苦悩の連続
シャルテはクラーンからの突然の告白が頭から抜けなくて戸惑っていた。
今日一日そのことばかりを考えていたシャルテは早々に食事やシャワーなどを済ませてから自室のベッドに腰掛けていた。
「はぁ~・・・クラーンにあんなこと言われちゃったけど、どうしよう・・・
はぁ~・・・こんな時は何かしないと、何しよう・・・本でも読もうかなー」
本棚から本を取り出し開いて読書をしようとした時。
コンコン、と窓を叩く音が聞こえた。
「な、なに・・・!?」
じっと様子を伺っていると再びコツンコツンと音がした。
シャルテは意を決して謎の音がする窓へと近づいた。
カーテンを掴みそっと開ける・・・が何もない
一応念のために窓を開け外を確認するが、特に怪しい様子はなかった。
「こ、こわっ・・・何もないじゃない・・・」
と安堵し胸を撫で下ろした途端、いきなり窓越しからシャルテの目の前にぬぅっと影が現れた。
バサッ・・・
ストンと窓枠の上に何かが降り立った。
シャルテは変な叫び声を上げて目をギュッと瞑り後退った。
「私ですよ。シャルテお嬢様」
何処かで聞き覚えのある声に恐る恐る目を開けると、
そこにはーーー・・・
「ル、ルヴァン・・・?」
「左様でございます。ルヴァン・アーバントでございます」
知っている人物だったので安心したシャルテはいつも通り話始めた。
「どうしたのルヴァン、ってここ一階じゃないのにどうやってこんなところまで登って来れたの…
そもそもこんな時間にどうしたの?」
「お迎えに上がりました。お嬢様」
「え、お迎えって、今はもう夜中の0時。今から何処へ行こうというの?」
「それは、誰も知らない地へとです」
今日のルヴァンは何かおかしい、そう思ったシャルテは怪訝そうな顔で見つめる。
「その・・・年甲斐もなく、お恥ずかしい限りではありますが、私は、お嬢様・・・
いえ、シャルテ様、貴女様を愛してしまっているのだと!」
「えええええええええええ」
「この感情を幾度も捨てようと思いました。
それでも出来なかったのです。私は主人に仕える執事として失格です。申し訳ありません」
突然の告白にしどろもどろしているとルヴァンは言葉を続ける。
「シャルテ様、私は貴方様を愛しております。どうかお考えいただけないでしょうか?
私達二人で共に誰も知らない土地で暮らしてはいただけないでしょうか?」
そう言って手を差し伸べるルヴァン、微風が吹き込んでくる。
「ルヴァン・・・そんな、ルヴァンも同じ気持ちだったなんて・・・
ええ、わかったわ、私はルヴァンと共に行くことにする」
「ああ、シャルテ様、ありがとうございます。それではお手を」
シャルテの手を取りグイッと体ごと引っ張り上げそのままシャルテを抱き抱え、
二人は夜の月明りに照らされながらその地を後にした。
∞∞∞∞∞
「アハハ~・・・な~んて、そんなことがあったら即ついて行っちゃうわ。
はぁ~・・・ってバカなこと考えてないで本でも読もう」
そんなことを考えていると、突然コンコンと、窓を叩く音が聞こえた。
「え!?なに、窓の方から・・・嘘!?まさか・・・さっきの」
先程の妄想が脳裏に浮かぶ、シャルテは少し浮足立ってカーテンを開けた。
とそこにいたのはーーー・・・。
「え」
ウエンディがニコニコしながらこちらに向かって手を振っていた。
カーテンを閉め何も見なかったことにして背を向ける。
コンコンと何度もしつこく窓を叩く音が続き、
痺れを切らしたシャルテは窓を開けた。
「あ、やっと開けてくれた」
「何か用?用があっても知らないけど」
「なんだか今日は一段と荒れてるね」
「今もの凄く機嫌が悪いの」
落胆の思いと同時に期待外れだったので、
少し苛ついた様子のシャルテは腕を胸元の前で組みながらムスッとしていた。
「おーこわい。ねぇ、もし僕が突然、今キミを迎えに来たって言ったらどうする?」
「え…?」
「ボクと一緒に遠い土地で暮らさないかい?誰も知らない、二人だけの場所で」
「二人だけで・・・・・・イヤ!何言ってるの?ウエンディ?」
と、突然ウエンディはシャルテの腕を掴み強引に引き寄せた。
「ちょ、イタッ!放して!」
コンコン、そこへ何か騒ぎに聞こえたようで、駆けつけたルヴァンが声を掛けてきた。
「お嬢様、如何なさいましたか?大きな声が聞こえましたが」
シャルテはルヴァンが来てくれたので助けを求めようと声を発そうとすると、
ウエンディが話しかけてきた。
「どうして?僕じゃダメなの?」
「決まってるでしょ、ウエンディとそんなことありえないからよ」
「決まってる?そんなもの誰が決めたの。僕はこんなにも想っている。というのに」
さらに顔を近付けてくるウエンディは顔を逸らそうとするシャルテの顎を掴み言い放った。
「キミのその毅然とした立ち居振る舞い。そして、そこにあるこのクリスタルの輝き、美しい・・・」
「何言ってるのウエンディ?」
「ねぇ、僕には分かるんだよ。キミの弱さを知ってるんだ。
本当は女性なのに男性の見た目にうんざりしてるんだよね?
