……ダニ退治……
第八章 ダニ退治
二人と別れて、ペッコは街の南の端にある『鉱山士』のギルドに向かった。
色々な露店で混雑しているセンターコートを抜けると、先日盗賊に襲われたあたりを通ってそのままギルドの入り口に、ここには腕っぷしの強そうな巨人族やハイヒューマン、それに坑道で活躍する小人族の鉱夫が屯している。
(ここの雰囲気はゲームと変わってないな、確か中は酒場見たいな作りだったよな)
ドアを開けてギルドに入ると、まだ夕方なのに酒を呷っている鉱夫達の目が一斉に刺さってくる。
「なんだ、兄ちゃんなんか用か? 鉱石の買い付けなら今日はもう終いだ、明日の朝出直してきな」
といかにもな応答だ
(あれ、ここは美人のギルドマスターと可愛い受付がいたと思ったんだけどな)
「いえ、鉱石では無くて、採掘用の地図を売っていただけないかと思って来たんです」
「おい、兄ちゃんその貧弱な体で何を掘るつもりだ?、あまり笑わせるなよ」
(そんなに貧弱に見えるかな、着痩せるのか? しかしここ、こんなに柄が悪かったっけ?)
「こら、あんたらせっかくのお客さんに絡むんじゃ無いよ情けない、私がここのギルド・マスター『アダルベルタ・ストーン』だよ、どこの地図が欲しいんだい」
(あ、この人だ、ゲーム内より横に大きくなって逞しくなった感じだな)
「すみません、助かります、南ジャズィーの地図が欲しいんです」
「兄ちゃん、南ジャズィーは止めといた方が良いぞ、岩塩が少しと霊銀沙位しか採れねぇよ、東に行けば
硅砂や霊銀鉱、緑柱石が採れるんだが、そっちはドラコニア族の縄張りだし、サンド・ワームって言う
化け物がいる、しかも水も無い砂漠を越えないといけないって場所だ」
「そうだね、もっとも、今はどこの採掘場もまともに採掘できて無いから同じだけどね」
「全くだよなぁ、前は不死隊や冒険者がモンスターを討伐してくれてたから俺たちも安心して採掘できたが、今は危なくて鉱床に近づけないからな」
「あれ、でも鉄華団の方々がその任務についているんじゃ無いんですか?」
「ああ、だがなどっかの馬鹿が攻めて来たせいで、そっちに人手を取られていて、俺たちの警護にまで
回らないんだとよ」
「そうなのよね、ごめんなさいね、だからみんなもこうして昼間から飲んだくれてるのよ、困ったわ」
「でも、良い事もあるぜ、見ろよこの酒、この間ドラコニア族と鉱石の取引をした奴が貰ってきたんだ、何からできてるか知らんが、これは最高の酒だぜ、昼間から酒が飲めるなんざ最高じゃねぇか、兄ちゃん飲んで見るか、俺たちは火の酒って呼んでるんだ、一口で口から火を吹く様な気分が味われるからな」
「ガハハ、違いねぇ」
(う、それは……)
それはペッコ達ド族が作ってドラコニア族に売っている酒だった。
「良いですね、僕にも一杯いただけますか、それとエールがあったら大きいグラスでください」
「おう、兄ちゃん通だね、こういう強い酒はエールをチェイサーで飲むのが最高なんだ」
「そうですね、でもこう言う飲み方も有るんですよ」
とペッコはエールのグラスの中に『火の酒』のショットグラスを入れた。
「おいおい、なんだそりゃ」
「こうすると美味いですよ、やってみてください」
「本当かよ、どれ……おう、これは良い、火の酒とエールの香りが混ざって高級な蒸留酒を飲んでいる様な気分になれるな」
「どれどれ、俺も火の酒とエールだ」
「俺も」
と酒場……では無くギルドは一気に賑やかになった。
これはペッコ=義氏が学生時代に良く飲んでいた、ビールにジンやウオッカ、ウイスキーなどを放り込むカクテルもどきの応用だ、早く酔えるので貧乏な学生は良くこうやって飲んでいたのだ。
