第六夜 あなたは光
当たり前に来るはずの朝が来なかった。
夜が続いている。
目覚めてからカーテンを開けて目にした光景に対する感想は「なぁーんでこーゆーことするんかなぁ?」だった。
ただ暗いのではない、明らかな夜だった。しかしそれは作り物だとわかる。
そんなまがい物を目にしただけでビリビリと力を感じた。
ミノリの様子を見に行こうと外に踏み出すと悪い闇落ちがツキを困らせていた。
別に助けたかったわけではないし、正直彼女の事は好きではないけれどこの前一発くらわされたお返しに、こちらも一発かましてやろうと思っただけだったが、彼女の闇力はこの前会った時よりもかなり大きいものになっていることに気付いてしまった。
本当にもう、後戻りできないほど落ちて行ってしまっていたから消すしかないのだと一瞬で理解してしまった。
しかしこんな場所で戦っていたら皆にバレる。まぁ、バレてもいいけど説明が面倒だ。
そこで崖に誘導することにした。
しかしまぁ、こんな簡単に引っかかってくれるなんて思っていなかったのだがそれはそれとして、
「ふふ、強すぎん?ていうか相性悪かったみたいやね。」
頑張ったけどダメだった。あっという間にこの通り闇落ちに組み敷かれている。
女の子とは思えないほどの力で両腕をぎゅーっと握りしめられている。
私を鋭い眼光でふーっ、ふーっと息粗く睨みつけている彼女の表情は最早獣である。
「こんな臭い手でツキに近寄ったのか…貴様…」
「いややわぁ、みぃんなこの手で喜んどったで?」
「汚らわしい!」と心底汚いものを見るような目で私を睨みつける。
まるで悪いことをしていたかのような言い方だ。
昔から当たり前のようにしていることなのに。昔から強いられてきた行為なのに。
「キモチイことの何があかんの?」
最初は父親から。施設に来てからはも施設の先生やら…時には闇落ちとも。
懐かしいとさえ思う。最初は気持ち悪かったはずなのに皆決まってキモチイイと言え、笑え、痛みもキモチイイはずだ、笑え、笑え、と同じようなことを言ってくるのだ。
「それになぁ、何事も楽しまんと。痛みもキモチイイことも生きてる証やねんから!」
「黙れ!あんな行為が楽しいものか!気持ちのいいものか!ツキにその手で触れないようにしてやる…」
闇落ちはそういうと右腕の包帯を解いて私からカッターを奪い自分の腕を切って血を出した。
「苦しんで死ね」
なんとなく気付いていた。自分は碌な死に方をしないだろうと。
なんとなく気付いていた。自分はイカれているんだろうって。
だって何をしても満たされないのだ。痛みを感じても、逆に人を痛みつけても。
言われた通り笑ってみてもちっとも楽しくはない。
「なんで今思い出すかなぁ」
肘と膝付近が熱くて熱くてたまらなかった。
こんなにされてもまだ生きているなんて、素直に自分すごい。と思った。
だけど徐々に体が寒くなっていっていることに気が付いて、もうここまでなんだなぁと意識が朦朧になってくる最中呑気なことを考えていた。
あの闇落ちは私の腕と足を血で爆発させて身動きを取れなくさせると立ち上がってそのままどこかへ行ってしまった。
きっとまたツキのところへ戻るのだろう。
そういえばミノリは大丈夫だろうか?
