第一夜 光は
真っ暗な部屋からこちらの顔を見ず、かじかむワタシの足先を見つめている男が一人。
こんな真冬なのに半袖である。
その目は虚ろで目の下にも疲労が溜まっているのだな、とすぐ理解できる程に隈ができている。
ワタシの父親は、いつからこんなになった?もっとピカピカ眩しい光を放っていたハズなのに。
……。
………。
「大丈夫だよぉ、きっと友達もできて、寂しくなることもなくなるよ!」
「…。」
ちらちらと雪が降っているなか、何故今ワタシが車に乗せられているのか。どうやら、施設に連れていかれるからだと聞いた。
この車にほぼ無理矢理乗せられて、どれくらい時間が経ったのか知らないけど…、ワタシの顔はずっと涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
何で施設に行かなきゃいけないのかは正直よく分からない。
今車を運転してるこの人は、いきなり家に来て抵抗するワタシを車に乗せた張本人だ。
パパは涙を流しながらそれを黙って見ていた。見ていたのはワタシのつま先で目も合わせてくれなかったのだけど。
まだ何が何だかよく分かってないし、更には施設に行くよ。なんて言われて
はいそうですかと納得するワケがないのにこの運転手はニコニコしながらワタシに話しかけてくる。
ワタシ、いいよなんて言ってないし心がムカムカしてるんだけど!
「あ、着くよ!見えづらいけどね~。」
運転しながら左手で前を指差している。
…見ないし車から降りてやるもんか。
運転手が「はい停まりまーす!」とおちゃらけるとすぐに車が停まった。どうやら目的地についたらしい。
運転手はワタシからは見えない位置からケータイを取り出して電話をかけた。
「あ、吉田です!迎えに来てあげてくださーい。」
吉田って言うんだこの運転手さん。顔覚えたぞ、ヘラヘラしやがって…
八つ当たりよろしくそんなこと考えていたら、ヒールのカツンカツンという音が少しずつ聞こえてきて、誰が来たんだろうと座席からガバッと起きてしまった。
遠目からでも分かるほどの、大きな胸を上下させながら走ってくる女性が見えた。
雪を思わせるような白く儚げな雰囲気とは裏腹に、勢いよくぜぇぜぇと肩で息をしている。ヒールで走りづらいのだろう、歩いたほうが早そうな速度だ。
「走って来ちゃった…。はぁ、雪…まだ若いんだけどなぁ」
えへへ。と笑うその顔はどんだけ走ったの?あれは走ったと言うの?と思ったが肩でゼェハァと息をしている。が、とっても美人さんだ。
呼吸を落ち着かせてから暫く、その人はワタシを見ると「初めまして~、ゆ…えっとぉー…私は一森学園の園長です!良かったら雪先生って呼んでね。」
窓ガラス越しに言われたけれど、降りるつもりはないので、抵抗の意味を込めてに無視して顔を背けた。
「あ…っ、嫌われちゃった…。」
表情は見えないけど、ちょっと寂しそうな声が少し聞こえた。
が、
車の運転手____吉田が車から降りてワタシが乗ってる後部座席のドアを開けると無言で腕を掴んで引っ張ってきた。
「やだ!やめて!」
けっこうな力で引っ張るので痛いのと怖いので涙が出てきた。
もう充分イヤな思いしているのに更に園長先生まで「嫌だよね!ご、ごめんねっ」と吉田に加担してワタシの腕を無理矢理引っ張る。
痛い。
「やだやだやだやだ!!!パパのとこに帰る!!!」
これ以上出ないってくらいの大声をあげて抵抗したけど、
大人には敵わなかった。
車から引きずり出されて、逃げられないように2人にガッチリ腕を組まれている。
パッと見る限り、大きな建物が4つある。
ワタシは施設の入り口から見て右の建物に引きずられ、六畳程度の部屋のベッドに突然座らせられた。
「はい、ここがあなたのお部屋ね~。…そう言えば荷物何も持ってこなかったみたいだけど…」
園長先生は困ったように右隣にいる吉田を見た。
「暴れたら困るのでね、そのまま連れて来ましたよ。服やタオルも寄付の物があるから大丈夫なのでは?」
吉田は運転だけではなく、ココの内部事情も知っていそうな口ぶりで園長に質問する。
「そうだよね…。と言うことだから!アレだったらココの探検とかしてみて~。あ、晩御飯は17時からだから、時間になったら食堂に来てね。食堂は…ユイちゃんに頼もっかな~。」
ニコニコしながら園長先生と吉田は「じゃ!」とだけ言って部屋を出ていってしまった。
