第二十章 自由都市解放戦
第二十章 自由都市解放戦
そしてペッコ達が帰還してから三ヶ月後、いよいよ『自由都市』解放戦『フォルトゥーナの紡車』が発動された。
ブレイドの本隊は、北の森からモンターナ地方の中央高地に入る、ここはもう正教国の領地だ
厄災前は草原が広がる土地だったが、今は年間を通して雪と氷に覆われている。
ブレイドは鳥馬に乗り、隣にはヨーデル少将、そしてすぐ前方にグリフォンに騎乗したレイア少佐と、ヘリヤ大尉が並び、周囲は護衛の赤魔法士の二個中隊が元帥を取り囲むように展開している。
「急に寒くなるな」
「はい、気候変動の影響でこのエリアから北は全てこの様な気候になってしまっています」
とヨーデル少将が答える。
約5000の軍団は、雪を踏み締めて前進していく。
「前方にロンメル要塞がありますが、今は要塞として機能していないので、無視をして構わないでしょう」
「なるほど、あのロンメル伯爵家が建造したと言われる要塞だな」
「しかし、おかしいですね、この辺りで敵の防御線が有ると予想していたのですが、このまま前進しますか?」
「念の為に索敵をしながら進もう」
「はい、了解しました」
本隊は川沿いを西進、更に南転して、モンターナ地方からモルドーナ地方に抜ける回廊に差し掛かる。
「報告します、前方に敵の防御陣、兵力およそ6000」
「ほう、やはり居たか、全軍鶴翼に展開、中央の魔法士部隊は攻撃用意」
「元帥、敵陣から一騎こちらにやってきます、軍使でしょうか?」
「攻撃はするな、通してやれ」
その軍使はブレイドの本陣の前で止まると鳥馬から降りて、お互いが顔を認識できる距離まで近づいて来た。
レイアとヘリヤもグリフォンから降りて、レイピアを抜いて身構える。
軍使はエステーノの鎧より豪華で煌びやかな鎧を纏って、高価そうな槍を持ったエルフ族の女性だった。
「そこの二人、噂の『魔女』だな、我らがスレイヤー騎士達を随分と痛めつけてくれた様だな、だが今はお前達に用は無い、私は北部連合王国ドラゴン・スレイヤー騎士団の団長『ウルティエ・ド・ヴィマロ』、賊軍の首魁「スピン・ブレイド」と一対一の決闘を申し込む」
「何を戯言を、元帥閣下がお前など相手にするか、魔法士大隊ド・レイア・ニョル少佐だ、私が相手をしてやる」
「小娘が出しゃばるな、スピン・ブレイド、女の後に隠れて恥ずかしく無いのか?」
「無礼な!」
レイアが飛び出しそうになった所で、ブレイドは声をかけた
「良いだろう、相手をしてやろう、コロセウム500勝の剣、味わうが良い」
と鳥馬を降りて、前に出た
「元帥いけません、あの様な者私が」
とレイアが止めたが
「何、こんな所で鳥馬に乗ったままだと身体が冷えてしまうのでな、軽い準備運動だ、気にするな少佐」
と前に出てしまった。
レイアは目で妹に合図を送る、元帥に危険が迫れば直ぐに飛び出せる様にだ
妹のヘリヤも頷いて返した。
「ウルティエと言ったか、いつでもいいぞ掛かってこい」
と言うブレイドは剣も盾も構えていない。
「舐めるな!」
ウルティエは一気に跳躍して、渾身の槍撃『幻影ダイブ』を放つ。
だがブレイドはその攻撃を半身でかわして、身体を回してウルティエを『ショルダースルー』で投げ飛ばした。
ウルティエはそのまま、氷の地面に叩きつけられて気を失った
「未熟者、その程度の腕で騎士団の団長とは片腹痛いわ」
とブレイドは悠々と本陣に戻る。
「元帥、この人どうしますか?」
レイアの問いにブレイドは
「放っておけ、しばらくすれば勝手に目を覚ますだろう、全軍このまま前進する」
