……ド族の未来と砂の都……
この章からゲームの設定を使ったオリジナルの部分が多くなります。
プレイ日記では無いので、そこは期待しないでください。
第三章 ド族の未来と砂の都
ペッコは、集合所から外に出ると、オアシスのお気に入りの場所に向かった。
ここは湧水が滝の様にオアシスに流れ込む所で、ペッコは良くこの滝に肩を打たせて、瞑想と言う名の考え事をするのが好きだった。
「なんだ、先客がいたのか」
従兄のクパだった。
「クパ兄上(従兄だが、ペッコは兄と呼んでいる)もここがお好きなんですね、どきましょうか?」
「構わないさ、所でペッコ今回の事をどう思う?」
「そうですね、今のままドラコニア族と争っていても、数に劣る僕たちは圧倒的に不利ですね、だからここで、一時的にも和議を結ぶのは良い事だと思います」
「ふ、一時的か、なるほどね」
クパは微笑した。
この従兄は、弓の腕はまぁまぁだが、狩のセンスが絶望的に無かった、だからオドには軽んじられているのだが、実は知力の面ではかなり優秀で、文盲の多いこの部族の中でエウロパ公用語の文書がちゃんと読み書きできるのはペッコの他はこの従兄位だった。
従兄は不死隊の隊長とも良好な関係を築いて、隊長を通して砂の都の商人から色々な書物を購入していた、だからペッコも良くこの従兄のコテージに行って本を借りたりしていたのだった。
今回作成したエールについても、この従兄の協力があって成功したとペッコは考えている。
「もし、和議がうまくいけば、次の戦いが始まる前に北のオアシスを我々の物にしたいですね、あそこは塩の都の難民キャンプになっていますが、難民達は母国に帰還し始めている様ですからね、それと、塩の都廃王の元親衛隊兵士達が勝手に占拠している、太陽神の墳墓もなんとかしたい物ですね。
この二箇所を押さえて、周辺を開墾して痩せた土地でも育つ、ナツメヤシ、モロコシ、アワ、キビ、ヒエなどを育てられれば良いと思うのですが」
「その通りだな、お前にそこまでの知識があるとは驚いたよ、その分だと『ポイズンウォーター』の事にも気がついているかな?」
「はい、この南ジャズィー中央部の湧水は毒性が強く、飲用にも農耕用にも使えないと言われてます」
「そうだ、その理由は知っているか?」
「砂の都の「鉱山士」ギルドのレポートを読みました、『臭水』が混じっている為という事ですが、この
『臭水』を精製する事で帝国軍の兵器に使われている『気油』ができるんですよね。
「その通りさ、僕はこの『臭水』をもっと活用できないかと思っているんだ、今はランプや薪がわりにしか使わていないからね」
やはり、クパも目をつけている所は同じな様だ。
ここから少し離れた『北ジャズィー』には大規模な『臭水』採掘施設と精製施設がある、この施設を縮小した様な物をここに作れれば、ド族の経済状況は大幅に改善される筈だ。
「問題は父上ですね」
「ああ、そうだ、伯父上は黄金平原の一部を取り戻したいと考えている様だ、僕はそれは将来的には良いと思うけど、今の状況では無理だと思っている、「北のオアシス」と「太陽神の墳墓」の方になんとか目を向けて貰えないかなと思うけど、僕の言う事は聞いてくれないからなぁ、困った」
「明日、父上と話をしてはみますが……」
「そうだよな、まぁあまり期待しないでおこう、邪魔してすまなかった」
ペッコは空を仰いだ、空には満天の星と『月』が輝いている。
それから数年の月日が流れたが、結局今もド族の状況は変化無かった、ペッコとクパでオドを説得したが、無駄だったのだ。
その代わり、手に入れたのはドラコニア族との一時的な和平と、黄金平原の一部で狩をする事が認められた位だった、そしてドラコニア族との和平がなった事で駐留していた不死隊も撤収して、その分の収入が減った事でド族の財政が少し悪化した。
ただ悪い事ばかりでは無く、初陣の時に知己になった酋長とはその後も良好な関係が続き、交易ができる様になった、当初は物々交換で、エール等の酒とドラコニア族の武器を交換していたのだが、やがて酒の需要が増え、しかもエールよりはもっと強い酒を望まれる様になったので、試しに出来損ないのエールを蒸留したアルコール度数の高い酒(酒と言うよりはエタノールなのだが)を提供したら好評で、かなりの利益を上げる事ができている。
