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前言撤回のパラダイムシフト

「なんで俺の居場所が分かったんですか? ストーカーですか?」


「未婚の若い男が一人で歩けば話題にもなります。王国の密偵部隊にまで届きます」


 ケイテとティータイムを取った。


 ケイテはアイスコーヒーを頼み、優雅に一口つける。ハジメは護衛のアジンがいないことに気づく。キョロキョロ周囲を見渡すハジメに対してケイテは、


「今日はお姫様のケイテではなくてお忍びでやってきた、ただのケイテとして話して欲しい」


「中古スマホ事業。本気でやるんですか?」


「ええ、もう準備は進めています。明日には王国中に喧伝し、ビジネスを始めることができるでしょう」


 ビジネスのスピードが早い。ちんたらやっていたらハジメは市場を独占していただろう。二、三日で1000万円くらい稼いでいたはずだ。しかし、ケイテに邪魔されては動けない。仮に、今日だけ中古スマホの買い占めに成功しても、明日、王国側の対応次第では中古スマホが不良在庫になる。どこにも売ることができなくなるかもしれない。なので何もできなかった。


 商売も株も、大きな利益を得るの超一流かバカだけだ。中級者は負けない事を選ぶべき。リターンを得るよりもリスクを最小限にする。失敗しても資産がほとんど減らないスモールビジネスは鉄則中の鉄則だった。


 中古スマホの転売もSNSマーケティングも元手は10万円くらいで始められた。負けても痛くない金額。これが100万とか200万円とかになってくると、個人で失敗すると再起不能になってしまう金額だ。


 ケイテと商売の話をした。なぜハジメが株を始めたのか。株でどうやって大儲けしたのかを楽しく喋った。ケイテはずっと聞いてくれた。


「プロスペクト理論に勝つには感情をコントロールしなければなりません。しかし、人間は感情で動く生き物。ならばルーティーンを決めてインデックス投資で淡々と勝てばいい。トピックスは市場全体の7割よりアウトパフォームすると言われています。7割勝てるんです。ならば日本の個別銘柄を3割よりすぐりを選択するよりも最初からトピックスを選べって話になりますよね!」


「クスクス。ハジメは本当に株とお金が大好きなんですね」


「守銭奴って呼んでもらって構いません。お金があれば8割の幸福を得て9割の不幸から身を守ってくれます。あ、そういえば……」


 ケイテと談笑するうちに、ケイテには申し訳ないが、商売についてこれからのことをより鮮明に考えることができた。


 中古スマホ事業は元手が少なく、ブログやツイッターのSNSマーケティングも元手が少なくできる。しかし、冬イチゴを使ったジャムはワインは大がかりな商売になってしまう。イチゴ村の再建がかかっている。村総出で商売する事になるだろう。


 採算の合わないジャムやワイン。そんなものを作っても売れる保証はない。だとしても。


 ゴールドラッシュ。ブルーオーシャン。レッドオーシャン。集中と選択。ニッチ戦略。センターピン。スモールビジネス。これまで王国で留学した経験とハジメの知識が合わさり、さらなる商売の発見が見えてくる。そして、前言撤回。


「イチゴ村を再建しなくてもいいんだ!?」


 ハジメはパラダイムシフトを起こす。


 前言撤回だ。イチゴ村で無理に冬イチゴを使う必要はない。ジャムやワインなどハジメの苦手分野である農業で商売する必要性は毛頭ない。


 イチゴ村を再建するのは『ハンドメイド』とかで良い訳だ。


「どうしました。ハジメさん?」


「ケイテさん、ありがとう。ちょっと協力してほしい事が見つかった」


「中古スマホの商売について、以外でしたら、何でも協力しましょう。勇者様」


「ハンドメイドを手伝ってほしい。これは王国側は規制できないし、メリットにもなる」


「ハンドメイド?」


 ケイテが首をかしげる。


 ハジメは理解していた。孫氏の兵法だ。敵を知り、己を知らば、100戦危うからず。


 ケイテは敵ではない。中古スマホ販売の競合他社ではあるが、元々、商人となった勇者の強い味方なのだ。だからこうやって会いに来てくれている。最大の敵を味方に引き入れずにして、何が孫氏の兵法か?


 パラダイムシフトによって、冬イチゴを農業ではなくてハンドメイドに使うことにした。加えて、中古スマホ事業から撤退することによって、最大のライバルであるケイテを、ハンドメイド事業において味方につけた。


 ハジメとケイテは手と手を取り合った。がっしりと握手した。


「よろしく、ケイテさん」


「ちょ、ちょっと恥ずかしいかしら」


 手を離すと、ハジメは伝票を持ってレジに行き、お金を払った。新しい事に気づかせてくれたケイテへのせめてもの気持ちにと。アイスコーヒーを奢った。相手の方が100%金持ちなのだが、ここはプライドの問題。感謝を込めてハジメは1000円を払った。


「ありがとう、ケイテさん。明日からよろしくお願いします」


「こちらこそ。楽しかったです」


「アイデアをもらってばかりですみません。何か困ったことがあれば恩返しさせてください」


「いえいえ、私も“男姿”のハジメさんが見れて嬉しかったです」


「え?」


「なんでもありませんかしら」


 まあ、いいか。ケイテと恋愛している暇はない。ハジメはセックスするために魔女の異世界に来たわけではない。誰にもできないような面白い事をするために魔女の異世界に来たのだ。


 お互いのスマホの連絡先を交換する。ドアを開き、ケイテにバイバイと手を振るハジメ。ケイテは物哀しそうな顔をした。でも、最後は微笑んでくれた。


 ――また、明日。ハンドメイドで!


 競合他社を味方につける。王国が相手なら、王国のビジネスを利用する。コバンザメが最良に思えた。


 帰る道中、ハジメはイチエに電話する。


「前言撤回。冬イチゴを使ったジャムやワインをやめる」


 イチエは心底、驚いていた。


『え、何するの?』


「ハンドメイドだ!」

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