第14話:エアリエル陥落。脱出、風の国。
エアリエル城の制圧・・・それは風の国エアリエルの敗北を意味していた。多くの兵がソルバース、ヴィーナス連合軍の殿を買って出た為、僕達は城に残っていた女王ミランダを助けるべくウラヌスと共に城へ入る。
廊下に横たわるエアリアルの兵士達、血の香りが漂う城内・・・目を覆いたくなるような光景を焼き付けた僕らは顔を顰めながら玉座の間へ入る。女王の生存という僅かな希望と”光”を信じた。
だが、それも全て闇で覆われてしまった・・・何故なら玉座の前で満身創痍の女王とヴィーナスの王らしき人物がそこにいたからだ。
「母上!ご無事で・・・ッ!?そ、そんな!!」
女王であり母であるミランダの姿を見てウラヌスは絶句した。
「ぐっ・・・がはぁ・・・はぁ、はぁ、覚えておくことです。我が命尽きようと・・・我らエアリエルの風は決して・・・止まることは・・・ありま・・・せん!」
そう言い残したミランダは糸が切れた人形のように倒れてしまった。そんな・・・間に合わなかった。
「母上!!母上!!!」
部屋の入り口でウラヌスは懸命に女王の亡骸に呼びかけるもそれが再び起き上がることは無かった。
「ふん、これで邪魔な奴は始末した・・・後は・・・」
そんな中、彼女を殺したと思われるヴィーナスの王がこちらに振り向いた。
「貴方はヴィーナス公国公王・・・イシュタル様ですね?」
「そうだ。私がヴィーナスの王だ。」
プルートの問いにヴィーナス王イシュタルは素直に答える。ヴィーナスがここに来たのも予想外だけどまさかその公王が来てたなんて思いもしなかった。
「貴様ッ!!ソルバースと手を組んで!!何がしたい!!」
「随分と吠えるな。負け犬の遠吠えか?」
「ふざけるなッ!!」
「ウラヌス!ダメだ!」
怒りに燃えたウラヌスを何とか制止してイシュタルを見る。
「さて、貴様らは我がヴィーナスに負けた。此処は今日から我々の領土だ。文句は無いだろう?戦争は勝者こそが正義だ。」
彼の言葉にウラヌスは歯軋りしながらわなわなと震える。恐らくここでイシュタルを倒しても城の外はソルバースとヴィーナスの兵によって包囲されている。
・・・僕にも力があったら女王を守れたかもしれないのに。せめてこの状況を打開する術は探らないといけない!!どうしたらいい?考えろ!
「もうすぐソルバースがあの帆船でバルコニーにやって来る。貴様らは捕虜として差し出すとしよう。」
「・・・待ってください。」
そう言ったイシュタルに僕は彼の前に出て言った。どうせ助からないなら・・・せめてプルート達でも・・・
「なら、僕一人の首だけで許してもらえませんか?」
「テラ様!!なりません!」
「ほう?どこぞの馬の骨一人が犠牲に?笑わせるな。貴様にこやつらと引き換えになる価値が何処にある?」
「魔王の仔・・・ソルバースが追っている人物。それが僕だと言ったら?」
自ら素性を明かすとプルートとマーキュリーは顔を青くして、ウラヌスとイシュタルは驚きの表情を見せた。ごめん、2人共・・・皆を助けるにはこれしか方法がないよ。
「魔王の仔だと!?魔王ってあの?」
「貴様がソルバースの言っていた魔王の仔か。まさかこんな所にいたとは。」
「ソルバースは僕の首を欲しがっている。侵略を二の次にするくらいに・・・僕の命と引き換えに僕の後ろに居る人達、そしてエアリエルの市民を見逃してくれませんか?」
「魔王様!!おやめください!!」
僕の提示した交渉を聞いてプルートは慌てた様子を見せながら駆け寄ってくる。・・・せめて皆の役に立つことが出来るのはこれくらいだよ。
「よかろう。若きながらその覚悟、勇気に免じてエアリエルの民とその者達を見逃そう。」
「魔王様!!」
「ごめん、プルート。僕は戦えなかったから・・・せめてこれで皆の役に立ちたいんだ。だから・・・」
短い間だったけど今までありがとう。微笑みながらそう言おうとした時だった・・・
「ウラヌス様!!!」
突然、勢いよく玉座の間の扉が開くと残ったエアリエル兵が飛び出してきて僕達を取り囲む。えっ?何?この人達・・・殿で城の外にいたよね?
