第十六章 東方基地攻略戦
第十六章 東方基地攻略戦
二日間の演習が終わり、全軍に一日の休暇が与えられる事になった。
「絶影、僕の他にもう一人乗せられる?」
「問題ありません、どうぞ」
ペッコは、作戦前に個人的な事を片付けて来ますと言って、塩の都を後にした
目的地は第五夫人のド・スリマ・ラツの生まれ故郷、トラキア辺境地帯のレ族の縄張り『スカウトストーンズ」だ
既にスリマの姉、ナーゴを通して訪問の許可を取っているが、一応ウェアキャット族の女性の掟としては族長の許可を得ていない婚姻は無効とされているので、事後報告になるが挨拶に行こうと思ったからだ。
ただ、スリマの父親がペッコの父親の様に武闘派だった場合は、決闘も辞さない覚悟はある
一応ゲーム内のレ・ラツ・パトは話のわかるキャラクターだったと思うが、今までの経験から微妙に性格が変わっている場合があるので注意が必要だ。
『スカウトストーンズ」は洞窟のある岩山の頂上が平地になっているという変わった地形でその平地の部分にレ族の集落がある、ペッコは集落の端に降りるように絶影に指示をした。
「まさか、天馬に乗って来るとはな、婿殿は随分と変わった趣味をしている様だ」
と出迎えてくれたレ・ラツの第一声だ。
「初めてお目にかかります、南ジャズィー、北のオアシスの族長、ド・ペッコ・パトです、本日はお時間を作っていただいてありがとうございます」
と作法通りに挨拶をする、今日は二人とも赤魔法士の装束を着ている。
「娘から話は聞いている、末の娘の恩人だそうだな、まずは礼を言わせてくれ」
「いえ、当然の事をしたまでですから、ただ本来なら族長の許可を得て婚姻をするべき所、順番が逆になり申し訳ありませんでした」
と、ペッコは頭を下げた。
「君はその若さで、実力で砂の都の国軍大佐になったそうだな、そして私の娘以外にも妻が六人いるとか
若いのに立派なパトの様だ、だか狩もろくに出来なかった末の娘を嫁にと言われても、こちらも了承するわけにはいかないのだ、しかも娘はまだ成年前の子供だ、『紅の決闘者達』の装束を身に付けている様だが、剣も魔法も本当に使えるのか?信じられん」
「お嬢様は、私の魔法士部隊第5中隊の中隊長として50人の赤魔法士を率いて居ます、この度の遠征でも、旧正教国のドラゴンスレイヤー騎士二名を一人で討ち取って功績を上げています」
「まさか、そんな馬鹿な」
とラツは信用できない様だ
ペッコの妻達は今や一番若いヘリヤでさえ、白魔法、黒魔法、赤魔法を取得して、ペッコ仕込みの体術も身に付け、更に『蒼のドラゴン・スレイヤー・エステーノ』とも何度も組み手をして技を磨いていた、なので並のドラゴンスレイヤー騎士程度では敵では無くなっている。
しかもほぼ全員が、誘拐されたり売られたりした経験が有り、北部連合の将兵には強い恨みがあるので
一切手加減無しの攻撃をする、ペッコからすると相手となった敵の騎士が可哀想な位だった。
「そこまで言うのなら、スリマ、下の大地に居るテレオケラスを一匹狩ってこい、一人前に狩ができる事を証明できたら、この婚姻を認めてやろう」
「はい、父上ありがとうございます、王子ちょっと行って来ますね」
とスリマは散歩にでも行く様に出掛けて行って直ぐに戻って来た
「父上、ちょうど下に三匹居たので、気絶させておきました、姉さん達に頼んで運んでもらってください」
そしてしばらくして、スリマの姉達が総がかりで巨大なテレオケラスを三匹運んで来た。
「見事な物だ、スリマよ余程精進した様だな、お前の母親がずっと心配していたぞ、会いに行ってやれ」
「はい父上」
とスリマは、母親と自分が以前暮らしていた幕舎に向かって走っていった。
「婿殿、試す様な事をしてすまなかった、実は昔流星君から君の事を聞いた事があってな、南ジャズィー
