約束
《Victor-R 再起動》
青白く発光する液晶パネルにファミコン風の文字が浮かび上がった。
《対応ソフト:FD型VRMMORPG Secrid Device Re:roaded を開始します》
《████████システムを構築・接続中》
《ゲームデータを更新中……100%》
《プレイヤーアバターを構築しています》
《シナジァ語を学習しています》
《ゲームサーバー Novak に接続中…》
《████████と同化中…》
音声合成型AIソフトの無機質な声が脳内に反響する。
《Welcome to kingdom of Syenesia. Have nice adventure》
《――ようこそ 永遠の旅人よ》
BGMとディスプレイにノイズが走った。
白で構築された空間が次第に色づきながら、マス目が描かれたブロック型の壁が変形していく。
やがて中世ヨーロッパモチーフの建物に囲まれた大きな広場へと風景が切り替わると、そこは既に様々な種族の者たちで活気づく、王国の真ん中だった。
「…凄いな」
口から零れ出た第一声は、驚きと感嘆に満ちていた。
これがフルダイブ型MMOの世界。
期待以上、想像以上で済むようなものではない。
本当にゲームの中なのかと疑いたくなるくらいの出来である。
大勢のプレイヤーアバターとNPCが集まる広場の活気溢れる声は、機械を通したものだとは思えない程透き通った滑らかな音質であり、奥に広がる大通り沿いに並ぶ様々な屋台からは食欲をくすぐる匂いが香ってきている。加えて、爽やかな風に靡いた衣服が肌にこすれる感覚と眼下に広がる街並みの美しさ、この世界で感じるもの全てが現実と寸分違わぬクオリティだった。
なによりも驚くべきは、五感が存在していることである。
大手ゲーム会社ですら苦戦し、現代科学では現実的に不可能とまで言わせた完全なる五感の再現。
それをこのVR機器とゲームソフトは再現できているというのだ。
ぽっと出のゲーム会社が成しえたものだとはにわかに信じがたい…というか信じられない。
ゲームなんか、と甘く見ていた過去の自分に言ってやりたいくらいだ。
SDRWはゲームなんて括りには決して収まることのできない存在であると。
暫くの間、SDRWの驚異的な再現度に圧倒され立ち尽くしていたが、覇琉との約束を思い出し、指定されていた場所へ向かうことにした。
『スタート地点であるこの広場から真っすぐ進んで来て妖精を見つけろ』と何とも大雑把でよくわからない指示をされたが、本当に大丈夫なのだろうか。お互いがゲーム内では初対面である中、合流することができるかと不安である。というか妖精を見つけろって何なんだ。
……マップだけでも確認しておこうか。
迷子になったときには使うと良いよ、とルシアスから助言を貰っているし。
俺は初期装備として受け取った腕輪型デバイスを起動した。
すると、起動時に見たパネルのようなものが目の前に出現する。
メインメニューと記載されたそのパネルは半透明で薄く、自身のステータスや装備、所持アイテムなどの様々な項目が載っていたが、幾つかの項目は自身のレベルでは未だ未解禁なのか黒く塗りつぶされていた。
その中からマップの項目を見つけてタッチする。
表示されたのは簡易的な俯瞰図のようなものだった。
本来、マップは自分が行ったことのある場所しか表示されないそうだが、このように多くのプレイヤーが集う国や街においては初めから記録されているとのことで、例にも漏れることなくこの場所も表示されている。
いま俺がいるのは、ジナジァ王国の王都キャメリックの中心部トリオンマーレ広場であるらしく、周囲には何本かの細い路地と一本の長い大通りが続いているようだった。
キャメリック広場の左側には様々な店の名称と思われる単語が並んでいるが、右側は白く靄がかかっていて、どうやらまだ行くことのできない場所のようである。顔を上げて左側を見てみれば、少し奥に堅牢な石造りの門と城壁、更には巨大な城が存在していた。門の傍には甲冑を着用した兵隊のような人が立っており、その先へ行こうとする者たちを監視しているようだった。
王国の名の通り、貴族などの階級の高い存在がNPCとして実装されているのだろうか。
そんなことを考えつつ、マップ通りに大通りを進んでいく。
妖精を見つけろ、とは言われているものの、そう簡単に見つけることなんてできるのか、と辺りをキョロキョロと見渡していると。
「あっ」
いた。
しかも結構目立っている。
覇琉と予想される人物は、数名の子供たちに囲まれるようにして、大通り沿いに等間隔に設置された街灯にもたれかかっていた。周囲には3匹の小さな妖精が飛び回り、きらきらと鱗粉のようなものを振りまいている。