ペッコがエオロパの成人年齢16歳になったのはそんな時だった。
成人の祝いの宴が行われたが、それは至って質素な物だった、ペッコは今まで身に付けていたド族の衣装からウェアキャット族共通の種族衣装に着替えている、これはゲーム内ではお馴染みの『初期装備』と言われる物で、動き易そうなシャツに革のベスト、二の腕まで覆う装甲の付いた籠手、乗馬用スラックスの様なパンツにブーツと言う姿だ。女性用はまた別のデザインでこちらはマイクロ・ミニスカートなので人気が有った。
ペッコはド族から離れて、自立して一人の男として冒険者としての道を歩むつもりだった。
父のオドやメガラニカ、姉達は反対したが
「父上の様に冒険者、傭兵として名を上げて戻ってきます」
と言うと、父は何も言えなくなり、ペッコの旅立ちを渋々ながら認めてくれた。
翌朝早朝にペッコは、以前に不死隊の隊長から貰った将校用片手剣『カッツバルガー』と小型の紋章付の盾『エスカッシャン』を持ち、一週間分の着替えを入れたダッフルバッグを背負ってオアシスを後にした。
最初の目的地は、オアシスの北側の山を超えた洞窟に有る『メルクの祠』だ。ここには砂の都の守護神双子神の、商売と現生利益の神『メルク神』の神像が安置されている。以前は巡礼者で賑わっていたのだが、最近は訪れる人も少なく寂れている。
「僕をこの世界に呼んでくれたのがどの神様なのか知りませんが、僕は楽しく生きています、このまま自分の好きな様に第二の人生を生きていきますのでよろしくお願いします、本当に感謝してます」
ペッコは神像の前で片膝をついて感謝の祈りを捧げた。
次は、ここから北側の『北のオアシス』へ向かった、ここも、数年前までは『塩の都』からの難民で溢れて『塩の村』と呼ばれていたのだが、今は人影も無く警備の為に常駐していた不死隊の兵士の姿も無い殆ど廃墟の様になっている。 ここには忘却のオアシスと同じメインクリスタルが設置されているのだが、今は機能を停止している様で、クリスタルは輝きを失っている。
北のオアシスの周囲には、この地帯を治めていた古代の王国の遺跡が有る、ただ長年の発掘と盗掘の結果
宝物などは残っていないので放置されていて、モンスターの巣になっている。それでもたまに学術調査に向かう調査隊などが居る様で、ここはその調査隊のキャンプ位にしか使われていない。
(やっぱりか、だからここをド族の管理下にすれば良いと言ったのに)
とペッコは思ったが、もう後の祭りだろう。
ここから西に向かえば、南ジャズィーと中央ジャズィーの間の関所があり、関所を抜けると
ペッコの目的地『砂の都』だ。
(変だな街道なのに人通りが無い、先程通過した関所も兵士の姿は無く無人だった、そう言えば最近はオアシスに商人も来なくなっていたな、どうしたんだろう?)
そんな風に考えながらも、ペッコは歩き続けて、夕方前には『メルク大門』の前に辿り着いた。
「日没と同時に門を閉めるぞ、都に入る者は急げ」
と門衛の兵士が叫んでいる。
ペッコの周囲に居るのは農作物を抱えた農民らしき人、狩の獲物を持った狩人か冒険者らしき人
それに、背負子で行李を背負った行商人などもいるが、いずれも貧しそうな雰囲気だ。
(おかしいな明らかにゲームの世界とは違う)
ペッコはそう思いながら、石造の立派な大門を擁する中東の城塞都市の様な街、砂の都に入った。
大門を向けて右折をすると『メルク回廊』で少し歩くと『蒼玉通り商店街』がありプレイヤーも色々と購入できる店が並んでいて、NPC達も数多くいる栄えた場所だった。
だが、今は、店の残骸の様な建物が残り、所々火災の跡なのか石畳の回廊に焼け焦げた跡が残っている。商人達の姿も無く、ただ回廊沿いの商店跡や集合住宅の軒下にはホームレスが数人ずつ固まって座っている。
(なんだサンフランシスコみたいだな)
ペッコ=義氏はまだ身体が元気な頃に訪れた、かっての米国西海岸の金融の中心地でリベラル的政策の失敗により、市内中心部がほぼ廃墟と化している都市を思い浮かべた。
そのまま回廊を進んで行くとバリケードが作られているが、一応人の往来は出来る様だ
