……ハーレムと出陣と……
第九章 ハーレムと出陣と
宿の前の小型クリスタルと感応してから、ペッコは部屋に戻った。
三人の少女達は新しい種族服を着て、レイア達と色々と話し込んでいる様だ。
「ただいま」
「王子、おかえりなさい」
とレイアとエイル
「どう、妹さん達と話はできた?」
「はい、王子それでちょっと困った事に」
「王子、御主人様、よろしくお願いします」
突然、床に座って土下座の様な挨拶をするのは、レイアの妹のヘリヤと他の二人だ。
(何だなんだ? 何で土下座?)
「どういう事、何これ?」
「あの王子、この子達変な魔法って言うか呪って言うか薬かもなんですけど……とにかく何かの影響化にあって、強い人を御主人様て思いこむ様になっちゃっているんです」
「うん?、それってウェアキャット女子なら普通じゃない?」
「いえ、それが自分の意思とは関係無いみたいなんです」
「ああ、それで僕?」
「はい、王子の話をする時以外は普通なんですけど、王子の話をするとこうなっちゃうんですよね」
「成程ね、それは困ったなぁ、隷属化の魔法とか邪神のパペット状態とか、古代帝国の拘束具なんてのもあるからなぁ……あ、拘束具、レイアこの鍵で、彼女達の首枷を外してあげて」
「はい、王子」
レイアが、首枷を外すと虚だった三人の目に光が戻った。
「良かった、治った見たいだね、この首枷に何か魔法とかがかかっていたのかも? 後で錬金術師ギルドで見てもらおう」
妹達、三人は立ち上がると、ペッコに深々と頭を下げて
「御主人様、ありがとうございます」
と言う。
(治って無いのか?)
「レイア、どう思う?」
「みんな、自分が誰で今どんな状況だか理解している?」
「はい、姉さん、私はファ・ヘリヤ、自由都市で人買いに攫われて奴隷にされていた所を御主人様に助けていただきました」
「私は、ミ・カーラ・エルです、東の森の狩人だったんですが、狩の途中で攫われて、売られてきました」
「私は、レ・スリマ・ラツ、トラキア辺境地帯の狩人です、北部連合の侵攻で捕まって、そのまま売られました」
「そうか、みんな境遇は似たような物なんだね、あ、そう言えば他にも十五人程、奴隷を解放したって言っていたけど、彼女達も一緒なのかな?」
「はい、そうです、良かったみんな無事に助けられたんですね、御主人様、本当にありがとうございました」
(なぜにまだ御主人様?)
「しかし、そうなると北部連合は国策として奴隷売買を、特にウェアキャットの女性を狙ってしてるって事か、許せ無いな」
「はい、王子、母を殺して、妹をこんな目に合わせた奴ら、絶対に許せないです」
レイヤが妹から聞いた話によると、レイヤ達の母親は人買いから娘を守る為に犠牲になったそうだ。
「そうだったのか、御母上は残念だったね、所で、ちょっと聞くのを躊躇うんだけど、みんなは成人しているの?」
ペッコはカーラとスリマに聞いたつもりだったが。
「私15歳です」
「私も15ですけど?」
「え、レイヤとエイルも未成年だったの?」
「はい、だから私父と一緒に居るんですけど、あれご存知無かったんですか?」
(いや……それはマズイだろ、未成年者に手を出したって、犯罪じゃ……あれ?この世界にはそんな法律とか常識とか何のかな? そう言えば未成年でも普通にお酒飲めるし)
「私は姉とは二つ違いますから13歳です」
とヘリヤが言うと、カーラが
「私は14です」
スリマは
「私も14です」
と答えた。
「そうか、未成年だと本当はお父上の元に返さないといけないね、ヘリヤはお父上はここにいるから大丈夫だけど、エイルとカーラとスリマはどうしようか、国境が閉鎖されているから、国元に返す事は無理だし……」
