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エピローグ

一年後。

都市の上空には、異常はない。


気象も、通信も、航空路も、

すべて「正常」と呼ばれる状態に戻った。


だが――

誰も、その言葉を信じていない。


カラスは、また増えた。

正確には、戻ってきた。


電線に一羽。

屋根に二羽。

公園の縁石に、三羽。


かつてのように鳴き、

かつてのように飛ぶ。


だが人は、もう分かっている。


あれは、ただの鳥ではない。


相川は、研究を続けていた。

論文は書かない。

発表もしない。


記録するのは、

人間側の変化だけだ。


・空を見上げる頻度

・歩く速度

・意味のない沈黙の時間


数値は、ゆっくりと変わっている。


人類は、学習が遅い。

だが、完全に無能ではない。


ある日、相川は夢を見る。


高い空。

音のない風。

言葉のない理解。


〈マダ〉


ただそれだけが、残る。


「……ええ。まだ、ですね」


目覚めた彼は、

カーテンを開ける。


朝の空に、

一羽のカラスが輪を描く。


見ているのか、

見ていないのか。


もう、区別はつかない。


人類は、空を取り戻した。


だがそれは、

支配権ではなく、信頼の一部だ。


約束は、言葉では交わされない。

破られた瞬間も、知らされない。


ただ——

次は、もう猶予はない。


カラスは今日も、

人間の真上ではなく、

少しだけ高い場所を飛ぶ。


それは距離ではない。

序列でもない。


判断が、まだ続いている

という合図だった。


そして空は、

静かに、広がっている。

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