第二夜 ワタシの光
光は右手を差し出し「眩しいのはアンタだったのか」と呟く。
懐かしく、そして美しいと思った。ワタシは救いを求めるように自分の手を彼の右手に重ねた。
ワタシが光だと思った目の前の人物は、窓のサッシに腰を掛ける。
よく見たら光とは真逆の暗そうな印象の少年だ。色白でたれ目に紺色の髪に青い瞳。
「すごい」最初に出てきた言葉だった。
だって今の一連の動き人間じゃないみたいだったから。そして綺麗な人だと思った。
しかし、お腹が痛いのを思い出す。
「痛いの?見せなよ」言われるがまま上衣をずらす。生まれつきお腹には三日月型の大きな傷があり、そこがずっと痛むのだが、なんせ傷が傷だから他人に気持ち悪がられてきたが、何故か彼の言葉には素直に従えた。
彼が傷跡に手を置き手から光が発せられ、「良くなった?」と聞くがちょっと落ち着いた程度で元の痛みに戻っただけだった。だがいつもの痛みなので「うん、今の何?」と嘘をついた。
「見たことないの?アンタそんなに闇落ち引き寄せやすいのによく今まで無事でいられたな…」
「闇落ち??」
彼はそんなことも知らないのかというような顔をして、説明する。
「夜にだけ姿を現す醜いやつらのこと。夜にしか活動出来ない、そして人を襲う…特にアンタみたいなやつは大好物だと思うよ。ホント、何で知らずに生きてこれたんだか。ん?噂をすれば何とやらだな」
彼はワタシから視線を外し外を見たのでワタシも窓から外を見下ろす。
「人?」
普通に人がいるだけだ。だけど数が多い。6人はいるし挙動がおかしい。
それに
「アンタのことみてるみたいだけど?」言われてぞっとする。変な汗出てきた。
怖い。
だけど彼は続けて喋る。
「ああいうのは消す。…おいで。」右手が差し出される。
怖かったが雰囲気にのまれて彼の手を取るとお姫様抱っこで地面へ飛び降りた。
「わっ。」浮遊感が気持ちいい。そんなこと一瞬思うが彼は瞬時にワタシを下すと闇落ちといわれるモノへ何かを投げた。
そして何かは闇落ちへ当たると地面と同化するように消えていったのだった。
その行為を淡々とこなし、闇落ちはあっという間にいなくなった。
「今のはまだ弱い部類だから簡単に消えたけど、弱いばかりでもないから気を付けて。」
「いや、気を付けてってワタシもやるの?怖いよ…どうやってやるの…」
自信なく返答するとさっきの何かをワタシに差し出してきた。
「これアンタが持ってていいよ。小両剣だけど、これから実践で覚えるだろうし大丈夫。」
彼は当然のようにそう話し武器を渡すと自分の分も見せつけてきた。
「俺はこっちのレプリカ…今作ったものだけどこっちがあるからアンタはそっちを持ってれば?ほら。早速また来たよ、闇落ち。」
言うや否ややるしかないようだ。
闇落ちと言われたソレはワタシに向かって「光だ…光だ…」とまるでゾンビのように近づいてきた。
「ぎゃああああ!怖い!死んで!!!」
やらなきゃやられそうだったので目を瞑って両剣をぶんぶん振り回すとそこから光が発生し闇落ちにヒットしたようで、またさっきのように消えていった。
「はぁ、はぁ、何か嫌な感触だったけどいなくなった!」
ちょっとの達成感で彼を見ると離れた場所からワタシを見て「まだいるじゃん」と言って集中しなとでもいうように顎をクイっと闇落ちへ投げかけた。
「え?鬼!?」
だが、やるしかないようだったので向かってくる闇落ちに彼がやっていたように両剣を投げてみた。
「光がほしいのにィィィィ…!!!!」
一度当たっただけですぐに消えていく様を見てワタシは恐怖心より達成感が芽生えてきた。
投げた両剣はすぐさま自分の手のひらに戻ってきた。すごい!