バリケードの周囲にはゲーム内ではこの都市の門や要所を警備していた「鋼刀団」の制服を来た兵士達が所在なさげに立っている。
ペッコは特に何も誰何される事も無くバリケードを通過して、北側の回廊『プルト回廊』に入った。
こちらの方はもう少し人通りは有る様だが、それでもゲーム内の賑わいからは考えられない程閑散としている。
(ここだ冒険者ギルド)
ペッコは階段を軽々と一気に駆け上ると……こんな事をしたのは何10年ぶりだろう……大きなドアを開けて中に入る、ここはレストラン、バーと宿屋、冒険者ギルドを兼ねた設備で、ゲーム内では小人族のギルドマスターがバーのカウンターに居て初心者プレイヤーにクエストを出す係だったはずだ。
だが、今は同じ様な小人族のキャラクターが居るのだが、彼女はこちらを胡散臭げに見ているだけだ、
当然ながら、ゲーム内でクエストを指示していたアイコンなども存在しない。
「すみません、ここは冒険者ギルドですよね?」
ペッコがそう尋ねると、その女性は無愛想に
「坊や、いつの時代の話をしているんだい? 冒険者ギルドなんてとっくに無くなったよ、仕事が欲しいなら、そこの掲示板に貼ってあるから好きなのを選らんですれば良いさね、全くどこの田舎から出てきたんだい?」
と不機嫌そうに言った後で
「ああ、掲示板の左側が簡単なやつだよ、右側の上のは止めときな、今週も三人ほど死人が出たからね」
と付け加えた。今のペッコはまだ『坊や』と呼ばれる年齢らしい。
ゲーム内だと、低レベルの内は『お使いクエスト』と呼ばれる簡単な物が中心で、『Aさんから荷物を預かりBさんに届ける』とか街の大門の外に居る低レベルのモンスターを退治したりしてクエストをこなしてレベルを上げて行く必要があった、そしてその他にも一定のレベルになると発生するメインのストーリーに絡む『メインクエスト』が有り、これも最初は冒険者ギルドのマスターから受注する物だった。
(冒険者ギルドが無くなったってどう言う事だ? とりあえずもう少し街をぶらついてからメインクリスタルと感応して……)
と考えて店の東側の出口から外に出ようとしたら、鍵がかかっていて出られない。
「坊や、そっちの出口は貧民街で危ないから今は閉鎖中だよ」
と先程の女性が教えてくれた。
ゲーム内でこの出口のドアに鍵がかかっていた事など記憶に無かった。
ペッコは礼を言うとギルドの建物から出て今度は西に向かって回廊を歩き始める、もう一つの大門を過ぎてしばらく歩くと街のメインクリスタルがある『クリスタルプラザ』が有り、その横には「砂の都」の正規軍の本部が有る筈だった。
クリスタルプラザに入ろうとすると、警護の兵士が
「今は閉鎖中だ、都市内の他の場所に行きたければ、歩いて行くんだな」
と声をかけて来た。
(クリスタルを使った移動も無理なのか)
そう思ったペッコは、隣の建物に有る『不死隊』本部へ行ってみた。
本部前はかなりの人だかりが出来ていて
「16歳以上で、砂の都の市民の新兵の登録はこっちだ」
と叫ぶ士官が居る。
「他国からの難民はこっちだ、兵役経験者や元冒険者は歓迎するぞ」
と言叫ぶ士官も居て、そちらにも長蛇の列ができている。
「俺は森の都からの難民なんだ、仕事も金も無いし、もう何日も食って無いんだ、頼む入隊させてくれ」
と懇願している中年の人族の男性がいたが、
「あんた、森の都から来たのなら幻術、槍術、弓術のどれか使えるのか?」
と聞かれて、男が
「俺は革細工の職人だ」
と答えると、士官は
「職人のギルドへでも行け、ここでは無理だ」
と男を追い返している。
そこでペッコは士官達の着ている制服が不死隊の物とは違う事に気がついた、今兵士や士官達が着用しているのはゲーム内で鉱山や鉄道の駅に配置されていた、自警団『鉄華団』の物の様だ。
やはり、この世界はゲームと同じ様に思えるが、色々な状況は全く別の様だ。
やがて、夕刻を告げるドラが周囲に響き渡ると、
「今日の募兵は終了する、明日はまた日の出から開始だ」
と士官が大声を上げて、人だかりは消えて行った。
ペッコは試しに本部の左側の扉の前に立って見た
