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最期の約束

 トモエは、この場で、此処から先にある場で。

 オユキに選択肢を与えたくない。

 この先に待つのは、互いに熱望している花舞台。

 かつての世界では到底かなうことなどなく、こちらの世界でも耳目があまりに多いために、選択が出来なかった舞台。もとより、こちらに来てから身に付けた物までを含めて、オユキが、己の能力だけではトモエには絶対に及ばないと考えている。表面上は、己が完全に調整が終わったわけでもない以上は、不可能だと、表面上は見せていると勿論トモエは気が付いている。

 さらには、こちらの世界の者たちに対して、己の大事を軽視してくれるなと、トモエという存在を絶対に無視をさせぬとばかりに、トモエを己の上に置こうとしているのも、トモエは理解している。


「私は、この先尋ねられるだろうこと、言われるだろう言葉に対して」


 この先で、決断をしなければならないことが互いにある。

 そして、その決断はもはや互いの約束などではどうにもならぬもの。


「必ず、オユキさんの選択、その逆としましょう」


 だから、此処で改めて本音を聞きたいのだと。


「ですから、オユキさん。己の願いを通すためだけに、己の思いを偽ることを私にだけはしないでください」


 つないだ手に、トモエも力を込めて。

 オユキの前で、膝を立てて、まっすぐにオユキの瞳を覗き込みながら。

 相も変わらず、オユキの瞳の奥には、はっきりとした疲労の色が。隠れるようにして、厭世感も見て取れる。そして、その背後に降り積もる、猜疑心も。


「トモエさんは、気が付きますよね」

「ええ。私達、ですから」


 トモエとつないでいる手を、オユキが一度強く握る、赤子のように、そこにあるからと。確かめるように。何処か、原始反射にもにた行動。だが、オユキがそこに込める思いが、あまりにも重たいからこそ。

 トモエとしては、こうしたオユキの反応を本当に可愛らしいと思うのだ。

 過去にも、度々こうした反応をオユキは見せていた。その時々に、どうした感情を抱えていたのか、そこまでトモエは完全に把握しているわけではない。だが、常々こうした、甘えるような様子を見せる時のオユキは、はっきりと心が弱っている時。

 どうにもならぬ疲労に、肉体の疲労によって、心までもが疲弊している時に。

 こうして触れ合えば、触れ合わぬでも分かるものがより鮮明に。


「刃を手に、また伝えますが」

「疲れてしまう、そのような日々でしたからね、オユキさんにとっては」


 トモエの言葉に、此処までの間すっかりと気を張っていたオユキが、型から力を抜いて。

 オユキは立ったまま。だというのに膝をついたトモエとほとんど頭の位置が変わらない。そんな状態で、額をトモエの額に寄せて。


「はい。疲れてしまいました」

「だから、きちんと休みをとるようにと、何度も伝えたではありませんか」

「ですが、休んでしまえば」


 トモエから、トモエだけではなく、身の回りを頼んでいた者たちからも、何度となくオユキは言われていたのだ。


「間に合わぬから、なんだというのですか」

「そこだけは、譲りたくなかったのです」


 だが、トモエがこちらに来てから初めて口にした言葉。

 トモエが、こちらの世界で目標としたいと口にした言葉。

 それがあったからこそなのだと、オユキの瞳が訴えている。

 相も変わらず、氷の冷たさを持つ瞳の色、そこからこぼれる様に流れる、雪融けの様に流れる涙。

 この後、互いに武器をもって、向かい合うときにはこのように話す事は無いから。

 決着の形、そこにある物を終えた後にも、間違いなく互いに言葉を交わすことが出来る状態ではないと、わかっているからこそ。


「オユキさんは、相変わらず我儘ですね」

「ええ。散々に言われて、ようやく自覚もしてきました」

「あの方々との日々は、やはりオユキさんにとっては良いものであったのでしょう」


 今となっては、すっかりとつややかだった黒髪にしても、氷の乙女の力が、冬と眠りの力が混じったこともあって、灰色に近づいている。

 こちらの世界では、必ずと言っていいほどにその身に近しい神々の力が現れる。

 月と安息に選ばれたオユキが、だからこそこちらに来た時にはまさにという黒曜石の色を。トモエに現れていなかったのは、オユキが引き受けたと言う事も無いのだろうが、もっと他にトモエが表すべきものがあったから。トモエの持つ力、トモエという存在に込められた願いを最大限に汲んだ結果。

 そして、オユキという存在に対して係る制限、それを周囲に広く見せるという目的もあった。

 氷の乙女の伴侶が、炎獅子を基礎としている等と言うのは悪い冗談としか言いようのない事ではあるのだから。


「トモエさんを、この体が拒まぬ様に。実のところ」

「ええ。冬と眠りの神より頂いたもの、その内の一つはまさに」


 かつての世界の創造神から与えられた、比翼連理という形での功績。トモエとオユキの中にある力を、互いに融通する事が叶う功績。オユキから、トモエに流れる分にはそこまで問題が無い。というよりも、オユキの為にと整えた部屋でトモエが過ごす、そうした時間でも無ければ、オユキからトモエに力が流れる事は無かった。

