第十九章 タイガークロウ
第十九章 タイガークロウ
朝、天幕から出ると雨模様だ、ペッコは今日は久しぶりに『黒の剣士』のスタイルだ。
みんなが朝食の用意をしている幕舎に行くと、レイアが
「あ、魔王様、その格好懐かしいですね、コロセウムで優勝した時の衣装ですね、でもそんな格好でどうしたんですか?」
「うわぁ、なんか格好良いですね、素敵です」
と評判は良い、以前と少し違うのは、額の角を隠す為に、黒い『トライコーン』の帽子を被っている所だ。
「うん、ちょっとね、朝食食べたら南の森まで行って来るから、皆んなは撤収の準備をしていて、エイルと、ザラは僕に同行して」
「はい、魔王様」
「え、ずるい、私も」
「こら、遊びに行くんじゃ無いの」
「はーい」
といつもの会話をして、南の森ハンティングロッジのメインクリスタルまで飛んだ。
ここには、補給の為に砂の都国軍の一個中隊が駐屯しているので、ペッコは鳥馬を三頭借りて
ザラ達の案内で、北東の『紅葉の吹溜り』に向かった。
「なんだ、お前達は、ここはタイガークロー様の縄張りだ」
と見張りのノクターナル族の狩人に誰何されると
「姉のザナ・エリンとザト・エリンがここに居ると聞いたので、会いに来たんです、私はザラ・エリン
この二人は友人です」
とザラが答えると、狩人の敵意は消えて、
「ああ、その二人なら、今は狩りに出ているよ、もうすぐ戻るから、中で待っていな」
と洞窟の中に案内された、ここには囲炉裏があり、天幕が幾つかと貯蔵庫の様な棚がある。
当然、周囲に居るウェアキャット族は全員女性で、ノクターナル族が八割程で、三十名以上居る様だ
今は半数以上が狩りに出てるそうなので、合計で六十名以上の集団だと思える。
「あの、タイガークローさんはどこに?」
とペッコが聞くと、
「ホッグの集団が出たので、みんなで狩りに行っているのよ、タイガークロー様は凄く強いのよ、今日は美味しい肉が沢山食べられるわね」
と言う事らしい
(あれ、よく考えたら、この森にはタイガーって居ないよな?どこから持ってきた名前なんだろう)
なんて思っていたら、30〜40代に見える逞しいノクターナル族の男性が、十人程の女性狩人を連れて戻ってきた。
「なんだ、客か?」
「あら、ザラじゃない、母さんに言われて連れ戻しに来たの? 前にも帰らないって言ったわよね」
どうやらザラの姉の様だ。
「いえ、姉さん、私のお相手がそこに居るタイガークローさんと話がしたいと言うので、一緒に来たのです」
「ほう、俺に話とはなんだ?、お前ダイアーナル族だな、変な格好をしているが冒険者か?さては双樹党に言われて俺達の討伐にでも来たか?」
「いえ、そうでは無くて、僕の個人的な用事なんですけど、うーん話すより剣の方が良さそうですね、タイガークローさん僕と決闘してください、それで僕が勝ったら僕の言う事を聞いてもらいます」
「ほう小僧、言うじゃないか、可愛いい姉ちゃんを連れて舞い上がっているのか? 俺はお前の歳の頃から各地を修行して、東方で『虎』の群れと戦った事もある、怪我をする前に帰った方が良いぞ」
「ああ、それで『タイガークロー』さんなんですね、是非一手お願いします」
ペッコはそう行って背中の双剣を抜いた。
「ほう、二刀流とは変わっているな、面白い」
タイガークローも剣を抜く、右手に剣、左手に盾の正統派の剣士スタイルだ。
「あれ?、もしかして砂の都でも修行したんですか?」
「ああ、コロセウムで塩の都の猛牛と戦った事も有る」
どうやら、本物の剣士の様だ。
「では、手加減抜きで行きますね」
とペッコは以前コロセウムとカヌートと戦った時と同じ様に
『一の剣』『二の剣』『三の剣』と連撃を繰り出していく、
「ほう、やるじゃないか、ではこっちの番だ」
とタイガークローは右手の剣だけで全て受け流し、強烈な一撃を放ってきた
二刀をクロスさせてかろうじてその剣を受ける。
(この人、カヌートさんより強い!)