のド族にとんでも無く強い少年が居るとね、私は君の御父上オドさんもよく知っているし、将来は娘の誰かの婿になって貰えば良いなと思って居たんだよ。まさか君の方から来てくれるとは思わなかった、娘をよろしく頼む」
「はい、義父上ありがとうございます、命に変えてお嬢様をお守りします」
「そうか、では宴にするとしよう、テレオケラスの肝臓は美味いぞ」
こうして、ペッコはスリマの父に婚姻の許可を貰った、
(ふう、大変だよな、あと四回これをしないといけないのか)
と内心では思っているペッコだった。
そして丁度その頃、南の森をほぼ制圧したブレイドの本隊に居るド・エイル・ライ大尉は自分の部族の集落を訪れて、族長である父に婚姻の報告をした結果、大いに喜ばれて早く婿に会わせろと言われて困惑していた。
『ディスコルディアの涙』作戦の第二幕が始まる、塩の都からの軍使として、東方基地を訪れたレ・ナーゴ少佐は、基地の東方の『連合軍』の本陣に戻ってきた。
「どうだ?」
「最後の一兵になるまで戦うそうです」
と報告した、それを受けたアルディン大将は全軍に檄を飛ばす
「攻略目標、東方基地。作戦名『ディスコルディアの涙』、発令!」
それを受けてカルピン少将がペッコの方を向く
「大佐!」
「了解しました」
ペッコは当初の打ち合わせ通り、東方基地の左翼に連なる『長城』に向かって攻撃して、その一部を消滅させた。
全軍から歓喜の声が上がる
「すげえな、あの魔法の威力」
とココバニとココベジが顔を見合わせる、そして続いて右翼の『長城』も攻撃消滅させた、これで東方基地は孤立する事になり、長城内の敵の伏兵や予備兵力は一度外に出て迂回をしないと基地に辿り着けなくなった。
「魔法士部隊!」
カルピン少将の声に
全員が魔法で基地を攻撃していく、敵の幻術士達が魔法障壁を展開するが、黒魔法士四人を含む100人以上の魔法士の圧倒的火力の前に障壁は役に立たない
「突撃!」
カヌート中佐率いる白兵戦に特化した部隊が突入して、更に基地を蹂躙する。
ペッコは呪具からレイピアに武器を持ち替えた赤魔法士部隊の両中隊を左右に展開して、敵の挟撃に備えた。
レイアとスリマはグリフォンに騎乗して上空から監視、地上の部隊に攻撃の指示を出す。
長城内部にはまだ、おそらく数千の兵が居るはずだが、数十人の集団で散発的に出撃してくるので赤魔法の餌食になるだけだ、そして逆に侵入路を発見した本隊が、主力のドラコニア族部隊を投入して長城内部の敵を殲滅して行く。
やがて基地に塩の都の国旗が掲げられて、戦局は敵の掃討作戦に移行していった。
ペッコはここで、基地上空からメガ・メテオを放ち、基地の東側、東の森へのゲート一体を消滅させた。
当初の宣言通り、基地のメインクリスタルや一部の建物を残し、更に長城も大部分を残したままにしたが長城はこれで無用の長物となった……解体すれば屑鉄などの資材は有効活用できるかもしれないが
基地内に入り本営を設置して、アルディン大将らと各部隊の報告を聞いていると
レイアが捕虜を連れて戻ってきた。
「王子、森の都の幻術士で偉い人だって自称してます、首を刎ねても良いですよね」
(いやダメだって、でもレイアも母親を殺されているかななぁ)
「幻術士殿、お名前を伺っても?」
「ワシは、双樹隊隊長ベルテナン大将、捕虜として正当な扱いを要求する」
「この人殺し共、あんた達に対する正当な扱いは死刑だけだよ」
(ああ、やっぱり、かなり頭に血が登っている)
「何を言うか、エオルパの正当な支配者エルフ族のワシに向かって獣人風情が偉そ……」
までベルテナンが言った所で、レ・ナーゴ少佐が剣を抜いて首に当てた。
「戦犯として今ここで処刑しても良いのですよ、大将殿、おいこのクズを連れて行け、営倉にぶち込んでおけ」