「お前達!何故ここに?」
「我々で命がけの奇襲攻撃を行い、ソルバースの船を一隻奪う事に成功しました!」
「・・・!まさか!?」
それを聞いたイシュタルは慌ててバルコニーに顔を向けるとソルバースの空飛ぶ帆船が一隻、近付いてくる。彼女達の言う通り中からはソルバース兵ではなく辛うじて生き残ったエアリエルの兵達の姿があった。
「ウラヌス様!今のうちに船へ!貴方方も早く!」
兵達の言葉に連れられ僕達はその勢いのまま船に入る。そして、最後に乗船しようとしたウラヌスはふと、立ち止まり後ろを振り向くとこちらを見ながら佇むイシュタルへ目を向ける。
「イシュタル!母上の仇、必ずや獲る!それまで首を洗っておけ!!」
それだけ言い残し、ウラヌスが乗船するとエアリエル兵によって奪取されたソルバースの船は陥落した風の国エアリエルを後にする。遠ざかるその城と街には未だ黒煙が上がっており、本当に侵略を進めているのだと実感させられた。
とはいえ・・・九死に一生を得たな。でも、結局皆の役に立てなかった。戦いも出来ないしただ立っていただけの僕なんて本当に必要なのだろうか?折角手にした魔王の力も扱えない・・・僕に何ができるんだ?考えても答えを出せないのにこうして生き残って・・・
「魔王様。」
「あっ・・・プルート。怪我とかしてない?後で採取した薬草で・・・」
ふと、プルートの声が耳に入って彼に振り向きながら無理してつくった笑顔でそう言った瞬間・・・
ペチン
乾いた音が船内に響き渡り、マーキュリー達は驚きの表情をする。気が付くと明後日の方向に顔を向けていた僕は左頬からじんとした痛みを感じて思わず頬を手で押さえながらプルートの方へ再び顔を向けた。もしかして・・・いや、もしかしなくてもプルートにビンタされたよね?・・・なんで?
「どうして自分の命を軽々しく捨てようとするのですかッ!!!!」
初めて聞くプルートの怒鳴り声だった。その言葉と剣幕にハッとなって彼の顔を見る。・・・泣いている。怒っているけど泣いている。あんなに沈着冷静な彼が初めて涙を怒りを見せていた。
「貴方は世界に光を齎す使命を託された魔王様です!そんな御方が自ら敵将に首を差し出すなどあってはなりません!!!貴方はそれで良いとお思いでしょうが・・・私とマーキュリー殿のお気持ちを考えなかったのですかッ?」
あぁ、そうだ・・・僕には仲間が居るんだ。プルートとマーキュリーだけじゃない。屋敷の人達だってこのことを知ったら怒るだろう。なんでそれを考えなかったのだろう?
「もう貴方だけのお命ではありません。今度、また命を捨てるようなことがあれば私が命を絶ちます!良いですね?」
「・・・ご、ごめん。プルート。」
気持ちは植物と同じくらい正直だ。こうやって涙も出る。素直に謝れる。今までベスタ達に虐められていた時はこれを耐えていた。ルナの前でも強気でいた。誰にも悩みを打ち明けられなかったから自分で考えるしかなかった。
でも、もうそれをしなくてもいいのかもしれない。だってしっかり悩みを聞いてくれる仲間が目の前に居るから・・・。
「貴方がご無事で良かった!魔王様!」
プルートはそう言って僕を抱きしめる。その温もりはいつまでも僕の心を優しく暖めてくれるのだった。