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第六話 ~また明日もここに来てくれないか?~


幼い頃の約束。それは今までも、これからも守らないといけない絆の証。


僕と千鶴は小さな頃から一緒に遊んでいた。いつ、何処にいても二人で手を繋ぎながら。

その様子を千鶴の母親と僕の母親は微笑ましそうに見ていた。



ある日、いつもと同じように千鶴の家で千鶴と遊んでいた。

でも、この日はいつもと違うことが起きた。


「きゃぁぁぁ!?」


「「!?」」


千鶴の家のメイドの悲鳴が庭で遊んでいた僕達の耳まで響いた。

異変を察知した僕と千鶴はいつもと違う、何かおかしな事が起きていることに恐怖を抱き、二人で手を繋いで家の中に入った。


ドタドタと悲鳴を聞いた他のメイドや執事達が慌ただしく走っていた。

皆、汗をかき、異変に対応していた。だからだろう。誰一人として僕達が眼中に無い。

人の出入りが激しい二階へと震える足で向かうと、泣きながら部屋から、もう一人のメイドに支えられ、出てくるメイドを見つけた。

メイドは綺麗に整えられていただろう髪を乱し、顔を両手で隠しながら、肩を揺らし哀哭している。

恐らく、あそこの部屋がメイドが悲鳴を上げた部屋だろうと思った僕と千鶴は部屋を覗いた。


でも本当は覗かない方が良かった。


いつも、千鶴の母親と僕の母親が二人でお茶を飲みながら座っていた白のソファとテーブルは、テーブルの上に倒れた、二つのティーカップから流れる紅茶で汚れていた。

流れた紅茶はテーブルから絨毯に落ち、絨毯は紅茶を吸収する。

大きなシミが出来ている絨毯にキラキラとする金髪の髪が広がっていた。

…………千鶴が母親と同じなんだと自慢していた髪が。千鶴と同じ、ブロンドの髪が。

黄色の飴細工の様に綺麗に、散らばっていた。


そして、ソファには今日、僕の母親が履いていた白いレースのスカートだったものが見えた。

僕の父親に結婚記念日にプレゼントされたと嬉しそうに言っていた純白のスカートは紅茶で薄茶色に染まっていた。


幼い僕と千鶴でも理解出来た。


僕と千鶴の母親が二人共倒れていると。





犯人はすぐに見つかった。

千鶴の父親の秘書の女だった。千鶴の父親に惚れていて、妻が邪魔になったのだと。そして、紅茶に毒を入れ、殺めた。

自分は千鶴の父親と付き合っているという妄想に取り憑かれて行った犯行は僕の母親も亡くなった。

犯人の女は笑いながら言ったそうだ。


『余計なオマケも付いてきた』と____。




その時から、もしかしたら千鶴と僕の関係が歪み始めめていたのかもしれない。

一瞬にして、自分の母親を一緒に亡くした僕達はあの光景を目撃した後、千鶴の部屋で身を寄せ合い、ベッドにうずくまった。

部屋には千鶴の泣き声が小さく響いていた。

声を出さないように、耐えている泣き声は僕の胸を痛め付ける。

千鶴の手を握りしめ、この時間を目を閉じて耐えていると、千鶴の方から強く手を握りしめられる。


どうしたのだろうと僕は目を開けると、目から涙を流しながら僕を見つめる千鶴がいた。


「どうしたの?チヅル」


「……おかあさまはあのまま、いなくなっちゃうのかな」


不安そうな顔をする千鶴に僕は何も言えなくなった。幼い僕には判断出来なかったのだ。

大丈夫など、他人事のように言えたら良かったのに。そんな事は、同じく母親の安否が心配な僕には到底言えなかった。


「ずっと、いっしょにいられないのかな。ボクとおかあさまのように。コトリともあえなくなっちゃうのかな」


「そんなことないよ! ボクはいつもチヅルのそばにいるよ!」


千鶴の言葉に僕は必死に否定した。

僕は千鶴から離れないよ。ずっといるよと繰り返し繰り返し、言葉にする。


「じゃあ、やくそくして」


「やくそく?」


千鶴は繋いでいた両手の片手を小指を僕に見せるように立てる。


「ボクとずっと、いっしょにいるやくそく! それとまえにおかあさまがいってたんだ。ずっといっしょにいられるのは"しゅじゅうかんけい(主従関係)"の"しゅじん(主人)"と"じゅうしゃ(従者)"と、"こいびとどうし(恋人同士)"なんだ!」


