第十五章 長城を越えて
第十五章 長城を越えて
「やっとここまで来たな」
とペッコは呟いた、アケロン川を渡河して南の森に入り、北上して東の森まで到達したが
当初予想していた様な組織的な抵抗には合わず、途中の寒村の守備隊と何度か戦った位でここまで辿りついたのだった、そして途中で見たガリアニアの森の状態は酷い物だった。
伐採が進み、森では無くただの荒地となった場所が街道沿いに広がって居るのは環境保護運動家達をあまり好きでは無いペッコ=義氏の目から見ても心を痛める光景だった。
しかも伐採に強制的に携わされているのは奴隷化された森の都の市民達だ、エルフ族では無いと言うだけで、自国の市民……人族やウェアキャット族……を奴隷化するなど、ペッコは認める事は絶対にできなかった。
ここまで、ヘリヤに続いて、ヒルド、カーラ、ロヌルの中隊にそれぞれ1000ずつのドラコニア族の戦士を付けて分隊、彼女達もそれぞれが進路上の村落を解放しながら、集合地点の南の森「ハンティングロッジ」を目指している。
「全員長城から1マルム以上離れて、レイア達は念の為に白魔法で魔法障壁を」
と指示をして、長城……かって帝国が築いた要塞『バイエルの長城』……現在は北部連合王国の要塞……の南東端を破壊する準備に入る。
実は破壊自体は簡単で、創造魔法の破壊モードを使えば一瞬なのだが、それではペッコが異質な魔法を使えると言う事が露見してしまう、なので、ペッコは壁の破壊に四段階の手間をかける事にした。
「絶影、頼んだぞ」
「はい、主人」
愛馬……正確には馬では無くトライコーン……で壁の上空の魔道障壁と魔法障壁の手前で止まると
ペッコはまず、最強の使い魔サン・バハムートを召喚して、『長城』をメガフレアで焼いていく、次に黒魔法メガ・メテオを落とし、最後に特大のイフリートを召喚して、炎の範囲魔法を発動させた。
着弾と同時に破壊の創造魔法で長城を一気に1マルムほど消滅させれば完成だ。
範囲魔法の硝煙が消えると、長城のあった場所には綺麗な小規模のクレーターが出来ている。
「色んな場所で岩山を崩して練習したからなぁ」
とペッコは感慨深げだ、そして後方ドラコニア族の怒号の様な大歓声が聞こえてくる。
彼らの目には神『イフリート」が長城を破壊した様に見えたから当然だった。
「絶影、周囲に人の気配は?」
絶影はペッコより視力も聴力も優れているので、周囲の索敵を得意としている
「北西側、悲鳴や呻き声が聞こえますが、かなり距離があります、北東側に人の集団が居ますね」
との事なので、ペッコは後方のレイアに指示をして、赤い狼煙をあげてもらった。
すると前方からそれに呼応する様に青い狼煙が上がる、ペッコは地上に降りてみんなの元に戻ると
「全軍前進、南西側からの攻撃に注意」
と指示をして青い狼煙を目指す。
しばらく進むと前方に、陣地が見えて、そこには塩の都軍旗と並んで砂の都の軍旗が旗めいている
「おー、やっと来たか」
と出迎えたのは、少し痩せた様に見えるカヌート中佐だ
「おせえよ、それになんだそりゃ、妙な物に乗っているな、東方の『馬』ってやつか?」
と言いながらも嬉しそうだ。
「中佐、お待たせしました、まずは補給物資を運び入れましょう、後方からも補給部隊が続いていますから」
と下馬して、中佐と握手をした。
「おう、紹介しよう、この坊やが我が軍が誇る『魔法王子』ことド・ペッコ・パト大佐だ、大佐こちらが不死隊のピピン・カルピン少将、隣が塩の都政府のリサ・ヘクストさんだ
「中佐、変な二つ名を付けないでください、カルピン少将、ヘクストさん初めてお目にかかります、ド・ペッコ・パト大佐です」
とペッコは砂の都式の敬礼をした、これは本来が不死隊の物と同じなので、カルピン少将も同様に答礼をする、リサは軽く右手をあげる塩の都風の答礼をして
「アリスとシュトラから話は聞いているわよ、あなたが知の都のアカデミーのスカウトを断ったって言う魔法の天才少年ね」
(何、どんな話になっているんだ?)