ブレイドの声で、本隊が前進すると防衛戦を築いていた敵軍の兵士達が、一人、また一人と離脱して
蜘蛛の子を散らす様に逃走していった。
残ったのは100人程の騎士とスレイヤー騎士だけだ。
「魔法士部隊、攻撃」
ヨーデル少将の声で、魔法士が一斉攻撃をする、ファイジャーやファイヤーの炎が消えた後に
立っている騎士は一人もいなかった。
「なんだよ、全然手応えが無いなぁ」
と言うのは、今回志願して参加した呪術士ギルドの次男ココビコだ。
「良し、ここで小休止、前方と後方の警戒を怠るな」
本隊はここで、ペッコの別働隊の狼煙を待って、一気に『自由都市』に突入する手筈になっている。
「元帥、先ほどの戦いお見事でした、見直しました」
「こらヘリア、礼儀をわきまえなさい」
「構わんよ、以前君達がスレイヤー達と戦っていたのを参考にしただけだ、まぁ相手が弱すぎただけだな」
と元帥は笑っている。
「元々スレイヤーの槍技は自分より遥かに大きいドラゴン族を相手にする為の物だ、だから跳躍して技を繰り出すのだが、槍の特性上一度狙いを定めて槍撃を繰り出せば、軌道修正が困難なのだな。私が避けなければ槍はここに刺さっていただろう、エステーノ殿の様な達人なら、相手の動きを予想して、最後まで槍撃を堪えるのだが、あの騎士は最初から槍を繰り出していた、あれでは一歩どころか半歩避ければ当たらんよ、で、後は鉄華団秘伝の逮捕術『ショルダースルー』で投げただけだ」
「流石、元帥お見事です、本当はお強いのですね」
「おいおい、本当はってなんだ?」
「いえ、だっていつも難しいお顔で腕を組んでいるだけなので」
「ちょっとヘイア、良い加減にしなさい、元帥閣下申し訳ありません、後できつく叱っておきます」
「いや気にするな、そう言えば二人とも自由都市の生まれだったな、久しぶりに故郷に帰れるぞ」
「はい、それは嬉しいのですが……」
とレイアが言った所に、南西の方向から轟音がして、黒煙が上がった。
「始まったな、全軍に通達、移動準備で待機!」
「はい」
別働隊を率いるペッコは、オブザーバーとして部隊に参加している、シ・ロンとエステーノと一緒に、
北ジャズィーとモルドーナを繋ぐ鉄道橋の上で9個小隊の魔法士部隊を督戦している。
敵中央基地で、奮戦しているのは新設した4個小隊の魔法士部隊で指揮官ヘレナ中尉以下新妻達だ。
「良い動きですね、さすがシ・ロン先生の直弟子達です」
「みんなやる気があって熱心だからな、全員毎日特訓までしたからな、教えがいがあったよ」
「お、奥でまた火の手が上がったぞ」
「レジスタンスの皆様も良い動きをしてますね、あ、旗が上がった」
基地内の北部連合の旗が下され、『自由都市』と『砂の都』の旗が上がった。
「この基地はどうするんだ?」
「破棄された帝国製の兵器や機械が色々有るんですよね、それを回収したら更地にしちゃいたいですけど」
「そうか、なんか勿体ないな」
「ルネさん、狼煙をあげてください」
「はい少将」
「では全軍前進、このまま自由都市を攻略する」
ペッコの率いる千名程の部隊が基地を抜けて、モルドーナの湿原地帯に入る。
麾下の赤魔法士9個中隊が先を争う様に駆けていく、少しすると
「魔王様、ここにもモルボル居るんですね、ちょっと狩って来てもよろしいですか?、錬金薬の素材として高く売れるんですよ」
と言って来たのはヘレナとヴォルだ
「あ、都市の攻略が終わったら、好きなだけ狩って来て良いから、今は我慢してね」
「はい」
と返事をするが獲物を前にして不服そうだ。
(なんで、うちの奥様達はみんな戦争中に狩人モードになってしまうのかな?本能か?)
