第五夜 夜は続く
同じことを繰り返して数日の夜のこと。
「やぁ!」
「(ただの雑魚ばっかじゃなくなってきたな…)」
倒しても倒しても毎晩出てくる闇落ちを蹴散らし、息を切らしながら思う。
どうして奴らは自分含めツキに群がるのか。光に魅了されたのは確かだったし、光が欲しいと思ったのも事実だった。
「(これじゃあ俺たちは蛾そのものだな)」
彼女の瞳の中には綺麗な三日月が浮かんでいる。
不思議な瞳の持ち主だった。
それも相まって彼女自身が”月”のようだと思う。
だが今まで闇落ちにその光を奪われなかったのは何故なのか疑問である。
考え込んでも答えは見えてこないがもしかしたらココが関係しているのか?
「ねぇ、何かちょっと強くなってない?闇落ち。」
ツキは不満気に俺に話しかける。
強くなっているのは何も闇落ちだけではなかった。ツキの光…光力自体もどんどん強くなっていってる。
何が彼女の光をそんなに強くしているのか。
また隣にあいつがいる。
最初からいけ好かないと思っていたが最初に出会った時より目障りになってきた。
ツキから離れろ
ツキから離れろ
それは自分の月だ
自分だけの光だ
月はいくら自分が頑張っても自分のモノにはなってくれなかった。
昔はみんな自分の事が好きだったのに
昔?昔ってなに?
それにあの男…ヨルとか言う奴の横にばかりいる。
あの男もそれが当然とでもいうように隣に寄り添っている。
まるで自分が邪魔ものみたいな悔しい気持ちになった。
「あ、ナツちゃん」
彼女は自分に気づき手を振ってくる。
自分を倒さなくていいの?こんなにどす黒い気持ちを抱えているのに。
そして隣の男は自分をみるなり睨んで光に「待て」と言った。
この男は気付いている。
自分の力の大きさに。
もちろん自分だって気付いていた…最初からあった誰に向けているのかも分からないこの憎悪。
月への執着。
どんどん醜くなる自分に。
闇落ちを蹴散らした後、暫くするとナツちゃんが少し離れた場所で立ってこちらを見ていたから声をかけた。
いつもはあっちから声をかけてくるのに。
ユイちゃんが言っていたように闇落ちにも良い闇落ちと悪い闇落ちがいるのだと思う。
ヨルを見ててもそう感じる。
こちらを見る彼女はいつもニコニコで抱き着いてきたりしていたが今日は真顔で佇んでいた。
駆け寄ろうとするとヨルに「待て」と言われたのでその足を止めた。
しかしさっきは感じなかったが今日のナツちゃんは雰囲気が違うようだったし何より気付いたのがその空気感だった。
ピリピリどころではなく肌が痛いほどビリビリと闇力を初めて感じた。まるで体中針を刺されているかのような感覚に陥る。
きっとこれが彼女の力なのだろうと悟った。
もう一度「ナツちゃん…?」と呼ぶと彼女はハッとした顔で後ずさり、地蔵の前で消えた。
「あの地蔵…」
この前触れた時に悪寒がしたときのことを思い出した。
「前から徐々に気配が濃くなってきていると感じたケド、さっきのあいつと同じ力を感じるな。
最早呪いだ。…あんなに増大な呪いなら理性も無くなってくる頃だろうな」
彼は淡々とワタシに話しかける。
「それって倒さないとダメなの?」
本当にその時が来てしまうなんて思わなかった。
「遅かれ早かれあいつも闇落ちなんだからやらなきゃやられるだろ。」
彼は当たり前のことだ、と付け足したがワタシにとってはそんな簡単なことじゃなかった。
ワタシを好いていてくれていたから。そう思っている。
だからそんな簡単に、当たり前にしないでほしかったのだ。
闇落ちは倒すべきもの。それはヨルがずっと言っていることだからわかっていたけれど…理解は出来ても納得はできない。
「簡単に言わないでよ!」
「おい、大声出すな。バレる」
彼は至って冷静だった。ワタシだけが焦りと悲しみを抱いて彼に詰め寄る。
「だって友達なんだから!」