「兄ちゃん、あんた気に入ったぜ、これなんて言うんだ?」
「『ファイヤー・ボム』ですね、僕の故郷の飲み方です」
「おう、いい名前じゃねぇか、俺にもファイヤー・ボムくれ」
「こっちもだ」
「全く、せっかくの火酒がなくなっちまうじゃないか、誰か明日ドラコニア族の所に行ってわけてもらってきなよ」
(いやそれ、ド族が作っているんだけど、行商に来たら売れるのかな、兄さんに言っておこう)
ペッコが鉱夫達と楽しく仲良く酒を飲んでいると、三人のウェアキャット族の少女の踊り子……踊り子と言うよりはほぼ全裸に近い衣装だ……を連れた、ガラの悪い男達が入ってきた、
そして空いているステージに彼女達を追いやると、そこで卑猥な振り付けのダンスをさせる。
「どうだい、兄さん達、ショートなら1000 リラ、オールなら10000リラだよ、まだこの街に来たばかりで新鮮な女だ、早いもの勝ちだよ、ほらお前ら、もっとケツを振って踊れ」
男はそう言って、踊るのを拒んでいる少女に向かって鞭を振るった。
ペッコが、ギルドマスターを見ると、マスターは目で
「関わってはダメよ」
と合図をしてくる。
そこに片腕を三角巾で吊った男が入って来た。
「あ、ボス、この店の奴らしけてて、全然喰いつかないんでさぁ、どうしますか」
「女達の踊りが下手なんだろう、構わん裸にして踊らせろ」
「へい」
と男の一人が少女達がかろうじて体の一部を隠している衣装を剥ぎ取ろうとする。
そこで、ペッコの我慢の限界が来た、しかも結構酔っている。
「おい、お前!」
「あ、あんたは……」
「俺の顔を忘れて無いよな、もう一つの腕も使えないようにしてやろうか?」
ペッコはそう言うと踊り子の少女達に、
「三人とも、そこから絶対に動くなよ」
と声かけて、彼女達の衣装を脱がせようとしていた男を、剣を抜きざまに、切り捨てた。
そのまま、一瞬であと二人も切り捨てて、剣をボスと呼ばれた男に突きつける。
「せっかくこの間、見逃してやったのに、馬鹿な奴だ」
「うわぁ助けてくれ、誰か、こいつを止めてくれ……」
仲間の一人が外に助けを呼びに行ったのか、入って来たのは近くの通路で屯していた『鋼刀団』の制服を来た五名ほどの兵士達だった。
「おい、助けてくれ、こんな時のためにあんた達に上納金を払っているんだ、なんとかしてくれ」
「なんだお前、普段威張り腐っているくせに、こんな小僧一人に情け無い、おいやっちまえ」
「お前、もう消えろ」
ペッコは躊躇わずに、片腕の男に剣を刺す。
「くそ、小僧やりやがったな」
とペッコは、今度は兵士に取り囲まれる。
「成る程ね、お前達がどれだけクズか良くわかったよ、おいそこのお前、もっと仲間を呼んでこい、お前らだけじゃ酔い覚ましにもならない」
「小僧、舐めやがって」
と、ペッコに遅いかかろうとした兵士だが、一瞬で二人が床に崩れ落ちる。
「おい、この兄ちゃんって、まさか」
「ああ、この間のトーナメントの……」
鉱夫達はここでやっとペッコの正体に気がついた様だ。
「すげぇな、本当に滅茶苦茶強いんだな」
と言っている間に残りの二人も床に這いつくばって気絶している。
そこに更に十人程の兵士が駆けつけて、今度は指揮官らしき人物も居る
「貴様、砂の都の治安を預かる『鋼刃……」
指揮官は最後まで言わない内に、壁際まで跳ね飛ばされて気絶をした。
「面倒だ、みんな纏めてかかって来い!」
「この野郎……」
最後の一人が、座り込んで小便を漏らしながら悲鳴を上げて、後ずさる。
「おい、お前、お前ら全部で100人ほど居るんだよな、全員呼んで来い、来ないとそこで寝ている
偉そうな士官の指が一本づつなくなるぞ」
ペッコはそう言うと、士官に近づき、左手の指を切り落とす様な仕草をした