30分以上打ち合っていると
「お前、なんか隠しているだろう、本気で来るんじゃなかったのか?」
「すみません、二刀剣士の剣技だけでお相手をしたかったのですが」
「舐めるな、お前普段は一刀だけしか使って無いだろう、右手と左手の動きに差があり過ぎるわ」
(そうか、まだまだだダメか)
「では、改めて」
とペッコは今度は右手の剣を中心に赤魔法士の剣技を使い九連撃、それに二刀剣士の剣技を十連撃と
続けた。
戦っている二人の後方では、ザラが姉のザナとザトとのんびりと話している
「あんた、良い男を捕まえたじゃ無い、母さんも喜んでいるでしょ」
「うん、そうなの凄く強いの、でも姉さん達の旦那様も強いんだね見直した」
「ちょっと、ザラちゃんそれどう言う意味? 私達の旦那様よ」
「ああ、そうだったごめんエイルちゃん」
「お前、赤魔法士か、って事はシ・ルンの弟子だな」
「え、先生と知り合いなんですか?」
「ああ、二十年以上前に少し一緒に旅をした事がある、あいつは元気か?」
「はい」
そこで、タイガークローは剣を止めた、ペッコも合わせて剣を降ろす。
「あいつの弟子って事なら、話だけは聞いてやろう、要件はなんだ」
ペッコはそこで初めて帽子を取った。
「なんだと、お前、それ?」
ペッコの額の角を見て、タイガークロー以外の全員が跪いた。
「僕は砂の都国軍の魔法士大隊を預かる、南ジャズィー北のオアシスの族長、ド・ペッコ・パト大佐と言います、先日森の妖精から、森を守りし者としてこの力を授かりました」
「成程、ただの小僧じゃ無いと思ったが、まさか角神だとはな、でその角神が俺になんの様だ?」
「すみません、『百聞は一見にしかず』と言いますから、ご同行をお願いできますか」
「良いだろう、お前の剣に敵意は無かった、どこへ行くんだ?」
「絶影」
突然現れた、絶影にその場の全員が固まった。
「なんだこの馬?、じゃ無いな伝説のユニコーン……でも無い」
「すみません驚かせて、これは『トライコーン』の絶影です、僕専用の鳥馬だと思ってください」
(絶影、タイガークローさんを乗せても構わないか?)
(はい、主人の望みのままに)
「タイガークローさん、絶影の背に乗っていただけますか?」
「良いだろう」
「では、行きます」
とペッコは絶影に乗せたタイガークローを連れて、西の森の境樹まで転移した。
「どこだ、ここは? あの見慣れない木は?」
「ここは西の森です、あの木は新しい『境樹』です」
「西の森だと?まさか、森は厄災で壊滅的な被害を受けて……」
「はい、それを僕と妖精で、元の綺麗な森に再生しました、まだ再生したばかりなので、街も村も無いです、森の動物達は周辺から入って来ていますから、獲物は充分居ます」
「それで、俺にどうしろと?」
「西の森全部を族長、いえノクターナル族では家長で良いのでしょうか?……として管理をお願いしたいのです、『境樹』の守りも合わせてお願いできますか?」
「おいおい、俺は森の都の双樹党から密猟団の狩猟として追われる身だぞ?」
「森の都は壊滅しました、既に双樹党も鬼滅隊、幻勇隊も存在しないのです、僕は角神として妖精より
今後、森はウェアキャット族が治める様にと言葉をいただいています」
「なるほどね、最近エルフも人も来なくなったと思ったら、そんな事になっていたのか、良いだろう
引き受けよう、角神グ・ペッコ、お前が森の新しい幻術王と言う事で良いのだな?」
「えーっとそこはまだなんですが、まぁとりあえず今は角神は僕一人なので」
「なんだ、歯切れが悪いな、男ならはっきりしろ」
「はい済みません、では、『紅葉の吹溜り』に戻りますね、また絶影の背に乗ってください」
こうして、ペッコは再生した西の森の守りを密猟王と言われたタイガークローに丸投げをする事に
成功した、タイガークローとその一家の者達も新たな広大な縄張りを得られて移住にも喜んでいるので、お互いにWIN、WINで話がついたのだから全く問題は無い。
ペッコは長い遠征を終えて、自分の作った街「エニアゴン」に、魔法士部隊のほぼ全員と帰還した。
そして隊員全員に今回の遠征の苦労を労い、昇進と恩賞の約束をした、もちろんその中にはペッコの七人の妻達も含まれている。
久しぶりに自宅に戻り、新たに妻として面倒を見る事になった4人の部屋を決めて、それからのんびりと風呂に入って旅の疲れを癒した……もちろん妻達(新妻達以外)は全員一緒に入ったので
久しぶりに美しい妻達の姿体をたっぷりと鑑賞して目の保養にしたのだった。