しかし彼はきっぱり否定する。
「闇落ちはあくまで倒すべきものだ。闇落ちと友達になんかなれるわけない。あれはアンタが好きなんじゃない。あくまでもツキの光だ。」
その瞬間鼻がつん、と痛くなって我慢する間もなく涙が顔を濡らしていった。
「そんなこと言わないでよ!じゃあヨルもワタシのことなんて友達じゃないと思ってるの!?ヨルなんて大嫌い!」
「おい___」
彼の返事を待つこともなくワタシはダッシュで棟へ戻った。
「はぁ、まだ子供だったな…そういえば。」
あくまでもドアは静かに閉めたが丁度当直の雪先生に見つかってしまった。
「え!?ツキちゃんこんな時間に外行ってたの!?」
怒るより先に驚いた様子でワタシの肩を掴んだ。
ばれてしまった。
「…何で泣いてるの?お部屋行こう?」
彼女はワタシの手を引いて二人で自室に足を踏み入れた。
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「ねぇこんな真夜中に外出て一体何していたの?」
「…。」
雪先生は起こる様子もなく穏やかにワタシに何があったのか聞いてきた。
「散歩」
「散歩で泣くことなんてあるのかな~~~」
とっさについた嘘はもちろんバレバレだった。
「こけて…」
「じゃあこけたところ見せてくれる?」
見せられるわけがない。ありもしない傷なんて。
でも本当のことは言えなかった。バレたらいけないことだから。
ワタシには理解者がいない。孤独なのだと今静かに悟った。
「…疲れたから、今度話す。もう寝たい」
時計の針は3時を指していた。先生もこんな時間まで仕事しているなんて大人はすごいと思った。
それと同時によく今までバレなかったなと思う。
雪先生はワタシを抱きしめながら、短くなってしまった髪を撫ぜながら「…話したくなったら言うんだよ。雪、約束だけは守るから。」とあの時と同じセリフを声を震わせながら発した。
ワタシを見つめるその顔はとても悔しそうな、何かに耐えているような表情をしていた。
彼女は今何を想ってそんな表情をしているだろう?
抱きしめて、沈黙が続く頃、雪先生の胸が暖かくて私はいつの間にか夢の中へ落ちていた。
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今日。
日付はとっくに変わっているはずなのに夜が明けなかった。
部屋の外から子供たちの「夜だ~」とキャッキャとしている声が聞こえてくる。
天気が悪くてただ暗いようでは無かった。
おかしいのは朝にも関わらず金色の月が出ていることだった。
部屋から出るとあまり話したことのない先生から「真っ暗だね~、異常気象かな~」と話しかけられ
「わかんない…」としか答えられなかった。
外に出るとナツちゃんがまるで最初からいたみたいに「ツ~キ」と手を振っているのが見えた。
周りには他の子供たちもいて普通に会話をしていた。
これは夢だろうか。思わず三度見してしまう。
駆け寄るとナツちゃんが他の子たちに「じゃあまたねっ♪ツキと遊ぶから!」と笑顔を振りまいて言うと他の子たちは寂しそうに「え~もっと喋りたい~」や「また遊ぼうね~」等話しているのが聞こえてきた。
他の子供を振り切ってこちらに駆け寄ると「ねぇ、凄いでしょっ?これでずっと一緒にいられるね♪」と笑って言ってくる彼女の顔は影がかかって瞳から光が消えているように見えた。
その言葉で夜のままになっているのは彼女の仕業だと言う事を察した。
「元に戻して」
ワタシは真剣に伝えたが彼女はヘラヘラしながら「え~そんなの無理だよ~。だってやっと望みが叶ったのに元に戻すなんてもったいないじゃん?それにぃ、別に世界中が夜のまんまじゃないし?施設の外は普通に明るいよ?」
「他の闇落ちも来たら子供たちが危ないよ。お願い、やめて!」