ゲーム内ではペッコ=義氏はこの隊の大尉で、この扉の先には自分の中隊の控室が有ったからだ、だが当然の様に扉は鍵がかかっていて、中には入れない。
(そう言えば、そこに僕の 個人ギルドのチェストが有ったよな……)
と思ったが当然そんな物は存在しなかった。
「こら小僧、なんか用か?」
「いえ、立派な建物だなぁと思って、すみませんでした」
ペッコはそう言って、本部を後にした
(とりあえず今日は一旦ギルド……元ギルドに戻って、今夜の寝床を確保しよう)
そう思ったペッコはまた先程の建物まで戻る事にしたが、そこで思い出して「紅玉通り商店街」が有った場所に行ってみた。ここはゲーム内では数軒の露店と、ウェアキャット族の踊り子が三人いつも踊っていて、義氏は暇な時は良くこの踊り子達を眺めていたのだった。
こちらは商店は残っていて、更に街の中央『センターコート』まで露天が増えている様に見える。
踊り子達は、場所を変えて踊っていたが、どうもこれは唯の踊り子では無くて、ゲーム内には無かった
娼館の客引きの様だ。
「お兄さん素敵ね、何族なの?遊んでいく?」
と一人の踊り子、多分ペッコとほとんど歳が変わらないであろう少女に腕を取られて胸を押しつけられた。
すると、その後ろから
「ちょっとそのお兄さんはさっき私の方を見ていたのよ、人の客を取らないで」
と、先程まで中央で踊っていた娘が割り込んで来る。
(いや、これはどっちも可愛いい、ゲーム内での、いやこの世界での童貞を捨てるチャンスかな)
とも一瞬思ったが踊り子達を監視する様に目付きの悪い男達が周囲に控えているのを発見して
(歌舞伎町のキャッチバーみたいなものなのかな)
と思い直して
「ごめん、急いでいるんだ」
と言ってペッコは後ろ髪を強く引かれる思いで、その場を後にした。
元冒険者ギルドの中に入ると、先程とは様子が違い、店内はそこそこ混雑していて、セクシーな衣装のカクテルウェイトレスが数人増えている。
(まさか、この店もか?、あ、あの娘可愛いなぁ)
と心で思って、カウンターに座ってウェイトレス達を眺めながら目の保養をしていると
「あら、坊や戻ってきたの?」
先程の女性がペッコに声をかけてきた
「あの食事できますよね、それと宿に泊まりたいのですが」
「今は大した物はできないけどね、先代のママの時代から有る名物のクランペットは有るわよ、それと宿泊は出来るけど、高いわよ、あなたお金持っているの?」
「はい大丈夫です」
ペッコのバックにはドラコニア族との交易で、これまで貯めた大量の金貨が入っている。
懐のポーチには一掴みほど別にして入れて有った、なのでそこから取り出して金貨を一枚テーブルの上に置くと女将さんの態度が大きく変わった。
「これ古金貨じゃない、これ一枚で今の金貨50枚の価値があるのよ、久しぶりに見たわ、サービスするわよ」
女将さんは上機嫌になった。
数年前まで古金貨と新金貨の価値は同じだったのだが、不況と内戦、新たな戦乱の結果エウロパでは
異常にインフレが進んで、貨幣の価値が下がっているのだった。
だが、古金貨の価値は不変……と言うより、所持しているだけ毎日価値が上がっていく状態なのだそうだ。ちなみにペッコの所持している金貨は全て古金貨だった。
ペッコは名物だと言うクランペットと付け合わせに頼んだ、卵とベーコンを食べながら女将さんから、この街の事情を聞く事にした。
「砂の都って僕が聞いていた様子と随分違うんですけど、そもそも英雄(流星)さんや冒険者さん達の活躍でこの街も世界も平和になったのでは無いのですか?」
ゲーム内では「英雄」と言うのは各プレイヤーの事で、『光の戦士』とも言われる、最新のパッチ7.0では世界を救った英雄が新大陸で新たな冒険を始めると言うストリーが始まったばかりだった。
「英雄さんね、何年も前に新大陸に渡ったって言う噂を聞いたきりで、それ以来何の話も聞こえて来ないねぇ、最後に聞いたのは異世界からの軍勢と戦ってお亡くなりになったとか? 今は新大陸とは音信不通だし、誰も戻ってきた人が居ないからまぁ真偽はわからないけどね……」
彼女が語ってくれた「砂の都」の現状はこうだった
北方帝国のエウロパ地域への侵略をきっかけに始まった『第七厄災』以降、世界は混沌の中に合った