「え、王子今さら何を言っているですか、私はずっとお側から離れません」
そうエイルが言うと
「あの、御主人様、私たちこのままここに置いていただけないでしょうか?」
「うーん、そうしてあげたいけど、それだと僕が未成年者誘拐になってしまうんだよね……せめてお父上達と連絡が取れれば良いのだけど……」
「あの、そう言えば、助けられた他の子達はどうなりますか? みんな私達と同じ位の歳で、未成年の子もいました」
「そうか、他の子達もそう何だね、何とかならないかなぁ……ちょっと考えるね、それまでここに居て良いって事にしておくから」
「はい、よろしくお願いします、それに部族の所に戻っても、私たち汚されちゃってますから、もう居場所なんて無いんです」
(そうか、それも考慮しないといけないのか……)
ウェアキャット族は部族によって違いがあるが、女性の貞操については厳しい掟がある、基本的には
未婚の女子が族長の許可を得ずに男性と行動を共にする事はあり得ない。
ペッコのド族では更に未婚の間は素顔を男性に見せてはいけない掟も有る、以前に水浴びをしている従姉の素顔を偶然見てしまった行商人が、族長である父に『結婚するか殺されるか選べ』と言われ『結婚する』と答えた所、今度は『結婚の許可が欲しければ自分と決闘をして立派な男であると証明しろ』と難題を突きつけられ、結局半殺しにされて、オアシスから叩き出された事があった位だ。
この時はペッコも流石にそれは理不尽だろうと思った位だった。
だから、エイル、カーラ、スリマの三人はこのままペッコの保護化に居た方が良いと思える。
「さて、じゃあ難しい話は後にして、みんなで食事にしようか、下に降りようか、あれでも、席が空いているのかな?」
「王子大丈夫です、六人分予約をしてあります」
「そうかレイア偉いぞ」
そう言って、その夜はみんなで楽しく食事をする事になった。
そして、ペッコは食事を終えると
「レイア、お父上の容態は?」
と聞いてみた。
「妹に逢えて泣いて喜んでいました、それに体の方も元気になりましたよ、そろそろ仕事を探さないといけないと言ってました」
「そうか、じゃあ、みんなはゆっくりしていて、僕はお父上に話をしてくる」
「はい、王子」
ペッコはレイアの父『ファ・ニョル・ヤン』と初めて話をした。
最初にニョルは娘ヘリヤを助けてくれた事への礼と、自分の治療についての礼、そして娘レイアがペッコの世話になっている事への礼を深々と頭を下げてしてくれた。
「それで、呪術士様、今夜はどの様な御用件で?」
ペッコは
「先程奥様の事を伺いました、残念な事でお悔やみ申し上げます、それで多分気がついておいでだと思いますが、僕はお嬢様とお付き合いをさせていただいています、本来なら御父上に先にご挨拶をしないといけない所申し訳ありませんでした」
と今度はペッコが頭を下げると
「よしてくれ、俺は『パト』じゃ無い、家族も作れず守れもしない半端者なんだ、君の様な立派な若者が頭を下げる様な相手では無い、それに娘は君を慕っている、父の名を名乗れない娘だがこれからもよろしく頼む、むしろお願いしたいのはこちらの方だよ」
「わかりました、ではお嬢様は僕が責任を持ってお守りすると約束をいたします」
「そうか、ありがとう」
「実は、今夜ここに来たのはご挨拶の他にお願いがあって来たのです」
「何かな?」
「ニョルさんは優秀な鉱山師で、特に臭水採掘の専門家とお聞きしていますが?」
「ああ、そうだ俺は、こうなる前は各国を回って臭水の井戸を掘っていたんだ、それが何か?」
