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迷い犬を拾ったら竜王だった件。  作者: 斉藤はじめ
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飼い主、昔語りをする①

 俺、伊藤圭太(25歳)は「べんり屋」という店でアルバイトをして暮らしている。ここで働くようになって、もう1年が経過する。

 

 このことは、昔ながらの知り合いには言えないでいる。昔の俺を知っている奴らには。


 俺は、昔から勉強が得意な方だった。文系・理系どちらもできたが、高校のクラス分けの際、文系クラスの方が女子が多いという理由で文系コースを選んだ。

 そこから力を入れたのは英語だ。この理由も至極明快で、英語ができたほうが女子にキャーキャー言われたからだ。


 大学は某有名外国語大学に進学し、中国語を選んだ。これについては、女子にもてるためではなく、今後の世界情勢を鑑みるに、英語と中国語ができれば就職にはかなり有利になるだろうという計算が立ったからだ。

 

 在学中、人並みの大学生らしくバイトも遊びも恋愛も経験してきたが、勉強は人並み以上に頑張っていたと思う。その証拠に、成績は常に上位だった。


 大学卒業後は、大手重工業に就職した。配属先は営業部だった。ここなら、俺の語学力を存分に発揮することができる。


  ・・・・・と、思っていた。

  ・・・・・甘かった。


 就職説明会で社員の方々から話は聞いていた。先輩からも色々と話を聞いていた。研修も受けた。自分なら出来ると思っていた。でも、違った。

 学校と会社は違う。学校では授業料支払って「知識」という対価を貰うが、会社では給料を貰って「成果」という対価を出さなければならない。頭では分かっていたつもりだったが、分かっていなかった。


 学生と社会人とでは、時間の感覚が違う、スピードが違う、責任が違う、人間関係が違う、何もかもが違う。


 得意の語学はそれなりに通じたが、言葉が通じるからといってビジネスの話が通じるというわけではない。対話力、交渉力。俺には何もかも足りていなかった。


 就職してから半年後。俺は自信満々で入った会社にあって、完全に自身を失っていた。

 そして、ある日突然辞めた。誰にも、親にも相談せず。

 会社の上司にも何も言っていない。というか、自分から辞めるとも伝えていない。スマホで「退職 代行」と検索し、退職手続きを依頼しただけだ。


 代行人に、俺と会社の基本的な情報を伝えれば、あとは完全にお任せだ。料金はそれなりにかかったが、会社から離れられると思えば安いものだった。


 こうして俺は無職になった。


☆☆☆☆☆☆☆☆


 退職して一ヶ月も経たないうちに、俺は恐ろしい現実に気が付いた。


 金がない。


 大手企業とはいえ、新卒社会人が半年間働いた給料などたかがしれている。貯金はみるみる減っていった。


 だがこのとき、俺はまだ危機感を抱いてはいなかった。


 有名私立大学を優秀な成績で卒業したし、半年間だけとはいえ大手企業で経験を積んだ。英語も中国語も堪能。これだけ条件が揃っていれば、再就職先はいくらでもあるだろう。


 そう考えていた。


 当初、俺は就職情報サイトに自分の希望を入力し、企業から声がかかるのを待っていた。すぐに声がかかるだろうと思っていたが、何の音沙汰もない。


自分から声をかけないと、待つだけでは流石に無謀だったか。


そう思い、幾つかの大手商社等に、就職情報サイト経由で情報を送信した。しかし、やはり音沙汰がない。


この頃から、俺は本気で危機感を抱き始めた。


 ちょっと大手を狙いすぎたのかもしれない。少しレベルを下げてみるか。

 大手は諦めて、中堅どころの、しかし、条件のよい企業を選択して希望を出す。


 しかし、結果は・・・。


 大手とは違い、幾つかは面接をしてくれた。だが、面接自体は和やかに進み、『これはいけた!』と思った企業でさえも、後日、ご丁寧なお断りの電話がかかってきた。


 今から思うと、当時、俺はかなり精神的に追い詰められていた。親や友人に相談することもできない。ハローワークに行くという選択肢は、何故か俺の中にはなかった。


 そして、俺がとった行動は。


 スマホで「退職 代行」と検索する。以前依頼した代行屋の名前が画面に出ると、俺はそこに電話をかけた。

「はい、もしもし。〇〇でございます。」

 はきはきとした女性の声だ。

「突然お電話すみません。私、以前にそちらで退職の代行を依頼したものなのですが。」

「はい。その節は、ご利用ありがとうございます。」

「えっと、そちらの会社ですけども、退職の代行だけじゃなくて、就職の斡旋もされているとサイトに書かれていましたが。」

「はい。企業様のご紹介もさせていただいております。」

「あの、私、新しい就職先を探しておりまして・・・」

「承知いたしました。それでは、担当の者に代わります。」

 保留音楽が暫く流れたのち、就職斡旋担当を名乗る男性が電話口に出た。


「伊藤さまですね。お任せください。私共が、伊藤様にピッタリの就職先を必ずご紹介させていただきます。」


 男性は非常に丁寧な口調でそう言った。俺はその言葉を聞き、心から安堵していた。


 それが、どんな結果を招くかも知らずに。

 


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