もうこの手で彼女に触れることは叶わないが、最後に少しくらいは会いたかった。
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夜がずっと続いている。こんなこと初めてだった。
それでも川で彼女を待ち続けていたが全然来ない。
というか薄っすら彼女の力は感じるのだけれど私の傍まで来てくれない。
不審に思いこちらから迎えに行くことにした。
10分くらいは歩いただろうか。奥で人が倒れているのが見えたので急いで駆けつけると私が会いたかった人物だった。
だけど彼女には腕と足が無かった。それに無くなった方の腕と足が近くにない。闇落ちにやられてしまったのだろうか?彼女の体から僅かに闇力を感じた。
嘘のような光景に私はユイを抱きかかえ体を揺さぶった。
名前を呼びたかったが声を出そうとすると喉が焼けるように痛むせいで喋れない。
自身の瞳から涙がぼろぼろ出ていることも気づかず必死に体を揺さぶったり頬を寄せたりするが彼女が反応することは無かった。
当たり前だ。こんなに冷たい体で生きているわけがない。
たくさん傷つけられても、そのあと優しくしてくれるユイが大好きだった。
消されるべき存在の闇落ちでも、傍にいてくれるユイが大好きだった。
最後に私を殺してくれるのはユイだと思っていたし、まさかこんなことになってるとは思わなかった。
結局自分が何者か分からなかったが、最後までユイと一緒がいい。どうせ消えるなら彼女と二人で出会ったあの場所で泡になって消えてしまおうか。
ユイを抱きかかえながら、私はいつもの場所まで足を運んで、それから____
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この骨はヨルのものだ、間違いない。彼の力を感じる。
怯えていた雪先生はその骨を恐る恐る手に取るとぽつりと「何だろう、何故か懐かしいものを感じる…」と目を伏せて呟く。
骨に向かって懐かしいっていったいどういうことなんだろう?
「あのね、雪…先生は昔から不思議なオーラ?みたいなのが分かるんだよね、何故か。誰にも信じてもらえないんだけど…えへへ。この骨の主が誰かは知らないけど、知り合いだったら嫌だなぁ。」
「雪先生…」
ヨルと雪先生が知り合いってことはあるのだろうか?なんて考えていると遠くから「ツキ…?」と声が聞こえたので声の主の方へ振り向くとヨルが佇んでいた。
「この夜のせいで闇落ちが湧いてきて全然片付かないんだケドあのナツとかいうやつどこに行ったか知らない?それとアンタに謝りたいことが、」
彼は早口で喋りながらこちらにズンズン歩いてきたが最後まで言い終えるうちにピタッと足を止めて
「ゆ、きちか」
雪先生の名前を呟いた。
「!」
雪先生とヨルはお互いを目を見開きながら数秒見つめ合ったのちに「あなた…」と雪先生が沈黙を破りヨルへと駆け寄り勢いよく彼を抱きしめた。
ワタシはその様子を遠くから見ている事しかできなかった。
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勢いよく抱きしめてきたこの女を俺はよく知っている。
泣き虫で天然でドジで、優しい俺の…恋人だ。いや、姉だったか?
雪千花を見た瞬間色んな思い出が蘇って来て混乱しているのが正直な話だった。
そうだ。俺の体は俺のモノではなかった。一年前ボロボロにされて最後まで力を絞りだされて死んでいた雪千花の弟の体を俺は乗っ取って…
「会いたかった…!」
考えていると雪千花がわんわんと声を上げ更に抱きしめる力を強めた。
俺は泣いている雪千花の肩を掴んで目を見ながら話しかける。
「…俺も、ずっと探していた。アンタだったんだな、俺が会いたかったのは。」でも、と続け
「俺はアンタの弟じゃない。」と静かに伝えると雪千花は複雑な表情で
「どうしてあの子の体にあなたが…晴匡さんがいるの?髪の毛の色だって晴匡さんそっくり…」
雪千花は俺が混ざりものだとすぐに理解しているようだった。
雪千花も俺の体の主の力と同じものを持っているのだ。弟と同じ力を感じていて当然だろう。
ぐすん、と彼女が涙目でこちらを見る。
生前の俺自身より背の高い彼女の頭を自分の胸に寄せて抱きしめ返し「…当時はこうするしかなかった。悪かった。」
俺はずっと雪千花に会いたかった。最後に自分から離れておいて、記憶が無くなっても未練があったのだと思い出す。
そしてもう一つ思い出す。自分の役割を。
雪千花の弟の骨があるこの祠。ここで俺は存分に力を吸い出され殺され、閉じ込められた。
それを俺が見つけて…施設を、子供たちを守るためにって遺体を利用してずっと闇落ちを消してきた。
この体は、あの子は神聖な力が宿っていた。ツキとよく似ている光力。その体を柱とし生きたままここで眠ればもうこの施設にだけは闇落ちは寄り付かなくなる。
それを弟を殺した奴らは知っていたから力を吸い出したのだろうが俺が融合した時点で光力も回復していた。
俺はここで眠り続けなきゃならない。
どうして今まで忘れていたのだろう?