だが、英雄と冒険者達、それに「正教国」「森の都」「砂の都」「海の都」の都市国家によるエウロパ同盟軍が結成され、戦乱の中、各地の帝国属領や植民地が独立、エウロパ地域で唯一帝国の属領になっていた
「塩の都」も無事に解放され、その後帝国は皇帝の後継者争い等から自滅する事になった。
ただし、『第七厄災』がもたらした気候変動は「正教国」の国土の8割を氷雪地帯に変えて、正教国では食糧と居住可能地域の不足に悩む事になる。
砂の都では平和になり、正規軍の「不死隊」も人員を削減する事になり大量の除隊者が出た、一部の者は故郷に帰ったが、大多数は冒険者として砂の都に残った。
一度に大量の冒険者が発生した事によって、この店も冒険者ギルドも大いに賑わったそうで、その頃に先代の女将が引退、今の女将が店を引き継いだ、だがしばらくすると街の景気が悪くなり……これは歴史の必然で戦争特需が終わった為だ……冒険者に依頼される仕事が減り、今度は減った仕事の奪い合いになりやがては冒険者同士の争いになった。
そして、一部の冒険者は徒党を組んで野党、強盗と落ちぶれていった。街の治安を維持するのは大商人達が作った自警団「鋼刀団」の仕事だったが、不景気のせいで予算が大幅に減り、こちらも人員削減されて治安は悪化する一方だった。
そんな中、北方の「正教国」で門閥貴族によるクーデターが発生、それに呼応する様に「森の都」でも
政変が起こり、「幻術王」と言われた『角神』の女王が幽閉される事変が起こった。
元々この二国にはエルフ族が多数居住していて、同族と言う事もあり二つの国が合併して、エルフ至上主義の『北部連合王国』を名乗り、まだ子供の『角神』を傀儡の女王として即位させて、生存圏を求めて南進を始めた。
最初に狙われたのは、解放されたばかりの「塩の都」だった、同盟関係に合った砂の都から残った正規軍、近衛騎士団、冒険者達も含めて女王の陣頭指揮の元に救援部隊が派遣された。
それを待っていた様に、「砂の都」の急進派共和主義者が「鋼刀団」を中心として一斉蜂起、抵抗した
王室直属の近衛騎士団を駆逐して、穏健派の自警団「鉄華団」と内戦になった。
内戦は鉄華団が優位の内に、膠着状態になり休戦、その結果「プルト回廊」を含む街の大半を鉄華団が、 「メルク回廊」を鋼刀団が支配する事になり、街の中心部は非武装地帯として、今は闇市の様相になっていて、元王宮や政庁などは「森の都」からの避難民がテントで生活をしている状態になっている。
だから、市内移動用の小型クリスタルは今は機能を停止していると言う状況だ、それでも市民達はそれなりに暮らしていて、両回廊も検問所は有るが市民の往来は保証されている。
元々が商人が中心だったこの街の住人は逞しいのだ……という事だった。
「へえ、そんな事になっていたんですね、あれ?さっき「不死隊」本部で「鉄華団」が募兵していたのは?」
「ああ、それはね、冒険者達の街「自由都市」を抑えた北部連合王国が、北ジャズィーに侵攻して来たのよ、それに対応する為ね」
ペッコは女将さんに礼を言うと、料理と情報へのお礼にチップを多めに置いて、今日から数日滞在する予定の部屋に向かった。
(えらい事になっているんだな、でも確かにそうだよな、正教国なんてどう考えてもあのままじゃ滅亡する未来しか無かったし……国民の生存が掛かっている時に一緒に飯食って酒飲めば話し合いで全て解決なんてお花畑な世界はあり得ないからなぁ)
ペッコこと「義氏」は現実主義者であり、左翼的なお花畑思想が嫌いだったので尚更そう思うのだった。
「さて……」
とりあえずペッコはベッドに寝転んでみた、ゲーム内ではベッドに寝る事でログアウトができたのだが
当然の様に何も起こらない。
宿屋の部屋には、便利な『幻影鏡ドレッサー』や自分の装備等をしまえる『愛蔵品箪笥』なども合ったが、これもこの世界には存在しないし、ついでに自分の『メイド』を呼び出すベルも無かった。
ゲーム内と同じなのは『蓄音機』位で、ゲームには無かったホテルのスイートルームの様な浴槽とシャワーブース付きのバスルームが有る。当然お湯も出るし石鹸も有った
(この世界に来て初めてのお風呂かぁ、温泉に入りたいなぁ)