「ひ、ひ、ひえぇ……」
兵士は店から飛び出す様に出ていった、ペッコはアダルベルタに向かって
「すみませんね、騒がしくて、ダニ退治をしたいと思うので、もう少し協力をお願いしたしますね」
と言って、それから店内の鉱夫たちに言う。
「皆さんはこのままゆっくりと飲んでいてください、今夜は僕が奢りますから、それとどなたかブランケットとかお持ちでは無いですか、彼女達にかけて上げたいので」
「ここに有るわよ」
アダルペルタはカウンターの奥からブランケットと言うよりは頭陀袋を広げた様な物を取り出してステージの上で震えている三人の少女の肩から掛けた。
三人はペッコが近づくと虚な目でペッコの事を見た。
「もう大丈夫だよ、誰も君達を傷つけたりしないから、悪い奴は全部僕が退治するからね」
そして、自分の耳に手を当てると
「団長、夜分にすみません、……という訳で、このままダニ退治をしたいのですが構わないですか? はい、そうです、いえ援軍は必要無いです、申し訳ないですが後片付けだけお願いしたいのですが、はい、すみませんよろしくお願いします」
と一応上司である、ブレイドにお伺いを立てておく。
「酒場で暴れている奴ってのはどいつだ!!」
と巨人族の「鋼刃団」の男が取り巻きの兵士数十人連れて店に雪崩れ込んできた
「おい、あいつは鋼刃団の団長だぞ」
「ああ、あの狂犬のアングリー・ジャッカルだ」
と鉱夫達が囁く
ペッコは男を一瞥すると
「あんたがこのクズ達の親玉か、二つ選ばせてやる、鋼刃団を解散してこの街から消えろ、嫌ならここで死ね」
「ほう、小僧この俺様に向かって随分と大口を叩くな、良いだろうぶち殺してやろう」
と砂の都では珍しい戦斧を構えた。
だがペッコは
「なんだ『斧術士』か、せめて『戦闘士』になってから、出直してくるんだな、つまらん、もう消えろ」
ペッコは少し興醒めして、片手でジャッカルを追い払う仕草をした。
だが、それを挑発と取ったジャカルは戦斧を袈裟斬りにペッコに叩きつけた……はずだった
戦斧はそのままペッコをすり抜ける様にして、勢い余って自分の脇腹から背中にかけて付き刺さる。
「だから消えろって言っただろ、俺は実力も無いくせに偉そうにしている奴が大嫌いなんだよ」
ペッコはそのまま、ジャッカルを壁際まで蹴り飛ばして、残りの鋼刃団の兵に向かって言った
「お前ら、今ここで全員その制服を脱げ、脱いでこの街から消えろ、もし今度その制服を見つけたら命は無いと思えよ、残りの奴にも言っておけ」
「は、はい」
「それと、お前、その階級章は大佐だな」
「はい、そうです」
「お前らの飼い主に連絡して、すぐにここに来る様に言え、全員だぞ、文句を言う奴が居たらふん縛ばって連行して来い」
「は、はい、直ちに」
「あの、何をなさるので?」
鉱夫の一人が遠慮がちに聞いてきた
「どうもね、あのバリケードと言い、盗賊まがいの奴らと言いこの街にはダニの様な奴が多すぎるんですよね、だから戦の前に街を綺麗にしておこうと思いまして、せっかく戦いに勝って帰って来ても、こんな奴らがいたら、気分が悪いですからね、あ、皆さんもっと飲んでください」
「あ、は、はい」
鉱夫達も少し怯えている様だ、
「あ、アダルペルタさん、すみませんこの娘達に何か食べ物を上げてください」
「みんな食べるよね」
とペッコが聞くと三人とも顔を見合わせてから頷いた。
(あ、まずいなぁ少し酔ったかな、馬鹿な酒の飲み方をするんじゃなかった)
そう思って少し反省していると
「少佐、無事か?」
「少佐殿」
とどたどたと音がして、クヌートとルネが息を切らして駆け込んで来た。
