『裸足(はだし)の国で靴を売る』話
ハジメは市場からビンや砂糖、ハチミツにホワイトリカーを買い足し、ジャムや果実酒を作ってみることにした。
煮沸して消毒したビンに、砂糖やハチミツで混ぜた果実を入れる。イチゴやブルーベリー、レモンなどを試作した。この時、糖度がある一定の数値に達すると腐りにくくなる。糖度の力でジャムは1年から2年ほど消費期限がのびた。
ビンにジャムを入れて、再度、煮沸して消毒する。魔女の異世界は衛生面で生活魔法に頼っている節がある。ガス、水道、電気、火起こしなど全て魔女が生活魔法でやっていた。インフラの整備が早急に必要だと感じた。
ジャムをビンの中に9割ほど入れて、あとは適温で放置し、冷ますだけ。勝手に容量が増え、ビンの蓋が膨れてくるので割れないように要注意するべし。わざとジャムを9割入れて、1割、空間を残したのは、ガラスのビンが壊れないようにするため。
果実酒はより簡単。蓋の広い大きいビンに、買ってきた果実と砂糖、それからホワイトリカーを入れて待つだけ。ホワイトリカーとは無味無臭のお酒のこと。
もう冬イチゴにこだわらず、梅酒とか作って売ればいいのでは思った。けれどもイチゴ村を冬イチゴの特産地として宣伝するために、どうしても冬イチゴのジャムに、冬イチゴの果実酒を作る必要がある。
ハジメは疑問に思った。
「ホワイトリカーはある。だけれども、お酒を飲む文化がない。どういうこと?」
「お酒は消毒用のアルコールとして使う場合がほとんどで、飲む文化はあまりないわ。アルコールは悪魔の飲み物だって信じられている」
「宗教上の理由ね」
魔女の異世界では、魔女教という宗教があり、アルコールは控えるようになっていた。禁止ではない。適量を飲むのがベストだと説いている。禁止ではない。ならば商機はある。
「ハジメさ。お酒をまったく飲まない国でお酒を売っても全然売れないんじゃないの?」
「イチエさんは、『裸足の国で靴を売る』話を知っている?」
二人の靴を売るセールスマン、Aさん、Bさんがいました。
Aさん、Bさんはアフリカのある国へ派遣されました。この国はまだ国民が裸足で生活をしていて、靴というものを知りません。
Aさんは人々が裸足で生活をしているのを見て、この国の人たちに靴を売ることができると考えました。
靴のニーズはたくさんあると考えました。
一方のBさんは、人々が裸足で生活をしているのを見て、この国の人たちには靴を売ることはできなりと考えました。
靴のニーズはないと考えました。
Aさんは帰るときに見本の靴を5足おいて帰ってきました。
Bさんはこの国で靴を売ることを早々に諦めて、隣の国民が靴をすでに履いている国へ行きました。
さて、靴を売るセールスマンの、AさんとBさんはどうなったでしょうか?
「イチエさん。どうなったと思う?」
「寓話的お話ね。片方が大成功して、片方が大失敗するのかしら。答えはAさんね。Aさんが大成功する」
「答えはこうだ」
Aさんはまったく靴を履かない国で、靴を履く文化を広めて、売り、成功をおさめた。
「やった! 正解」
「イチエさん。ちょっと違うよ」
Bさんは隣の国へ行って、店を出し、Aさんの100倍の靴を売って大成功をおさめました。
終わり。
「ハジメ―。Bさんの方が成功しているじゃない?」
「そう。靴を履かない国のAさんよりも、隣国に行ったBさんの方が成功しているんだよ」
「この話は何を教訓にしているの?」
「これはセールスやマーケティングには正解がないって話だよ」
靴を履かない国で靴を履く文化を広めたAさんが正しいかもしれない。隣国に行って店を構え、Aさんの100倍の靴を売ったBさんが正しいかもしれない。
セールスやマーケティングに正解はない。しかし、市場を調査して、考え抜いて、勉強する必要がある。
「AさんもBさんも、セールスやマーケティングは成功した。どちらも靴のニーズを調査したからなんだ」
「じゃあ、なんでAさんはBさんの100分の1しか靴が売れなかったの?」
「文化のない場所で文化を教育するのは大変なんだ。市場の小さい所と市場の大きい所では、市場の大きい所を狙うべきだ。今回、お酒を飲む文化のない魔女の異世界では、お酒を売る市場が小さい。一方、ジャムは市場が大きい。みんなパンにジャムを塗って食べる」
ジャム>果実酒の構図ができる。
お酒を飲む文化を発展させ、売れるようになるには、とかく、時間がかかるのだ。まあ、セールスやマーケティングに正解はないので、何が一番よく売れて稼げるかはトライ&エラーになる。