と言う騒ぎの中、今度はスリマも捕虜を連れて帰投。
(ああ、両腕と片足折れてるし、酷い顔になってるし……みんな手加減する気は全然無いのね)
「王子、姉上、こいつ正教国の貴族だそうです」
と捕虜をまるでゴミでも投げ捨てる様に放り出した、ペッコはなんとなくだが覚えている様な記憶がある
(誰だっけ、四大貴族の雑魚NPCだったかなぁ?……あ、思い出した)
「スリマ、捕虜にするならもう少し手加減をしてあげてね、これじゃ尋問も出来ないじゃない」
「はい、王子申し訳ありません、次からは始末しておきますね」
なんて言う会話を聞いて、周囲の兵達がドン引きしているのがわかる、そして一人の兵士が身振り手振りでどうやらスリマの戦い方を再現している様で、聞いている兵達(男性の)が全員一斉に前を押さえて
恐怖の表情を浮かべた。
ペッコは軽く治癒魔法をかけてから恐怖で引き攣った顔をしている男に声をかけた
「あなたは、旧正教国のテダルグランシュ・ロンメル殿、確か男爵でしたっけ?」
と言うと、男は震えながら頷いた。
「アルディン大将、この男は今後の正教国との交渉に役立つかもしれませんね、どこかに幽閉しておく事をお勧めしたします」
「そうか、ロンメル家と言えば名門貴族だったな、そうしよう」
他の捕虜は兵士や下士官達で、これは当初の予定通り武装解除の後、負傷者以外は全員解放したが
人族の兵士達はこのまま亡命させて欲しいと懇願してきたので、ペッコはこの兵士達の処遇はアルディン大将に一任した、そして士官や将官は捕虜になった二人以外は全員戦死が確認された、戦死者の階級章から判断して、どうやら、先ほどのベルテナン大将がここの指揮官だった様だ。
「さて、恒例の勝鬨でもあげようぜ」
とのカヌート中佐の声で、勝利の勝鬨をあげて、東部基地攻略戦は終了した。
「見事に灰になってますね」
「ちょっとやり過ぎましたね、今夜の野営地の確保が面倒になりました」
とペッコはカルピン少将に答えた。
カヌートはこっそりとカルピンに
「なぁ、もしかしてウチの大佐殿は、一人で国を壊滅させられるんじゃ無いか?」
と聞いて、カルピンも
「まさか、でも有り得る?」
と一瞬冗談では済まない表情になって
「いや、それは無いな」
と笑ったが二人は内心でそんな心配をしていた。
これまでの戦いで、砂の都には一人で長城を破壊する魔法士と『赤字に金のドレイクの隊旗』を掲げた恐ろしい女達の居る部隊が有ると言う事が、解放された捕虜達から一気に広まり、更に別ルートで分隊として進軍している、四人の妻達の部隊も同様な戦果を上げている事で、敵軍の恐怖の対象になりつつあった。
翌日から、次の作戦についての軍議が行われる。
「大佐の作戦計画だと次は、周囲の村落を解放しつつ、東の森の拠点を確保すると言う事だな」
「はい、そして元帥の本隊と合流して森の都に侵攻する予定です、大将閣下、塩の都の軍はどうされますか?」
「吾輩としては、このまま一緒に進軍したいと考えているが、さて政府がどう出るかな、一度都に戻って
協議が必要だな」
「了解です、ではその間、東の森各地の様子を偵察させたいと思いますが、よろしいですか?」
「ああ、ピピン頼むぞ」
「はい父上」
その日、東の森の威力偵察から帰還した部隊よりペッコ達は不思議な報告を受ける。
「森が変とはどういう事だ、もっと明確に報告をしろ」
とカヌートに怒られた兵士だが、
「いえ、本当に変としか言えないのです、私は元はこの辺りで猟師をしてましたから森の事は詳しいのですが、なんと言うか森が禍々しいと言うか恐ろしいと言うか……」
「全く要領を得ないな、お前まさか酒飲んで無いよな?」
「まぁまぁ中佐じゃないんだから、朝から酒を飲む人は居ないですよ」
とペッコは話に割り込んだ。
