表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Edge of Dystopia ―裂けゆく境界線―  作者: Mou
1 Prologue : First Contact ―樹海戦線―
1/3

Prologue : First Contact ―樹海戦線―

 世界は、静かに崩れ始めていた。

 それは人々の目には映らず、耳にも届かない。だが確実に、境界は軋み、歪み、ほころびを広げていた。


 各国の辺境で発生する不可解な失踪事件。観測衛星が捉える不可解なノイズと揺らぎ。

 そして――日本・富士の樹海上空。


 青木ヶ原樹海戦 ― 第一遭遇


 西暦2158年、富士山麓・青木ヶ原樹海。

 深夜、漆黒の森の上空を一機のステルス偵察機〈レイヴン05〉が音もなく滑るように進む。

 機内で、鳳至颯真はパワードスーツ〈Type-Ω〉を装着し、計器を注視していた。


「……マナ反応なし、熱源もなし。まるで死んだ森だな」

 耳に心地よく低い女性の声が届く。

『気を抜かないで、颯真。あそこは昔から電波が乱れるし、最近失踪者も増えてる』

「白峰蓮がそう言うなら、気は抜かないさ」


 颯真はHUDを暗視モードに切り替える。深い闇が緑色の濃淡に染まる。

 その瞬間、センサーが複数の熱源を捕らえた。樹海の奥から時速三十キロ以上で接近中。


「……野生動物か?」

 操縦をAIに任せ、ハッチを開く。冷たい夜気と湿った土の匂いが流れ込み、颯真はスラスターを吹かして地面へと降下した。


 ブーツが苔むした土を踏む。樹海特有の静寂の中、低く湿った咆哮が響く。

 暗視映像の中、黄色い瞳が六つ――いや、三体の獣が木々の間から現れた。

 漆黒の毛並みに紫の紋様、尾は影のように揺らぎ、足音さえほとんどしない。


「……狼か?」

『狼なら、あんな色の瞳はしてないわ』蓮の声が少し硬くなる。


 一体が音もなく跳びかかる。

 颯真は右腕のプラズマカッターを展開し、光の刃で斬り払う。ジュッ、と空気を裂く音。獣は吹き飛ぶが、紫の炎が傷口を塞ぎ、再び立ち上がる。


「普通じゃないな……」

 その時、霧の奥から人影が現れた。

 黒い甲冑、長槍を構えた兵士――背には薄羽根のような光の残滓。瞳は淡く光り、顔立ちは人間に似て非なるもの。


「おい、そこまでだ! ここは立ち入り禁止区域だ!」

 颯真はスピーカーで呼びかける。

 しかし兵士は答えず、槍先に青白い雷光を纏わせた。


「待て、俺は――」

 言い終える前に、雷撃が一直線に走った。視界が白く弾け、HUDにノイズが走る。

 颯真は反射的にスラスターで横へ跳び、木の幹を盾にする。爆ぜた雷が幹を焦がし、樹皮が弾け飛んだ。


『颯真! 応答しなさい!』

「無事だ。……だが、話す気はなさそうだ」


 左腕のシールドモードを展開し、飛び出す。

 槍が唸りを上げて振るわれ、スーツの補助動力で受け止め、弾き返す。兵士は無駄なく後退し、再び雷撃を放つ。


 雷光が地面を裂き、土が宙を舞う。その影から獣が再び襲いかかる。

 颯真は逆手に持ったカッターで一体を切り伏せ、スラスターの反動で二体目を叩き伏せる。


 その瞬間、視界の隅で霧が渦を巻いた。

 兵士の背後に、淡く光る円形の“何か”が揺らめく。水面のような波紋が広がり、そこへ兵士は跳び込む。


 光は一瞬で消え、ただの霧だけが残った。

 颯真はカメラを向け、録画を続けながら無線を開く。

「……本部、こちら鳳至颯真。樹海で正体不明の兵士と交戦。詳細は帰還後に報告する」


 足元の獣の亡骸は、紫の煙を上げながら消えていった。

 蓮の声が少し震えて聞こえた。

『……颯真、今のは一体――』

「俺にも分からん。ただ……この森がもっと危険な場所になったのは確かだ」


 霧が再び静まり返り、森は深い闇と湿った匂いに包まれた。

 スーツの外装はあちこちに焦げ跡が走り、HUDには赤い警告表示が並ぶ。

「……左脚サーボ、出力三割低下。帰投に支障はない」

 自分に言い聞かせるように呟き、颯真はカッターを収納した。


 地面にはもはや何も残っていない。獣も兵士も、ただ夢だったかのように消えていた。

 しかし、耳の奥にはまだあの雷鳴と獣の唸りがこびりついて離れない。


『颯真、機体の損傷が大きい。すぐ上がって』

「ああ。――AI、帰還ルートを最短で」

《了解。予測所要時間、十五分》


 スラスターが低く唸り、苔むした地面が遠ざかる。

 暗闇の樹海が眼下を流れ、雲間から覗く月が無機質な光で機体を照らす。

 さっき見た光の円――あれは何だったのか。戦闘の衝撃よりも、その疑問の方が胸を締め付けていた。


 颯真は視線を前に戻し、ヘルメット越しに小さく息を吐く。

 今夜、樹海は確かに“何か”を吐き出した。そして、それはこれからも続くだろう――そんな予感だけが、    確かにあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