ペッコとしてはこの二人は初対面だが、義氏は当然ゲーム内で何度もあっているし共闘している
塩の都解放戦後のムービーシーンの国歌が流れる所ではつい目頭が熱くなった記憶がある。
心情的にペッコ=義氏は塩の都のシンパなのだ、なので個人ギルドの旗も塩の都と同じグリフォンにしていた位だった。
「あれ、そう言えばルネの姿が見えないが?」
「ルネ少尉には後方の補給部隊の指揮を取ってもらっています、後ほど合流すると思います、少将、こちらが僕の部下、ド・レイア・ニョル大尉、ド・スリマ・ラツ中尉です、そして今回の作戦の要、ドラコニア族『炎の一党』の長『ハムジ・グー』さんですが、少将とは顔見知りの様ですね」
「ああ、何度か会った事がある、ハムジ・グー殿、久しいな、壮健そうで何よりだ」
「百錬成鋼 少将も相変わらずですね」
「あら、ラツ中尉と言う事は、レ・ナーゴ・ラツ少佐のお身内かしら?」
「はい、ナーゴは腹違いの姉です、姉は息災でしょうか?」
「ええ、塩の都に戻ったら、会えるわね、それで大佐、この後の予定は?」
「一度全軍で休息した後に、今は北部連合が占拠している東方基地を奪還します、奪還が不可能な場合は、この長城と同じ方法で消滅させますが、それは最後のに手段にしたいですね」
「消滅とは……しかし先程の桁違いの魔法攻撃を見てしまうと、それも納得せざるを得ないな」
「はい、それで一応ですが、降伏と基地からの退去を警告していただければと思います、無用な殺戮は控えたいので」
「基地からの退去と言うのは、森の都側へ逃げろと言う事で良いのかな?」
「はい、敵兵を捕虜にできる様な状況では無いと伺っていますので」
「確かに、国境を封鎖されて、市民も私達も食糧にも困っているわ、その方法で無血攻略ができると良いわね」
「では、一度塩の都に帰還いたしましょう」
塩の都旧王宮の国軍司令部、ここは開放前までは北方帝国皇太子で総督を兼ねていた『ゼノン・イエー・アウグストス』の座所があった所だが、今は円卓が置かれて会議室として使用されている
今日の会議の出席者は塩の都の国軍司令官、元砂の都の不死隊局長だった『塩の都の猛牛』ドウェイン・アルディン大将、文官を代表してリサ・ヘクスト、元砂の都不死隊少将で、現在は塩の都国軍の客将待遇のピピン・カルピン少将、不死隊呪術師部隊のココバニ、ココベジ、そして砂の都派遣軍ド・ペッコ大佐、カヌート中佐、ドラコニア族『炎の一党』の長「ハムジ・グー」他数名と言った顔ぶれだ。
「最初に、砂の都遠征軍の諸君には改めて礼を言わせてもらう、長城の南東端を破壊した事で、補給路が繋がり、現在は食糧や医薬品が続々と到着している。塩の都を代表して感謝の気持ちを表したい。
さて、その上で聞きたいのだが、砂の都の新政府は今後我が国にどの様な対応をしていただけるのか?