「あ、クヌートさん、早かったですね、ダニ退治はほとんど終わりました、あとはこの野良犬共の飼い主を懲らしめるだけです……」
「なんだ少佐、あんた酔っ払っているのかよって、おいそこで倒れてるのジャッカルじゃねぇか、うわなんだこりゃ」
ギルド内を見回して、クヌートは驚愕した、血を流して意識を失っている盗賊が五名、同じく鋼刃団の兵がざっと十五名ほど、更になぜか裸になって震えている兵が二十人ほど。
「少佐殿、これ全てお一人で?」
「ああ、ルネさん、少し酔っていたのでやり過ぎたかもしれないですね」
そこへ先ほどの大佐が裕福そうな商人を二人連れて来た、一人は『砂蛇衆』の様で、ペッコとは今朝の会議で顔見知りだった。
「なんの騒ぎだこれは、おい、団長、ジャッカル……一体どうなっているんだ、誰か説明しろ」
「あなた達が、この狂犬達の飼い主ですね、人身売買、誘拐、売春強要の現行犯で退治しました。
この不祥事の責任を取って、今ここで鋼刃団は解散、構成員は全員この街から追放処分とします、あなた達も飼主としての責任を取っていただけますよね、そうだな、『砂蛇衆』からの辞任、それと全財産の没収という事でどうですか、命だけは助けてあげますが、もし不服ならここで、今までの人生を悔いながら
プルト神の元に送って差し上げます」
そういうとペッコは、右手の上に呪術で火球を作り出した。早い話が、言う事を聞かなければ火炙りにするぞと言う脅しだ。
「ひ、ひぇえ、助けてくれ、いや助けてください、なんでも言うとおりにします」
二人の商人は、泣きながら地面に土下座をしている。
「そうだ、大佐」
ペッコは商人達を連れてきた大佐を呼んだ
「は、はい何か?」
「あんた、責任もって鋼刃団の解散と残りの奴の武装解除をしろよ、武器と制服は全部鉄華団本部まで持って来い、もし明日の朝にお前が来なければ、わかっているな」
とペッコは火球を大佐に近づける。
「は、はい、命に変えましても、ご命令を執行したします」
大佐は敬礼をすると逃げる様にギルドから走り去った。
「皆さん、お聞きになりましたね、これでダニ退治は終わりです、もう一度乾杯しましょう」
「おー兄ちゃん良くやった、俺はこいつらがずっと気に入らなかったんだ」
「俺もだよ、変なバリケードなんか勝手に作りやがって、不便で仕方が無かった」
鉱夫達から口々に罵声を浴びされて、裸の鋼刃団団員は力無く顔を伏せた。
「はぁなんかお腹が空きました、クヌートさんルネさん、後はお任せしても良いですか、僕は飯を食べに
宿に帰ります」
「お、おう、任せおけ、あオイ、飲み代置いていけよ」
ペッコはそう言われて、ポーチから金貨(古銭の方)を二枚出して、バーカウンターの上に置いた
「これで足りますよね、足りなければ、請求書を送ってください、僕は鉄華団のド・ペッコ少佐です」
そう言って、鉱夫達の拍手と喝采を浴びながら、帰ろうとする。すると、踊り子の少女の一人がペッコのベストの裾をつかんて、訴えるかける様な目で
「あの、私たちも連れていってください」
と頼んで来た、ペッコは酒のせいで回らない頭で、
「そうだね、酒場に置いておくわけにはいかないね、良いよついておでいで」
と答え、少女達を連れて、少しふらつきながらギルドを後にした。
この事件は『魔法王子・恐怖のダニ退治』として後に、砂の都の伝説となるのだが、半分酔っ払っているペッコはそんな事になるとは想像もしていなかった。
一方でクヌートとギルドマスターから魔法通話で詳細な報告を受けたブレイドは小躍りしながら、
今後の方針を頭の中で練っていた。
何しろ、一夜で政敵と対立する武装組織を市民に一切の被害を出さずに壊滅できたのだ、これを喜ばないわけは無かった、ブレイド自身がいずれは鋼刃団を始末するつもりだったのだが市民を人質にされている形なので手が出せなかったのだ。
