情報収集
情報収集。
商人として魔女の異世界に来たからには、まずは魔女の異世界がどんな世界なのかを知らなければならない。
とにかく情報収集だ。
ハジメは現実世界で株の本を読んだり、ブログを読んだり、YouTubeの動画で勉強した。
勉強すればそれだけ結果につながる。例えば、IPO銘柄は触っちゃいけませんとか、逆張りしてはいけませんとか、とにかく株の世界は勝者のルールが存在する。もちろん短期でトレードするデイトレードと長期でトレードする長期投資は違う。もし仮にデイトレードするのならば、値動きの激しいIPO銘柄を触るのが吉かもしれない。
が、ハジメは違う。勝者10%と呼ばれるハイリスク、ハイリターンのデイトレードはやらない。あくまで米国株の全力投資が軸になっていた。
なぜなら、日本株でデイトレードした場合、ボックス相場から順張りの上昇トレンドに変換した場合に今までのやり方についていけないから。
まあ、難しい話は置いておいて。とにかく情報収集が生命線になる。
体力は温存しつつ、まず、小高い山に登る。途中、木の枝を折りながら、マーキングして、方向を確認し、登山する。
小高い丘に登ったところで、周囲を眺める。近くにきれいな川が流れているのを発見。ラッキーだと思う。
こういった異世界転生は決まって川の近くに村や町があることが多い。なので、川の川下にくだっていけば、何かしら人の集団を発見することができる。
ハジメは5分間たっぷりと方向を確認して、山の位置を把握。そして、山とは反対の川下に沿うように移動するプランを計画した。
サバイバル訓練の経験はない。よって飲み水は川だけ。胃が痛くなったら、最悪リタイア。祖母からは辛くなったらいつでも帰っておいで、と言われている。
モンスターの姿はない。けれども油断禁物。チュートリアルだとすれば、出てくる敵はレベル1で倒せるスライムだと相場は決まっている。
1時間ほど歩いたところでハジメは集落に出会う。
「ビンゴ!」
情報収集に大切なのは、人、本、旅。
人に出会い、新しい概念を養ったり、本を読んで知識を蓄えたり、旅で異文化交流して新しいビジネスを発見する。なんてことはざらにある。ハジメは人との出会いを重視した。まあ、異世界に来て本も旅もへったくれもないのだが。
言葉は通じるのか? 日本語なのか、文字はどうか? などを検証した。
小さな集落は合掌造りの三角形のとんがっている山形の家がたくさんある。ということは見ただけで、ここは雪国なのだと判別する。北陸地方は雪が降るため、ああいった三角形のとんがっている山形の屋根が多い。それは異世界でも同じらしくて冬に除雪しやすいよう設計されていた。
異世界でも合掌造りの三角形のとんがっている山になっている屋根は、冬の到来をあらわす。なまじ日本と同じ四季がある大陸なのかもしれない。
家だけ見てもかなりの情報を収集できる。集落の家の数はおよそ10。この世界が核家族なのか大家族なのか判断に困るが、たぶん、30人から50人くらいの人が住んでいる。小さな村だ。
さて、準備は整った。ハジメは株という職業柄? 他人とコミュニケーションをとるのが下手だった。常に一人でいて孤高にいた。中学時代も高校時代も帰宅部で、部活動でのコミュニケーションをおろそかにしていた弊害。
でも、仕方ない。過去を顧みるのはやめよう。ハジメは己のコミュ障を度外視して、村に飛び込んでみた。
なぜなら餓死するから。お腹がペコペコで、この村でハズレを引いた場合、ハジメのリタイアが確定する。最悪、つかまって即、殺される恐れがあるので、ハジメは慎重に行動した。
人々は驚かなかった。むしろ歓迎してくれた。そこの村は魔女ばかりの住んでいる奇妙な村だった。いるのは若い女児と女性と、老婆。男性は老人だけで、若い男はいなかった。
言語は通じた。言葉も通じた。
村長の老婆が対応してくれた。
「ハジメさんというのかい?」
「はい、観光にやってきて、途中ではぐれてしまいました。王国に行きたいのですが、何か知りませんか?」
異世界といえば、魔王退治。しかし、魔王を倒すと物騒なことをいえば、村から追い出されるかもしれない。なので、ハジメは観光の物見遊山だと言い張った。自分は王国出身、とウソをついた。
異世界なので、王国や帝国、共和国があるかもしれないとハッタリをかました。
首尾は上々でハジメは村に受け入れられる。というか、めちゃくちゃ若い子が集まってきた。
キャッキャウフフと黄色い歓声が飛ぶ。
(ど、どうなっているんだ?)
困ったハジメに、村長がつぶやく。
「若い男性。とりわけ10代の男の子は珍しいのです」
(――なにぃいいい?)
魔女の異世界は魔女が支配していた。そのなかで若い男性は労働や兵役の義務を与えられ、長らく故郷を離れ、奴隷のようにコキ使われていた。
この村でも例外ではなくて、若い男性はずっと中央に隔離され、戻ってくれなくなっていた。いるのは働けなくなった老人だけ。そのため、過疎化が進んでいる。
ハジメは脳内会話する。
ハジメA「魔女の異世界では若い男性が基調。金を稼ぐならば、男性であることを前面に押し出して商売すればいい」
ハジメB「ハジメA。お前に男娼になるようなイケメンさはないようね?」
ハジメC「ハジメB。自分自身に向かって辛辣な態度をとるもんじゃありません。たぶんハジメAが考えているのは労働力としての男性の価値だ」
ハジメA「ハジメC。その通り。というか男娼なんて無理無理。ここ全年齢対象の小説だし。俺、童貞だし」
ハジメB「ハジメA。おっくれてっる」
ハジメC「自虐ネタはやめーや」
ハジメABC「ていうか、この異世界に女性しかいない設定。ハーレムライフとかパラレル・パラダイスでも見たぞ!?」
脳内会話終了。
まさか祖母はハジメに童貞を捨ててこい、と言わんばかりに、魔女だらけの世界に連れ込んだのではないかと危惧してしまう。
とにかく若い男は、ハジメのような普通の顔。イケメンじゃなくてもチヤホヤされるのだけはわかった。ハジメはちょっとにんまりした。
「いかん、いかん。正気に戻らなきゃ」
セックスするために魔女の異世界に来たのではない。魔王を倒して、三大魔法とやらを習得するために来たのだ。善は急げ、さっそく魔法学校のある王国の道について尋ねてみた。
「ハジメさん。その前に食事はいかがですか?」
太陽は真上にまっすぐ登っている。たぶん正午。王国への道を聞く前に、ハジメのお腹の音が大きく鳴る。
ぐー。
「はい、食事をお願いします」
若い女性たちにリップサービスをした後、村長に連れられて、村長の家へ。その中に同い年くらいの若い女性がいた。たぶん高校生くらい。ハジメより1つか2つ年下といった小柄な少女だった。
「孫娘と結婚してください」
「私と結婚してください!」
――やぱり、ハーレムライフとかパラレル・パラダイスとかで見た設定だ!?
いきなり求婚されたハジメ。彼の貞操を守ることはできるのか? こうご期待!
「いや、ナレーションさん。真面目にやってよ。この小説はR指定のない全年齢対象の健全な思想で提供されています」
とにかくハジメはその場をいさめた。のらりくらりと躱した。
18歳で結婚とか早すぎる。いや、普通なんだけど、魔女の異世界の結婚適齢期とか知らないが、まあ、どうなることやら。ハジメはとにかく村長とその孫娘に落ち着いてもらい、そのままお昼の食事をすることになった。