アリバイ工作
図書館には、今日も静かな空気が漂っていた。
藤崎は奥の書架で、あらかじめ決めていた棚へと向かう。
毒草、毒キノコ、民間薬草の作用──目的は明確だった。“あいつ”を殺す。そのための手段を探す。
調べ物の内容が記録に残ってはまずい。だから、毒に関する本は絶対に借りない。
閲覧席で読み込み、情報はすべて記憶する。ページを戻りながら繰り返し読むのも、まるで楽しんでいるふりをしながら。
図書館を出るときは、何気なく一冊の小説を借りて帰るのが習慣になっていた。
どんな話かは知らない。ただ、空白の貸出記録を埋めるためのカモフラージュだ。
帰宅後、コートを脱ぎながら、湯を沸かす。
用意は整っていた。体内に痕跡が残りにくく、症状は持病の再発や突然死と見間違えられる。抽出も複雑ではない。
調べた知識をもとにすれば、限りなく事故に近い形で“処理”できるはずだった。
カモフラージュのために借りた小説を、食事の前に少しだけ読むことにした。
気を緩めたわけではない。ただのルーティンだ──そう思って、ページをめくる。
──その瞬間、指先が止まった。
登場人物の一人が不審な死を遂げる。記された毒物の名は、藤崎がまさに選んだそれと同じだった。
抽出手順、発症までの時間、死後の診断傾向。ほとんど一致していた。
数行先を読み進めてから、彼はゆっくりと本を閉じた。
その表紙に貼られたバーコードが目に入る。
──これは貸出記録として、図書館のデータベースに残る。
毒に関する本は、一冊も借りていない。
細心の注意を払って、証拠を残さず調べてきたつもりだった。
だが今、“毒殺トリックの載った小説”を借りた記録が、自らの手で残されてしまった。
静かに本を伏せ、藤崎は目を閉じる。
湯が沸く音が、妙に遠くに聞こえていた。