ワタシは懇願するが彼女は聞く耳をもたない。
「そんなのさっき片づけておいたよ~。あいつは手伝いにきてくれなくてムカついたけど…ツキの顔が見れたからそれはチャラ♪」
「そうだ、ヨルはどこに、」
言いかけた瞬間ナツちゃんの肩にカッターが刺さった。
カッターの主はもちろん「あかーん。あかんよおいたが過ぎるわぁ。」ユイちゃんだった。
ナツちゃんは方に刺さったカッターを引き抜き漏れ出た血を手に取るとユイちゃん目掛けてそれを投げた。
ユイちゃんはそれを避けると崖の方に走りナツちゃんもユイちゃんを追いかけて行った。
ワタシも二人を追いかける。子供たちは崖には近寄らないのでユイちゃんはそちらに気を遣ったのかもしれない。
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朝なのに月がでている。白い月じゃなかった。
それなのに何だか夜の膜が張っているみたいな気持ちの悪い風景だった。
外に出ると見慣れない子供がいた。にこにこ笑って他の子供たちと楽しそうに話していた。
今の時刻はAM8時なので部外者が来るには早すぎる。そして何より違和感があった。
黒い靄のような、そしてあの子を見ていると全身がビリビリするような恐ろしい感覚があった。
だが怖いとも言ってられないし怪しいので話だけでも聞きに行こうと体を動かそうとした瞬間ツキちゃんが来てユイちゃんが来てユイちゃんがカッターを投げたと思ったら門の外へ出て走っていくのが見えた。
私は急いで彼女たちを追った。
走っていくとツキちゃんが崖のフェンスによじ登っていくのが見えた。
「ツキちゃん!」
大声で呼ぶと彼女はびくっと体を強張らせたが返事もせずフェンスの向こうへ行こうとした。
危ない!と思いヒールを履いていようと構わず私もフェンスによじ登った。
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やばい。先生にみつかってしまった。
それにユイちゃん達を見失った。急いでフェンスを上りきるが逃げる間もなく雪先生に肩を掴まれる。
「ツキちゃん!危ないよどこ行くの!?それにユイちゃんどこ行ったの!???」
ゆさゆさと思い切り体を揺さぶられそれに抵抗すると雪先生は足を躓かせそのままワタシも一緒に崖のそこにおむすびころりんよろしくコロコロと落ちて行ってしまった。
木々にぶつかりながら下へ下へと落ちて行った。
「いったた…」
「雪先生…大丈夫?」
月明りに照らされている雪先生はこんな時まで艶めかしくて綺麗だと思った。が、今はそれどころではない。
「い、生きてるね…うう、暗い。あ、手切れてる…」
「見せて!」
彼女の手を掴んで光力で治癒していく。そこで、あ。やばい…雪先生は何も知らない人だったんだ、と失敗に気付くがもう遅かった。
「え?え????」と雪先生は混乱していたがワタシは何事もなかったかのように雪先生を置いて歩いて行った。
「まっっ、待ってツキちゃん!」と追いかけてきた。
「先に帰って」と言うが彼女は「ダメだよ一緒に帰ろう?」といつまでもワタシについてくる。
どうやら崖下が怖いようだった。
ユイちゃんを探して奥へ奥へと歩いていると小さな祠が見えた。
「なにあれ?」
小さな神社みたいなのがあるーと雪先生に聞くと
「祠…?なんでこんなところにあるんだろうね?」と彼女も不思議そうに顔をこてっと傾ける。
ちょっとした動きでもたゆんと揺れるたわわが印象的だった。
二人で祠に近づいて興味本位で扉を開けると、白くて硬いものが中からぽろぽろ落ちてきた。
瞬間雪先生は大声で「びえぇぇぇぇぇえぇ骨ぇぇえぇぇぇ!!!」と猫のように毛を逆立たせて後ろに飛びのいた。
骨からは微かにだがどこかで感じたことのある光を感じた。
「これ…ヨルと同じ力を感じる…」
どうして?