「これ、南ジャズィーの鉱床地図です、ここが『ポイズンウォーター』で臭水が混入している為に毒性が強く、飲用にも農耕用にも使えないと言われてます」
「ああ、その話は聞いた事があるな」
「僕達ド族は南ジャズィーを縄張りにしています、なので僕はこの地域で臭水採掘が出来ないかと考えているんです」
「なるほど、話が見えたぞ、俺にその調査を頼みたいって事だな」
「はい、引き受けていただけますか?ド族のオアシスには僕の兄ド・クパ・ヤンがいて、この件を一緒に
計画していたんです、どうか兄を助力していただけないでしょうか?」
「そう言う事か、俺の命の恩人の依頼だ、喜んで引き受けよう、ちょうどそろそろ仕事をしたいと思っていた所だからな」
「ありがとうございます、早速兄への紹介状を書かせていただきます」
「ああ、そうしてくれ、ああそうだ、南ジャズィーには俺一人で行くから、悪いが妹の方の面倒も見てやってくれ」
「わかりました、では失礼します」
(良かった……父上の様に半殺しにされるかと思った、これで安心だ)
そう思って、ペッコは部屋に戻る。
部屋には、全員が揃ってペッコを待っていた。
「あの父とはどんなお話を?」
とレイアとヘリヤは心配そうだ。
「お父上には仕事の依頼をしてきたんだ、それとレイアとの事を認めてもらった、ヘリヤもこのままここに居て良いそうだ」
「良かった、王子ありがとうございます」
「御主人様、ありがとうございます」
「えっと、レイア、これ本当に治っているんだよね?」
「さっきカーラとスリマと話あって決めたんです、私達はこれからも御主人様ってお呼びするって」
(はぁ、いつのまにか美少女五人に囲まれると言うお約束のハーレム状態になっている、ああそうだ、レドレントさんにメイドドレスでも作ってもらおうかな)
と、もうペッコは悩まずに気楽に行く事にした。
それから数日が立ち、奇襲作戦の全ての準備が整った。
鉄華団本部の練兵場で、第一大隊、大四大隊、志願兵を合わせた6000名が隊列を組んでいる
「砂の都の勇者達よ、これより我らが父祖の地を侵略者からも守る為に出撃する、一兵も残さず
敵を叩だすぞ、俺に続け!」
「おお!!!」
国土の防衛戦なので兵の士気は高い、ブレイドの鼓舞に応じて兵達は歓声を上げた。
「では、中佐我々は予定通りに先発して南方基地に入る、後は頼んだぞ」
「はい、御武運を」
「おう」
ブレイド率いる鉄華団本隊6000名は本部を出ると、そのまま砂の都の二つの回廊を行軍して
都市南方の鉱山鉄道地下駅から、北ジャズィーの『キャンプ・グレーフォグ』まで鉱山列車でピストン輸送される、そこからは徒歩で南方基地に向かうのだった。
「さて、では僕らも飛空艇発着場まで行きましょうか」
新調した、紅い『エリート装備』を身に纏ったペッコ中佐に同行するのは、同じ装備の、レイア少尉、エイル少尉、呪術士のココブキ、ココビゴ、ココボハの兄弟、青魔法士のマットとミ・ランディの二人、それに、飛空艇発着場でペッコ達を待っている副官のルネ曹長の八人だ。
こちらはそのままクリスタルライトの市内転移で飛空艇発着場まで転移する。
「中佐、御指示通り荷物は全て積み込みが終わっております」
「ルネさんご苦労様、ではみんな飛空艇に乗ってください『ナグルファル号』出航!」
発着場には女将さんに引率されて、ヘリヤ、カーラ、スリマの三人が
「御主人様、姉さん達、行ってらっしゃいませ、無事の御帰還をお待ちしています」
と涙目で見送ってくれる、その他にも、各ギルドのマスターや、宿屋の酒場の常連や、改装工事を担当してくれた難民の職人達、少し離れた所にはお忍びの普段着姿の大司教までが見送ってくれた。
