食買いに行っても、間に合うかな。」
私「間に合わないよ。だって、その地震は早朝5時ごろに発生しているはずなんだ。」
妻「じゃあ、ダメじゃん。LIFEってもう開いてたっけ。」
私「そろそろ開く時間だけど、もう津波に流されているかもよ。」
妻「そっかー、じゃあもうお手上げだね。」
私「まあ、じたばたせずに、とりあえず朝ごはん食べようよ。」
妻は目玉焼きと一緒にソーセージを焼いてくれた。味噌汁は昨夜の残り物があるし、おかずはそれだけあれば十分だった。
私「しかし、大地震は遅いな。もうすぐ10時だよ。」
妻「テレビでは何も言ってないね。」
私「こんな大事件なのに、日本のテレビ局はいったい何しているんだろうか。」
妻「ねえ、ご飯食べたら、ちょっと避難の準備したほうがいいんじゃない。」
私「避難って言っても、いったいどこに逃げるんだよ。」
妻「私の実家。」
私「長野か。まあ、海から遠いからいいかもな。」
妻「でも、車がないわ。」
私「あ、そうか、今修理に出してたな。代車は断ったんだっけ。」
妻「そうそう。だって、1週間くらい車なくても、別に支障ないしね。」
私「しかし、この大災害を前にして車がないのは、かなり辛いな。」
妻「電車で逃げましょう。今日は、土曜日だから空いているわよ。」
私「そうだな、観光ついでに逃げるか。」
朝ごはんを食べ終え、妻と私はいつも高尾山登山に使っている、ちいさなバックパックにとりあえず必要そうなものを詰めて、家を出ることにした。
私「バックパックの中には、何を入れたんだ。」
妻「えっと、日焼け止めでしょ。洗面道具一式。化粧品、ウェットティッシュ、あとなんだっけ。」
大地震と大津波に備えている装備とはとても思えない荷物だった。
私「俺たちは避難しているんだぜ。せめて、携帯電話の充電器とか、ホイッスルとか、地図とかさ、そういうの入れるんじゃない。」
妻「必要になったら、途中のホームセンターで買えばいいじゃない。」
私「まあ、それもそうだな。」
そういう私のバックパックの中にも、たいしたものは入っていなかった。単行本とか、日記帳とか、筆記用具とか、そんなものしか入れていない。命がけの避難とは思えない装備である。
私「そうだ、非常食を持ってない。」
妻「そうねー。ファミマで何か買っていこうか。」
ということで、まずは避難の前に、ファミマで非常食と飲み物を購入した。これで、装備は完璧だった。スマホで、溝の口から長野駅までの、電車の経路を見てみる。
私「まずは、東京駅に行って、そこから新幹線だな。いやー、長野に行くのも便利になったよな。昔は新幹線なんてなかったもんな。」
妻「そうよ。オリンピックがきたからね。」
妻と私は、自宅から歩いて、溝の口駅に向かった。駅までの道では、まだ津波による浸水被害は見られなかった。とりあえず、田園都市線で大井町まで行き、そこから京浜東北線に乗り換えた。電車は遅延もなく通常通り走っているようだった。大地震があれば、とっくに線路は使い物にならなくなっているはずだった。東日本大震災を教訓として、何か線路に特殊な装備をしているのかもしれない。そう、大きな揺れがきても、線路が曲がることのないように、われわれ一般人が知らないような技術が使われているのかもしれない。
東京駅はいつものように、人でごったがえしていたが、避難民であふれているようには見えなかった。
私「大地震が間もなくやってくるっていうのに、えらいみんな落ち着いているな。」
妻「ねえ、どうする、避難するの。」
私「なんか、疲れたから帰ろうか。最近、体力なくてさ。」
妻「なかなか、疲れたからって理由で、大災害からの避難をあっさりとやめて自宅に帰るって人も珍しいよね。」
私「いや、もう手遅れだよ。だって、大地震は早朝5時にすでに発生しているんだぜ。もう、一刻の猶予もないよ。今から新幹線に乗っても、間に合わないよ。」
妻「あなた、ダメよ、そんなに簡単にあきらめちゃ。」
結局、妻と相談した結果、東京駅でひよこを一箱購入して、川崎の自宅に戻ることにした。
週明けに、職場で西村さんに、避難の様子を話した。
西村「そうだったんですか。竹田さんもご苦労なされているんですね。」
竹田「いえいえ、西村さんもご無事でなによりです。しかし、今日もいいお天気ですね。」
西村「ええ、とても大災害のあととは思えないですね。」