意を決して声をかけてみる。
「すみません、友人と待ち合わせをしているのですが、」
「はいはい……ん?その声、もしかして彼方か?」
俺が名乗るよりも前に、覇琉の方が気づいたようだった。
あぁそうか、声は弄っていないからすぐわかるのか。
覇琉の方もボイスチェンジャーの類を使っているわけではないらしく、普段と変わらない声だった。
「あぁ、覇琉であってるよな?」
「もちろん!それじゃあ早速この王都の案内しに行くか!」
覇琉のアバターはロングの赤髪を束ねた髪型が特徴的ではあったが、その服装は一昔前のRPGに登場するキャラクターのような質素なものだった。故に、連れている妖精が余計に目立っているような気もする。が、当の本人は周囲の向ける好奇の視線にすっかり慣れているのか、気にも留めていない様子だった。
「初めにこっちでの自己紹介でもしとくか。俺が使ってるアバター名は、ハル・ブロッサムガーデンな」
「了解。俺はカナタ・ドラゴンハートに設定してる。やっぱりリアルの名前そのまま使ってる人が多いのか?」
「んー、そこは微妙だな。俺は考えるのめんどくてリアルの名前に適当な姓付けただけだから。実際はかなり少数派かも」
そうなのか。
個人的には覇琉がリアルの名前をそのまま流用してくれて、呼びやすいので助かるのだが。
「とりあえず王都をぐるっと散策しながら、装備とかアイテムを揃えるとするか。スタートダッシュキャンペーンならぬ、俺がお祝いとして全額負担してやるよ」
「それはそれで後が怖いんだが。そこまで言うなら有難く……」
お言葉に甘えることにするか、と言おうとたところで、大通り脇の路地から現れた女の子と勢いよくぶつかった。女の子はその衝撃で大きな尻もちをついてしまった。
「悪い、ケガはないか?……あっ、ちょっと!」
ぶつかってしまったことに対する謝罪を述べつつ、大丈夫かと問いかけたが、女の子は自力で立ち上がるとすぐさま走り去っていってしまった。
「おいおい、あっちからぶつかってきたのにアレはないだろ」
「気にしてないよ、まだ小さい女の子だったし。ただ……一個だけ気になることがあって」
「ん?どうかしたか?」
先ほど女の子とぶつかって、俺の目の前には再び半透明のパネルが出現していた。
《緊急クエスト:烙印の奴隷少女 発生》
《難易度:☆☆☆☆☆☆☆》
《推奨レベル:90》
《警告:このクエスト内にて重要な決断が発生します》
《クエストを開始しますか? Yes/No》
パネル上には赤文字でクエストを受注するかどうかの確認がされたうえで、下部には時間制限と思われる数字が刻一刻と減少し続けていた。約30分しか残っていない。
俺はこのパネルに表示された内容を覇琉に尋ねた。
「☆7の緊急クエスト⁉まじかよ、お前って運がいいのか悪いのかわかんねぇな」
「運が悪いってどういうことだ」
「チュートリアルの時に説明されたとは思うけど、この世界では普通にNPCが死ぬ。クエスト名から察するに、さっきの女の子は商人のところから逃げ出してきた奴隷なんだろ。おまけにその警告文が付いてるってことは、30分後には商人に捕まって敢え無くジ・エンドってとこかな」
いくら何でもいきなり過ぎるだろ。
こちとらまだ開始してから1時間も経ってないぞ。
……とか文句を言ったところで、この理不尽なクエストは無かったことにはならないんだろうが。
「これって商人に捕まる前に保護できればいいってことか?」
「クリア条件的には多分そう……は、まさかやる気かよ?」
「まぐれってのがあるかもしれないだろ。やってみる価値はある」
あとは俺の完全なエゴだけど。
やらなくて後悔するよりかやって後悔した方が良い。
走り去っていく女の子の酷く怯えた表情を見てしまった瞬間から、既に心は決まっていた。
迷わずYesの文字に指先を触れる。
《緊急クエスト:烙印の奴隷少女を受注しました》
《目的地まで案内を開始します》
ご丁寧に案内付きとはな。
レベル1なりにどうにか打開策を見つけることができればいいんだが。
「はぁーお前はそういうやつだよな。お前だけじゃ心配しかないし、俺もついてくよ」
「はは、そう言うと信じてた」
「俺も推奨レベルとほぼ変わらないレベルだし期待だけはするなよ。失敗する可能性の方が高いんだから」
それでも一人よりか二人の方が助けることができる可能性は上がるだろう。
「開始早々こんなことに付き合わせて悪いな」
「安心しろよ、たっぷりゲーム内で埋め合わせしてもらうからな。ボス級モンスターの討伐からダンジョン攻略、他には……」
「あー分かった分かったから」
後で埋め合わせならいくらでもしてやるから、と俺たちは目標地点へと急いだ。
ほんの僅かな、奇跡とも呼べる可能性に賭けて。