一期イチエ
ハジメは自分を俯瞰した。最初、彼は億り人になりたいと思っていた。1億円を貯めた人物。それが億り人。
しかし、こうも感じた。何か物足りない。
お金を稼ぐことに必死で高校三年間を無駄にした。勉強も部活も恋愛も、何もしない抜け殻だけが残った。いや、残ったのはお金だが。
そこでハジメの祖母に相談したら、将来の夢を投資家ではなくて魔法使いになりなさいと言われた。三大魔法は、病気を癒す魔法と過去に戻る魔法とお金を稼ぐ魔法、だそうだ。
ワクワクした。心躍った。ハジメは青春をしたかったのだ。早く金持ちになりのではなくて、ゆっくり金持ちになりたかった。お金にとらわれず、日々の人生を充実させたかった。
魔女の異世界。未知なる大陸。ファンタジー世界。いわば、ここはハジメのやり直し場所。2000万円を払って、希望した、冒険の場だ。
ハジメは必死になってお金を稼ぎ、魔法使いになり、魔王を倒すことを誓った。
俯瞰、終わり。
「ハジメって彼女いるの?」
「いない」
「じゃあ結婚して!」
「俺は優柔不断なんだ」
優柔不断。『物事の判断がなかなかできず、迷ってばかりいる様』を意味する四字熟語。
「イチエさん。そもそも会ったばかりでデートすらしていない女性と、いきなり結婚することはできない」
「これがデートでしょう?」
馬車に揺られること数時間。暇なのでイチエとずっと喋っていた。彼女は一期イチエ。イチゴ村の住人で村長の孫。次期、村長と期待されている才女。年は17歳。ハジメよりも一個下。
「結婚したい、結婚したい、結婚したい」
目が怖い。軽く抱きついてくる。
「イチエさん。君は可愛いし、話も面白い。でも何を急いているんだい? 俺と結婚してどんなメリットがあるんだ?」
「政略結婚!」
「そこに愛はあるのかい」
直球で政略結婚と言われて、物悲しいハジメ。イチエは歯に衣着せぬ物言いでハジメに迫る。
「私たちの大陸では若い男は大変貴重なの。女性が男性を手に入れることはステータスになる」
「なるほど」
少数のオスをめぐってメスの間で争いが勃発する。この世界では、若い男性は高級車や高級マンション、高級アクセサリーと同じくらいの価値があった。若い男をゲットし、結婚しただけで貴族と同じ扱いを受ける。イチエはイチゴ村の再建のため、箔をつけるためにハジメと結婚したがっていた。
若いオスは5000万円とも1億円とも言われるくらいに価値がある。ゲットするだけで周囲がチヤホヤしてくれる。億り人になりたがっているハジメには十分に価値が理解できた。
「でもダメだ。お金のために結婚すべきじゃない」
「人生の幸せは8割お金で買える。不幸の9割はお金で解決できる。金が全てよ!」
守銭奴。貧しい村に住んでいたので、そこら辺の、お金への執着心が、イチエさんは人一倍強い。
「イチエさんは僕が幸せにする」
「え?」
「イチゴ村を豊かにして。イチエさんが自由恋愛できるくらい裕福に。イチゴ村を絶対に再建する」