そして詳細をもう一度聞いて
「ルネさん、幻術士部隊の中から一番森とか妖精に詳しい人を連れてきてください」
と指示をした。
数分後にルネが連れて来たのは、以前北ジャズイーで捕虜となりその後はエニアゴンの幻術士ギルドで教官を勤めてくれているベテランの人族の幻術士だった。
ペッコの魔法士部隊麾下100名の幻術士部隊は、若手を中心とした3/4がブレイドの本隊と共に行動していて、残りはペッコに随行して、5人ずつ別働隊に配備されている、なので今は年配の5人が残っているだけだった。
「ウィトレッドさん、どう思われますか?」
「うーん、話を聞いただけだと今一つわからないですね、私が現地まで行って調べて参りましょうか?」
「そうしていただけるとありがたいです、では護衛を二人ほど連れて行ってください」
「俺が行くよ」
とカヌートが手を挙げた、そして
「悪いが、スリマの嬢ちゃんを借りてくぞ」
と言うと、スリマも
「教官は私がお守りします」
と手を挙げた。ウィトレッドはペッコの妻達や赤魔法士部隊の兵達の幻術の教官だからだ。
三人はマウント……スリマはグリフォン、ウィトレッドとカヌーとは鳥馬だ……に乗り東方基地を出て北上する。基地から出た辺りには森の都のレンジャー部隊が建てた東方基地監視塔があった筈だが存在しなくなっている、そしてその周辺の木々は全て伐採されて荒地になってしまっている。
「酷いですね、このまま北に行ってみましょう、シルク族と言う植物型の邪族の集落があったはずですが
・・・」
そこもまた樹木が全て伐採されて、シルク族の姿も形も無い
「偵察に出た奴が言っていたのはこの辺りのはずだが、どうだい何か感じるか?」
「いえ、まだ特には、しかし酷い物ですね、森が完全に消滅してしまっています、我々森の都の民はずっと妖精の加護を受けて森と共存をしていたのに……」
そこから今度は東の方に進むとウィトレッドは悲鳴をあげた。
「まさか、そんな……『境樹』が切られている……もうおしまいだ」
と、顔を覆った。
この境樹は各地の森に一本ずつ有り、森の始まりから存在すると言われた神聖な樹で、『森』はこの樹による結界で外敵から守られていた。
「教官、誰か来ます、カヌート中佐」
「おう」
カヌートとスリマはマウントから降りて、剣を抜き、茫然自失状態のウィトレッドを守る体制になった。
「そこに居るのは誰?」
と少し離れた丘の影から声がかかる、若い女性の声だ。
「俺たちは、幻術士殿と一緒に、森の様子を見に来ている者だ」
「幻術士だと、ふざけるな、お前達が森をこんな姿にしたんだ」
と言う声と共に矢が放たれた。
「中佐、行きます」
とスリマは赤魔法士の跳躍技『ミスキャ』で一気に相手との距離を詰めて、レイピアを突きつけた。
「連合王国の兵士か、私は砂の都魔法士部隊だ、大人しくしろ」
「待って、あんた達、本当に砂の都の人なのか?」
と両手を挙げたのはスリマとあまり歳の変わらない、ウェアキャット族の狩人だった、
ただし、彼女はペッコやスリマとは種族が違う、肌の色は少し濃く、瞳も丸くて大きいのが特徴の
『ノクターナル族』だった、森の都には昔から定住しているが、村や街では無く大木の樹洞や洞窟などで生活をしている部族だ。
「私はド・スリマ・ラツ、あっちに居るのはカヌートさんとウィトレッドさん、ねぇ少し話が出来ないかな?」
「良いよ、私はザキ・エリン、あなた強いね、不思議な剣を使うの初めて見た」
スリマはザキと名乗った狩人の少女を連れて、二人の元に戻る。
「スリマの嬢ちゃん、この子が、さっきの矢を?」
「君は私が幻術士だからと矢を射かけたね、私はそんな目に遭った事は今まで一度も無かったのだが」
矢を射かけられて正気に戻ったウィトレッドが聞くと