「いや、本当に良いタイミングでとんでも無い奴が現れたな」
ブレイドに取って幸運なのは、そのペッコがブレイドを慕ってくれていると言う事だった。
「これはあいつの待遇を色々と考えて厚遇しておかないとな」
ブレイドとしても役に立つ手駒を揃えておきたいのだ、今は協力関係にあるが、いつ対立するかもしれない教団と大司教の事を考えると、ペッコを自分の陣営に引き留めておく事が大事だとブレイドは考えたのだ。
翌朝、ペッコはレイアに起こされて、何故か自分部屋のソファーで、寝ていた事に気がついた。
(う、頭が痛い、あれ?僕はなんで?……)
そして、ベッドルームを見に行ったレイアの声が聞こえる
「え、何これ?どうなっているの?」
(うわぁ、頼む大きな声を出さないで、頭に響く)
ペッコがベッドルームに入ると、大きなベッドの右側でエイルが寝ている、そしてその横には
三人のウェアキャット族の少女が丸まって三人でくっついて寝ている。
「王子、これは一体?」
(ちょっと待って、今思い出すから……昨日は鉱山士のギルドに行って、みんなと酒を飲んで……)
「あ、王子、レイアさんおはようございます、王子昨夜は突然三人も女の子を連れて酔っ払って帰って来て、驚きましたよ」
と目を覚ましたエイルが言って来る。
(嘘、三人もお持ち帰りをしたって事? いやそんな記憶は……あれ? なんか変な奴らと喧嘩になって
……ダメだ、後が思い出せない)
「昨日はね、君たちと別れた後で、所要があって鉱山士のギルドに行ったんだ、そこで鉱夫の皆さんと楽しく飲んでいたら、変な奴……あ、この間の盗賊と喧嘩になってね……で、ごめんその後の事は全く覚えていない、なんでこの娘たちがここにいるんだろう? いやそもそもこの娘達誰?」
「まぁ……」
レイアもエイルも呆れて声が出ない様だ。
「あ、おはようございます」
三人の内の褐色の肌にブロンドの髪の娘が目を覚まして、ペッコとレイア達を見て、急いでベッドから飛び降りると、
「昨夜は助けていただいてありがとうございました、私たち人買いに売られて、奴隷にされていたんです、本当にありがとうございます」
と言う彼女を良く見ると、肌を殆ど隠さない衣装に、首には鍵付きの首枷をはめられている。
「そうなんだ、それで僕が君達を助けたって事?」
「はい、人買い達を全員やっつけて、その仲間の兵達達も全員、物凄く強くて格好良かったです」
(うわ、それマジか……)
「そうか、実は少しお酒を飲みすぎていて、あまり昨日の記憶が無いんだよね……」
とペッコがそこまで言った所で、今度は白い肌でブロンドの娘が目を覚まして
「ああ、ここどこ? 夢じゃ無かったんだ……え?お姉ちゃん!!」
とレイアに飛びついて、泣き始めた。
レイアも
「ヘリヤなの、本当にヘリヤ、会いたかった」
と一緒に泣き始めた。
(うわぁ、頭が割れる……本当に勘弁して)
ペッコはエイルに、
「ちょっと下に行ってコーヒーを飲んで記憶をはっきりとさせて来るね、エイル、レイヤと一緒にこの娘達の面倒とか頼むね、それとこの格好は可哀想だから、店が開いたらどっかで服を揃えてあげてくれる、お金はここに置いておくから」
と言って、下に降りた。
「お、勇者の登場だぞ」
と店内が朝から賑やかだ
「女将さん、なんか二日酔いに効く飲み物無いですか、頭が割れる様に痛いんです」
「ペッコ君、何言ってんの、自分で治せば良いじゃない」
と女将さんに笑われた。
「え? あそうか、『レスト』」
と自分で自分に状態回復魔法をかけると、頭痛は嘘の様に治った。