(本当にこの世界に転生できて良かった、神様ありがとう)
と心で神に感謝するペッコだ、ただ顔や頭を洗う時にどうしても額の角が気になってしまう
「これに慣れる事ができるのだろうか?」
砂の都に帰還したペッコは多忙な日を送っている。
プライベートでは新たに迎えた4人の妻のお披露目の宴会をして……元帥やカヌート達軍関係者、元老院や評議会の議員達、砂漠亭の女将さん、街の職人の親方、ペッコの父や母と姉や従兄、従姉達、シ・ロンやエステーノ等大勢を館に招いて、無礼講で料理を食べて酒を飲むウェアキャット式の宴会だった。
ざわついている会場(ペッコの館の大広間)が一瞬静かになった、数人の秘書を連れたロロラトが登場したからだ。
ペッコは席を立って挨拶に行く
「会長、お越しいただきましてありがとうございます」
「結婚おめでとう、これはワシからの祝儀だ」
そう言ってロロラトが秘書達に運ばせたのは、東方風の見事な馬用の鞍だった。
「これは素晴らしい逸品ですね、『東の国』の物ですか?」
「ああ、何でも帝?とか言う王の馬に使う物らしい、お主は変わった馬を愛用していると聞いてな、幻術王なら王の鞍を使っても問題なかろう」
「ありがとうございます、大切に使わせていただきます」
「それにしても、ワシがほんの数年留守にしている間にこんな街ができて、しかも市が立ち砂の都と共存しているとは、見事な差配じゃな」
「はい、この街の住人は難民が中心でしたから、できるだけ安い物を扱って頂ける商店に来ていただいたんです、高級品は砂の都へ行けば買えますからね、安物はこちらでって事です、でも真っ先にココリコさんに東ムガール商会の店を出していただけたので本当に助かりました」
「前にも言ったが、こちらも儲かるとわかってやっている事だ、礼には及ばんよ、それよりお主の所で作っている酒、あれをワシにも飲ませろ、砂の都の蒸留酒より美味いそうだな」
「あ、その酒でしたら、今皆様に飲んでいただいています、ちょっとお待ちください」
ペッコはそう言って、自分でグラスに今日お披露目の新作一年物の『火酒』を注いて、ロロラトに渡した。
「ほう、琥珀色か良い香りだ、どれどれ舌触りも良い、なるほどこれは確かにダミアンの奴の所の蒸留酒より美味いな、それでどこで売るつもりだ?」
「とりあえずはお世話になっている、『砂漠亭』と鉱山士ギルドのバーには卸す予定にしています、後は私の従兄が商売をしていますので、彼に任せてあります」
「お主の従兄か、確かド・チャカ・ヤン殿だったかな?」
「はいそうです、まだ駆け出しの商人ですが、よろしくお願いいたします、あ、ちょうどあそこにいますね、チャカ兄さん」
ペッコが呼ぶと、チャカは直ぐにやって来たが、ロロラトを見ると、ギョっとした顔をしている。
「ロロラトさん、こちらが従兄のチャカです、兄さん、紹介の必要は無いですよね」
「あ、ああ、あのロロラト様、お初にお目にかかります、ド・チャカ・ヤンと申します」
とガチガチに緊張をして挨拶をしている。
「お主の噂は聞いておる、良い商売をしている様だな、今度ワシの事務所に遊びに来なさい、火酒を持って来るのを忘れるでないぞ、ではな」
と言ってロロラトは、元帥や他の議員達の談笑の輪に加わる為にペッコの元から立ち去った。
「うわぁ緊張した、突然あんな超大物を紹介するなよ、心臓が飛び出すかと思ったぞ」
「でも、ロロラトさんも兄さんの事をご存知の様でしたよ、商売で良い関係になれたら良いでは無いですか」
「ああ、まぁそうだな、今度本当に火酒を持って事務所にお邪魔してみるか」
とチャカも機嫌が良いのは何よりだ。
一方で、公務では元帥と元老院に提出する遠征の結果報告書の作成、麾下の士官や兵達への恩賞と昇進の手続き、そして一番大きな仕事、『自由都市』解放計画の作成等の事務仕事が山の様にある、幸い有能な副官のおかげでかなり楽ができているが、それでも数日は一日の大半をデスクに座って過ごしていた。
ペッコ自身も少将に昇進して、妻達もルネ少尉もそれぞれ一階級昇進した、そしてついでに新たに妻になった4人も少尉に任官させて、赤魔法や黒魔法、白魔法の特訓をさせている。
そんなある日、報告書の最後の一枚を徹夜で書き終えたペッコは、砂の都のオフィスを出て、市街を抜けて、メルク大門から外に出た。門の外ではたくさんの子供達が遊んでいる平和な光景を目にした。
(あれ、そう言えばこの都には学校が無いよな?)
