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トモエとシグルド 前

 空には煌々と輝く七つの月。

 こちらの世界に来たばかりの頃には、トモエの目には四つしか映ってはいなかった。

 オユキに尋ねてみたところで、三つしかないなどと言われて不思議な事もあるものだとそんな事を考えたものだ。

 要は、この世界においては、己と彼との間に明確な差があるのだと。

 見える物が、明確に違うのだなと、そんな納得を不思議とトモエは得たものだ。

 ただ、それが現実の、実際の物として自然と。

 かつての世界でも、見たいものだけを見ているのだとそうした話を散々に聞いていたのだが、こちらに至っては何処までも目立つようなものですら、人に依るのだ。

 夜毎、トモエとオユキの間では確認をしたものだ。

 それを、楽しんでいたものだ。

 互いの目に映る世界が、同じ場所で暮らしているというのに、此処迄異なっているのかと。そんな驚きばかりを互いに覚えながら。


「あんちゃんは、それでいいのか」

「再三に渡り繰り返してきましたし、こちらに来るときに互いにあった前提でもありますから」

「俺は、やっぱり残っていて欲しいと思うんだよ。オユキが、疲れているのは分かる。休むためにって、暫くあんちゃんたちが旅行に行ったのも、分かってる」


 久しぶりに王都に戻ってからというもの、それこそ此処一月の間は、本当に忙しかったのだ、久しぶりに。

 旅行には、慣れた顔を主体として連れ立って向かっていたのだが、その先で得た物を持ち帰ったのがまずかったというのはトモエも理解している。

 今も、神国の武威を示せとオユキが伝えたこともあり、素材そのままの状態で貴族区画とそれ以外を分ける門、その境界に据えられている龍の首。

 そんなものを持ち帰って、そっとしておいてくれ等と言ったところで許されないなど言う事は、確かに理解の範疇。


「私たちの意見を翻すには何が必要か、既にそれは示してきたかと思いますが」

「俺たちに、それを望んでいる相手がいる事は分かってる」

 こうして、最期の時を、向かい合っている相手が。

「それが、良くない事だってのは、分かるからさ。だから、それはもう、任せるよ。俺の攻撃が、一太刀でも当てることが出来たら、俺がうれしいってそれだけにしようってさ」


 その言葉が、彼の願いに反するとはわかっている。

 それでも、トモエを慮って、そう口にしてくれることに、トモエは感謝を覚えるとともに。


「シグルド君は、本当に良い子ですね」


 もはや、子供と呼ぶのは憚られる相手でもある。

 それこそ、かつての世界の区分に照らし合わせても、後二回も新年を迎えれば成人だ。

 既にリース伯爵家からは今後の事について、色々と話をされているだろう。

 それが無くとも、次期マリーア公爵、伯爵からの覚えもめでたい相手だ。

 ここまでの間に、折に触れてとしていたようなことも、もう必要がなくなる相手でもある。

 こちらに来たばかりの頃に、あまりにも薄い意識を見せていた、己の定めた芯意外に意識が向かなかった相手だというのに、今はあまりにもまっすぐにトモエを見ている。


「色々、良くして貰ったからな」

「それだけの事を、貴方がしてきたと言う事でもありますよ」

「だと、いいけどさ」

「それこそ、他の方々が貴方へ期待していると言う事でもあります」

「結局、それってあんちゃんたちがこっちに残る様にって、そういう事だろ。俺は、この世界だけしか知らないし、異邦の事は聞いた分だけしか分かんないけどさ。オユキにとっては、大事だったってのはいやって程解ってるからさ」

「私を含めないあたり、シグルド君は本当に色々とよく見ていますね」


 こちらに来てから暫く、オユキはトモエもそうあって欲しいと願って口にしたことがある。

 だが、トモエ自身はいよいよかつても今も変わりはしないのだ。

 重要なのは、己が己であること。最期の時にまで、間違いなく己は技を磨き続けたのだと、太刀に己を懸けたのだとその実感さえ得られるのであれば、何一つ問題が無い。

 かつての世界では、そうした精神性が根底に存在したトモエというのは、実に生きにくいと感じることが多かったのだ。

 始まりは、失われた物を埋めるために。

 互いに、どうしようもなく不器用だった父とのつながりを求めたから。

 そうトモエは考えていたものだ。

 だが、こちらに来て、過去の意識を持つ父と向かい合ってみれば、それよりも早くからトモエは己の在り方はこれだと定めていた様子があったのだといわれたものだ。

 孫娘が、何を考えたのか道場で寝起きをするようになった時に、一体だれに似ているのかと首をかしげなどしたものだがそれこそ父がその頃にも存命であればはっきりとトモエに似たからだとそう応えた物だろう。


「初手は、変わらず譲りましょうか。それとも、私からとした方が良いでしょうか」

「受ける方がってのは聞いてるけど、俺じゃ結局無理だろうからさ」

「加護を含めて、それでもかまわないかと考えてはいたのですが」

「それは、やっぱりなんか違うしさ。それに、加護まで含めてってなるといよいよ俺らじゃ無理だろ。あんちゃんたちに勝つのは。それに、それでもいいならって言いたいのは、いくらでもいるしな」