「あー、気分悪かった、死ぬかと思いましたよ、コーヒーください、今朝は朝から賑やかですね
なんかあったんですか?」
「おいおい、昨夜の騒動覚えてないのか?」
と朝いつもここでコーヒーを飲んでいる、巨人族の商人が、手にしていた『新聞』を見せてくれた。
この世界では日刊紙としての『新聞』はまだ存在していない、識字率はこの砂の都でも50%ほどて
地方に行けば10%以下の場合もある、だから日刊紙の新聞が存在できる土壌が無いのだ、ただ商人の間には週間の経済誌の様な物が広まっていて、景気状況や、各種市場状況がわかる様になっている。
それとは別に、大きな事件が起きた時などは、壁新聞や瓦版的な印刷物が不定期で刊行される事もある。
「へぇ、珍しいですね、何が書いてあるんだろう……え、嘘、これ?」
「おい、騒動を起こしたご本人が何を驚いているんだ、やっぱりあんた凄いな、街のダニ共を一掃してくれて、俺からも例を言うぜ」
「おう、そうだそうだ、今度奢らせてくれよ」
どうやら、この客達はペッコを激励する為に来てくれた様だ
(これはちょっと拙いなぁ、絶対に怒られる奴だ、酒に酔ってました……なんて言っても通るわけ無いよなぁ、例の『マラサジャ収容所』行きかななぁ、鋼刃団団長を含め五人死亡、重傷者多数って洒落にならない、辞表書いた方が良いのかな……)
「少佐殿、おはようございます、団長が本部でお待ちです、すぐに御同行ください」
「あ、ルネさん、おはようございます……」
ペッコは屠殺場に引きづられる牛の様な気分で外に出た。
宿の前には多数の市民が駆けつけていて、みんなでペッコに拍手を送り、賞賛してくれている
「少佐殿、鋼刃団は余程嫌われていたんでしょうね、みんな少佐殿に感謝をしていますよ」
「あ、ああ、その様だねぇ」
人垣は、本部の前まで続いていて、本部前には腕を組んだカヌートが仁王立ちで待っていた。
「お、やっと来たか、団長がお待ちかねだぞ、早く中に入れ」
ペッコは市民達から拍手で送られながら、暗い気持ちで本部の中に入った。
「失礼します、少佐をお連れしました」
「おはようございます、昨夜は勝手な事をして、大変ご迷惑をおかけしまた、どんな処罰でも覚悟しております」
とペッコは部屋に入るなりブレイドに頭を下げた。
「全くだぜ、次から騒ぎを起こす時は俺たちに事前に教えてくれよ、いきなり呼び出されて、死体の処理や怪我人や盗賊の始末とか勘弁してほしいぞ」
「すみません、本当に申し訳無いです」
ペッコはカヌートにも頭を下げた。
「まぁそれ位にしておけ、ペッコ少佐、とりあえず座れ、カヌート報告を頼む」
「へい、親分、じゃ無かった団長、ご存知だと思いますが、鋼刃団の団長は死亡、副団長は拘束しています、それと士官、下士官、兵合わせて十五人程が医療院送りになってます、後は現場で二十人程が自主的に武装解除をして投降、本部と兵舎に残っていた者も全員投降して拘束しております。
それから、鋼刃団の配下の賊達は四人が死亡、残りも逮捕して拘束しています、奴らのアジトを調査した結果、多数の盗品と現金を押収、奴隷にされていた女性を十五人解放して、女性達は今は医療院で見てもらっています。
それから、『砂蛇衆』のアジジ・アデジジ……こいつは昔の女王暗殺未遂事件の首謀者アレジ・アデレジの身内なんでが……それともう一人は、罪状を認めています、家宅捜索をして、資産没収の上追放処分の予定です。
なお、この騒ぎでの、市民、鉄華団には一人の負傷者もおりません、あそうそう、現場で奴隷を三名解放してそれは少佐が宿に連れて帰って保護しています」
「なるほど、みんなご苦労だったな、これで長年の膿が全部片付いた事になるな、後は残りのアレジ派の商人をまとめて追放すれば良いだけだな、少佐、良くやってくれた、例を言うぞ」