と思いながら、綺麗に石畳で舗装された街道を通って、エニアゴンに向かう。
いつの間にか街道の両脇には商店や飲食店が並んで、縁日の屋台の様な状態になっている。
それだけ人通りが多いのだろう、そしてその店でも、子供達が両親を手伝って働いているのがわかる。
今日はペッコは家に戻って、のんびりとしようと思っていたのだが、そのまま義父のオフィスがある
市庁舎に向かった。
「おう、おはようペッコこんな朝早くからどうした?」
「ちょっと義父上にお伺いしたい事があって、今良いですか?」
「ああ、構わんよ、何だ?」
「変な事をお伺いしますけど、義父上は読み書きをどこで教わったんですか?」
「俺のいた村には、幻術士崩れの治癒士がいてな、そのおっさんが村の子供達に読み書きを教えてくれたんだ」
「なるほど、ではレイアとヘリヤには義父上が?」
「いや、二人が子供の頃は自由都市にはドマからの難民がいてな、その難民の子供達と一緒に『塾』とか言う場所で、色々教わっていたな、数の数え方とかもな」
「この街の子供達に、そうやって読み書きや数を教える所って有るんですかね?」
「うーん、どうかな職人達や商人達は親が子供に教えてるようだな、それ以外はわからんなぁ」
「そうですか、すみません変な事を聞いて」
次にペッコが向かったのは、街路を挟んで隣の教会だ
この教会のドアは日の出から日没の間は開放されていて、朝は仕事前に商売と現生利益の神「メルク神」に祈りを捧げに来る商人や職人で賑わっている。
ペッコの姿を見ると、皆軽く会釈をしてくれる。
帰還当初は、額の角を見て「ギョッ」とする反応の市民も多かったが、今はみんな慣れてくれた様だ。
「これはこれは、おはようございます少将閣下」
と老齢の司祭が和かに話しかけてきた、この司祭は元呪術士で教団の枢機卿も兼ねていて、引退間際だった所を大司教に要請されて新しい街でのんびりと布教をしながら教会を運営している。ペッコとは何回も顔を合わせていて、彼はこの街が気に入って居る様だった。
「司祭殿、少しお時間をよろしいですか?」
「はい、ではこちらへどうぞ、薬茶でも如何ですか?」
と言う事でお茶を飲みながら世間話を少ししてから
「所で司祭殿、教団では子供達に読み書きなどを教える施設とかは有るのでしょうか?」
「子供達にですか? 熱心な信者のお子様達には経典を教えるクラスを毎週星極日に行っていますが、それ以外は特にありませんね、それが何か?」
「いえね、先日の遠征で訪れた塩の都では、「ディスコルディア星道教」の武僧達が街や村の子供達を集めて読み書きや、簡単な数学、体術等を教えているのを見ましてね、森の都でも幻術士ギルドでは昔から
子供達を集めて幻術や読み書きを教えていましたよね、なので教団や呪術士ギルドの方でもそういう施設があるのかなと思った次第です」
「ふむ、なるほど……子供達に……」
司祭は何か考え込んでいる様だ、
「この街にも子供の姿を多く見かける様になりました、僕はその子供達に教団の教えや読み書き、数学、体術、魔法等を教える施設を作ろうかと思って居るのです」
「なるほど、それは見事なご見識ですな」
「ありがとうございます、それで司祭殿、その施設東方では『塾』とか『学校』と言うらしいですが……
その運営を司祭殿にお任せできないかと思いまして、もちろん費用はこちらで負担いたします」
「なんと、そういう事でしたか、しかしそうしますと、この教会では少し狭いかもしれませんな」
「はい、魔法士大隊の隊舎を引っ越しましたので、旧隊舎が空いています、そこを使えるのではと思っています、ついでに学校に来た子供達にランチを提供もできたら良いかもと思います」
「素晴らしいお考えですな、これは私の独断ではお答えしかねますので一度大司教様に相談の上お返事をさせていただきます」
「ありがとうございます、あ、そうだこれ、戦死者の弔いをしていただいたお礼です」
とペッコは金貨を10枚ほど置いて帰宅した
今日は妻達は非番のヒルドを除いて全員が公務か訓練中だ、なので二人でのんびり昼食を食べて