「頑張ってねー」
「おお、飛んだ」
「なんと美しい船だ」
「中佐、御武運を」
と思い思いに声をかけている。
飛空艇は北上して、北ジャズィーの谷側を飛行して『臭水精製所』に着陸して明朝の作戦開始時刻まで秘匿される事になる。
「では、皆さん、明日の作戦の確認をします、船は日の出と共に出航して、谷側から周り混むように、敵本隊の左後方に近づきます、マットさん達は青魔法で目眩しをかけてください、そして距離を詰めたら、女神の仮装のレイアとエイルが、弓で最初の攻撃をします、その後すぐにマットさんは防御の青魔法をお願いします、ランディさんは青魔法で増幅した例のセリフをなるべく怖く大声で敵軍に聞かせてください。
敵の火砲は基地側を向いているので、すぐには向きを変えられません、なので弓兵と機工兵の銃さえ気をつければ問題無いと思います。
それから、僕がサン・バハムートで攻撃、続けてメガ・メテオを打ちますので、ココブキさん達は合わせてメテオをお願いします、ここまでで敵の半分以上を殲滅できる予定です、ここで本隊が南方基地から出撃して、残敵の掃討をします、それに合わせて船は南方基地上空に移動、その後は本隊を全員で援護攻撃しますが味方に当てないでくださいね、それと敵の幻術士は弱い防御魔法を使いますが、黒魔法の前には無力と言って良いでしょう、もし『角神』クラスの白魔法士がいた場合は厄介ですので僕が単独で当たります。
まぁ、皆さんは比較的安全な場所から魔法で好きなだけ攻撃してください……っていう作戦ですご質問はありますか?」
「うーん、なんか凄い奇襲作戦だが、そんなに簡単に行くのか?、敵が陣を崩さなければ数に劣る本隊が危険では無いのか?」
(お、マットさん真剣モードだ、この人こっちが本来の姿なのになんでいつもおちゃらけているんだろう?)
「その為に、女神の仮装をしたり、飛空艇を神話の天の船に似せたりしたんです、それに青魔法の詐欺効果があるので、絶対に成功しますよ」
「おい、詐欺効果ってのは酷いぞ」
そこで、みんなで笑いあって、その後は質問も無いので軍議は終了した。
「しまった船にエーテル薬は山程積んだのに、エールを積むのを忘れた、ここ酒は売って無いよなぁ」
「そんなに飲みたければ「臭水」からできる「メタノール」でも飲んでおきなさい、命の保障はしませんよ」
「兄貴ひでぇよ」
「それは流石に毒ですから、絶対に飲まないでくださいね、飲んでも治癒しませんよ、では皆さん、明日の朝に」
ペッコ達三人は、軍議を終えて、仮の宿舎に戻ってきた。ルネ曹長は操縦士と機関士と一緒に船の番に
当たっている。なので、今夜は三人でここで過ごして、明日に備える事になる。
「さぁ、明日は早いからもう寝ようか」
「はい王子」
三人はそれぞれのベッドで寝ていたのだが、夜中にレイアとエイルがペッコのベッドに入ってきた
「どうした、心配しなくても大丈夫だからね」
「はい、でもやっぱりちょっと怖いです、一緒に居てもよろしいですか?」
ペッコが真ん中でレイアとエイルに挟まれて川の字になって眠る事になる。
(いやこれ、別の意味で眠れ無いよ……)
その夜は期待した様なけしからん事にはならずに、ペッコは朝日で目覚める。
すぐに、二人を起こして、この日の為に用意をした女神の衣装に着替えさせる。
(二人とも凄い綺麗だ、どう見ても女神にしか見えないじゃないか、しかも超セクシー、なんでこの世界にはスマホが無いのかな……)
などと思いながらも、支度を済ませ、パンを齧ってからコーヒーを飲んで乗船する。