「は、はい……それで、僕の罪状は?」
「本来なら今回の類まれに見る功績で大佐に昇進と言う所なんだが、独断先行は組織としては認められん、なので昇進は中佐止まりだ、次は武勲で取り戻してくれよ」
「え、それだけですか?」
「なんだ、不服か?」
「あ、いえそうでは無く、もっと重い罪になるのかと……」
「なんだ、それでそんなに情けない顔をしていたのか、おい胸を張れ、外を見ろよ、市民がどれだけお前に感謝してると思っているんだ?」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「ではカヌート少佐、君も昇進だ……引き続き後始末をよろしく頼む」
「はい、団長、それで鋼刃団の残党なんですが、犯罪に加担していた奴らは論外として、上官の指示に従っただけと言う下士官や兵も居ます、こいつらには恩赦をお願いできないでしょうか?、それと特に現場で拘束したフランツ・ヨーデル大佐は鋼刃団でも清廉潔白で知られて、アジジ・アデジジ捕縛にも協力しています、奴とは古い付き合いなんで、なんとかしてやってください、お願いします」
「なるほどね、ペッコ中佐、君はどう思う?」
「下士官や兵達の恩赦は賛成します、ただしカヌート少佐の元で厳しく再訓練すると言うのが条件ですが、
それとその大佐さんは、すみません僕は覚えていないので、何とも言えないです」
「奴は、中佐を心底から怖がっていたよ、まぁ俺だって目の前でアレを見せられたらおっかなくて、逆らおうなどとは思わんよ、ただな奴は何度もジャッカルに団の方針について意見をしていたんだ、まぁ聞き入れられなかったんだがな」
「そういう事なら下士官と兵はカヌート、お前に預ける、ヨーデル大佐については俺の元でしばらく観察処分と言う事で良いな?」
「はい」
「ああ、そうだそれから、中佐、一つ悪い知らせがある、お前に任せようと思っていた呪術士の二人な、戦死したと報告があった、『南方基地』で敵の砲撃の直撃を喰らったそうだ、ココブキ殿が落ち込んでいるから、後で呪術師ギルドに顔を出してやれ、では解散」
カヌートとペッコは並んで立ち上がるとブレイドに敬礼して部屋を出た。
「おい、ちょっと良いか」
「はい、では私の部屋で良いですか?」
二人が部屋に入ると副官のルネが熱いコーヒーを淹れてくれた
「昨日はな、俺と団長とこのルネの三人で飲んでいたんだよ、そこにお前からのトンデモ無い通話が来てな、それでここだけの話だが、今朝は団長は本当に嬉しそうに笑っていたぞ、あんなに喜んだ顔の団長は久しぶりに見たよ、だから俺からも礼を言う、ダニ退治をしてくれてありがとうな、だが、本当に頼むよ次からは何かする時には必ず俺かルネに声をかけてくれ、事前に準備が必要な事もあるんだからな」
「はい、すみませんでした」
「あと、これ、首枷の鍵だ、昨夜の姉ちゃん達、首枷付けたままだっただろう?、ちゃんと面倒見てやれよ、お前ウェアキャット族だから将来は『パト』になるんだろ、女達は大事にしろよ、じゃな中佐殿」
「はい、ありがとうございます」
(そうか、僕がパトになるってのは当然の事だと思われているんだ、だからレイアとエイルを連れていても誰も何も言わないのか、なるほどねぇ)
「中佐殿、昨日の改装工事の進捗状況報告書です、それと今日の予定はどうされますか、特にありませんのでしたら、私はこれから飛空挺の改装工事監督に行きたいと思いますが」
「そうですねルネさん、よろしくお願いします」
(さて、では呪術士ギルドに行こうかな、こういう時はお悔やみとか言えば良いのかな?)