「おじさん何も知らないの? 幻術士は森の敵になったんだ、あれ? おじさんエルフじゃ無くて人?」
「ああ、私は人族だ、しかし幻術士が森の敵とはどう言う事かな?」
「周りを見なよ、これ全部幻術士がやったんだよ、しかも村の人達を無理やり捕まえて木を切らせたんだ、だから森の妖精達が怒って、幻術士達やエルフ達は森の敵になった、すぐそこにあった人とエルフの村はもう無いよ、森の妖精が消してしまったから」
「そこにあった村とは『ホートン家の山塞』の事かな?」
「そうだよ、もう跡形も無いよ、でも行かない方が良いと思う、このお姉さんはウェアキャット族だから大丈夫だと思うけど、他の人は森に食べられちゃうから、じゃあ私はもう行くね、おじさん達は道から離れたらダメだよ」
そう言ってザキは身を翻して、僅かに残っている森の中に消えていった。
「とんでも無い事になりましたなぁ、一度報告に戻りましょう」
「ああ、なんか凄くヤバそうな気がするな」
三人が戻って報告をすると
「それは、森の都の人々が妖精の加護を失ったという意味ですか?」
とピピンが聞いた
「そうです、昔ランフォリ族が妖精の怒りを買って森から追放された、と言う話はご存知ですよね
それにエルフ族自体が、以前は森に住む事を許されずに地下の洞窟に住んでいたと言う伝説も有名です、
これから一体どうなってしまうのか、見当も付きません、ただ以前の事例から考えると森の中に入るのは危険だと思いますので、進軍なさるのなら、街道沿いを森に入らない様に進むのが良いと思います」
「幻術士殿は、森の妖精と対話できるのでは無いのですか? 我々が敵では無いと話す事はできないのでしょうか?」
「角神やそれに近い魔力を持つ白魔法士なら対話が可能かもしれません、私たちでは軽い浄化はできますがそれ以上は無理です」
「おい大佐、お前白魔法使えるだろ、なんとかならないのか?」
「うーん、僕は砂漠育ちなんで、森に来たのが今回が初めてですからね、やってみないとわからないです」
「そうか、そうだよなぁ、オアシスには森なんて無いからなぁ」
「まぁ悩んでいても仕方が無いですね、とりあえず街道を外れ無い様に、もう少し偵察を続けて、父上が戻られるまで情報を収集いたしましょう、それでもし可能なら大佐に浄化を試してもらうと言う事で良いですか」
「そうですね」
こうして、ピピンの言う通りに、偵察部隊を何隊か編成して、東の森全体の偵察を行った。
翌日も偵察に出ていたスリマが、ペッコの所に戻って来て
「王子、先日のノクターナル族の子が王子を連れてこいって言ってます」
と言う事だそうだ
「そう、何かな? 僕はノクターナル族に知り合いは居ないはずだけど?」
「彼女のお母様が王子にお目にかかりたいとおっしゃっているそうです」
ペッコはピピンの所に行って、許可を得た。
「スリマ案内して」
とペッコが絶影に跨ると
「王子、私もお供します」
と言う事で、レイアも一緒三人で、待ち合わせの場所に行くと、既にノクターナル族狩人の少女が二人
焚き火にあたりながら待っていてくれた。
「僕が、『ド・ペッコ』君達は?」
「私はザラ・エリン、こっちは妹のザキ・エリン、私たちエリン一家はこの辺を代々縄張りにしてるの」
「そうか、それで僕に何の様かな?」
「母が、砂の都の兵隊にド・ペッコ・ヤンって名前の人が居るかもしれないから、聞いてみて居たら連れて来いって」
「君達のお母さん? なんでだろう?」
「あ、用が有るのはお母さんでは無くて、お爺ちゃんなの」
「お爺様か、案内してくれる」
二人に連れて行かれたのは、森の外れにある、大きな木の樹洞で、中に入るとペッコの母位の年配の女性が居て、奥の臥所では老人が臥せっている様だ。
「今日は、僕がド・ペッコ・パト大佐です、あのもしかして御病気ですか、僕は治癒魔法を使えるので
