第5章 さらに誤った対応
人間は、前例にすがった。
直接的な攻撃が通じないなら、
殺していないなら、
被害が「不便」程度なら――
管理すればいい。
そう結論づけたのは、行政でも軍でもない。
「効率」を信じる者たちだった。
対策の名は、個体識別。
カラスの足に軽量タグを装着し、行動をデータ化する。
どこから来て、どこへ行くのか。
どの群れが問題か。
「可視化すれば、対処できる」
それは、人間が自然を支配してきたと信じるための、
いつもの呪文だった。
捕獲は慎重に行われた。
麻酔。
保護。
研究目的。
「殺していない」
「虐待ではない」
言い訳は、完璧だった。
だが、一度も成功しなかった。
タグを付けられた個体は、必ず戻らなかった。
逃げたのではない。
二度と、群れに姿を見せない。
代わりに起きたのは、変化だった。
カラスたちは、人間の“道具”を使い始めた。
信号機のボタンを押す。
自動ドアを開ける。
ゴミ集積所の鍵を外す。
だが破壊はしない。
使うだけだ。
防犯カメラの死角を覚え、
見えているカメラの前では、何もしない。
研究者の一人が、青ざめた顔で言った。
「……監視されているのは、彼らじゃない。俺たちだ」
決定的だったのは、ある研究施設での出来事だ。
夜間。
誰もいない実験室。
ホワイトボードに、文字が書かれていた。
――ナマエヲ ツケルナ
――カゾエルナ
――シハイ スルナ
消そうとしても、消えない。
塗料ではない。削り取られている。
カメラは正常だった。
だが、書かれる瞬間だけが、映っていなかった。
それでも、人間は理解しなかった。
次に選んだのは、
啓発だった。
「カラスは危険ではありません」
「過剰な恐怖はやめましょう」
ポスターが貼られ、
専門家がテレビで笑顔を見せる。
その夜。
すべてのポスターの目元だけが、正確に破られた。
誰も傷つけない。
だが、意図は明確だった。
翌朝、街の歩道橋。
人々が足を止める。
金属板に、今度ははっきりと刻まれていた。
――オマエタチハ
――ワレワレヲ
――ドウブツニ シタママ
――ハナシタイ
沈黙が落ちる。
これは抗議ではない。
宣戦でもない。
失望だった。
人間は、また一つ間違えた。
相手を測り、管理し、
理解した“つもり”になることで。
カラスたちは、次の結論へ進み始めていた。
――対話は、
――この種には、早すぎる。