「しかし、その『魔王様』ってのなぁ、何回聞いても笑えるな、幻術王で良いじゃないか」
「嫌ですよ、まだ引き受けたわけじゃ無いですから」
「お前も諦めが悪いな、男らしく無いぞ」
と人事だと思って、好きな事を言うエステーノだ。
「魔王様、敵の基地司令を捕虜にしました、今回はちゃんと手加減しました」
と得意そうに、捕虜を連れて来たのは、スリマ大尉だ、スリマは『東部基地』の戦いの際に敵の指揮官だった正教国貴族を半殺しにして連行して来たのだった。
(あ、なんか既視感があると思ったら、これ家の『華子』(義氏の愛猫)がお土産を持って来た時と同じ表情だ)
「よしよし、良くやったね」
とつい猫にする様に頭を撫でてしまったペッコだが、スリマは尻尾をピンと立てて喜んでいる。
その基地司令は、ペッコの横で鳥馬に乗っているエステーノを見ると、罵声を浴びせた
「この裏切り者、エルフ族の面汚し、貴様それでも映えある蒼のドラゴンスレイヤーか!!」
「エステーノさん、お知り合いですか?」
「いや、知らんな……あ、お前もしかして元聖ソフィア連隊の奴か?」
聖ソフィア連隊は正教国の対ドラゴン戦用の部隊だったが、ドラゴン族との和平後に規模を大幅に縮小されて、各地の治安維持……門番や街道の警備だ……を担っていた。
なので、元隊員達は、正教国の前政権に恨みを持っていた。
「そうだ、残念だったな貴様の友人のエルフ族の裏切者は今頃は東部高地の『レーキブランチ』で氷漬けになっている頃だろうな、仲間の異国人も一緒にな、良い気味だ」
(あ、こいつ馬鹿だ)
とペッコは思いエステーノを見ると、彼も苦笑している、ずっと探索を続けていた前議長のボーエン子爵の監禁場所を自分から吐いたのだがら、苦笑する意外無いのだろう。
「おい、こいつの尋問、俺にやらせてくれるか?」
「どうぞ、お好きな様に、僕たちは先に行ってますね」
とその場に、捕虜とエステーノを残して、ペッコ達は自由都市の西門を目指して進んだ。
「スリマ、基地にはどれ位兵力が居たんだ?」
「えーっと2〜3千って感じした、全然弱くてつまらなかったです、せっかく特訓して新しい技を覚えたに……」
と言う事なので、自由都市には、少なくとも後3000程の兵力が存在している事になる。
ペッコの部隊の狼煙を確認したブレイドは全軍を前進させた、渓谷を一つ越えて、モルドーナに入ると、景色がガラッと変わる、このあたりは気候変動の影響をあまり受けていないからだ。
「まったく不思議だよな、さっきまでが雪と氷の世界だったのに、ここは暖かい? あれは街の門の様だが、敵兵はどこだ?」
「どうやら敵は正面から戦う気は無い様ですね、街に潜伏して不意打ちをするつもりでしょうか?」
「カヌート大佐、三個中隊で街の偵察に行ってくれ、伏兵に注意してな、残りはここで陣を張る、ただし後方に向けてな」
「元帥、街では無く後方ですか?」
「ああ、後方だ」
(ペッコの予想が当たるなら、奴らは、こちらの後方を襲ってくるはずだ)
一方のペッコの別働隊も、二個中隊だけを街に入れて、西門の警護に二個中退、そして残りで東門を固める。
「やはり本命はこっちだと思うか?」
「ええ、先生、残り3000のうち2000以上がこっちでしょうね」
と言っていると、本隊の居る北門の辺りから戦闘音が聞こえてきた。
「全軍、来るぞ魔法攻撃用意」
東門に向かって敵兵が殺到してくるが、敵の行動を予測していたペッコの部隊は、数に勝る敵をほぼ一方的に殲滅した。
敵軍は後退をしたが、モルドーナの北東側は厄災時の地形変動で袋小路になっているので、逃げる事もできす、追撃するペッコの妻達の赤魔法士部隊に一方的に虐殺される羽目になる。
「よし本隊を助けに行こうか、まぁあっちももう終わっていると思うけど」
「はい魔王様」
ペッコが都市内に入ると、そこはまさに廃墟で、難民となってしまった市民達のテントが並んでいる。
メインクリスタルがある広場の周辺の建物は完全に破壊されていて、ゲーム内では『黎明の血盟』の本部があり、義氏も数えきれない程訪れた『石の館』も無い。「ひどい有様だな、俺たちが逃げる前はまだ建物があったんだが」
とシ・ロンが呟いた。
「魔王様、街の中は大体こんな感じで、瓦礫の裏に敵兵が潜んでいましたが、ほとんど駆除しました」
とロヌル。
(いや駆除は言葉が変だろ、害虫じゃないんだから)
と思うペッコだが、どうやら妻達の敵に対する認識は本当にそうみたいだ。
更に坂を登っていくと、武器商人の『ロザリア記念館』が有る場所だが、その建物だけは残っていて
どうやら占領軍の司令部になっていた様だ、今は自由都市の旗と砂の都の旗が旗めいている。
「よう、遅かったじゃねぇか、こっちは片付いたぜ」
「カヌートさん、元帥は?」
「二階のテラスでレジスタンスの方々とのんびり薬茶を飲んでいるよ」
