5月に住んだ絵描き
初投稿の作品です!
誤字脱字や日本語の違和感など、たくさん拙いところがあると思いますが、温かい目で応援してくださると嬉しいです。
そして、もしよろしければご報告いただけると作者は喜びます!
是非楽しんでお読みください。
柔らかい黒髪をやや乱雑に纏め、一心にキャンバスへ向かう少女。
僕はその少女をぼんやりと眺めながら、彼女のその姿をキャンバスに丁寧におさめていく。
僕と彼女が所属する美術部は、取り立てて特徴はない。
すごく人数が少なかったりしないし、コンクールで常連だったりするわけでもなく、本当に平々凡々な美術部だ。
しかし、活動日数は多く、平日は毎日美術室にいる。
だから、美術部員同士の仲はすごく良い。
しかも、そんなに毎日いると、自然と各々の席が決まっていくもので。
彼女は毎日、1番窓に近い最後列に座っている。僕はその右隣、窓際から2列目、最後列に座っている。
彼女は僕にずっと見られていることに気がついたようで、ふとこちらを向くと、どうしたのとでも言うように首を少し傾けた。
僕はそっとイーゼルを動かして、彼女の方に描きかけの絵を向ける。
彼女は少し驚いた様子でキャンバスを見つめてから、僕の方を見た。
「どうして私?」
元々口数が多い方ではなかった彼女は、昨年5月のある日を境に、さらに口数が減った。
教室では一切喋らないし、先生もそれを理解しているのか、一切当てられることはない。
そんなだから、同じ美術部の中で彼女と1番仲がいい僕ですら、彼女の声を聞くのは約2カ月ぶりだ。
彼女が話したことに少しだけ驚きながら、僕はなぜ彼女を描き始めたのかを思い出そうとする。
しかし、頭の奥に何かが詰まっているような気がして、思い出すことができない。
そもそもいつから描き始めたのかすら覚えていない。
「わからない。なんとなく、君を描きたいと思ったから。」
僕が苦し紛れに出した答えに、彼女は元々答えだなんて求めていなかったのか、そっか、とだけ呟いて、窓の外を見始めた。
また僕たちの間に静寂が流れた。
どうしてかは分からないけれど、僕の瞳からは涙が溢れていた。
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彼──田山はいつも自分の左隣を見つめながら、キャンバスに向かっている。
珍しく田山は左隣の空席を見つめて口を開いた。
「わからない。なんとなく、君を描きたいと思ったから。」
小さな声ではあったものの、コンクール前ということもあり、全員が集中しているため静かな美術室には田山の声が響いた。
誰もいない方向に話しかける彼に、事情をよく知っていて、また、自らも悲しみを感じている3年生は、皆一様に目を伏せて、辛そうな顔をする。
事情を知らないものの、これが日常と化している2年生は何の反応もしないが、まだ慣れていない1年生は怪訝な顔をして、椅子を少しだけ廊下側に動かした。
そして、部長である俺も、田山のその横顔が見るに耐えず、トイレに行くようなふりをして美術室を出た。
──── 俺たちがまだ1年生だった頃、俺は田山とよく一緒にいた。
中学が一緒だったこともあって、仲が良かったと思う。
そして、確か秋頃だっただろうか、俺はあることに気がついた。
いつも窓際の1番後ろに座っている同級生の美術部員赤木さんのことを、田山が毎日見つめていることに。
気がついて俺はこっそりと田山に聞いた。
赤木さんのことが好きなのかと。
すると田山は少し驚いた顔をして、知らなかったんだ、と言った。
田山は既に、先輩にも他の同級生にも、同じようなことを聞かれていたらしい。
俺が気を使って、自分に聞いてこないのだと思っていたそうだ。
それからというもの俺はあの手この手を使って、赤木さんと田山が上手くいくようにお節介を焼いた。
2年生に上がった頃には、もうあと何か一押しがあれば付き合えるのでは、というところまで来ていた。