船の甲板の先端には足場が二つ用意されていて背中の2/3位の高さの柱があり、女神の姿のレイアとエイルは安全ベルト代わりの白いロープでそこに固定される、腕や足は比較的自由に動かせるので弓を射るのも問題は無い。
その後ろには、一段低くなった所に、残りの全員が座って待機する。ルネ曹長は操縦士との連絡要員兼エーテル薬の運搬係になる。
ペッコは周囲を確認して
「ナグルファル号、出撃!」
と声を上げた。
船は進路を一旦東に取り、谷で地平線から姿を消した。そして、北西に進路を変えて、山の稜線を掠めながら敵本体の左後方で上昇する。
この地方特有のグレーの空に薄らと透ける朝日を背にして、敵に近づいて行く。
物見の敵兵が同僚の方を叩いてこちらを見ているのがわかる、
「なんだ、あれは? え、まさか女神ミネルヴァ様?」
「あれは、女神ケレス様では無いのか?」
「マットさん!」
「了解」
マットは光学系の青魔法を周囲にばら撒いて目眩しをかける。
ルネが大声で、
「『サジタリオ・フレチャ』の射程まで、あと5、4、3、2、1射程です。」
とカウントダウンをする
「未だ二人とも」
「はい、王子」
二人同時にサジタリオ・フレチャを放つと、光の矢が敵本隊の中心部に広がって行く
「うわぁ!!」
と密集隊形だった敵兵から悲鳴が上がった、マットが直ぐ青魔法で船を包む強力な魔法結界を張る。
今度はランディの出番だ、青魔法で声を増幅して大声で
「愚か者ども、汝ら我らの意思に刃向き無益な戦を仕掛けるとは、我らの怒りを知れ」
その声が終わる瞬間にペッコは使い魔「サン・バハムート」を召喚、バハムートのメガフレア
が敵陣の兵達を薙ぎ払い、燃やし尽くしていく、敵陣を縦横に往復してバハムートは消滅する。
「よし、行くぞ『メガ・メテオ』」
敵の本隊司令部のあたりに着弾して司令部毎消滅させる、そしてその周囲に「メテオ」が連続して
何度も降り注いた。ココブキ達はエーテル薬をがぶ飲みしながら、攻撃を続ける。
その時、鬨の声をあげて、ブレイド率いる本隊が、「南方基地」から突撃を開始する
後方からの攻撃に備えて、陣替えの途中だった敵軍は全く対応できずに、蹂躙されていく。
「よし、移動!」
「了解!」
船は予定通り、「南方基地」上空で停止する
「ウォー、女神様だ!!」
「俺たちには女神様がついているぞ!」
味方の兵達から、大歓声が上がり、前進する速度に拍車がかかる。
ペッコは敵の集団の左手に、軍旗を逆さにして半旗にしている集団を見つける、
「ルネさん団長に緊急伝令、敵の中陣左手に『逆さ軍旗』」
「了解しました」
「逆さ軍旗」はこの世界の白旗である、『これ以上戦闘の意思は無く降伏する』と言う意思表示だ。
伝令は複数の魔法通信を介して、直ぐにブレイドに伝わり、その集団は移動する戦場に取り残された形になる、警戒の為の部隊が残されて、本隊は更に前進して敵を駆逐していく。
「こりゃもう、俺たちに出番は無いなぁ」
「その様ですね、警戒だけ続けましょう」
侵攻軍本隊の司令部を失った敵軍は武器を捨て、身軽になる為に鎧を脱いで潰走を始めた。
こうなると、もう軍とは呼べない、ただの敗残兵の集団だ。
だが、追撃は情け容赦なく行われ、七万を超えた敵軍はほぼ殲滅状態になった。
「全軍停止、深追いはするな、これより残兵の処理に移行する」
ブレイドの指示は的確だ、このまま敵兵を追って国境を超えても今度はこちらが、敵基地から攻撃される危険があるからだ。
「終わりましたね、船を基地に一度降ろしてください、エリスとレイアはもう着替えて良いよ、そのまま後方の精製所で待機していて、ご苦労様」
「はい王子」
ルネが手伝ってくれて二人を足場から降ろした。