その後は……まぁ昼間からそういう事もあるよねと思ったペッコだ。
夕方、皆んなが帰って来て、ディナータイム、今夜は久しぶりにペッコが用意をした。
新作のデザートをを皆んなに振る舞うと、妻達には好評だったが、エステーノとシ・ロンは
「これはちょっと甘くて……」
と言う評判だった。
そして食後は男性は応接間で談笑しながら火酒を飲み、妻達とアリアはダイニングで女子会と言う感じになっている。
「すみません、お二人にお伺いしたいのですが」
「なんだ、急に改まって」
「いえね、どうしたらもっと強くなれるかなと思いまして」
「何言ってんだ、お前もう十分強いだろう?」
「確かに魔法を使えばそれなりだと思うんですけど、剣だけだとまだまだだと思うんです、それでお二人がどうやって強くなったのかなと」
「なんだ、何かあったのか?」
「いえ、この間、南の森でタイガークロウさんと言う方を手合わせをしたのですが、剣では敵わなかったんですよね」
「タイガークロウ?あのタイガークロウか、懐かしいな、確かにあいつは強い、まぁ俺の方が強いが」
と酒が回って珍しく饒舌なシ・ロンだ
「確かにね、シ・ロンさん、あんたは強いよ、ペッコ、剣ならこの先生に教われば良いじゃないか」
「ええ、何回かお手わせをお願いしたんですが、先生全然本気を出してくれないんですよね」
「そりゃそうだ、大事な孫弟子に怪我させるわけにはいかないだろう」
「そうだよな、こんな美味い酒を飲ませてくれる孫弟子なら俺でもそうする、まぁ真面目な話、俺は若い頃に死ぬ程ドラゴンと戦ったからなぁ、それで自然に強くなったと思う」
「流石は蒼のドラゴンスレイヤー殿だな、実戦で鍛えたと言う事だな」
「俺の場合は、若い頃に剣の修行をしたのは、南の森にあった『地下迷宮』だな、あそこは不思議な所で、入る度に地形やモンスターが変わる不思議な所でな、地下二百階位あるんだが、一部魔法が使えない場所もあって剣の良い鍛錬になったぞ」
「え、先生、そんな場所があったんですか?」
(あ、これゲーム内の『深層ダンジョン』の事か、この世界でも有るのか)
とペッコ=義氏は思った。
「それは面白そうだな、まだあるのかな?」
「どうだろうな、古代の地下都市の遺跡の様だったが、ああ、そうだ角神のエ・ウナ・トトロ様が管理をされていたが、ペッコ君は面識があるのだろう、聞いてみればわかるかもな」
「しかし、やはりお二人とも若い時に修行をしているんですね、僕もまだまだですね」
「まぁ、無理しない程度に頑張れよ、お前は俺達と違って公務があるんだからな、じゃ俺は寝るわ」
「はい、先生ありがとうございます」
「お前、あの先生と一度もまともに手合わせをして無いのか?」
「ええ、魔法なら僕の方が強いのは分かっているんですが、剣ではまだ刃が立たないのは確かですね」
「俺は昔、あの人と一緒に戦った事があるんだけど、とんでも無く強かったな、あの人ならドラゴン族とも普通に戦えると思ったよ」
「あれ、でもそう言うエステーノさんももう人間のレベルを超えて強いですよね」
「それは褒められてない様な気がするな」
「実は僕、これのおかげで、人のエーテル力が解るんです」
とペッコは自分の角を指差した
「へぇ、それで俺はどうなんだ?」
「あの、正直に言いますね、エステーノさんは人と言うよりはドラゴン族ですよね、人の形をしたドラゴン族と言った方が的確だと思います」
「ああ、それか、俺は邪竜に一度完全に取り込まれていたからな、そのせいかな?」
「もしかして、ドラゴンの姿になれたりできますか?」
「いや、それは無理だろう、試した事は無いが」
「でも、もしそうなるともう新たな種族ですね『龍人族』って感じですね」
「はは『龍人族』ねそれは悪く無いな、さて俺ももう寝るわ、あの酒また飲ませてくれ」
「はい、また次の樽が届いたら試飲をお願いします」
エステーノは冗談だと思って笑いながら部屋に戻って行ったが、ペッコの見立てでは