「そうですか、エステーノさん先生、僕たちも行ってみましょう」
ペッコ達が二階に上がると、レジスタンスの兵士達がシ・ロンに向かって敬礼をする。
「隊長、ありがとうございました、やっと街を取り戻せました」
「ああ、みんなご苦労様、敵の罠や爆弾などは君らが事前に処理をしてくれたんだな」
「はい、敵兵に混じって罠を仕掛けましたからね、あいつら余程兵力が無いのか、我々を徴兵してくれましたから」
「そうか、死傷者は?」
「重傷2、軽傷5、死者無しです」
「あんたが色々と動いていたのは知っていたが、まさかレジスタンスの隊長だったとはな」
「何、俺は昔塩の都革命の時もレジスタンスを率いていたからな、昔取った杵柄ってやつだ」
「では今後のこの街の事はあんたと相談と言う事で良いのか?」
「いや、俺はレジスタンスのみんなに戦い方を教えただけだ、この街は元々が冒険者達が集まってできた街で、顔役だった『スラブボーン』さんは連合王国の侵攻の際に先頭に立って戦ってお亡くなりになっているからなぁ、さて誰が責任者になるかだが……」
「先生、この建物の主、ロザリアさんはどうされたんですか?」
「ああ、あの人は連合王国の侵攻を知っていたみたいでな、その数日前に荷物をまとめてどっかに避難していたな、砂の都に居なかったって事は、海の都あたりに逃げたんじゃないか?」
「まぁ正式な責任者は、街のみんなで決めてもらうとして、当面はあんたで良いんじゃ無いか?」
「そうだな、仮の市長と言う事にでもしておこう」
「では、早速だが、市長殿、この街の防衛の為に一個大隊の駐屯の許可をもらいたい、当然我々も街の復興に協力をするし、食糧や物資も提供する」
「ああ、当然だよろしく頼むよ」
ペッコは、これで残る敵は旧正教国だけだなと思い、早速対策を考える事にした。
「元帥、そう言えば、敗走した敵はどれ位居ましたか?」
「ああ、少将の読み通りに俺たちが街に入った所で、1000名程で後方から攻めて来た、返り討ちにしたから逃げたのは300って所だな」
「エステーノさん、旧正教国にはあとどれ位戦力が残っていますか?」
「俺のいた頃で、テンプル騎士団が10000、各貴族の私兵が40000、その他の騎士団が10000って所だったが、連合王国になって明らかに兵力は昔より増えていたみたいだな、だが主力はお前が蒸発させてしまったからな、多くみても5000って所だろう、今日の戦いを見てもろくに訓練されていない様な兵士ばかりの様だ」
「ああ、そうだ、スレイヤー騎士団の団長って自称してる女を捕虜にしたんだが、知り合いか?、確か名前は……、ヨーデル少将覚えているか?」
「はい、元帥、ドラゴン・スレイヤー騎士団団長『ウルティエ・ド・ヴィマロ』と名乗ってましたね、二度も挑んでくるとは馬鹿なやつでしたが」
「おいおい、本当か? その女は俺がいた頃は見習い騎士だったぞ」
とエステーノは天を仰いだ、そして
「元帥、シ・ロン殿、ペッコ、さっき捕まえた敵の司令官の自白で議長殿の居場所がわかったから救出に行こうと思うが、構わんよな?」
「まさか一人で行かれるんですか?、それは無茶ですよ、一度偵察をして改めて救出作戦を実行するって事でどうでしょうか?」
「ああ、それもそうだな、ではその偵察俺が行こう、前にも一人で帝国に潜入した事もあるし、その方が気が楽だからな、議長殿を見つけたら連絡をするよ」
「了解した、エステーノ殿 御武運を祈る」
エステーノが立ち去ろうとすると、レジスタンスの兵の一人が
「あの、蒼のドラゴンスレイヤーのエステーノさんで間違い無いですか?」
と聞いてきた
「ああ、俺がそうだが何か?」
「実はあなた宛の手紙が届いていまして、あ、私元々はこの街の物資の輸送係だったんですが、ちょっと待っていただけますか?」
と兵士は言って、手紙を持って戻ってきた。
「なんだ、誰からだ? スリランから?」
「スリランって近東のセイロン島のですか?」
「ああ、俺はしばらくあの街で、「星騎士団」に槍を教えていたんだ、しかしなんだ?」
エステーノは封を開けて手紙を読んで……そのまま固まっている、
「エステーノさん、どうかしたんですか?」
「いや、その、なんだ、俺にガキが……俺の子供が生まれたそうだ」
「おう、それはめでたいな、しかしお前さんに奥さんがいたとは聞いてないぞ」
とシ・ロンが言うと
「いや、女房は居ないよ、俺もあんたと同じで風来坊みたいな物だからな、女房なんて貰えるわけないだろう?」
「でも心辺りは有るんですよね?」
「ああ、この手紙をくれた女は「星騎士団」の槍使いでしばらく一緒に住んでいたからな」
「エステーノさん、ちゃんと養育費は払わないとダメですよ」
(あれ?これってもしかして僕もザラに払う事になるのかな?)