わざと虚勢を張っているんだよね?そうしていないと自分を保っていられないんだよね?
辛かったよね。苦しかったよね。でも大丈夫、もうそんなことをしなくていいんだよ。
これからは僕がキミを守ってあげるからね」
そっとシャルテの頬に手を添えてくるウエンディの瞳が赤く光った。
シャルテは赤く光ったその瞳に目を奪われてしまう。
そのままスゥーッ・・・とウエンディに惹かれるがまま行こうとしてしまう。
「さぁ、僕と一緒に行こう。誰にも邪魔されない二人だけのーーー・・・」
すると、
コンコン
「お嬢様、ここを開けてもよろしいでしょうか?お嬢様?」
シャルテからの返事がないことに血の気が引けそうになったルヴァンは急いでドアノブを掴み勢いよく扉を開けた。
「お嬢様!失礼します!お嬢様!・・・どうなされたのですか?」
そこにはウエンディの姿はなく、ただ開いたままの窓にシャルテがボーッと呆けた状態で立っているだけだった。
ルヴァンの呼びかけに我に返る。
「あ、あれ・・・?」
「お嬢様?」
正気を取り戻したがどことなくフワフワしている様だった。
シャルテはルヴァンに突拍子もないことを言い始めた。
「ねぇルヴァン、お兄様はどうして居なくなったのか、
もし、お兄様が居たら私はどうなっていたのかな?」
ルヴァンは今まで一度たりともシャルテが口にしたことのなかった言葉を聞いて目を丸くして驚いた。
「それは・・・私の口からお答えするのは」
「教えて?どうしてお兄様が居なくなったのか。
私だけただ、“居ない”とだけしか聞かされなかった・・・そんな知らないなんて悲しすぎる」
ルヴァンは神妙な面持ちで話し始めた。
「・・・まだ、ロイド様が幼き頃のことでした。庭園でお遊びになっていた時のことです、ロイド様は誰にも何も言わずに忽然コツゼンと姿を消してしまったのです。誰かに連れ去られたのか、はたまた何かに巻き込まれたのか・・・その行方は誰も知らないのです。今もなお行方不明のままでございます。・・・ですがロイド様はとても聡明な方でいらっしゃいます。きっと今もどこかで存命しております。
そう、私は信じております」
「そうか・・・そうだったんだ・・・話を聞かせてくれてありがとう、ルヴァン。
今日は疲れたし、もう寝るわ」
「・・・承知いたしました。それではお休みなさいませお嬢様」
ルヴァンは静かに部屋から出て行った。
その後すぐにシャルテはベッドの中に入り目を瞑り眠ろうとしたが先程のウエンディの言葉を思い出していた。
“本当は女性なのに男性の見た目にうんざりしてるんだよね?
わざと虚勢を張っているんだよね?そうしていないと自分を保っていられないんだよね?
辛かったよね。苦しかったよね。でも大丈夫、もうそんなことをしなくていいんだよ”
「・・・お兄様・・・これから私はどうすればいいの」
なかなか寝つけず何度も寝返りを打ち、暫くして漸く眠りにつくことができた。
つづく・・・。