第4章 誤った対応
それは、対策と呼ぶにはあまりに軽かった。
市役所の会議室。
集まったのは環境課、鳥獣対策担当、警察の生活安全課。
机の上には資料ではなく、苦情一覧が積まれていた。
「カラスが多い」
「夜うるさい」
「怖い」
いつもと同じだ。
違うのは、数だけ。
「例年より増えてはいますが、異常というほどではありません」
誰かがそう言い、全員が頷いた。
異常と認めた瞬間、仕事が増えるからだ。
対応は三つに決まった。
・追い払い用の音響装置
・巣の撤去
・捕獲数の増加
どれも、人間が“下位の生物”に対して取ってきた、いつもの手段だった。
最初の設置は、河川敷だった。
高周波音が鳴り響く。
人間には不快だが、我慢できる範囲。
カラスたちは――逃げなかった。
数羽が装置に近づき、観察する。
一羽が嘴で叩き、首を傾げる。
次の瞬間、別の場所で、同型装置が同時に破壊された。
誰も操作していない。
連携だった。
巣の撤去は、さらに悪かった。
作業員が高所作業車で近づいた瞬間、
上空から、正確に狙われた石と枝が落ちてくる。
偶然ではない。
ヘルメットのない者だけが、負傷した。
作業は中止された。
「……学習してる」
誰かが呟いたが、上司は睨みつけた。
「言い方に気をつけろ」
捕獲が始まったのは、その翌日だった。
罠にかかったのは、たった一羽。
だが、その夜。
街灯が、一本ずつ消えていく。
変電設備が破壊されているわけではない。
スイッチだけが落とされている。
暗闇の中で、羽音がした。
翌朝、市役所の正面玄関。
段差のコンクリートに、深く刻まれた文字があった。
――マチガエタ
説明も、脅迫もない。
ただ、それだけ。
だが職員の一人は、足がすくんだ。
なぜなら、その文字の横に――
昨日捕獲されたカラスの羽が、丁寧に並べられていたからだ。
殺していない。
見せている。
その日から、カラスは変わった。
人に近づかない。
文字も書かない。
ただ、人間の行動だけを遮断する。
信号は赤で止まり、
配送は遅れ、
ドローンは落ちる。
誰も怪我をしない。
誰も死なない。
だが街は、確実に不便になる。
それでも人間は言う。
「まだ、対処可能だ」
カラスたちは、学んだ。
――この種は、
――痛みより、不便さの方が効く。
そして次の段階へ進む準備を始める。