拝見させていただいても?」
と挨拶をしながら言うと、女性は
「私はこの辺りを仕切っているゼラ・エリン、あなた『ダイアーナル』族の割に礼儀正しいのね、こちらに来て」
そう言われて、臥せっている老人の側に座り、魔法書を取り出して治癒の為に妖精を召喚した。
すると、老人……ウェアキャット族では無く人族の老人だった……が、小さな声で話を始めた
「ド・ペッコ・パト大佐、族長になられて昇進されたのですね、おめでとうございます」
と言われたが、ペッコ=義氏はこの老人に見覚えが無かった。
「あの、失礼ですがどこかでお目にかかった事がありますでしょうか?」
「ああ、前回お目にかかった時はまだヤンで中佐でしたね、飛空挺で国境まで送っていただきました」
まさか、この老人は……と思って顔をよく見ると、皺だらけの顔の奥の目に見覚えがある
「エ・スミ・アン様、しかしそのお姿は?」
『角神』のエ・スミ・アンは200年以上少年の姿で生きてきた、だが今は角神の印である額の二本の角が無くなって普通の人族の老人の姿になってしまっている。
「私たち森の都の民と森の妖精の間の500年以上続いた契約は破棄されました、全て我々の愚行のせいです、その為私も妖精から頂いた力を無くしました、この身体は本来の人の身体に戻ったので、一気に歳を取ってしまったのです、もうこの先長くは生きられないでしょう、最後にあなたに会えて良かったです」
「そんな、エ・スミ・アン様、私は貴方に師事して色々と教えて頂きたい事が沢山あるんです……」
ペッコは自分の今使える最強の治癒魔法を発動した
「ありがとう、ですが治癒魔法は老衰には効果がありませんよ、それ位あなたも理解しているでしょう?」
「ですが……」
「良いのです、それよりあなたにお願いがあります」
「はい、どんな事でも承ります」
「元『三重の幻術王』カヌ・エ、ア・ルン、ラヤ・オの三人が幽閉されている場所がやっとわかったんです、南の森に有る『トプラクの千獄』と呼ばれる昔の監獄です、本来なら私が行くべきなのですが、この身体ではもう動けません、申し訳ないですが三人の救出をお願いしたいのです、おそらく三人とも私と同じ様にもう角神の力は無いと思います」
「わかりました、お任せください」
「それと、もう一つ、森の妖精と話をしていただけますか?」
「え? 私がですか、ですが……」
「大丈夫、あなたの力なら妖精と話ができると思ってます、我々の罪を許して欲しいとは思わないですが
森の都の民がもう一度安らかに暮らせる様に、なんとかお願いできないでしょうか?」
「わかりました、全力を尽くします……ですが、どうしたらよろしいですか?」
「中の森に『長老の樹』と言う大樹があります、その樹に触れてみてください」
「え、それだけですか?」
「ええ、後は妖精の声に耳を傾けてください」
「はい」
「それとゼラ、あれを」
「はい、こちらに」
ゼラは古ぼけた杖を持って来た、その杖は白魔法士エ・スミ・アンの愛杖だ
「ド・ペッコ・パト大佐、この杖で皆を導いてください、あなたに私の全てを託します」
「いえそんな、エ・スミ・アン様、そんな大切な杖を受け取れません」
とペッコは言ったが、エ・スミ・アンは最後の使命を果たした様な満足そうな笑みを浮かべて目を閉じた。
「道士、受け取ってください、エ・スミ・アン様の最後の望みを無にしないでください」
ゼラは涙に塗れた顔でペッコに杖を差し出した。ペッコは涙を堪えながら両手で杖を受け取った。
側では、ペッコの妻達と、ゼラの二人の娘も泣きながらペッコの事を見つめている。
「ゼラさん、エ・スミ・アン様から託された任務を果たして、ここに戻ってきます、それまでエ・スミ・アン様をよろしくお願いします」