戦場で興奮した兵士達にこの女神姿はセクシーすぎるとペッコは判断したのだった。
「じゃぁ、僕たちも精製所で待つことにするかな」
とマット、
「兄貴が居れば良いよな、俺たちも精製所で今度こそ酒を飲んで待っているよ」
とココボハ言うとココブキが
「ダメですよ、僕たちにしかできない仕事が残ってますからね」
と却下したので、ペッコとココブキ兄弟、ルネを残して船は後方に下がっていった。
基地の擁壁から戦場を見渡すと、敵軍の死体の山だ。
「戦場の死者に敵味方は無いんですよ、みんなを弔ってプルト神の元に送るのも我々の大事な仕事です」
ココブキはこういう時でも真面目な人のようだ。
やがて、ブレイド率いる本隊が凱旋してきた。ブレイドの斜め後には、カヌートが周囲を警戒する様に控えている。
「団長、おめでとうございます、見事な勝利でした」
ペッコがそう言うと、ブレイドは鳥馬から降りて、ペッコに握手をしてくれた。
「中佐、見事な作戦と奇襲攻撃だった、お手柄だ」
そして、ココブキには一礼をすると
「ココブキ殿、御助力感謝いたします、プルト神の御加護があります様に」
と丁寧に礼をする。
「中佐、マット氏や他の者は?」
「はい、例の姿だと兵達に刺激が強すぎるかと思いまして、船ごと後方に下がっています」
「そうだな、確かにあれは……まぁなんだ、個人的には近くでじっくりと拝見したかったのだが残念だ」
勝ち戦の後は高揚感からか、市民への略奪、強姦などが起こり易いがここはその心配が無い
その分、女性兵士には配慮が必要だった。ブレイドはそれをわきまえている。
「団長、投降した部隊の指揮官がお目にかかりたいそうですが、どうされますか?」
「会おう、ここの会議室を使うか、ペッコ中佐、カヌート少佐、ココブキ殿同行をお願いしたい」
基地の守備兵に案内されて、基地外郭の会議室に向かう、基地の中心部は『英雄』(ゲーム内では義氏だった)と冒険者達が古代帝国の遺跡武器と戦闘した際の魔法の暴走で、クレーター状の大きな穴が空いたままになっている。
(ここで『過去人』とも戦ったんだよなぁ、でもそれは、この世界では俺じゃ無いんだ)
と少し感傷的になる義氏だ、会議室に入り、しばらくすると衛兵が一人の捕虜を連行してきた。
(な、まさか、この方は)
ペッコは反射的に跪き
「エ・スミ・アン様」
と頭を下げてしまう。
「なんだって、エ・スミ・アン殿だと?」
ブレイドも慌てて座っていた椅子から立ち上がった。
「確かに私がエ・スミ・アンです、そちらの若い魔法士の方とは面識が無かったと思いますが、敗軍の将に丁寧なご挨拶痛み入ります、そしてココブキ殿、お久しいですね、よもやこの様にお目にかかるとは思ってもいませんでした」
そう言って、エ・スミ・アンは頭を下げた。ココブキも
「お久しぶりでございます、私もこの様な形での再会は思いもよりませんでした」
とこちらも頭を下げる。
呪術と幻術は表裏一体の術とも言える、だから以前より呪術士ギルドと幻術士ギルドは親密な関係で
交流があり、平和な時代には双方が留学生を交換していた。同じギルドマスターと言う立場ではあるが
魔法士としての実力では『角神』であるエ・スミ・アンに自分は遥かに及ばない事をココブキは良く知っている。
「それにしても、見事な作戦でした、そしてあの魔法攻撃、私でも味方の幻術士達を守るのが精一杯でした、ココブキ殿精進なされたのですね」
いや、それは……と言いかけたココブキはブレイドに目で止められた。
敵にこちらの情報を渡すのは愚かな事だからだ。ブレイドは咳払いをして
「エ・スミ・アン殿、初めてお目にかかります、私は砂の都軍総司令、スピン・ブレイドと申します、それで、この度の会談の趣旨は?」