と、ペッコ=義氏は久しぶりの入浴を楽しんだ、そして入浴ついでに洗濯もする事にした、「砂の都」は乾燥しているので、適当に干しておけば明日の朝には乾いているだろう。
(明日も色々と忙しいぞ)
と考えながらベッドに入るといつの間にか寝入ってしまっていた。
翌朝、少し遅めに起きたペッコはダッフルバッグの中から、魔法書を出して、それを持って下に降りて行った、固いパンとコーヒーの朝食を食べていると、女将さんが欠伸をしながら店に入ってきた
「おはよう坊や……あら?」
女将さんは、ペッコが広げている魔法書を見ている。
「坊やってもしかして算術士様なの?」
「様ってほどでは無いですけど、算術を使えます」
ペッコがそう答えて、使い魔のクリスタル・キャットを召喚すると女将さんは
「あなた、本当に田舎から来たのね」
と呆れた様に言ってから、説明をしてくれた。
元々砂の都では魔法による『癒し手』が不足していた、その為に薬を使って怪我や病気を治す『薬学』や『錬金術』が発展したのだが、それでもやはり癒し手が必要で、以前は友好関係にあった森の都から幻術士を派遣してもらっていて、それと同時に魔法の才能の有る者を森の都に送って幻術の修行をさせていた。
だが北部連合国の誕生と共に、幻術士達は亡命した数人を残して帰国してしまい、更に塩の都への遠征に自前の幻術士達が多数同行している為、現在市内では深刻な「癒し手」不足になっている、冒険者の幻術士も多くが森の都出身だった為に数も少なく、中立国「海の都」の「算術士」は今では引く手数多なのだそうだ。
「ねぇ、お願いがあるのだけど、聞いていただける?」
「はい僕に出来る事でしたら」
「三階の部屋にね、難民の親子が泊まっているんだけど、そのお父さんの方がね病気なのよ、薬学院から
先生に来てもらって薬を試して見たんだけど、ダメだったのなんとか出来ないかしら?」
「病人ですか、怪我人なら何人も癒してますけど……やって見ましょう」
ペッコは女将さんと一緒に三階の客室に向かった。
出迎えてくれたのは、粗末な服装をしたペッコと同年代の少女だったが
(あれ、この娘昨夜のカクテルウェイトレスだ)
とペッコは直ぐに気がついた、そして父親の方を見ると、かなり危険な状態で有る事が理解できた。
錬金術師レベルがMaxなチート才能のペッコは、側に置いてある薬が回復薬と毒消しである事は直ぐにわかった。
「随分と顔色が悪いですね、何が有ったのですか?」
この親子もウェアキャット族で娘の話によると親子は「自由都市」からの難民で奥さんと妹さんは途中で逸れてしまったらしい、持ち金を使い果たした父親は元々が『鉱山士』だった事もあり、危険だが高給が保証されている北ジャズィーで「臭水」井戸を掘る仕事をしていたそうで、そこで落盤事故にあい、その際に毒性のガスを吸ってこの様な状態になったとの事だった。
臭水施設を管理している『ブレイド鉱山会社』の代表は、砂の都自警団「鉄華団」団長で、今はこの都市を支配する『砂蛇衆』筆頭の地位にある『スピン・ブレイド』だった、彼は自身の鉱山や井戸で働く労働者達の事を気にかけていて、わざわざこの宿屋に部屋を用意して治療に専念させているのだった。
(へぇ、随分とホワイトな会社なんだな、ゲームの中では少し嫌な奴だったけど……いや、もしかして
この人、能力の高い鉱山士なのかな? しかしこの娘は可愛なぁ、ブロンド、緑の目、白い肌、完璧に好みだ……なんて言っている場合じゃない)
とペッコは思いながら、色々な治癒、回復魔法を試してみた。
すると何の事は無く初歩の状態回復魔法『レスト』で毒の効果が消えて、その後は普通に回復させる事ができた。
「これで、大丈夫みたいですね、僕は四階の部屋に泊まってますから何かあったら、声をかけてください」
ペッコが彼女にそう声をかける。
「はい、なんとお礼を言ったら良いか……」
そう言って頭を下げた彼女は粗末な身なりはしているが清楚で品が有る。ペッコは一瞬の間、彼女に見惚れてしまった。
「ではこれで……」
ペッコは逃げる様に部屋から外に出た。
(情け無いなぁ、良い歳をして、もっとちゃんと出来る筈なのに……いやもう何10年もまともな恋愛なんてして無かったから無理かな?)