そして最後の一人はすぐ傍まで近寄ってきていたので腕を大きく振り上げそのまま顎下に突き刺した。
「はぁ、はぁ、できた…」
呟くと彼は拍手をし真顔で「アンタホントに初めて?才能あるんじゃないか」と言ってきた。
「でも、」と続け「アレはかなり弱い。しかもアンタが目当てで来てるみたいだから強い個体も出てくるかもな。」と怖いことを言われた。
「出てくるってまた戦わなきゃいけないの?」
「そう。そこでアンタに協力してほしい。今までは俺が一人で弱いのを片づけてたけどこれからはアンタ目当てで今日みたいに数も多く出てくると思うんだよね。施設に侵入を許せば他の子供たちが犠牲になってしまうから片付けてしまいたい。」
「何でワタシなの?」
「アンタのその光、光力が働いてる。光力が使えるのは特別な血を持った奴らだけだ。何せ傷つけられても傷が癒せるし。普通に戦える奴らは闇力を使うんだけど、ま、そっちもすべての人がその力を遣えるわけではないのに光力使える奴らはもっと希少なんだよね。俺もだけど。」
ほんとに希少なのソレとは思ったが言わなかった。彼は一人で戦うのが大変なのだと語った。
彼の苦労を考えるとワタシも断り辛く、つい「わかった、やる」と言ってしまった。
彼は表情を変えず「助かる」とだけ言った。
「そういえば名前を聞いてなかった!ワタシは…昔からツキって呼ばれてるから良かったらあなたも呼んで!」
「本名じゃないんだ、ふーん。じゃあ俺は…別に好きに呼べば?」
少しの沈黙が続き、二人で夜空を見上げる。
今日は三日月おつきさんだ。
「ワタシがツキならアナタはヨルかな?」
「そ」一言だけそういうと彼はワタシを横抱きにして自室へと戻す。
「職員にバレるのはまずいから。じゃあ初任務お疲れさん、おやすみ」
ヨルも家に戻るのだろうか。声をかけようとしたけど、彼はもういなくなっていた。
すごく不思議な体験をしたから、もしかしたら夢かもしれない…。
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気づいたら朝を迎えていた。
昨日感じた腹痛はヨルの手によって完全に消えたわけではないが、昨日のナイフが刺さったような痛みは消えていた。
「やっぱり、このヒリヒリは治らないのかなー」
学校は冬休みが始まったばかりで施設にいても特に何もすることなく夜が近づく。
昨日の光景はまるで夢みたいだった。もしかしたら夢だったのかも?なんて考えているうちにユイちゃんと真紀ちゃんの会話に入ることができなくて、一人食堂に残されてしまったので、気づいて慌てて夕食をかきこんだ。
「お風呂入ってきなさい」
こずちゃんに言われて急いで入るが皆入ってしまった後でワタシ一人で入浴を済ませるころには消灯時間も過ぎてしまっていた。
「今日も来るのかな」
あれが夢でなければ今日も闇落ちを頑張って倒さないといけない。自室に戻り一息つこうとベッドに腰をかけた時だった。
「ぁ”っ!?」
昨日と同じ痛みだった。腹部をナイフで深く突き刺された、そんな痛み。
「ん”っ…!ぅ”ぅ”ぅ”ッ…!ギッィ…!!!!」
脂汗がダラダラと流れ落ち、今にも嘔吐しそうだったが何度も唾を飲み込みせりあがってくる不快感を消そうとする。
息の吸い方も忘れてしまいそうな程だったが自身の手を腹部に当て、優しく撫ぜる。
「大丈夫、アンタにもできるハズだよ」
突然窓の方から声がしたと思うと彼はこちらに近づいて自身の手の平を、ワタシの手に重ねた。
「ツキの中の光力を感じろ」
光力がどういうものなのかは分からないが縋るように見つめていた彼から目を離し目を瞑った。