「はい、ブレイド閣下、この度投降した幻術士全員を貴国に亡命させて欲しいのです、あの者達は皆
脅迫されてこの度の出兵に加わった者たち、どうか寛大な御処置をお願いしたします」
「エ・スミ・アン殿、脅迫と言うのはどういう事でしょうか、その辺りの事情を詳しくお聞かせいただけますか?」
「そうですね、国の恥になりますが致し方ありませんね、少し長い話になりますがよろしいですか?」
そこからエ・スミ・アンの長い話が始まった。
要約すると
先代の『角神』幻術王が亡くなり、前女王が即位した、女王は角神として強い魔力に恵まれていたが、幻術王として一番肝心の妖精との対話が不完全だった、その為同じく角神の女王の弟と妹が副王として前女王を補佐する形での即位となり、それ以降は『三重の幻術王』と称される事になった。
そして、森の都はこの政治で解放政策を取る事になり冒険者の受け入れが進み最終的に以前は敵対関係にあった邪神族とも協調する事になる。
「森の都」の先住民族を自負していたエルフ族はそれを義とせず、更に彼らは、元々角神が人族にしか顕現しない事に不満を持っていた、女王は彼らが拠り所とする妖精と一人では満足に対話すらできない、そんな時に戦後の不景気、正規軍の人員削減などによる社会不安があり、隣国『正教国』の政変の結果、正教国からの亡命者として、同じエルフ族を優先して多数を受け入れた。
だが、この亡命自体が「正教国」新政権による陰謀で、女王の反対派と亡命者を偽装した者達は共同で軍事クーデターを起こし、市民を人質に『三重の幻術王』を捕らえて幽閉、正教国の新政権と合同で北部連合国王国を建国して今に至る。幻術士ギルドとしては、現体制に反対の立場なのだが、市民と三重の幻術王が人質となっている以上、表立って反抗する事もできずに、今回の派兵にも仕方なく参加した。
しかも、派兵に参加させらたのは全員が人族の幻術士で、装備も補給も貧弱なまま前線に送られた
エ・スミ・アンは彼らをギルドマスターとして慰問する為に前線視察に来ていて、今回の攻撃に遭遇した
との事だ。
ブレイドは少し考えてから、
「わかりました、その様な事情でしたら、希望者の亡命を了承いたしましょう、ですがエ・スミ・アン殿はどうされるのですか? あなたも一緒に亡命されてはいかがでしょうか?」
と提案してみた。
「残念ですが、私達『角神』は森を長期間離れる事はできないのです、なので、申し訳ないのですが
私はここで戦死したと言う事にしていただけませんか、森に戻り、なんとか女王達を解放救出したいと考えていますが、捕虜の身で釈放を望むのも無理な事とは重々承知しております、無論戦犯としてここで処刑されても異論はありません」
「貴国の現状とあなたの状況は理解いたしました、一度休憩を挟んで、また会談をいたしましょう」
「カヌート少佐、エ・スミ・アン殿をお送りしろ、以後は国賓待遇とする事を全軍に通達、投降者達にも
同様にな、飲み物と食事の提供を忘れない様に」
「は、団長」
(見事だなぁ、さすがだ)
とペッコはブレイドの決断に感服をした。
「所で、中佐、君はなぜあの方がエ・スミ・アン殿だと知っていたのだ?、面識は無いんだよな?」
(あ、まずい、まさかゲームで何て言えないし……あそうだ)
「父から、森の都の『角神』の事は良く話に聞いていましたので、今『角神』は七人居ると聞いていました、今の方が父から聞いたエ・スミ・アン殿の容姿にそっくりだったからです、僕も同じ癒し手として
一度お目にかかりたいと思っていたんです」
(これで誤魔化せるか?)