…不安しかない…しかも説明雑すぎない?誰かと仲良くなれる自信なんかないし、遊べる物もないし、…パパとも離れちゃったし…。
何だか思い出したように寂しさで胸がいっぱいいっぱいになってまた涙が出てきた。
暫く泣いて、泣き疲れたのかワタシはいつの間にか眠っていたようだ。
ツンツン。
ツンツンツン。何かが私の頭をつついてる。
「ん…?」
「やっと起きた。雪先生に夕食一緒に連れてってーって言われたからアンタんとこ来たのによぉ~く寝てはるやないの。」
目を開けたら女の子にいきなりそう言われてビックリして飛び起き、そこで初めてこの人に指先で頭をつつかれていたのだと理解することができた。
「えっ!?ご、ごめんね!」
おかげで目が覚めた。この子が先生がコソコソ話してたユイちゃんだろうか。
「え、と…ユイちゃん?かな?」体を起こし、遠慮気味に下手に聞いてみる。
「せやけど?早くご飯食べに行こ。」
「う、うん。」
何となくだけど、この子とは仲良くなれる気がしないなと思った。
相性悪そう…
「アンタの席はそこや。うちと…はい、みんな新しく入ってきた子にお辞儀して。」
「よろしくおねがいしまあす。あたしのこと真紀って呼んでね!」案内されたテーブルまで行くと、席には女の子が既に椅子に座っていた。
その後はユイちゃんと真紀ちゃんの雑談を聞きながら、たまに相槌をうっていたのだがどうやら座る席は決まっているらしい。
食後は寝る時間、夜の21時まで自由時間らしくユイちゃんと真紀ちゃんは食事を終えると早速食堂から出て行ってしまったのでワタシも急いで食事を終えた。
終えたのだけれど1人だし何もすることが無いので探検ごっこでもすることにした。
食堂から出てすぐの庭は、冬真っ只中な12月なので日の沈みは早く、空は真っ暗だし寒いけれど今朝降っていた雪は積もってそれを雪ダルマにしている子供たちがいた。食堂で見かけた中学生や高校生くらいのお姉さん達やお兄さん達はあんまりいないから、部屋で温まっているのだろうか?
先ほどユイちゃん達が施設は女子棟、男子棟、幼児棟と食堂に分かれていると教えてくれた。
さっき私が出てきた場所は女子棟でその建物の隣には小さい地蔵が木々に囲まれている。
他には見るものが無いので庭を抜けた先も見たくて門の向こうへ歩いた。
歩くと雪できゅっきゅと音がする。
庭の先は職員の駐車場だろう、車はまばらに置いてあり数も少ないのでボール遊びをしている人たちがいた。
駐車場から目を離すと急な坂と、その隣にフェンスが見えた。フェンスの先は木々で先が見えない。
そしてここからも女子棟が見えた。もしかしたらあそこに生えている木、ワタシの部屋から見えるかな?
さっきは窓から景色を眺める余裕がなかったので、もう暗いしやることないしな~と思いワタシは部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると中は暖房がかかっていて暖かい。ほっとする。
一息つくと控えめにドアをノックされたので「はーい」と返事すると、職員らしき人が笑顔で「服もってきたから、明日からここにあるもの着てね。」と言ってくれた。
ワタシがこくんと頷くと職員は「私ここの職員してる高木梢。みんなこずちゃんって呼んでるから、あなたも良かったらそう呼んで!」
彼女は頼もしい笑みを浮かべると「あと、歯磨き粉と、シャンプーとかリンスなんかももってきたから使いな!」と言い残し部屋から出ていく。忙しそうだ。
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「ふぅ。」
濃い1日だったな…思わずため息をつく。夜の9時に消灯時間らしいので間もなくリビング等も真っ暗になるだろうから少し早めに寝よう、と思った。
だけど自分の部屋の明かりを消してベッドに潜ろうとした途端に腹部に痛みが発生した。
「うっ、はぁ、い痛いぃ…っんんっ~~~~」
いつもうっすら痛いなと感じる程度でおさまっていた痛みだったが今日だけは違った。なんならお腹を下した時に神様に祈るレベルの腹痛より遥かに痛い。
痛みと格闘中にあんまり声を出さないよう我慢していると、窓の向こうにキラキラしているものが見えた。
「?」
昼間見えたあの大きな木に誰かいる。気がする。
窓に続いている枝から近づいて、窓を開けて、カーテンが風で揺れて、
「アンタだったんだ。」
ワタシは見惚れて一瞬痛みを忘れて‘光‘を見つめていた。