「雪千花、ツキ…俺は自分の役目を思い出した。祠に封印してくれない?」
ツキと雪千花は困った表情で顔を見合う。
「封印って、「嫌!」
ツキが言い終える前に雪千花が鼻水を垂らしながら嫌!嫌!と子供のように喚いた。
「雪千花」
「嫌!!!何で?一緒にいようよ前みたいに…!」
それは絶対無理な話だった。
「俺はもう人間じゃない。アンタとは一緒にいられない。」
「人間じゃないって意味わかんないよ!急にいなくなってやっと会えたらまた私の前からいなくなるの!?雪が一体どんな思いでずっとここにいたと思う!?あなたが施設を頼むって言うから雪園長先生にまでなって、毎日頑張って…!」
「雪先生…」
ツキはもらい泣きながら雪千花の肩を掴み俺から引きはがす。
しかし、雪千花は抵抗する様子もなくただ泣いて俺を見つめていた。
「頼む。それに俺はここからいなくなるわけじゃない。ずっとここでアンタたちを見守ってる。ずっとだ。雪千花の弟と一緒にな。」
雪千花は俺の言葉を聞くと泣きやみ、いや…泣き続けるのを我慢するように「見てて…雪たちの事をずっと。人間じゃないとかよく分かんないけど…」と言ってちょっと笑いそうになった。
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いつまでもこんなところにいられない、とヨルはワタシ達を施設入り口の坂までいっしょについてきてくれた。
雪先生はヒールだったから崖を上るのが大変そうだったが何時間か時間をかけて登り切ってぜぇぜぇと疲れ果てている様子だった。
「あの子か晴匡さんか分からないけど…雪、ずっと忘れないから。ずっと好きだし時々祠まで見にいくから!」
雪先生が高らかに宣言する。
「ヒールでは来るなよ」
ヨルにそう言われ雪先生は「う、うんっ」と恥ずかしそうに頷いた。
そしてヨルはこちらに向き直りながら雪先生に「ツキに話がある」と言うと雪先生は何か察したように
「…うん、ツキちゃんをよろしくね」と言い最後にヨルを抱きしめて、名残惜しそうに離れ棟へ戻っていった。
そんな雪先生を見送ると彼は
「ツキ、アンタにやってもらいたいことが三つある。」
「うん」
「一つは俺を封印する事。二つ目はナツ…あの闇落ちを倒すこと。最後は…この夜を終わらせること。」
ヨルはそれと、と付け加え、「昨日は酷い事言って悪かった。アンタの気持ちも考えず闇落ちは友達じゃないなんて言った。その気持ちは今も変わんないケド…言い方はあったと思う」
ワタシだってヨルに謝りたかった。
だから素直に「ワタシもごめんなさい。ヨルのこと大嫌いとか言ったけど大好きだよ!」
そう言うと彼はワタシに近付いて左手でワタシの頭を撫ぜながらおでこに軽いキスをした。
「ヨル…」
「さ、アンタの力、願いを込めてその両剣で俺の心臓を思い切り突き刺してくれる?」
さらっと恐ろしいことを言われたがこれしか正解がないのだろう。
「分かった。」とだけ言って両剣に自分の力を宿して「(ヨルが苦しみませんように)」と願いを込めて彼の心臓に突き刺した。
その瞬間眩い光が両剣から発されて彼をその光が包み込み、
光の粒となって崖の方へキラキラと消えていった。
あっけない感じもするが彼の最後の表情は苦しそうではなかった。
苦しくはなかったんだと思いたい。
「さて」
残るは二つ。振り返るとナツちゃんがいた。