と義氏の意識が呟く。
ペッコはそのまま外に出ると、今日の目的地、砂の都の守護兄弟神「プルト神」を祀る神殿、プルト聖櫃堂に向かった。
プルト神は死を司どり来世利益を約束する双子神で、商売を司る兄弟神の『メルク神』と併せて砂の都の守護神となっている、プルト神は現世で恵まれていない人々が主に信仰をしていて、聖櫃堂入口正面に巨大なプルト神像があり、ここに葬送の儀式から発展した呪術のギルドがある。
初陣の時の戦いで、自分が黒魔法を使えるのはわかっていたが、それがラハの杖の効果なのかどうかを
確かめる為にペッコはこのギルドに来たのだった、使い魔のクリスタルキャットを連れて、ギルドの受付でゲーム内と同じ様に入門の申し出をした。
すると、受付嬢は笑顔で、
「あら、坊や算術士なのね、どっから来たの?今時入門者なんて珍しいわね、マスターがお喜びになるわ、この申請書を書いてね、それと入門金は100リラ、それに入門用の呪具が100リラよ」
と言うので、義氏は申請書にゲーム内の自分の名前『ド・ペッコ』と書く
(ゲームの中では入門金等は無く最初の呪具は無料で貰えたのにな……)
と思いながらバッグの中のポーチから新金貨を一枚出して手渡すと、お釣りに銀貨を8枚と呪具の杖を渡された。新金貨は1000リラの値打ちが有る様だ。
「君、ド・ペッコ君て言うのね、呪術士用の装備を揃えるなら隣の売店でどうぞ、あ、でもその前にギルドマスターに挨拶をしてきてね」
と小人族の女性は愛想良く言った。
奥の広間には数人の小人族の男性と、何人かのハイ・ヒューマン族の男性が、何かの儀式をしていた。
その中の一人がペッコを目にすると、
「久しぶりの入門者が算術士とは珍しい、僕はギルドマスターのココブキだ、歓迎するよ、君はなかなか強い魔法力を持っている様だね」
とペッコに呪術の簡単な説明と呪具の使い方を教えると
「さて、見習い呪術士ド・ペッコ君、君の最初の試練です、プルト大門から外に出た辺りにいる魔物10匹程にあなたの力で死を施しなさい……あ、安心してください、魔物と言っても弱いですからね、でもちゃんと呪術を使ってくださいね、殴ったり蹴ったり踏み潰したりしたらダメですよ」
と指示をする。
「この人、こんな砕けたキャラだったかな?、まぁ良いや」
ギルドマスターはゲーム内と同じ人物だったが、個性が微妙に違う様だ。
ペッコはプルト大門を抜けて外に出る、門の外は中央ジャズィー地域になる。
ゲーム内では、門の外左側には貧民街があり、『塩の都』からの難民が多数存在していたが、この世界でも物乞い、難民、貧民が群衆の様に居て異臭を放ち、ゲーム内よりも更に劣悪な環境だった。
ペッコは側に居るマーモットに向かって一番初歩の魔法ブリザートを放ってみた、これはLV1から使える魔法だ、次にファイアーこれはLV2、サンダーLV6と次々に魔法を放ってみる。
範囲攻撃魔法のブリザーラ、ファイラー、サンダーラも使える、そして結局ゲーム内では現在最高位の魔法LV100で覚えるフレアスターまで使える事がわかった。
つまりラハの杖が無くても、呪術だけでは無く黒魔法も全部普通に使いこなせると言う事だ
気がつくと周囲には黒焦げになったマーモットや、氷漬けで凍死したバグ、雷撃で感電死したハチ型の
モンスターの死骸が山の様になっていた、更にはこの辺りでは一番レベルの高い大型の亀型モンスターなどの死骸もある。
亀型のモンスターにはすでに貧民達が群がって、皮や甲羅を剥いで肉を切り分けている。
そして、ペッコの周りにも、貧民や難民達の人だかりが出来ていて
「兄ちゃんすごいな」とか「すげえ、魔法だ」とか言いながら、みんなで手を叩いて賞賛してくれている。
「こら、なんの騒ぎだ!!」
人混みを掻き分けて、衛兵が駆けつけて来たので、ペッコが呪術士ギルドの依頼で……と話すと衛兵は
「それはご苦労様です」
と言って死骸の山を片付けるのを手伝ってくれた。どうやら、害虫や害獣駆除の仕事だと思ったらしい
死骸が山に積まれた荷車を引いてギルドまで戻ると大量の死骸を見聞したココブキは呆れて
「これは驚きました、どうやって倒したのですか?」
と聞いて来た、ペッコは素直に自分が色々な呪術や黒魔法を使えた事を話した。
