第5話:魔王の側近
「え、えっと・・・取り敢えず頭を上げてくれますか?」
「とんでもございません。それと側近である私に敬語など無用です。」
「えぇ・・・」
依然、跪いて僕に頭を下げるプルートに困惑する。胡散臭さはないから良いんだけどどんだけ主君好きなんだよこの人。ソルバースの貴族でも国王にここまで尽くす人はいないぞ。
「これまでお一人にしてしまい申し訳ございません。ですがこれも貴方が能力を発現する時期を見計らっていたのです。」
「僕が能力を発現するまで待っていたってこと?」
「左様でございます。」
プルートはそう言うとようやく頭を上げて立ち上がり、まるで辞書の様に分厚い魔導書をバチンと閉じて話し始めた。
「魔王様の能力である”闇”は少々特殊な能力なのです。」
「特殊?発現してすぐに使ってみたけどあれだけでもかなり特殊だと思うよ。」
「えぇ、それもそうなのですが・・・一つは他の能力と違って発現が遅いのです。」
その言葉にピンとくる。確かにそうだ。僕の能力はついさっき発現したばかりだ。普通なら満10歳で大抵の能力は発現する。僕はそれが無かった為に今日まで無能力扱いされていたのだから。
「そしてもう一つ。発現が遅い代わりに魔王様の能力は大変に強い力を得られるということです。そう、まるで自分すらもその力に呑まれる位の力を・・・。」
「うん、抑えるのに凄く体力使った。」
「このようにテラ様。貴方は先代魔王様のご子息であると証明されたのです。」
プルートの話を聞いて僕は改めて自分が魔王の仔だと認識する。生まれてすぐ両親も居なかったしそれも辻褄が合う。父親に至っては生まれる前に死んだと聞かされていたから。きっと発現前に僕に語り掛けてきたあの声は先代魔王・・・いや、亡き父さんの声だったのだろう。
「で?僕が魔王の子供であることは理解したし認めるよ。それで僕にどうして欲しいの?」
「えぇ、テラ様。貴方にはこの世界に”光”を齎して頂きたいのです。」
「光?」
眉を寄せる僕にプルートは深く頷いた。”闇”の能力を持つ僕がこの世界に”光”を齎す?一体どういうことだろうか?
「貴方も思っていらっしゃると思われますがこの世界は醜くなりました。先代魔王様が亡くなり、平和を手にしたというのに人々は権力を手にして腐敗・・・能力ありきの世界になったのです。」
プルートの言葉に僕は震えながら拳を握り締めた。確かにその通りだ。この世界は能力がある人が無能力を淘汰していっている。そんなのは明らかに不平等だし、正さなければならないだろう。
「先代魔王様はそんな世界を嫌い、”光”ある世界に変えようと決起したのです。私の様な戦災孤児や無能力の人間、そして差別されてきた魔族を従えて!」
「その結果、勇者パーティと相打ちになり魔王軍は壊滅した・・・ってこと?」
「左様でございます。」
僕が描く魔王のイメージがどんどん書き換わっていく気がした。彼は魔王ではない。世界を変えるために自ら嫌われ役になったのだ。先代魔王の方が勇者らしいじゃないか!・・・そんな先代魔王は僕の父になる訳だが。
兎に角、僕にはやることが出来た。この魔王の力を使い、先代が成し遂げられなかった世界に光を齎す・・・それを僕が叶えることだ。
「テラ様・・・いえ、魔王様。貴方は世界に光を齎す最後の希望です。どうか・・・先代魔王様の意志を継いで頂きたいのです。」
跪きながらそうお願いしてくるプルートに僕は迷わず答えた。
「プルート。僕は最初からそのつもりだよ。正直、自分が魔王だったことには驚いている。でも、僕の力で僕の様に苦しんでいる人が他にもいるなら・・・世界を変えたい!それがこの力を与えられた一番の理由だと思うから!」
「よくご決断されました。亡き父上も喜んでおられるでしょう。私も側近として貴方に付いてまいります。」
改めて忠誠を誓ってくる側近に深く頷きながら微笑んだ。
「ありがとう。」
「礼は世界を変えてからですよ。魔王様。」
プルートもまた僕に微笑んでそう言ってくる。さて、僕が宛てもなく彷徨う事はしなくて済んだのだがここからが問題だ。世界に光を齎すとは言ったものの先ずは何をするかだ。行くところも無いし、先ずはゆっくり休みたい。それにスキルを上手く扱えていないのだから制御することから始めないとまともに戦えないだろう。とりあえず側近である彼に相談しよう。
「あの・・・プルート。世界を変えるって目的は良いんだけど僕、先ずは休みたいんだ。」
「魔王様!どこかお加減でも?」
「あ、いや・・・怪我とかはしてないんだけど・・・さっき、能力使ってそれで・・・」
「休む場所ですか・・・えぇ、ありますとも」
「あるの!?」
まさかの回答に僕は思わず変な顔になりそうだった。ということはプルートも家とか持ってるのかな?
「あちらの森を少し入った先に私が用意した屋敷があります。城程広くはありませんが快適にお過ごしいただけるでしょう。」
プルートは目の前に広がる森を指して言った。あーはいはい。プルートもしっかり家を持っているんだね。城程広くはないけどゆっくりでき・・・ちょっと待って?屋敷?今、この人屋敷って言った?
「あの・・・え?家じゃなくて屋敷?」
「左様です。使用人もおりますので生活には困りません。」
「はいぃぃぃい!?」
本当だった。僕の耳は正常だった。屋敷!?しかも使用人もいるの?そんなお金どこにあったんだよ!
「立てるのに凄くお金かかったんじゃない?」
「いえ、先代魔王様が遺された資産の1割程度しか使っておりません。」
「待ってくれない?1割?そんなにお金があるの?」
「魔王様。先代は何も遺さず死んだわけではありませんよ。」
プルートの言葉に僕は思考停止しそうになる。屋敷をそんな簡単に作れるほどの資金が残っているなんて・・・お金は別に欲しくないけど人並の生活をしてきた僕にとっては最早考えられるものじゃなかった。
「では、屋敷に参りましょう。夜も更け、寒くなります。着替えの衣類等も用意しておりますので今夜はごゆっくりお休みください。」
「あ・・う、うん。」
僕は半ば放心状態になりながらプルートに手を引かれると彼が所有する屋敷へ向かうことにするのだった。