何かのきっかけがあって、エステーノの中のドラゴンの血が覚醒すると、エステーノは再びドラゴンの姿に変身する事ができると思っている。
自室に戻ると今夜の相手のエイルがベッドで待っていた。
「魔王様、お話が盛り上がっていましたね、なんの話だったんですか?」
「うん、どうしたらもっと強くなれるかって話だね」
(あ、今日は二回目だ、頑張らないと)
と義氏は思ったが、流石17歳のペッコだ、全然問題無かった。
翌日は公休になっているので、ペッコは書斎で色々と家の中の仕事をしている。
妻が4人増えたが、家計はまだまだ十分余裕がある、というかあり過ぎる位だ、エールと火酒の売り上げの一部かペッコの懐に入る様になっているし、他にも出資したビジネスが好調だからだ。
ふとデスクの横を見ると『エルフ優性生存説』が目に止まった。
(ああ、そう言えばまだ読んでいなかったな)
と思って、手に取った、題名からして詰まらなそうだから読んでいなかったが、暇だから目だけでも通しておこうと思ったからだ。
そして最初のページを開いた時に、異変に気がついた、
「この本、魔紋が隠されている?」
以前のペッコなら見落としていただろうが、今は角神の力で、エーテルの流れが読める様になっている
なので、この本から発する異様なエーテルに気がついたのだった。だが、どの部分にどんな魔法が仕込まれているのかまではわからない。
(これはまたココブシさんの力を借りるしか無いな)
ペッコはこの本を二冊鞄にしまうと、ボトルに詰めた一年物の火酒……オークの樽で熟成させた物で
透明だった廃酒が琥珀色に変わって、良い香りになっている……を持って、砂の都に転移して錬金術ギルドに向かった。
「ココブシさん、また力をお借りしたいんですけど」
と事情を話す
「本に魔紋ですか?、そうなると、この本がどの紙で作られていてどんなインクが使われているか、から鑑定しないといけないですね、少し時間がかかりますけど良いですか?、それで魔紋が見つかったら兄達に頼んで魔法の解析もすれば良いのですね」
「はい、それでよろしくお願いします、これ代金代わりです」
「うお、なんですかこれ?なんとも良い香りで……いや仕事中に飲んだら怒られます、後でゆっくり頂きますね」
「解析が無事終わったら、このお酒、樽でプレゼントしますよ」
「了解しました」
と言う事で、これも丸投げ成功だ。
(優秀な人が周りに沢山いてくれて助かるなぁ)
と思うペッコだった。
それから数日して、『自由都市』解放戦『フォルトゥーナの紡車』の作戦要綱がほぼ完成した頃、ペッコは司祭から連絡を貰い、久しぶりに大司教デュロロ・ロロと面会をする事になった。
(あ、忙しくてしばらくご無沙汰しているから、もしかして怒っているかも……、秋だし何か良い物は……あ、あれだ)
と言う事で、今回制作したスイーツは『葡萄入りの餅アイス』だ。葡萄は一年物の火酒に数時間漬け込んでだ物を使っている。
妻達に食べさせた所大好評だったスイーツだ。
「これ、少将」
「はい猊下」
「お主、私を甘く見ているのではないか?」
「いえ、とんでもございません」
「ならば何故、顔を見せない、披露宴以来では無いのか?」
「申し訳ありません、隊務に追われていまして」
「全く、氷菓子さえ食べさせておけば済むと思っているのではあるまいな?」
「滅相もございません」
「まぁ良い、それで今回はどんな菓子じゃ」
(なんだ、結局は欲しいんだ)
「『葡萄入りの氷餅』でございます、一口サイズなので、一気にお召し上がりください」
「うーん、これはまた美味じゃの、葡萄と何やら不思議な香りがして……」
と大司教は一気にご機嫌になった。
「司祭からの報告を聞いたぞ、なかなか良い事を思いついた様じゃな、教団にとっても良い話じゃ、早速
進める様に指示をしておいだぞ、やはり其方は知恵物じゃ、それにしてもその角、痛く無いのか?」
披露宴の席では周囲の目も有るので、聞きたくても聞けなかった様だ。
「はい、最初は違和感がありましたが、今は慣れました」
「それで、角神の力とやらはどんな物なのじゃ?」