「なんだよその養育費って?」
「子供を育てるには色々とお金が必要でしょ、だから父親が子供の母親に払うんです、男の義務ですよ」
「いや、待て、そんな習慣は知らんぞ?」
「エステーノ殿、往生際が悪いのは男らしくないぞ、そう言えばまだ未払いの教官としての給与があるな
それを、その女性宛に送ってやろうか?」
元帥はこういう時に本当に楽しそうに笑うなぁと思うペッコだ。
「エステーノさん、そのお相手の連絡先を教えていただければ、僕がちゃんと手付きをしますから、安心してください」
「連絡先って……」
とエステーノは二枚目の手紙を読んで
「おい、スリランの太守が俺の子供、息子だそうだ……の面倒を見てくれているから心配するなって書いてあるぞ」
(ゲーム内ではスリランの太守はドラゴン族、「七大竜」の末子と言う事だったな、まさか子供もドラゴンの血を受け継いでいる?)
とペッコは思った。
「それでも、男の責任は果たさないとダメですよ、それに早くお子さんに会いに行ってあげないと」
「ああ、仕方ないわかったよ、ほらこの手紙お前さんに預けるから養育費でもなんでも送ってくれ、ついでにこっちの仕事が片付いたら会いに行くって伝えといてくれ、じゃ俺は行くぞ」
とエステーノは逃げる様に街から出ていった。
「男は引き際が肝心だな」
とシ・ロンが言うと、その場の全員が頷いた。
「さて、ではヨーデル少将、カヌート大佐の一個大隊を残して引き上げるぞ、カヌート大佐、街の防衛を頼んだぞ」
「まかしてくだせぇ」
「では大佐、色々と打ち合わせをしましょうか?」
と言うシ・ロンに
「いや、あ、俺はそういうの苦手なんだ、おい副官、お前頼んだぞ」
と副官に丸投げするカヌート。
(いやぁ、この人もブレ無いなぁ)
とニヤけるペッコだ。
砂の都に帰還したペッコは直ぐに、対正教国用の防衛力配置案に取り掛かった。
現状で再侵攻の危険は殆ど無いとは思えるが、用意はしておかなければならないからだ。
南方基地の大隊と東ジャズィー警備大隊の任を解き、北の森に一個大隊と、自由都市に一個大隊を
正式に派遣、これを今ある五大隊でローテンションをして、正教国との国境警備にあたる。
その間に、各大隊の補充や訓練、装備を整えて、次の作戦に備える、もちろんペッコの魔法士大隊も
同様だ。11の赤魔法士中隊と、幻術士中隊と呪術士中隊が各2個中隊に旧不死隊から復帰した召喚術士小隊を中隊に格上げしての、16個中隊の編成になっている。
「元帥、一週間ほど休暇をいただけますか?」
「なんだ、珍しいな?」
「はい、森の都に行って来たいと思いまして」
「そうか、幻術王としての義務もあるからな、構わん行って来い」
(いや、だからまだ引き受けて無いですって)
「はい、ありがとうございます」
今回は妻達は訓練と休暇と言う事で、エニアゴンに残して(もちろん全員から大ブーイングを受けたが)ペッコは単身で南の森に向かった。
ハンティングロッジは、今は周辺のウェアキャット族から肉や皮などを買い求める商人や鉱石を掘る鉱山士で賑わいを取り戻しつつあった。
街のバンガーローの前で所在無げに座り込んでいる人物が目に入った。
「エ・ウナ・トトロ様」
ペッコがそう声をかけると、その人物は訝しげにペッコを見て、
「ああ君か、あの時は世話になったね、あれ?確か君は新しい幻術王になったのでは無かったのかな?」
今日のペッコは黒の剣士の装束で背中には二刀を背負っている、額の角は帽子で隠しているので、誰がどう見ても幻術王には見えないだろう。
「いえ、その角神にはなりましたけど、まだ幻術王には……」
「そうなのか、それで私に何か用かな?」
「はい、この地にあると言う『地下迷宮』の話を伺いたいと思いまして」
「ああ、地下迷宮か、古代の遺跡だから、宝物や珍しい武器が出土するって言うので、昔は腕に覚えの有る冒険者が迷宮に挑む為にたくさん来てこの村も賑やかだったんだよ、今では冒険者は居なくなって、迷宮に入る者も居ないからね寂しくなったよ」
「その迷宮なんですが、まだ存在するんですか? そして中に入れますか?」
「もちろん存在するよ、そこに転送魔紋が有るから、入りたければ誰でも入れるよ、まぁ昔は鬼滅隊のレンジャーが居て未熟な者が近づかない様にしていたんだけどね、それなりの腕が無いと命に関わるからね」