なんなら昨日同様ヨルに痛みを消してほしいんだけど!と言いたかったが文句も飲み込み腹を撫ぜる。
「アンタの中にもあるはずだ、光が。アンタの光を信じろ」
ワタシは痛みの中必死に彼の言葉に耳を傾け、唇を噛みしめ腹部以外の全身に集中しはじめる。
「ひぃー、ひぃーっ、ふぅ”ッ、ん”ん”ー」
そうすると次第に体が温かくなっていき、目を閉じて真っ暗なはずの空間に暖かな光が広がっていくような不思議な感覚があった。
それを感じると次第に腹部の痛みも治まっていき、あの痛みも嘘だったのではないかと思い始めるくらいには考えられる余裕ができてきたのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
目を瞑ったままでいると彼はワタシの目元を親指で拭ってきて、自分は泣いていたのだと気づく。
「できるとはおもったケド、ほんとにこんなすぐ感覚を掴めるとか驚いたな…。アンタホントに何者なんだか。」
褒められているのだろうけど、彼は依然真顔のままだった。
「まぁこういう力が使える奴は大体おかしいのが多いケド。」
「おかしいって何?酷いよ!」ムっとして言い返すワタシに彼は気にせずに「そんなおかしい奴だから言うけどさ、闇落ちが来てるな」
「えっ」
ワタシは慌てて外を見て連れて行ってとヨルに言うと、彼は昨日のように下まで運んでくれた。
ワタシは最早RPGゲームのような出来事があることと、戦っている自分にカッコよさまで感じてしまっていたのだった。
「やっ」
今日のも雑魚だったようだ。だが昨日よりまばらに数が多い。まるでゲームのように倒し進めているうちにヨルが「崖下にもいるな…ここに捨てられた奴もいるのか」と言い出した。
崖下は落下防止のためかフェンスが張り巡らされていたが、彼は行こう、と顎で指示した。
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「暗くてあんまり見えない…」
「俺は夜目がきくから、俺のすぐ後ろをついてきて」また無茶なことを言ってきた気がしたが再び文句を飲み込み転ばないように木につかまりながら下へ降りて行った。
月明りだけが頼りだった。
「ねぇ、まだ?」
15分は無言で彼の後ろをついていってる。
すると彼はピタっと足を止めた。暗さに目が慣れ始めた頃だった。
彼の背中越しに背伸びをして先を見た。何かいるが闇落ちなのだろうか。
水の流れる音がする。川だろう、彼は浅瀬に足が濡れることも気にすることなく目の前にいる人物に話しかける。
「なに、”アンタも”闇落ち?この感覚雑魚じゃないみたいだけど?」
闇落ちがこちらに振り向きナニカを伝えようと口を開いたが、その口からは何も発せられず終わった。
襲ってくる様子が無いようだ。
ワタシにも襲い掛かってくることはなく、ヨルは無言のまま両剣を闇落ちへと投げたがキンっ!という金属音同士の音が鳴り響いた途端、両剣は彼の手元へ戻って来て、闇落ちに当たることはなかった。
「闇落ちにも優しいコと悪いコがおんの知らんのん?…あら、ええ男がおるやんツキちゃんそこ変わってぇや。」
聞き覚えのある声の方へ顔を向けると、何故かユイちゃんが立っていた。じゃあ今の攻撃を防いだのも彼女?
パニックになっているワタシをよそに彼女は続けて話す。
「こーんなええ男やのにあんたも闇落ちなん?可哀そうに~」
「ユイ…ちゃん…?何でこんなとこに…?」
彼女は口角を上げたまま「こっちのセリフやねんけどなぁ?なぁなぁそっちのイケメンさん、うちとえーことせぇへん?」
「無理、ガキが何言ってんだ」
ヨルは表情を崩さずに言う。
そんなヨルを見てもユイちゃんは笑顔を絶やさずにケラケラ笑っている。