今回の支援作戦の後はどうされるのか?」
「アルディン大将閣下、政治的な質問には小官には回答する権限が有りませんので、いずれ政府より正式な申し出があるかと思います、なので今後の作戦なのですが、現在我が軍は森の都に対する侵攻作戦
『ディスコルディアの涙』を実施中です、ブレイド元帥率いる本隊は南の森を制圧しつつあります、ドラコニア族の支援を受けた我が部隊も南の森と東の森を四つのルートから攻略中です。
今回の作戦目的ですが、森の都の占領では無く、レジスタンスと協力して現在幽閉されている『三重の幻術王』や他の角神の救出を第一にしています。ただ残念ですが、今の所まだ幽閉場所が確認できて居ません。
今回の侵攻で通過した各地域では、エルフ族以外は奴隷化されて、強制労働に従事させられて居ました、また各地での奴隷狩り、人身売買などを国家的に行なっている証拠も多数ありますので、我々としましては北部連合王国を自称する傀儡政府を森の都から排除し、その後に旧正教国に対応する予定です。
我が部隊は塩の都支援と言う第一目標を達成いたしましたので、次は東方基地の攻略、そして東の森に侵攻する予定です、そこで大将閣下に伺いたいのですが、塩の都として東方基地と長城を今度どの様にするおつもりでしょうか?
「どの様にとは?」
「私としては、邪魔な長城を東方基地ごと消滅させてしまっても良いと思って居ます、実際にその方が攻略も早く、兵の犠牲も少なく済みますので、ですが塩の都として長城や基地を残して置きたいと言う事であるなら、また違う攻略方法を考え無いといけないと思いますので」
「長城も基地も消滅させるか、確かに先日の長城南東部の状況を見ると、充分可能なのだろうな、その件については、少し時間をくれないか?政府とも相談して回答したい」
「了解しました、それと旧王政下で塩の都に派遣された不死隊、近衛騎士団、冒険者部隊の処遇なのですが、砂の都国軍に復帰を希望する将兵は、この戦いの後で以前と同じ階級で相応しい部隊に復帰させる容易があります、またこのまま塩の都の軍に留まりたいと言う希望者があれば、速やかに除隊手続きを済ませる様に指示を受けております」
「なるほど、それで軍を抜けたいと言う者に罰則などは無いのだな?」
「はい、新生した国軍は完全志願制の軍です、なので徴兵等は行いませんので、志願も退官も自由です」
「そうか、スピン・ブレイド元帥、そして執政官殿か、良い政治をされている様だ」
「恐れ入ります」
「では、しばし休憩としよう、ド・ペッコ大佐、少し個人的に話がしたいのだが構わんか?」
「はい閣下」
ここで会議は一旦休憩となりリサは共和国政府内で、長城と東方基地の扱いを協議する為に退出した。
他の物も控室に戻り、ペッコはアルディン大将の執務室にピピン・カルピン少将と共に招かれた。
「大佐は、コロセウムのトーナメントであのカヌートを破って優勝したそうだな」
「はい、カヌートさんは私の剣技を知りませんでしたから優位に戦えました」
「私は大佐が、あの二代目『猛牛』を自称するカヌートに勝ったと言う話も驚きましたが、カヌートの変わり様にもっと驚きましたよ、海沿いの山脈を越えて塩の都に来た時にはあまりにも立派な軍人になって居たので別人かと思いましたから」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだな、俺が知っているカヌートは鋼刀団のアングリー・ジャッカルよりは少しマシと言う位の暴れ者だったんだが……」
「それで閣下、女王陛下は今はどうなされているのですか?」
「正直に言うと、非常に悪い状況だ、医師の見立てではお身体には特に悪い所は無いそうだが、どうやら生きる気力が無くなってしまわれたと言う事でな、砂の都で陛下が進めた軍縮政策の失敗とその後の混乱で悩まれていた所に、北部連合王国の侵攻、そして政変と立て続けにあったからな、私が陛下のお側にお仕えしていればこんな事にはさせなかったのだが、残念だ」
「そうですか、僕は治癒士でもあるので御病気ならなんとかなるかと思ったのですが、心の病では……