そう思いながら、ペッコは呪術士ギルドの有る「プルト聖櫃堂」に向かった。
中に入ると、お馴染みの受付の女性が、
「あら、いらっしゃい、今日は皆様暗く沈んでますよ、声をかけてあげてくださいね」
と、彼女も少し暗い表情で話しかけててきた。
(やはり、ギルドの仲間が二人戦死と言うのは堪えるのだろうなぁ)
神像に一礼をして、奥に行くと祭壇があり蝋燭が灯っている。
「ココブキさん……」
「来てくれたんですね、二人の旅出を祈ってあげてください」
ペッコは祭壇の前で跪くと、二人の戦死者の魂に祈りを捧げた。
「こっちで一緒に飲もうぜ、俺たちは仲間が旅立った時はいつもこうやって見送っているんだ」
ココブキの弟がそうペッコに声をかける。
「そう言えばココブキさんは六人兄弟ですよね、残りの方はどちらなんですか?」
「三男のココバニと四男のココベジは不死隊の遠征に同行して音信普通なんですよ、まぁ無事だとは思いますけど、六男は魔力が上手く使えないので錬金術師をしています、結構良い腕だと思いますよ……どうぞエールです、ちょっと手違いがあったので生暖かいですが」
「ったく、ココボハの馬鹿がエールの樽を外に出しっぱなしにしたからいけないんだ、なんで不味いエールで見送らないといけないだ」
確かに一口飲んだだけでも、生暖かくて不味いのがわかる。
「こうすれば、エール美味しく飲めますよ」
(あ、なんか既視感)
ペッコは、最小の出力で呪術『ブリザード』を発動させて、エールのジョッキを冷やした。
「ああ、これなら美味い!!」
「ちょっと待て、今何をしたんだ、まさか呪術でジョッキを? 呪具も詠唱も無しで?」
「成程、極めて小規模の魔法を発動させて、冷気を指先からジョッキに移したんですね、これは興味深い」
「この位の大きさの術なら呪具も詠唱も必要無いですよ、簡単ですから試して見てください」
「どれ……なんだ簡単じゃないか、あー良く冷えて美味い!」
「なら、俺も……ってうわぁジョッキが凍った!」
「確かにこれは、新しい発見ですねぇ、私達は魔法の威力を大きくする事ばかり考えていましたから、こんな使い方は気がつきませんでした」
「兄者、この冷たいエール売れるんじゃない? 礼拝に来た信者達に一杯500リラで売れば……今日みたいに暑い日には飛ぶように売れるぞ」
「それも良いかもしれませんね、最近お布施が減って懐具合が良く無いですからね」
「そう言えば、受付の女性が、入門者が久しぶりだって言ってましたけど、何があったんですか?」
「ああ、それはですね、私たち呪術士も生活がありますから、修行を終えると各地の妖異を討滅する仕事をしたり、不死隊の呪術士部隊の仕事で日々の糧を稼いでいたんですよ、それが軍縮で部隊は半減、妖異なんてそんなにいつも出現するわけでは無いですからね、みんなに呪術士では生活ができないと言う風に思われてしまったんです、なので入門者も来ない、来ないから入会金も呪具も装備も売れない……って事で今はギルドとしては少し厳しい状態なんです」
(成程、マナが天から降ってくるわけでは無いのね)
「そうですか、大変なんですね」
「そんな訳で、呪術士でもあるあなたの活躍に期待をしているんですよ、それとお美しいあなたのパートナーの方々にもね、戦場で目立って、ギルドの入門者を増やしてくださいね」
「そうだな、兄貴、それまではエールでも売って頑張ろうぜ」
(パテント料とか無いのかな、ってかこのエールもウチのだ、なんでこんなに出回っているんだ?)
「では ココブキさん、皆さんまた後ほど、あ、そうだちゃんと黒魔法の練習をしておいてくださいね」
「任せとけ、最高出力のファイジャーとメテオをお見舞いしてやるぜ」
「あ、そうだ弟さん錬金術師ですよね、高純度のエーテルをたくさん用意していただいた方が良いかもしれません、黒魔法はすぐに魔力が枯渇しますから」
「ああ、そうですね、弟に言って用意させましょう」
「よろしくお願いします、ではこれで」
(そう言えば根性版の時にこのギルドのクエストは変な物を売るとかあったなぁ)
と少しだけ昔を思い出したペッコ=義氏だった。
ギルドから外に出て、歩き始めると、都市内転移用の小型クリスタルに光が戻っているのに気がついた
(あ、そうか、街の分断が解消されたから、使える様になったんだ、あれ?全部感応しないといけないのかな?)
そう思ってクリスタルに手を翳すと感応はできたが転移はできない様だ、やはり市内のクリステルを一個ずつ感応する必要がある。
(結構面倒なんだけどなぁ、まぁ仕方が無いか、とりあえず宿の前のクリスタルとは感応しておこう)