「森の妖精と会話できる、と言う事以外は魔法の力が大幅に向上した位でしょうか?、以前の角神の方々
の様に不老になったのかどうかはまだわかりません、不老になっても不死では無いのでおそらくは三百歳
位で老衰となるかとは思いますが」
「森の妖精と言うのは、『豊穣の女神ケレス』だと言う話を聞いた覚えがあるが、どうなのじゃ?」
「いえ、私が聞いた声は男性の物です、なので女神様では無いかと思います」
「ふむ、女神では無いのか……、それで元帥より聞いておるが、お主、幻術王の地位を引き受けるのか?」
「それが、まだ、その……私如きにその様なお役目が務まるかどうか、それに私は砂漠の生まれ、森の事も妖精の事もまだ良くわかりません、猊下、私はどうしたら良いでしょうか?」
これはペッコの本音でもある、ただ面倒な地位に付きたく無いと言う事もあるのだが、デュロロは違う様に捉えた様だ。ペッコが相談した事で更に機嫌が良くなっている。
「少将、人には天命と言う物が有ると私は思っている」
「天命でございますか?」
「そうじゃ、神命と言っても同じじゃな、私はプルトメルク教団の大司教の地位は、プルト神、メルク神から与えられた物と思っておる」
「はい」
「それと同じ様に、女神ケレスが、今困難な状況にある森の都の為にお主を選んだと思えばどうじゃ、どうしたら良いか等と迷っている場合ではなかろう」
「しかし猊下、お言葉ですが僕に……失礼いたしました私にその資格があるとは思えないのですが」
「少将、その考えは不遜であるぞ、私の立場から言えば、お主はプルト神、メルク神が使わした女神ケレスにより召命されたと言う事じゃ、神が選んだと言う事を疑うのか?……と言う事になるのでな、まぁ
お主の不安もわかる、だが案ずるな、私も元帥もあのロロラトやマンドルでさえもお主の幻術王就任を
期待しておるのじゃ、我ら一同がお主を支えてやるでな、我らの期待に応えて見せよ」
(成程、元老院では既に協議済みと言う事か、僕を傀儡にして森の都を併合するって事かな?、いやそれは有りか、その方が経済や食糧問題の解決にもなるし……)
「猊下、お言葉ありがとうございます、猊下のお言葉を心に刻んで精進いたします」
「うむ、期待をしておるぞ」
ペッコは大司教の元を去ってから、更に色々と考えている。
神命か、エウロパ12神には明確な主神が記されていない、各都市国家で違う神を信仰して、それぞれがその神を主神として崇拝しているのが現状だ、僕をこの世界に呼んだ神はどの神何だろう、これはその神の意思なのかな?
「うん、決めた」
ペッコは心の中で一つの考えを纏めた。
ペッコは出陣前に最後の課題を片付ける事にした。
それは南ジャズィーにまだ居座っている非友好的なドラコニア族への対応だ。
彼らは、焔神イフリートを信仰し、砂の都を擁するジャズィーを「聖なる炎で焼き清められた土地」として聖地と考えている。特に、南ジャズィーの中央部『ザクラク』の地に大掛かりな砦を二ヶ所作り、その周囲を占拠している。
ペッコがドラコニア族『炎の一党』の長『ハムジ・グー』を通して、ドラコニア族に対して提案したのは、彼らが聖地礼拝の為に使用している『ザクラク祭場』に『イフリートの神殿』を建てる事、神殿の管理は『炎の一党』が行う事、ペッコ達はその神殿に毎月貢物として『火酒』を2樽贈呈する事。
その代わりに他のドラコニア族は、ザクラクから撤退する。
と言う事だ、もちろん、交渉の際には特大のイフリートを召喚したのは当然だ。
イフリートの効果は絶大で、ザクラクを支配する族長も平伏して、ペッコの提案を受け入れた。
エニアゴンに帰還したペッコは、職人の親方達に、ハムジ・グーの意見を尊重して、ドラコニア族風の意匠を取り入れた石造りの神殿建築を依頼した。
「邪族の為の神殿を作るとはあまり気が進まないものじゃが、このデザインを見ると、挑戦したくなるのぉ」
と、引き受けてくれた。
「さて、これで後顧の憂いも無くなったし、安心して出陣できるな」
と心を引き締めるペッコだ。