あ、もしかしたら少しはお役に立てるかもしれません、一度治癒を試みても宜しいでしょうか?」
「どうだろうな、陛下はもう誰にも会いたく無いとおっしゃっていてな、私も医師も部屋に入れてくださらないのだ」
「そうですか、わかりました」
「それで先ほどの件だが、大佐は何故長城が要らないと思うのだ?」
「簡単な理由です、土地が勿体無いです、長城の場所に畑を作ったり果樹植林をしたりすれば、塩の都も
森の都も双方の益になると思うのです、帝国占領下で鎖国政策を取るのであれば、長城はそれなりの意義がありました、でも今は百害あって一理無しだと考えます。
「なるほど、大佐は政治の方も詳しい様だな」
「詳しいと言うよりは私もパトとして小さいですが、自分の領地と民を守る必要があります、食料問題は
最初に考える事だと思っています」
「そうか、その若さで族長なのだな、立派だ、だが政治の世界は理想論が通らんものでな、おそらく評議会の奴らは、長城をこちらに取り戻せるならそのまま残して置きたいと言うだろうな、少なくとも森の都の政情が安定するまでは壊すなと言う事になると思う、どう思うピピン?」
「父上の仰る通りですね、私もその回答を予想して居ます」
「そうなると大佐、遠征軍の兵力だけで東方基地を落とすのは困難では無いか?」
「それは……方便になってしまうのですが、基地は建物を一個でも残しておけば良いのかなと、ダメですかね?」
アルディンとピピンは顔を見合わせて爆笑をして
「大佐、君は面白いな、ブレイド殿は生真面目な人だから、君には苦労しているのではないか?」
「そうなんでしょうか?元帥には目をかけて頂いていると思って居たのですが……」
「なんとなくですが、大佐の事はやんちゃな弟を面倒見ている感じなんでしょうね、あのカヌートでさえそんな感じでしたから」
「そうだな、それも大佐の人徳と言う事だろう」
(そうなのかな、確かに僕は周囲の大人に恵まれているかもしれない)
とペッコが考えていると、リサが部屋に入ってきて
「あまり良いニュースでは無いのよ、まだ結論が出ないのだけど、評議会では長城も基地もそのまま取り戻したいと言う意見が多いわ」
と言う事だった。
「すまんな大佐、悪い予想は当たった様だ、だが君らだけに攻略を任せるわけにはいけない、我々も出撃しよう、ピピン今どれ位の兵力がある?」
「元解放軍の方はほぼ全員が、補給物資を各村に分配する任務について居ます、なので動員できるのは
我々元不死隊の部隊だけになりますね、数にして2000位でしょうか?」
「そうか、大佐すまんなもっと兵を集められれば良いのだが」
「いえ、アルディン大将それで充分です、ありがとうございます大将に御一緒していただけるなら百万の味方を得た様な気分です」
「ではピピン、出撃の準備を進めてくれ」
「はい父上」
「あ、大将、一つお願いがあります、攻略軍の指揮をお願いしても宜しいですか?」
「大佐、それで良いのか?」
「無論です、よろしくお願いいたします」
ペッコは立ち上がると、砂の都式の敬礼をした、アルディンとピピンも立ち上がって答礼をする。
ドウェイン・アルディンが大将と言う地位に止まっているのは政治的な理由からだ
解放軍を指揮していたグスタフ・ケンプ隊長が死の間際で後継者に指名したのがリサ・ヘクストだった
これはリサの父が解放運動の闘士だった事による、そしてリサは独立後国軍として再編された解放軍の軍事的指導者の地位をアルディンに委ねた。だから形式上はまだリサが国軍の最高司令官と言う事になっている。
ペッコ=義氏はこれは塩の都の軍政の大きな欠点だと思っている、さらに悪い事に政府として共和政を取っているが、これは部族の代表者評議会が議論するだけで、結論が出ない、結論が出ても誰も責任を取らない、失敗する共和政治の見本の様な政体なのだ、ペッコはそれを知っているから、砂の都の政体に『執政官』と言う地位を設ける様に進言をしたのだった。ペッコの見立てではこのままでは塩の都は国家として瓦解する可能性が高いと思っている
ペッコが退出した後で、リサが二人に
「ふーん、なんかアルフィを熟成させて少しヤンチャにした感じの子なのね」