「そうですか、では僕が迷宮に入っても大丈夫ですよね?」
「一人で行くのかい? 危ないから複数人で行く事を奨励していたけど、まぁ君なら一人でも大丈夫だろうね、武器だけは多めに持って行った方が良いよ、途中で剣が折れたら大変だからね」
「ありがとうございます、ではそこの魔紋を使えば良いんですね、行ってきます」
「ああ、気をつけてね、もし宝物が出たら鑑定してあげるから、私の所に持ってきてくれれば良いよ」
と今は人になってしまった元角神の許可を得てペッコは地下迷宮に入った。
目的は宝物では無く剣の腕をひたすら磨く事だ。
迷宮の中はゲーム内と少し違い、いかにも古代の地下遺跡と言う感じだ。
ゲーム内と同じなのは上層から下層に降りて行くに連れてモンスター達が強くなる事、各所に罠がある事
で、階層を移動するのは階段で転送魔紋は無い。
(すごい遺跡だなぁ、500年前まではここにエルフ族が住んでいたんだよなぁ)
と思いながら、剣を振るってひたすらモンスター達を倒して行く。
なるほど、これは確かにキツイかも、気力と体力、それに剣技が鍛えられるな。
ゲーム内では小休止できる場所があったりしたが、それも無く階段を降りるとすぐに大量のモンスターに囲まれるという状態だ。
50階層ほど降りた所でペッコはこの遺跡の仕組みに気がついた。地上の森のエーテルを常に感じながら下に降りて行った筈だが、そのエーテル量が変化していない。
つまり、階段を降りる毎に幻影の階層を見せられていると言う事で実際には地下には殆ど降りていないと言う事だ。
そして、階段を降りると言う事がトリガーになり、モンスターが召喚される、だから今までに多数の冒険者が入りこんで宝物等を持ち帰ったはずなのに、全く手付かずの部屋があったりする訳だった。
(幻影魔法とでも言うのかな、壁を試しに壊してみたらどうなるんだろう?)
どう思ったペッコは剣をしまうと、魔法書を出して、使い魔タイタンを召喚して壁を攻撃してみた。
壁には強力な魔法障壁があり壊す事はできない様だ。
(なるほどね、ますます面白い)
そう思ったペッコは更にモンスターを駆除しつつ階段を降りる。
モンスターの種類が変わり、なんとペッコが過去に相手をして殺した兵士や、盗賊などの亡霊が出現する様になった、亡霊達は殺された恨み辛みをペッコにつらねながら、攻撃をしてくる。
(良いね、ゲーム内では『死者の宮殿』と言うダンジョンだったから、らしくなって来た)
更に階層を降りると、見た事も無いモンスターやより強力な亡霊達が出現する様になり、
そして多分100階層ほど降りた所で、なんと亡霊化したデス・バハムートが登場した。
(せっかくここまで剣だけで戦って来たのになぁ、魔法を使えば楽なのだけど……)
と思ったが、剣の修行に来た事を思い出して、様々な剣技を使ってデス・バハムートと戦う。
(行けるぞ、ではこれ……)
ペッコが左剣で繰り出したのは、義氏が病院で孫達と一緒に見ていた某アニメの必殺技、5連撃の付きを二回からの、渾身の突きを一回の刺突11連撃という剣技だ、そして更に今度は右剣で同様に技を放つ、これで合わせて22連撃になる。
「まだだ、もっと早く、もっと強く」
ペッコは何度も技を繰り返す、そして最後の一撃でデス・バハムートは消滅した。
(出来た、名付けて「サン・ト・ロザリオ」……これは楽しいなぁ)
ペッコは更に階段を降りて結局地下200階層まで降りた所で、攻略を終了して、最後の宝物庫から
女性が喜びそうな物を何個か入手して、転移魔法でハンティングロッジまで戻った。
体の心地良い疲れが実に気持ちが良い
「おや、お疲れ様、あなた宝物はそれだけなのですか?」
とエ・ウナに聞かれて
「はい実は僕は剣の修行をする為にここに来たのです」
と言うと
「それはまた、そう言えばもう20年以上前にも、あなたと同じウエアキャット族の冒険者が、剣の修行と言って迷宮に入っていましたね、三日ほど続けて籠っていましたね」
「あ、その人僕の先生でシ・ロン・ヤンさんですね」
「そうですか、その人は宝物には一切目もくれなかったですねぇ」
「では、また明日来ますね」