「どれ、あそこの壁に標的代わりの木人が置いてあります、あなたが使える術を放ってみてください、あ
壁は壊さないでくださいね」
とココブキは柔かに指示をする。
ペッコは先程と同じ様に呪術ブリザートから始めて黒魔法『ファイジャー』を放った所で
「それまでで結構です、あなた黒魔法まで使えるのですね……困りましたね、黒魔法は禁忌なのですが
……」
ココブキがしばらく考え込んでいたが、ペッコに笑顔を向けると
「どうも君にここで教える事はなさそうです、おめでとう君は卒業です、受付で卒業の証として正式な呪術師の呪具と害虫駆除の報酬を受け取ってください、これは呪術師の証です、それと黒魔法は公の場ではなるべく使わないでくださいね、黒魔法の事を知りたければ、街の南側に有る『メルク礼拝堂』に行けば
詳しい導師がいますから、彼女に聞いてみてください、では何かあったらいつでも遊びに来てくださいね」
とゴールドのメダルの様なネックレスをくれた。
(へぇゴールドメダルのネックレスか、クリスタルじゃ無いんだ)
とペッコは思った。
ゲーム内では各ジョブ毎に『ジョブクリスタル』と言う物が有るのだが、この世界には今の所存在しない様だ。そう言えば、ゲーム開始時にマザークリスタルと邂逅するのだがそれも無かったと思い出した。
つまり、今更だが、ゲーム内で起きたマザークリスタルから『光の加護』を受けて英雄としてこの世界を救うと言うストーリーは起こらないという事だ。
ペッコはココブキに礼を言うと、受付まで行き報酬の5000リラと呪具の杖を受け取った。
ついでに隣の売店で、呪術師用の装備を見せてもらう。ゲーム内では装備は体力、魔力等と密接な関係があり、IL=アイテムレベルで等級付けされている
高レベルの装備は着るだけでそれらが100倍以上も上昇するのだが、当然ながらステータスが見られないので、店の装備がどの様な効果があるのかはわからない、多分実戦で使用すれば分かるのだろうが
色々と見て、一番高価な装備を広げて見ると、これはゲームの中でLV50 IL90のソーサラー装備と良く似た物だった。ゲーム内では高レベルの装備は、高難易度のダンジョンやレイドを攻略するか、職人で自作、あるいは高値でマーケットで購入するしか入手する方法は無かった。
魔法職の装備は裾の長いローブの様な物が多く、なんとなく動きにくそうなので、ゲーム内でもペッコはあまり着ていなかった、なのでとりあえず装備を買うのは保留にして、
(さて、どうするかなぁ……)
思い立ったペッコは先程の受付の女性に
「この都市の市民権、どうすれば貰えるか知ってますか?」
と聞いてみた。
「あなたはもう市民ですよ、先程マスターからグ・ペッコさんが呪術士で有ると言う証明のメダルを受け取りましたよね?、呪術士は正式な市民となります、軍にお入りになるなら紹介状をお渡ししますけど?呪術士は優遇されるので、尉官任官になります、それに算術士なら更に優遇されますからね」
との事だった。どうやら、これでペッコがこの街で食い扶持に困る事は無さそうだ、なので紹介状を書いてもらってギルドを後にした。
途中の武具屋で、ゲーム内では最近一番使っている『赤魔法士』用の武器レイピアやサーベルが無いか
探してみた。
(ここは剣闘士用の剣しか扱って無いのか、これはゲームと一緒なんだな、って事はもしかして『正教国』まで行かないと店では売って無いのか……)
赤魔法士は開始レベルが50で、ゲームの拡張パッケージ4.0で追加されたジョブだった、ペッコのゲームスタイルと相性が良かったので、すっとメインジョブとして使っていたので愛着がある。
ただ、この街の商店で武器が買えないとなると、マーケットで買うか、自作するしか無い、ペッコはゲーム内では、クラフター=職人職も全てレベルがMaxになっているので、この世界でも工具さえあれば自作できるかもしてない、ただし工具をどこで入手するかが問題だ。
(とりあえず、職人系のギルドへ行って試してみようかな)
この都市には他に戦闘系のギルドとして『剣術士』と『格闘士』のギルドが有り、ペッコはどちらの技も使いこなせる事がわかっている。
職人系ギルドは「服飾士」「工芸士」のギルド、生産系ギルドは「鉱山士」が有る、どこも入門できれば道具や工具が入手できるかもしれない。