と言うと、二人も
「なるほど」
と頷いていた」
執務室を出たペッコは衛兵に案内されて、『ロロラト・ナナラト』の部屋を訪問した
ノックをすると、
「誰かね?」
と尋ねられたので
「砂の都 遠征軍指揮官ド・ペッコ・パト大佐です、会長にお目通をお願いします」
とドアの外から返答すると、すぐにドアが開けられて秘書らしい女性に応接スペースに通された。
「君が、噂さの魔法王子か、良く来てくれたな、それで要件は?」
「はい、会長の東ムガール商会には今回の遠征でも色々と便宜を図っていただきました、特に『ココリコ・ロロリコ』殿には日頃からお世話になって居ますので、まずはそのお礼と思いまして」
と立ち上がって、敬礼では無く普通に頭を下げて礼をした。
「何、礼には及ばんよ、ココリコも商売になるから付き合っているだけだ、商人とはそう言う物だ」
と言う回答が返ってきた。
「それで、本題は?」
どうやら時間を無駄にしない人らしい
「はい、砂の都との陸路での補給路を確立しました、それと燃料や整備用物資を積んだ飛空艇も間も無く到着いたしますので、係留中の不死隊の飛空艇も使用可能になります、砂の都に御帰還を希望されるのであれば、明日の帰りの飛空艇に搭乗していただければと思います」
「そうか、空路が復活するのはありがたいが、陸路とは?」
「長城の南東を破壊して通行できる様になっています、後は東の森、南の森ともほぼ我々の勢力範囲になって居ますので、黄金平原経由で砂の都までの補給路が出来て居ます」
「なるほど、では飛空艇には私と秘書の二人を乗せてもらおうか、他の者は陸路で帰還させる事にしよう」
「かしこまりました、ではその様に手配させます、それと一つお願いなのでが、会長のお力で女王陛下を飛空艇にお乗りいただく様に説得していただけ無いでしょか?」
「うーん、それはワシにも無理だな、それに今砂の都の政治は上手く行っているのだろう?陛下はご自分の失政を責めて心の病にかかっておいでだ、そんな陛下が砂の都に戻られて、現状をご覧になったらどう思う?」
「あ、そうですね、それは私の配慮が足りませんでした、そうか……」
「陛下はな、とてもお優しい人なのだよ、お優し過ぎて人の争う姿がお嫌いでな、だから平和になって
軍縮政策を取った、その結果がこうだ、それをずっと悔いておいでになる、我々大人がもっと陛下を
お支えする事ができたならと思うのだが、それは後の祭りだ、だから今は陛下をそっとしておいていただきたいと思うのだ」
「はい、かしこまりました、御忠告感謝いたします、ではこれで失礼致します」
ペッコはそう言って、今度は敬礼をして部屋をでた。
ゲーム内では策士で金の亡者の様な扱いもあるが、この世界のロロラトは中々の大人物の様だ
そして、抜け目無い商人だ、配下を陸路で帰らせるのは、途中の状況を視察させて商売のネタを探す為だと言う事がペッコには理解できたからだ。
一方でロロラトは秘書に
「今の大佐に関する資料を全部持ってこい、それと帰ったら更に詳細に調査をしろ」
と指示を出している。こちらもペッコの事が気になる様だった。
ロロラトの部屋を出たペッコは歩哨に呪術士のココバニ、ココベジの兄弟の居場所を聞いてみた
二人は暇を持て余していて、この時間はいつも酒保で昼間から酒を飲んでいるらしい。
ペッコが酒保に入ると、兄弟の他にもカヌートや他の将兵の姿が見えた。
「よう大佐。会談は終わったのか?どうなった?」
「中佐、なんでみんな酒を飲んでいるんですか?」
「何、どうせ数日はやる事無いんだろう、だから兵達に休暇をやったんだ、事後報告で悪かったな」
「いえ、でもそれって本当は中佐が飲みたかっただけでは無いですよね?」
とペッコは笑うと、カヌートも笑いながら
「いやな、ここには『アラック』と言う強くて美味い酒があると聞いていたからなぁ、これ本当に美味い、お前さんの所の火酒(いつの間にかこの名前で定着している)も美味いが、これも美味いぞ飲むか?」
と言われたのでペッコもショットグラスに一杯貰ってみた。
(アラックって中東の酒で、確か水やソーダで割って飲むんだったよな?)
