道行きを頼むのは
オユキは、ただトモエとシグルドの方が付くのを待つ。
もはやパウに興味が無いと言う訳では無く、途中で待つのに飽きてという程の事も無い。
徒に痛みを与える、それをただ好まなかったために、特に応えが無かったこともありそのまま首を落とした。以前にも行った結果として、そこまでを行えば自然と舞台の外に移動するというのは理解している。水と癒しの司祭、この後を頼む者たちとの同じ位でもあるカナリアが、なにやら不安そうに見ていたこともあり、手っ取り早く首を落とす事としただけ。
血と脂を、己の着せこまれている千早で拭い、オユキとしては改めてここまでの事を少し振り返ってみる。
いつから、己はここまでの事を平然と、何の痛痒も無く行うことが出来るようになったのだろうかと。
勿論、人国での事があってからには違いない。
だが、生前から己にはこうした、トモエともまた異なる基質があったのではないかと。
弱者をなぶる趣味は、オユキには無いはずだ。
オユキ自身の自認は、確かにそうなっている。
だが、そうだというのならば。
何故トモエが印状をオユキに与えるにあたって、精神修養をより重んじたからなのか。伝えられた言葉は、かつての師でもあった、義父から伝えられた多くの言葉、そこにトモエの解釈も合わせた上で、トモエ自身がこのように話をされたのだと。
口伝の類に限りなく近いのだろう、戦と武技から与えられた真白の空間で、数か月をかけて。互いに、腰を下ろし、太刀を傍らに向きあって伝えられた言葉の数々。
「生前から、このようであったようにも、思えてしまうのですが」
それこそ、トモエほどわかりやすい物では無かった。
そもそも、この世界の前進となった世界、多くの想念を基に形を作ると考えたときにならばとばかりに、試験的に此方から彼方へと作用を行った結果としての世界。
そこで、存分に気晴らしは出来ていたのだと考えて。
要は、トモエはどうしたところでこちらで初めて技を十全にできている。つまりは、過去鬱屈とした物をため込むことになっていた。だが、オユキは過去からこちらにあったのだ。そして、だからこその成果というのも多く手にしていた。
当時のオユキは、それこそいつからかトモエに並ぶには、トモエを追いこすにはと没頭したこともある。
要は、そうした環境の差というのが、トモエとオユキ、長く同じ時間を使った相手との間にもあったのだ。
ならば、こちらに来てからそれらが埋まっていくのも当然だろうと、オユキとしてはそんな事を考えてしまう。
もとより、オユキにはこうした気質があった。しかし、かつての世界では顕在化していなかった。こちらに来てから暫くの間にしても、魔物相手に存分にとできていたため、いよいよ問題が無かった。
だが、しばらくしてからという物、オユキは存分に魔物相手に刃を振るうことが出来なくなった。
特に婚姻の儀が終わってから、正式にお披露目が終わってからという物、トモエと互いに太刀をもって向き合う時間というのがあまりとれなくなったこともある。
かつての事を想えば、それでも時間は十分に取れていたのだと、そうオユキは己を慰めていたものだが、それにしてもやはり限度という物がある。氷の乙女たちに誘導されて、種族としての特徴を強める様にと。これまでの事、というよりも明確にセツナがオユキを翼人種、我欲を焼く焔の使い手たちへの対抗手段の一つとしてと考えての事。
それに従っていった結果でもあるのだろう。
もとより、その様な事は理解の上でトモエもオユキも受け入れていたことではある。
連れてきたフスカにしても、そうした流れが生まれるだろうことくらいは、考えていたのだろう。
だが、あまりにも効きすぎた結果とでも言えばいいのか。
「オユキ」
「ステルナ様、ですか」
「ええ。あちらもそろそろ終わる様子。フスカの約束通りに、今こそ私たちが貴女方を運びましょう」
冬と眠りに少し近い色合いの翼を持つ、翼人種たちの中ではかなりトモエとオユキに友好的な個体。
どうにも、フスカをはじめとした異空と流離の流れを深く持つ相手とは、どうにもならぬほどに相性が悪い。しかし、同じ柱からの流れを受けるとしても、流離、流れる風、そうした部分が強い相手であればこそ離れた場所までを平然と運べる。
曰く、トモエだけならまだしも、オユキたち冬と眠りというのは物理的な重さに比べて、翼人種たちが運ぶとなれば重すぎる等と言われたものだ。
「では、お願いしましょうか。トモエさんのほうでも、終わったのなら」
「いくらか、残すべき言葉は」
「そのような物は、特にありませんが」
「そうですか」
そう、オユキが残す言葉というのは、最早ここにはない。
アナたちに、シグルドたちにも一昨日に既に言葉を渡し終えている。
その時にも、オユキは改めて伝えたのだ。多くの者たちが、彼らにトモエとオユキを引き留める様にと頼んだことだろうと。しかし、彼らがそれを良しとしてしまえば、最早こちらに残る気が無いのだと、定められた刻限よりもさらに早くに切り上げる事を決めたオユキの決意。それを、トモエが良しとしたこともあり、いよいよ周知のこととなった結果。
改めて、オユキは彼らに謝罪を行った。
それと共に、伝えたのだ。
止めようと考えるのならば、こちらに残れとそう言うのであれば。