「アベルさんを筆頭に、ルーベンス殿やハルノブさんもいますから。他にも、色々と思い当たる方もいるには、いますね、確かに」

「こうして、俺らの時間として貰ってるけど、見てる相手のほとんどがそうじゃねーかな」

「オユキさんのほうでも、随分と熱量の高い視線を向けられているようですし」

「あっちは、パウがどうにかするだろ。いや、どうにかっていうのもまた違うけど」


 望まぬことを、それでもとシグルドは言うことなく。

 だが、パウは言うだろう。この辺りは、本当に人によりけり。

 去るものを追う事を、未練だというものもいる。

 だが、それを選ぶほどに愛情深いという事実を、ただ無視しているだけという事でもある。

 互いに、互いを思う形は、本当に千差万別。

 今、こうしてトモエと向かい合うシグルドに対して、どちらを応援しようかと悩んでいる彼を想う少女。

 まっすぐに、シグルドを信じるのだとばかりに彼の背中を見る少女。

 そして、なる様にしかならないのだと、何処かこの場そのものを達観というよりは諦観して見る少女。

 他にも幾人か、一体どうしてこうなったのかと、トモエとしては心底聞きたいものだが、彼にはやはりそれだけの魅力があったと言う事なのだろう。

 トモエには分からぬのだが、確かに見どころはあるだろうと、ここまでまっすぐな気性というのは惹かれる者もいるだろうと。

 かつての世界の事を想えば、彼は今後も変わらず大変な日々を過ごすのだろうなと。

 そんな事を考えてしまうのは、己がどれほどをオユキに向けているのか、過去から変わらぬ感情に自覚があるからか。

 独占したい。

 文字通り、オユキの感情を、視線を、時間を独り占めにしたい。

 そればかりが根底にある以上、他と分け合うことなどできはしないのだ。

 そして、こちらの世界では実にそれを邪魔する者たちが多い物だ。


 かつてにしても、オユキに想いを寄せる者はいた。

 そうした相手とは、明確な上下関係とでもいえばいいのか、こちらではユーフォリアとしてトモエが言えた義理では無いのだが、追いかけてきた相手とはどうにか住みわけをしたものだ。

 会社におけるオユキの時間は、トモエにはその能力が無いから預けて。

 しかし、家庭としての、それ以外の時間の全てはトモエの物だと。

 トモエとしてみれば、一体何をとち狂った事をと気でも触れたのかとそんな事を思わず考えてしまう事件というのが、幾度かあった。

 そのうちの一つは結婚前、正式に籍を入れる前の事ではあったのだが、トモエと二人でというのは流石に気が引けるからと、かつてのユーフォリア迄を旅行に連れていこうなどと言い出したことがあったのだ。

 その時には、己の内心が千々に乱れ、そうした部分をくみ取った父であったり、当時はまだいた道場の門下生たちがそっとかつてのオユキを諭してくれたものだ。

 そうした部分を未だに知らぬ相手を、さてトモエとしてはどう評価するのが良い物かと、未だに男性が圧倒的に少ないこの世界の価値観にそぐわぬ己を、トモエはどう考えるべきかと。


「そろそろ、良い時間ですが」

「覚悟は、合ったつもりなんだけどな」

「それだけでは不足だと、これまでに何度も示してきたかと思いますが」


 トモエが、過去に想いを馳せながら、シグルドと向かい合う。

 シグルドがトモエに向き合う姿は、とかくそれをさせるのだ。

 シグルドがトモエを見る視線が、あまりにもかつてのオユキによく似ている物だから。

 さらには、見た目にしてもトモエとよく似ている。

 旅の果てに、足を運んだ先で聞いたこと、見た物。

 それを想えば、親子と言うよりも、兄弟というよりも。

 見た目だけなのかもしれないが、色味がほとんど同じなのだという、その事実に納得もいく。

 そして、トモエとオユキがこちらに来ることに併せて、あの創造神の分霊が彼らに許可を出した理由にしても。

 

 当時から、疑問には想っていたのだ。

 オユキは気にしてなどいなかったのだが、彼らの暮らしている場所は、教会。

 トモエとオユキが、こちらに来たことを知らぬはずが無いのだ。

 当時、薄かったのはあくまでシグルドだけ。

 他の少女たちが、間違いなく止めるだろうというのに、それをしなかった理由。

 彼自身に対して、己の子供であるかのように感じていた理由。

 身内だと、そうトモエが早々に感じた、オユキにしても己に一度は刃を向けたというのに、実に簡単に気を許した理由。

 今回の旅の果てで、それを理解できたことだけは、良い事ではあったのだろう。

 そして、心残りとして、遺していくのかとそうした手管としてあの男が仕込んでいた手札の一つがこれだったのかと、そんな理解をして。


「時間を十分に使うつもりではいます。ですが、攻めあぐねてばかりというのも、私が先手を譲った意味がなくなりますので」

「いや、分かるんだけどさ」

「かつての世界で、皆伝というのを確かに私は掌中に収めています。ですが、そこから先が無いわけではありませんから」


 生涯を賭したところで、そこまで届かないものもいる。

 そうした話を、改めてされたこともある。

 かつての事でいえば、父にしても母が失われる前にどうにかと、そうした流れであったのだとそんな話を聞いた覚えもある。

 というよりも、思い返してみれば、父と母の間には、かなりの年齢差があったのだなとそんな事を改めて思う程度には、トモエがかつて色々と興味が無かったのだと。


「こちらに来てから、魔物を相手に、人を相手に。ええ、進んだ道は、さらに先にと足を進めましたとも」


 いつまでたっても、晴眼に構えたまま打ち込みもしてこない相手に、少々強めに意を当てて。

 数年前までであれば、これだけで怯んでいただろうに、今となっては上手く受け流して見せる。

 最初に出会った頃に比べて、成長著しいと、そう評してもいいだろう。

 だからこそ、許した名乗りもあるのだから。

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