とペッコはエ・ウナに告げて、東の森に向かった、少し汗臭いと思ったので、以前はシルク族の生息地だった辺りの川で水浴びをして、エリン家の樹洞に向かう。
周囲の警護をしていた狩人達が絶影に乗ったペッコを見ると、跪いて頭を下げる。
(まぁなぁ僕は幻術王って事になっちゃっているし)
と思いながら、先に進むと、ザラを中央にして、ザキとゼラの三人が並んで跪いている。
「幻術王様、御行幸いただきありがとうございます」
と最敬礼で挨拶をされた。
「いえ、そういうの無しでお願いいたします、今日は珍しい物を入手したので、ザラさんに持って来たのです」
とペッコはそう言うと迷宮で入手した宝物、女性用の装飾品を3個をザラに渡した。
「まぁ、なんて素敵な、幻術王様ありがとうございます」
とザラは感激して涙ぐんでいる
(いや、それはちょっと大袈裟だよね)
と思っていると、氏族の別の女性が来て
「樹洞の準備ができました、こちらへ」
と案内されて、すぐにまた膳が運ばれてくる。
ザラは踊り子の様な薄手の生地の衣装に着替えて、樹洞に入って来て入り口で土下座の様なお辞儀を深々としてから、ペッコの横に座った。
「あの、もうお越しいただけないのかと思っていました」
「何故ですか?」
「だって、あの時はまだ幻術王様になられる前でしたから」
と言う事だ。
(うーん、何だろう微妙に浮気をしている様な気分なんだけど何故だ?)
などとペッコは思いながら、ザラを抱きしめて唇を重ねていた、そしてその後は……
朝目覚めると、ペッコの着ていたシャツや下着は綺麗に洗濯をされて畳まれて、枕元に置かれている
ジャケットやスラックス、ブーツも綺麗にブラシが掛けられて、磨かれている。
(うーん、昔の高級娼館のサービスと同じだなぁ、こういうの裏を返すって言うんだっけ)
と思うペッコ=義氏だ。
ペッコは結局ザラの元から五日間地下迷宮に通って、その後はゼラの勧めに従い、ガリアニア各地の森を訪ねて森の状況を確認して、『ノクターナル族』の里を訪ねて回った、里で何があったかは、まぁ当然の事が起きたと言うだけだ、そしてどこの森も静けさを取り戻して、平穏無事になっていた。
ペッコは一人での行幸を終えて、ガリアニアの森の都に来ている、かっては一国の都として栄えた街だが、今は田舎の寒村と言う佇まいになってしまっている。
以前の旧市街と言われたエリアは完全に森に飲み込まれて、もはや存在自体が無くなっている、新市街のメインクリスタル周辺には、数軒のログハウスが立ち並んで、市場等として機能している様だ、そして
冒険者ギルドや旧双樹党本部等も既に森に飲み込まれていてしまっている。
そもそもこの街は森の精霊の許可の元に人族とエルフの街として、存在を許されていたのだが、それが無くなった今、このまま全て森に飲み込まれる事になるかもしれなかった。
そこで、ペッコは妖精と対話をして、この街を残せる様に頼んでみた。
妖精はお主の好きにすれば良いと許可をくれたので、早速カヌ・エと話をする為にここに立ち寄ったのだった。
「随分寂しくなってしまいましたね」
「はい、それでもこのままこの街に住める様にしてい頂いただけでも私たち人族は幸運です、森から追放されてしまった、エルフ族の方々の事を考えると心が痛みます」
「カヌ・エ様はお優しいのですね」
「いいえ、心が弱いだけだと思います、幻術王様は森の見回りをされたのですね、いかがでしたか?」
「はい、伐採された場所は既に復元されていました、新しく植えた『境樹』の効果の様ですね、良かったです、それでこの国の統治についてなのですが、どの様に統治をするのが良いのか考えた結果が出たのでお知らせしようと思いまして」
「はい、それはどの様な?」
「今はガリアニア各地のウェアキャット族が各部族の掟に従って森を守っています」
「はい」
「これを一歩進めて、族長会議の様な物を設立して、部族間のトラブルや国としての共通の問題を話す場を設けようと思います、人族の代表としてカヌ・エ様にも参加していただきたいのです」
「大変良い話と思いますが、その会議はどこで開くのでしょう?」
「もちろん、ここです、この街に大会議場を建てようと思っています、あ、既に森の精霊には許可をいただいています」
「そうですか、よしなにお願いいたします」