もはや、オユキにとっては敵以外の何物でもなくなってしまうと。
「常よりも、重くなってはいますが、まぁ、量だけは多い娘もいます。ならば、私が持つ物をすべて使う必要も無いでしょう」
「ありがとうございます。ですが、向かう先は」
「どういえばいいのでしょうか。貴女は数度見ているとは聞いていますが、あの町にしても他の姿を持っています。そちらに、直接としますから」
「確かに、そこへ移動するだけであれば、門を使えば済みますか」
考えてみれば、それも当然。
創造神の神殿、それはこの世界のどこにでもあり、何処にもない等と言われる始末。
要は、偏在するのだと、それだけの事。各神殿から、各地にある教会から。教会に勤め、確たる位を持つ者たちの案内を受ければ、たどり着くことが出来る場所。教会で暮らす者たちであれば、そもそもが普段から生活を行っている場所の少し先。
そして、このステルナは平然とそこへといきなり運んでみせると口にするのだ。
「フスカは、貴女のその振る舞いに、多くの同胞も同様でしょうが」
「相性が悪いのは、ええ、重々」
「ええ、相性が悪い以上は。さて、あちらもそろそろ」
「ええ、トモエさん。もう、十分ですか」
さて、シグルドとトモエの間で、何か言葉を交わしていたとはオユキも判断している。
これがトモエであれば、オユキとシグルドが何かを放していたとして、気が付いていたのかもしれない。
だが、オユキはそこまで周囲に気を配れるわけではない。
仕事上の事であれば、勿論最低限の注意を周囲に向け続ける。だが、ここにある問題として、最早そうした振る舞いにオユキは疲れ果てている。
過去から今まで、よくもここまで不向きな事を行い続けた物だと、今更ながらにオユキは己を評価している。
どだい、このような振る舞い等と言うのは、オユキはすべて後天的な物。大学を卒業する少し前から、ゲームの中で出会ったミズキリに色々と仕込まれて。己の両親の事があり、オユキを探していたミズキリにどうやってか特定され、見出され。
オユキは方法を理解してはいないのだが、オユキの両親がどこに家を構えていたのか、そんな事は当然記録として残っている。そして、ミズキリという人間はそうした情報を確認できる立場に、身近に任せることが出来る相手がいた。ただ、それだけの話。
「オユキさんは、なかなかに苛烈な対応をしましたね」
「ええ。一昨日に話した事、その結果です」
「確かに、引き留めようと考えるならば、そうした話はしましたが」
トモエから、何処か咎めるような視線と共に、パウの両親を視線で示されて。
確かに、両親を前にしての振る舞いであったかと言われれば、オユキとしても首をかしげてしまう。だが、それでもと向かってきたのはパウでもある。さらに言えば、こちらの世界では成人しているからと、あまりにも無体な事を押し付けた、押し込んだ者たちに由縁のある事だというのが、ただオユキにとっての事実。
不本意だと、不服だと。
人国に向かう前までに、こちらに来て、少し立場を勧めてから幾度となく示してきたこと。
神々ですらも、配慮を一応は見せた事。
オユキという存在は、基本として神々が良く使うのだから、人の世ではあまり過剰に押し付けてくれるなと、そうした話をされたこともある。
だが、結果として、誰も彼もがオユキに、異邦からの戦と武技の巫女、一部とはいえ戦と武技に己の義父を持つ、使徒としてこちらにありては多くの功績を打ち耐えた者たちの落としだねとしてのオユキに。
あまりにも、あまりな負荷が与え続けられた。
「私がこちらに残り、長期的な施策も考えることが出来るとなれば、話しも変わったのでしょう」
「ええ、そうでしょうとも。ですが、万が一、常にこちらの世界にある、命の軽さが」
「そうですね、トモエさんが言うように、そうしたことまでを考えれば」
そう、どちらにしても、変わらなかったかもしれない。
長期的に残るという選択を行って、それこそ、トモエにしろオユキにしろ純粋な人手はない以上千の単位でこちらの世界を生きていくことが出来る。こちらに来るにあたって、トモエもオユキもその様な存在になり果ててしまっている。
このままであれば、元の世界にあった流れに変えることなどできようはずもない。
だが、神々はうそをつかない。
何より、かつての世界の創造神に求められていることもある以上は、定められた期限よりも前に、事を起こす必要がある。
「あの男が、何処に繋げるか、オユキさんは」
「トモエさんは、直接聞いたのでしょう」
「オユキさんには、予想もあるだろうからと」
「そう、ですか」
ミズキリとオユキは、結局ここ二年近く会うことが出来ていない。
互いに避けていたと言う事ではなく、一方的にミズキリが避けていたのだ、オユキを。
もしくは、時間が空いた時に、では久しぶりに等と考えるたびに、他からの介入が必ず行われた。
「私の命が失われた日、その五年以内でしょう」
最後にあったのは、未だにオユキの中でこちらに来てよかったこと、その最たるものとしての記憶。
トモエと、二度目の祝言を、性別が入れ替わってしまった事は、流石にオユキ自身も苦々しく思う事はあるのだが、それでも多くの相手から、それこそ先ほどオユキが切り捨てた相手からも祝福を受けた式。
そこで、顔を合わせて、簡単に祝われたのが最後。