とペッコの中の義氏の記憶が言っている。
(うわ、やっぱりキツくて、良くこれをストレートで飲むよなぁ)
と思うが、ほのかにフルーツの香りがしてド族の廃酒よりは高級感がある。
(確かゲーム内だとデーツの実から作るんだっけ、これは確かに美味いかも)
等と思っていると、
「あんた砂の都の魔法士大隊の隊長なんだよな、一体どんな魔法であの長城を壊したんだ
俺たちの呪術では壁に傷を付ける位しかできないぞ」
と少し年上に見える(ペッコには小人族の年齢を推定出来ない)方の呪術士が言ってきた。
なので、ここへ来た理由を思い出して
「ココバニさん、ココベジさん、マスターから預かってきた手紙があります」
と二人に渡した。
二人はそれを読んで、最初は
「兄貴らしいな、俺達の事お見通しらしい、酒飲んで無いでちゃんと修行をしろって書いてある」
と笑っていたが、読み進むとペッコの事を見て、またもう一度読んで……を繰り返した
「本当なのか、あんた、魔法を全部使えるのか?」
「ええ、本当です、それでお二人にはこれを差し上げます」
ペッコが渡したのはもうお馴染み黒魔法士のクリスタルのペンダントだ
「なんか高そうなペンダントだな、貰っても良いのかな、ありがとう」
と素直に礼を言う二人だ。
「お二人ともそのペンダントを手に握ってみてください」
「なんだ、こうか……ウォーなんだこれ?」
「『ファイジャー』『メテオ』すげぇ」
「マスターや他の御兄弟にも同じクリスタルを差し上げています、これでお二人とも黒魔法を使える様になりましたね、次の作戦の為にも練習をしておいてください」
とペッコが言うと二人は、
「ああ、ちょっと練兵場に行ってくる」
と言ってそのまま走って行ってしまった。
「なんだ、一体どうしたんだ?」
と不思議そうなカヌート
「カヌートさんにお願いが有るんですけど」
「おう、なんだ?」
そこでペッコは、先程のアルディンとピピンとの会談の内容を話した。
「なるほど、で大佐、お前さんはそれで良いんだな?」
「良いも何も、直に『戦場の演出家』の指揮を見られるんですよ、こんな機会二度と無いかもしれないじゃ無いですか」
「いや、そうじゃ無くてな……」
とカヌートは言葉を続けようとして諦めた。
過去に他の隊と合同で作戦を行う事が何度もあったが、その都度どちらが主導権を取るかで揉めた経験があるからだ、『ここはウチの縄張りだ』とかで指揮官同士が殴り合いの喧嘩になった事もあった。
だからあっさりと指揮権を手放したペッコに驚いたのだ。
「まぁ良いや、で俺は何をすれば良いんだ?」
「カルピン少将と指揮系統の統一についての打ち合わせを、ついでに軽い演習とかもお願いできますか?」
「ああ、わかった、ルネは貸してくれるんだろうな?」
「もちろんです」
「全く、酒を飲む前に聞きたかったぜ、ちょっと俺も練兵場で汗を流して酒を抜いてくる、ああそうだ、お前のとこの嬢ちゃん達な、なんかみんなで狩に行くって嬉しそうに出ていったぞ、晩飯に期待してくれってさ、じゃあな」
カンパンに干し肉や塩漬け肉と言った作戦中の食事でみんなストレスが溜まっていたらしく、都会育ちで本来は狩人では無かった第一夫人レイアも今は率先して狩をする様になっていた。
(何を狩に行ったんだ?、ちゃんと食べられるモンスターなら良いけど、あ、そうかレ・ナーゴ少佐でもガイド一緒に行ってくれてるなら大丈夫なのかな?)