「道士、貴方は森の地理に詳しく無いでしょう、私の二人の娘を道案内として連れて行ってください、ザラ、ザキ、道士様の案内を頼んだわよ」
「はい、お母様」
「よし、では一旦みんなの所に戻るよ、少将に報告をしないと」
「はい王子」
二人のノクターナル族の狩人の少女を連れて、三人は本隊に帰還した。
「……そうか、あのエ・スミ・アン様が、残念な事ですね、それでどうしまうか?」
「私はレイアとスリマの三人で救出に向かいたいと思います」
「おい、待て俺も行くぞ、少将良いよな?、俺の部隊はあんたに預ける」
「中佐、大丈夫ですよ……」
「ダメだ、『魔法王子・恐怖のダニ退治』事件の事忘れたとは言わせねぇぞ、お前は一人で行かせると
何をするかわからんから危ないんだよ」
「何ですか、その『魔法王子・恐怖のダニ退治』って?」
「いや、少将、その話は聞かなかった事にしてください、仕方ないな、カヌート中佐にも同行してもらって宜しいですか?」
「その方が良さそうですね。健闘を祈ります」
「はい!」
ペッコ達四人は敬礼をして出立準備をする。
「おい、鳥馬車を用意した方が良いぞ、幽閉されて弱っているかもしれないからな」
「あ、そうですね気がつきませんでした」
こう言う時、ベテランは頼りになるとペッコは思った。
こうして、カヌートが鳥馬車にザラとザキを同乗させて先導する形で出立した。目的地は南の森『トプラクの千獄』だ。
ペッコ達が『トプラクの千獄』を目指している頃
南の森の砂の都軍本隊でも、色々な問題が起きていた。
「元帥、どうも兵達の間で変な噂が広まっています」
「変な噂とは?」
「それが、誰も居ないはずの森の中から不気味な声がするとか、夜に森に近づくと何かに腕を掴まれるとか」
「それは戦場で新兵がかかる例の病では無いのか?」
「いえ、それが新兵だけでは無く歴戦の士官まで同じ様な体験をしているとか、本営の有る『ハンティングロッジ村』の中に居る時は問題無い様なのですが」
首席秘書官のヨーデル大佐からの報告を受けてブレイドは本営に各隊の隊長を招集した。
その中には周辺の村々を開放して本隊に合流した、ヒルド大尉、ヘリヤ中尉、カーラ中尉の分隊も居て
総勢は8000を超えている。
「ウィル・ミラー少佐、貴殿の幻術士としての見解を聞きたい、兵達の言う様な事はこの森では良く有るのかな?」
「申し上げにくいのですが、森で悪さをした野盗の話と言うのが森の都に伝わって居まして、どうもその話と似ている状態の様です」
「ほう、その話とは?」
「……と言う事で、いつの間にか野盗の仲間の姿が消えて、一人だけになって、村に逃げて来たという物です」
「なるほどね、それでそんな時には、村の者達はどうしたんだ?何か対処方法は有るのか?」
「浄化の儀式を行い、森の妖精を鎮めると言う事なのですが……」
「何か問題が?」
「はい、正直に言いますと、私は元々この辺りの出身で、幻術士として浄化の儀式を行なった事も何度も有ります、ですが、今回は森の様子が今までとは全く違うのです、もちろん村の周辺の森をこの様に伐採した、などと言う例は今までに無いし、そもそもこの村は南の森の要、それがほぼ無人の状態で放置されていたと言う事も何か変な気がします」
「確かに、我々は当初は敵の策略で、あえて村を無人にして我々を誘い込む作戦だと考えたのだが、どうもそれも違う様だな、一体この村に何が起きたのだろうか?」
そこに周辺の哨戒を兼ねて自分の部族の村を訪れていたエイル大尉が父親であるラ族の族長
『ラ・ライ・パト』を連れて帰還した。
「元帥閣下、ただいま戻りました、父が元帥にご挨拶をしたいと言う事なので勝手ながら同道いたしました、父のラ族族長ライです、父上こちらが砂の都国軍司令官で執政官でもあられる、スピン・ブレイド元帥です」