「そうかなるほどな、それで中佐は今の提案をどう見る?」
「はい、我が国にとっては申し分無い提案だと考えます、強いて言うなら、もう一歩踏み込んで、亡命者という形では無く、友軍という形で受け入れて、エ・スミ・アン殿が彼らの力が必要とされる時にはすぐにお返しする、その際は我が軍も協力をすると言う形が望ましいかと思います。更にエ・スミ・アン殿に資金援助をすると言う策も良いかと思います、正教国が森の都でやった事を今度はこちらがし返すと言う事になります……あ、失礼いたしました、出過ぎました」
(やばい調子に乗りすぎた)
「うん、なるほど、昔塩の都の解放軍を育成したのと同じ方法だな、確かに名案だそれで行こう、しかし中佐、君は知恵者でもあるな、今回の活躍で君は大佐に昇進だ、今後も私の右腕として働いてくれよ」
「はい、団長、勿体無いお言葉です」
(うん、やはり器の大きい人だな、僕も見習わないといけないな)
と素直に感嘆するペッコだ
その一方でブレイドは
(なんとも恐ろしい頭のキレだな、「一手先を読む」どころでは無く二手も三手も読んでいる様だ、大佐にするだけでは足りないな、こいつを繋ぎ留めて置く為にも何か褒美として良い物は……そうだ、あの手がある)
とこちらも、何か思いついた様で
「よし中佐、エ・スミ・アン殿の所に行くぞ、一緒に来い」
と、今度は自ら出向くと言う事で、こちらからの誠意を示し今度の友好関係を築くと言う外交交渉の手段だ、そして、会談はほぼペッコの案通りに合意が成立して、表向きには、今回の派兵に加わった幻術士達は角神エ・スミ・アンも含めて全員戦死と発表する事になった。
エ・スミ・アンはその日の内にペッコの護衛の元、ナグルファル号で、東ジャズィーとガリアニアの南の森との国境地帯まで送り届けられた。
「ド・ペッコ・ヤン中佐、見送りを感謝いたします」
「はい、エ・スミ・アン様、お見えにかかれて光栄でした」
「それとラ・エイル・ライ、元気そうで良かったです、あなたや追放されたウェアキャット族の幻術士達の事、私はずっと心配していました、何も出来ずに申し訳なかった、だがいずれ近いうちに貴方達を呼び戻せる時が来ると願っています、その時まで精進してくださいね」
「はい、エ・スミ・アン様、道中お気をつけて」
「ああ、そうだ中佐」
「はい」
「見事な策と術でしたね、私も一瞬騙される所でした、まさか女神が登場するとはね」
「恐れ入ります」
(隠しても無駄だ)
ここからエ・スミ・アンは小声になった。
「中佐、貴方は『過去人』なのですか?、以前出会った『過去人』と同じ様で、でもどこか違うエーテルの気配がします」
(あ、こっちもバレてるのか、やっぱり角神は恐ろしいわ)
「はい、厳密には違うのですが、その様な存在とでも言っておきます、でも私はこの世界とみんなの敵では無いと思ってます」
「そうですか、貴方は誠実な人だと感じました、なので安心いたしました、エイルの事よろしくお願いしますね、ではこれで、またいずれお目にかかりましょう」
そう言ってエ・スミ・アンは、船から降りて、閉鎖された街道を逸れて森に消えていった。
(そうか、僕は角神から見れば『過去人』みたいな存在なんだ、創造魔法とか使えたら楽しいんだけどなぁ、あれ?今は魔法職全部使えるから、もしかしら?……)
とペッコ=義氏はゲーム内での強敵だった過去人『プルートー』の事を思い出していた。
「さて、寄り道になったけど、砂の都に帰ろう、ナグルファル号発進!」
「王子、あの方がエ・スミ・アン様と言う角神なんですね」
「ああ、そうだよ」
「でも私達とあまり変わらない歳みたいですけど、そんなに凄い人なんですか?」
「あの方は、確か200歳を超えているはずだよ、そうだったよねエイル」
「はい、240歳近いかと伺ってますが……」
(僕も70歳近いんだけどなぁ)
「お、やっと帰ったか」
「マットさんはどうしてエ・スミ・アン様を避けているんですか?」
マットは船室に籠って一度も顔を表さなかった。
「いや、ただ僕はあの角神が苦手なんだ、なんか全てを見透かされている気がしてね」
(あ、成程ね、確かにそんな感じではあるなぁ)
こうして、ペッコ達は無事に砂の都へ帰還した。この戦いはこの後『南方基地防衛戦』と呼ばれる事になる。