ペッコがそんな事を考えていると、不死隊の魔法士の制服を来た下士官が二人ペッコの元にやってきた。
「失礼致します、あなたが砂の都の魔法士部隊の隊長ですか?」
「そうです、ド・ペッコ・パト大佐ですが、あなた達は?」
「私はジャジャム少尉、こっちはデニーズ軍曹二人とも新設された召喚術者小隊の者です」
「不死隊に召喚術者の部隊が有ったのですか、それは同じ召喚術を使う者として嬉しいです」
(確かゲームでは召喚術のクエストのNPCだったよな、もう一人いたと思ったけど?)
「我々の小隊は今回の遠征が初任務だったんです、残念ながら五人居た隊員は私達だけになってしまいました、それで先刻の戦いを拝見したのですが、大佐はイフリートの他にバハムートも召喚されてましたよね、更にあの特大な火球と言うか隕石?あれも召喚術なのですか?」
「サン・バハムートは確かに僕の使い魔です、そして隕石は『メガ・メテオ』こちらは黒魔法です」
「やはりそうでしたか、私達は召喚術を学ぶ前は呪術士でした、黒魔法と言う存在は知っていましたが
実際に見たのは初めてです、素晴らしい威力なんですね」
「そうですね、その威力故に禁忌とされているとココブキさんから教えていただきました」
「それで、大佐にお願いなのですが、我々を大佐の部隊に編入していただく事は可能でしょうか?、我々に召喚術を教えてくれた、レ・ミトラ導士は現在行方不明なので、この先どうしたものかと思っていた所でした」
と言うことなので、ペッコは二人に旧不死隊将兵の処遇を伝えて、今作戦の終了までは引き続きカルピン少将の指揮に従う様指示をした。二人は不承不承ながらも敬礼をして去っていった。
そして夕方に赤魔法士部隊の二個中隊、訳百名が大量の獲物を持って帰還してきた。レイアとスリマの二人は何処で手に入れたのかトラキア地方の飛行獣『グリフォン』に乗っての帰還だ。
そして、グリフォンを使っての狩が余程快適だった様で、
「これ私たちの部隊のマウントにしたいです」
と言ってきた。
確かに飛行マウントの方が部隊の機動力が上がる、ただ人数分を揃えられるのかが問題だ。
そして、みんなで
「王子見てください、この陸亀美味しそうですよ」
「こっちのカエルも美味しそうです」
と賑やかだ
(うん、楽しそうで何よりだけど、みんなちゃんとシャワー浴びて、制服着替えてね、なんかジムの更衣室みたいな匂いがする)
と思うペッコだ。
野営地でみんなで食事をしながら、レ・ナーゴ少佐から話を聞くと、今回の国境閉鎖による餓死者は
狩猟民族であるウェアキャット族やラミア族には居ないそうで、都市部や農村のハイ・ヒューマン族に
多かったそうだ、獲物の肉に塩を振って焼けばご馳走になるウェアキャット族と、麦やパンに野菜に肉が必要なハイ・ヒューマン族との違いだろう。
翌日はピピンとカヌート、ルネのおかげで塩の都国軍と遠征軍の指揮系統が統一されて、最初の演習が行われた。塩の都国軍は不死隊の将兵と旧解放軍が合わさった軍だが、軍令は不死隊式だ、そして遠征軍も同じく不死隊式を踏襲しているし、ペッコの部隊以外は顔見知りも多いので問題点は全く無かった。
しかも魔法士部隊は遊撃隊と言う事になったので、安心して作戦に専念できる。