「お初にお目にかかる、南の森、ラ族族長ライ・パトです、閣下には娘が大変お世話になっているそうで
一言ご挨拶をと思い参上いたしました」
「いや、大尉は魔法士としても士官としても立派なお嬢様です、今は警護部隊の隊長も兼ねてもらって居ますからな、全軍に勇名が轟いて居ます」
「閣下、やめてください」
「はは、事実だろう、大尉の姿を見ると敵が逃げ出すからな」
幕舎に居る全員が少し複雑な笑い声を上げた。
「それで族長殿に一つお伺いしたいのだが、宜しいか?」
「はい、何でしょうか?」
「族長殿はこの辺りの森に詳しいと大尉から伺っています、最近、森の異変などを何か経験されましたか?」
「実は、その話を聞いて頂こうと思い参上したのです、他の部族からの話も有るのですが、各地の森にあった人族やエルフ族の村が、森にのまれて消滅していると言う事です、ここから北西にエルフの盗賊の村が有ったのですが、先日確認した所盗賊達も含めて村が完全に消滅して居ました。ですが不思議な事に北東の「ノクターナル族」の村……こいつらは政府からは密猟団と言う扱いなのですが……は全く異常は無く普段と変わりがありませんでした、私たちもこんな事態は初めてて混乱しているのです」
「なるほど、森で何か異変が起こっている事は確かな様だな、しかし困った、ここから先に軍を進めるのにも、補給の観点からこの村は重要なのだが、もし他の村の様に消滅してしまっては、我々は孤立してしまう事になる」
「元帥よろしいですか?」
「大尉、何かね?」
「森を通って感じたのですが、確かに今までとは違う敵意の様なものが漂って居ます、以前もこの様な事を経験した事があります、なので一度浄化の儀式をさせて居ただけないでしょうか?」
「そうか大尉は元々は幻術士だっな、初めて会った時が懐かしいな、まぁそれは置いておいて頼めるか?」
「はい、私も主人のおかげて白魔法が使える様になりました、そこに居るヒルド大尉、ヘリヤ中尉、カーラ中尉も同様です、そしてウィル・ミラー少佐麾下の幻術士の方々が90名ほどいらっしゃいます、皆で力を合わせれば何とかなるかもしれません」
「そうか、ペッコ大佐の奥方達は全員白魔法も使えるのだったな、ミラー少佐どうか?」
「わかりました、早速準備にかかります」
こうしてミラー少佐の指揮で……この中では一番ベテランの幻術士だ……、エーテルの淀が確認されて
そこに祭壇を作り、四人の白魔法士と90人の幻術士よる浄化の儀式が行われた。
「これは悪意と言うよりは凄まじい敵意」
ミラー少佐は一瞬他白くが、詠唱を続ける。
「なんだろう敵意の中に凄い悲しみを感じる」
エイルは更に心を込めて浄化の術を続ける、そして……生まれて初めて森の妖精の意思に触れ気を失ってしまった。
しばらくして意識を取り戻したエイルはその場の全員に森の妖精の意思を伝えた。
「……何と、まさかそんな……という事は『森の都』と言う国が消滅すると言う事か?」
ブレイドも他の幕僚達も愕然としている、角神達がその力を失い、森から排除されると言うのは森の恵みを中心として生計を立てていた「森の都」の民も生活が不可能になると言う事だ。
ただエイルの話では、ウェアキャット族達は狩人としてそのまま森での生活が許されると言う事なので
全く無人の土地になるわけでは無い様だが。
ブレイドは考え決断した。
「全軍、これより『中の森』に進軍する、絶対に街道から外れない様に注意をして行軍する様に、ヨーデル大佐、陣立を任せる」
「は、お任せを」
こうして本隊は中の森「ベントランチ牧場』を目的地に進軍を開始した。
そして、裏道を使って『トプラクの千獄』へ急いでいたペッコ達に追い付かれる事になる。
「おい、前方に居るの、元帥の本隊じゃ無いのか?」
「その様ですね、急ぎましょう」