そしてその5月、俺は帰り道の途中になんでもない顔をした田山に言われた。
『僕、明日彼女に告白しようと思う。』
流れるように言われたのでスルーしそうになったけれど、頭が意味を完全に理解すると、感動のあまり大声をあげてしまい、田山はうるさいと少し嫌そうにしていたけれど、田山は少し照れくさそうな顔をしていた。
ただ、付き合いがそこそこ長い俺には、その中に不安も混ざっているように見えた。
俺は上手くいくと信じていたから、田山に自信待て!と背中を叩いて、激しめの応援をしたと思う。
成功の報告が楽しみでその夜は眠れなかった。
だけど、悲劇はこの日の夕方、既に起こっていたようだった。
次の日、赤木さんは学校に来なかった。
俺は風邪を引いてしまったのだと思った。
田山は、覚悟を決めたのにこうなると、無理かもしれないと弱音を吐いていたので、俺は、明日か明後日にでも告白は持ち越せる、待とう、と慰めた。
でも、赤木さんは1週間経っても来ない。
内心、俺も田山も、赤木さんに何かあったのかもしれないと不安に思っていたけれど、2人とも口に出すことはしなかった。
俺は、胃腸炎とか季節外れのインフルエンザにでも罹ったのかもしれない、と言って慰めた。
そして10日ほど経った頃だっただろうか。
終礼をしに、年若いうちのクラスの担任が入ってきた。
うちの担任はいつも明るく授業もわかりやすいため、生徒から人気の女性教師なのだが、その日は持ち前の明るさは鳴りをひそめ、泣き腫らしたように目が赤かく憔悴しきった顔をしていた。
当然クラスはざわつき始めた。
終礼を始めるために、学級委員長の女子が全員を着席させると、担任は口を開いた。
「赤木さくらさんが、車にはねられて………っ亡くなったそうです。」
一瞬で教室が凍てついた。
赤木さんはたった17年間の人生を終えてしまっていたのだ。
その後のことは俺も覚えていない。
しばらくしてから聞くと、車にはねられて病院に救急搬送されたあと、7日間ほど生死の間を彷徨ったが、ついに戻ってくることはなかったそうだ。
犯人は既に逮捕されているそうだ。
それからというもの、田山の口数は急激に減った。
先輩達や同級生が、泣いたり思い出を振り返ったりして、少しずつ立ち直っていく過程で、田山にどれだけ声をかけても、田山は上の空で返事はあまり返ってこなかった。
きっと、田山は赤木さんが『もういないこと』を頭では理解していても、心が理解しきれていないのだろう。
赤木さんが亡くなったことを先生が告げた日の翌日、田山は誰もいない方に向かって
「おはよう。」
と言った。
俺は思わず誰に挨拶したのかを聞いてしまった。
誰に挨拶したかだなんて、分かりきっているのに。
田山はなぜそんなことを聞くのかわからないという顔をして、赤木さんだよ、と幸せそうな顔をして言った。
その顔を見ると俺は何も言えなくなって、久しぶりに会えて良かったなと絞りだした。
それからは、田山の中で赤木さんがどうなっているのかはわからない。
ただ、田山はそれまでの制作ペースの2倍ほどのスピードで作品を完成させるようになった。
その絵の題材はいつも赤木さんだった。
先輩達も同級生も、たまに誰もいない隣の席に田山が話しかけても、何も言わなかった。
後輩が入ってきたことすらも理解しているのか分からない。
勉強面は特に問題はないらしく、俺が受験について聞くと、そこそこ有名な大学の指定校推薦がもらえそうだと言っていた。
でも、田山は1年生の頃の話ばかりをする。
2年生の頃の話もたまにするけれど、それは全て5月までの話ばかりで、3年生になってからの話は一度も聞いたことがない。
どれだけ勉強が進んでいる自覚があって、受験が近づいていると知っていても、それでも、田山の中であの日から時間が進んでいないのだ。
きっと、あの日からずっと、これからもずっと、
田山は住んでいるのだ。
あの5月に。
5月に住んだ絵描き(完)