 一方で、トモエからオユキへと、常々炎を基礎とする力が流れてしまう。


「伝承に従った存在であれば、といいますか」

「私にしても、ええ、納得はいきませんし、頷きたくもありませんが」

「異空と流離の柱を筆頭に、言われていることでもありますから」


 そして、オユキの心にある物を。

 生前、どうにか己が融かして見せるのだ等と、随分おごり高ぶったトモエを戒めるためにとでもいうように。

 認められた関係では、あったはずなのだ。かつての創造神らしき相手にですら。

 だからこそ、得てしまった物が、オユキに対して酷い枷をかける事になった。トモエに対して、あまりにも大きな不満をもたらす結果となった、功績ではある。だが、その様な事、やはり想像もできない時間が長かった。寧ろ、オユキがそれでも回復して見せたというのが、ここまで大きな誤認を生んだのだろう。

 最初にセツナに出会ったときに、日の気配は苦手。適度であれば心地よいと言われたこともある。己の配偶者との間に、経路を作ることが出来る等と言われたこともある。そこで、改めてトモエは考えるべきだったのだ。その瞬間に、当然のようにオユキが気が付いて、話題を変えようと動いたのだと、それを察することもできていたはずではあるのだから。


「では、オユキさん」

「はい、そろそろ」


 二人で、この先、この門を潜った先では、オユキから伝えると言う事を決めて。

 オユキが、己がこの世界から去りたいのか、残りたいのか。それを、決める時には、決断を盾にトモエとの真剣勝負を願うというのならば、トモエは絶対にオユキの反対を選ぶのだと決めた。過去から何度となく繰り返してきた、トモエにとって、オユキを止めるための手段。それを、間違いなく行うために、トモエは己がそうして見せると決めた。


「ですが、その、私からも」

「オユキさんからも、ですか」

「ええ、意外ですか」


 オユキが、少し悪戯気に笑いながら。

 ただ、トモエとしては、なんとなく成程と思ってしまうという物だ。

 一度、トモエから軽くオユキの唇に、己の唇を触れさせて。

 こうしたことを行ってしまうと、オユキは弱っていくのだと理解しながらも。つないだ手の体温で、それだけで、オユキにとっては十分に毒になるのだと理解をしていても。やはり、こうした振る舞いというのは過去にも行い、今になってもやめられぬ事となってしまっている。オユキに触れる、トモエにしても、オユキに触れられる。それは、特別な事なのだから。


「トモエさんは、本当はどう考えているのですか」

「それは、この先でお応えすることになるでしょう」

「いえ、そちらではなく」


 そう、オユキが聞きたい事は、そんなことでは無い。


「私は、トモエさんを疑っています。疑いたくはないのです」

「正直、仕方ないかなと」


 ここにきて、初めてオユキがトモエに対して、己が如何に罪深いのか、それを告白するように。

 だが、トモエにしてもそれを否定することなどできはしない。

 その様な状況だというのに、何故トモエは平然としており、オユキは猜疑心に苛まれているのか。

 そこにある、互いに対する信頼というよりも、疑わなくて済むだけのものを見つけられないオユキと、見つけているトモエの差だと、オユキは考えている。だが、トモエにしてみればそんなものは無いのだ。


「やはり、私があの時に伝えた言葉、それが失敗でしたね」

「それは、その」

「オユキさんがこちらに来るときにではなく、再びあった時に」

「いえ、それは」


 最初にかけた言葉、オユキが疑ったときに、トモエが否定しなかったのだという事実。

 長く待たされた、それがうれしい事には違いなく。まったく、だというのに己は何故皮肉などで第一声を冠返してしまったというのか。黄泉時に現れ声をかけて惑わせて。己を疑ったかつてのオユキに対して、それ以外にもトモエがその空間で与えられた試練らしきもの、それに疲れていた、トモエ自身はそう考えておらずとも、本当に久しぶりにオユキに出会ったときに、そのような皮肉を言う程度にはやはり疲労していたのだろう。

 だが、高々疲労程度。

 なぜ、その時にとトモエはやはりこちらに来てからという物、度々反省する場面に襲われていたものだ。


「こちらに来て、後悔はなかったのかといえば、そんなはずもありません」

「それは、私の体に関しても、ですか」

「はい」

「そう、ですよね」

「オユキさんが、期限を短くしたのはこちらの暦の問題だけでは無かったのでしょう」


 話はそれている、だが、トモエにとってはそれが前提と言ってもいい事ではあるからこそ。


「私が、成長をしてしまえば、もしくはあまりに長期にわたって、このままだとそう決まってしまえば」

「だから、己の年齢も見ないようにして、ですか。確かに、あの子達で見て分かったでしょうが」

「ええ、過去の私は、良い時期、いえ、それも難しいのでしょうが」

「柔軟はきちんとやっておくのが重要なのですが、それは置いておきましょう。私もオユキさんと、変わりありません。だから、一度確かめています。そして、全く異なる姿を、だからこそ用意しましたから」


 オユキとは違って、だからこそ異なる姿を作ったのだ。

 だからこそ、その時にかけた言葉がある。本当に、現実だと受け入れられるのかと。

 それを言えば、今のトモエの姿を贈られるというときにただただ喜ばずにきちんと変更を頼むべきではあったのだ。そうしたトモエの不安が、猜疑の種が、疑いを持つべき部分が色味として変わって。結果として、尚の事オユキは猜疑心を募らせて。

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