カヌ・エからの賛同を得た事で、ペッコはまず土地の整備を始めた。
場所は以前双樹党の本部が有った付近で、ペッコが手をかざしただけで、森が後退して、広大な土地が現れた、後は職人の親方に依頼して、森の都らしい建物を建ててもらうだけだ。
一週間の旅を終えてエニアゴンに戻ると、大変な事態になっていた。
ペッコの館に、父と母と大婆様、義父とその妻達が居て、みんなペッコの帰りを待っている。
「え、父上?母上に大婆様まで、一体何があったのですか?」
「この馬鹿者、妻達の健康を管理するのも族長の仕事だ」
と父に怒鳴られ、義父には
「君は気が付かなかったのか」
と詰られ
母に
「甘やかして育て過ぎたかしらねぇ」
と嘆かれた。
「一体何の話ですか?誰か説明をしてください」
とペッコが言うと
大婆様……父の腹違いの兄である先代の族長の母……が
「まぁこの子(ペッコの父)もその兄も、やれ狩だなんだと言って家にはあまり帰って来なかったからねぇ、うちの一族の血なのかねぇ、ペッコやあんたの嫁さん達のお腹に子供が居るんだよ」
(え、子供? しかも今嫁さん達って、大変だ)
「うわ、それは大変だ、お湯を沸かして、医者を呼んで来ないと!」
「落ち着け馬鹿者、生まれるのは四ヶ月後だ」
と父に頭を殴られて、ペッコは正気に戻った。
ウェアキャット族は人族と違い妊娠期間は六ヶ月程だ、そして人族の様に悪阻などが無いのでお腹が膨らんで来て初めて妊娠が発覚する。
今回妊娠したのは、第一夫人のレイア、第三夫人のヒルドの二人だった。
「そう言う訳だから子供が生まれるまでは、大婆様とお前の母親がここに滞在するからな、良いか男はこういう時はどっしりと構えて、獲物を取って来るものだ」
「はい父上」
(いや、子供かぁ、男の子を二人育てて大学行かせて成人させたけど、この世界ではどうなるんだろう?)
と思うペッコ=義氏だった。
エピローグ 政変の黒幕
旧正教国、教皇の座に座って頭を抱えているのは、エルフ族の女性で彼女こそ『エルフ優性生存説』
の著者であり、知の都アカデミー・エオルパ民俗学の教授で哲学者評議会の議員でもある『アデリーナ・ゴダール』その人だ
「なぜだ、私の計画は完璧だったのに、私がこの星を統べる資格があるのに、どうして……そうだ、私が悪いんじゃ無い、私を受け入れない奴らが悪いんだ、あの生意気な角神の小娘も、私を馬鹿にした議長とやらも、役に立たない貴族も騎士ももう全部もう要らない、私の力で……」
そう空な目で独り言を言うとアデリーナは、姿を虚空に消した、後には教皇の玉座の周囲に散乱した数十冊の『エルフ優性生存説』が残されているだけだ。
都市国家『正教国』は今、死に瀕している、街は氷付き、森の都から搾取した木々も既に使い尽くしてしまい市民は暖を取る薪も無く机や椅子、寝台を壊して燃やしている状態だ。
かろうじて食料だけは、氷に覆われていない「ゲルバニア」地方や「アルパイン」地方の一部から
何とか調達できているが、それも貴族が優先で市民の口に入る事は殆ど無い、結果市内には餓死者や凍死者の死体で溢れ、今やそれを埋葬する者も居ない、まさに死の都の状態になりつつあった。
「なんでこんな事に、我らエルフ族は選ばれた民では無かったのか?」
貴族院議長として、連合王国を建国したロートリンゲン侯爵は聖ワインを飲み干して、グラスを壁に叩きつけた。
「叔父上を追放して手に入れた伯爵の地位を、あの女に協力する事で強固な物にした、そして反逆者共の領地と資産を没収して建国以来初めての侯爵位にまで上り詰めたのに、何故だ」
自慢の二人の息子は戦死、配下の騎士団は既に壊滅状態で、代々の使用人達までが殆ど逃亡した屋敷で、侯爵はここ数日ただ酒を飲むだけの生活を続けている。
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第二部はここまでです、読んでいただきありがとうございます。
この話は一応三部で完結予定ですが、気分によっては四部まで行くかも?です。
今回はナギ節が長いので、三部の構想も既に書き始めていますが、掲載はまた次のナギ節で
主人公は人では無くなってしまいました、いや元々人では無かったのかもしれません……