だから! と言葉を続けようとする千鶴に僕はびっくりしながら千鶴を見つけた。


「ボクと"しゅじゅうかんけい(主従関係)"と"こいびとどうし(恋人同士)"になって!」


震えている千鶴の小指は不安を凄く感じていることが伝わってくる。

僕だって、怖い。今度は千鶴がいなくなるんじゃないかって考えてしまう。

小指の約束なんて、塵のような物なのかもしれない。


僕も小指を立てて、千鶴の小指と絡ませる。

小指を結んだら、千鶴は安心したように顔を綻ばせる。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます!」」


二人で言葉を揃わせる。


「指切った!」



小さな、みみっちい糸なのかもしれない。

運命の赤い糸みたく、綺麗で素敵なものじゃない。もっとどす黒くて、汚れだらけの糸だろう。

でも、その時は確かに綺麗なものだった筈なのだ。



*~*~*



パンッ!


僕が手を叩く。

その音に反応して、牛乳を飲んでいた彼は僕に視線を送りながら硬直する。


「ここで話は終わり。もう昼休み終わるよ、帰ったら?」


彼の足元に置かれている袋には焼きそばパンが入っていた袋が入れられていた。

僕が話を話している最中、彼は僕に目線を向けず、相槌の一つもしないで無我夢中で焼きそばパンをほうばっていた。まるで、僕の話を聞いていないかのように。

まぁ、そのおかげで僕も気兼ねなく話せていたんだけれど。


「んー……」


僕の言葉に彼は腕を組みながら、悩ましそうに唸る。


「なに? どうしたの? 早く帰らないと次の授業に間に合わないんじゃない?」


「いや……。お前さ、俺がここからいなくなったら死んじまうんじゃないかって思ってな」


彼の言葉に僕は「あぁ」と理解した。

要するに彼は僕が死んでしまうか心配なんだ。

この短時間で情がわきでもしたのか。いや、先程まで一緒にいた人間がすぐに死ぬのは後味が悪いのか。

まぁ、どちらでも構わないか。


「安心してくれていいよ。僕はこの後、家に帰るから」


「飛び降りねぇの?」


「そのつもりだったよ。でも、もうどうでも良くなっちゃった。少なくとも今は自殺しないよ」


僕は風に揺れる髪を抑えながら、言う。

彼に話していたら、いつの間にか死ぬ気が失せてしまった。

別に死にたくなくなった訳じゃない。今でも、九重がいなくなった喪失感によって、この世界に絶望している。


彼は恐らく、僕の言葉にまた悩ましそうな顔をした。

彼は一体なんなんだ。今日は僕は死なない。それだけで良いじゃないか。

次々と悩みが出てくるなんて、人生大変そうだな。

そう考えていると、彼は閃いた! と言わんばかりの顔をした瞬間に、急に立ち上がった。


「また明日もここに来てくれないか?」


「は?」


彼の言葉に僕は目を見開いた。


「お前と話がしたいんだよ。いや、言葉を交わさなくてもいい。また一緒に昼ご飯を食べてくれたら、それで良いんだ」


「一人で食べる方が気軽じゃない?」


「そうだったんだがな。寂しくなったんだよ。でも、生憎一人で生きてきたせいで友達がいなくてな。だから、お前にしか頼めないんだ」


笑いながらそう言う彼。嘘だろうと心が察知するが、僕は青空を見ながら、こう呟いた。


「僕と一緒に食べても楽しくないよ。人の退屈を紛らわす楽しい話なんて持ち合わせてない」


否定的な言葉を発する僕に、断れるだろうと思った彼は残念そうな顔をする。

その憎めない顔に溜息を一つ、零しながら僕は言葉を続ける。


「それでも良いなら、まぁ隣にいるくらいならしてあげても良いよ」


それだけを言って、僕は早足で屋上から去った。後ろから彼の声が聞こえた気がしたけど、気付かないフリをして。


昼休みから教室に帰ってきた生徒達がまだ教師が来ないことを良いことにガヤガヤと騒ぐ。

教室の扉をガラガラと開けると、さっきまで煩く騒いでいた生徒達は一気に僕の方へ、顔を向ける。

訝しげな顔の生徒達を尻目に、僕は自分の机まで行く。


机に掛かっていた鞄を持ち、教室から出る。

先程の生徒達の突き刺さる目線は僕が教室から出るまで離れることは無かった。


そのまま靴箱が置かれている一回まで行き、黒のローファーに履き替える。

校門まで歩くと黒い車が止まっている。

車のドアの前まで行くと、車のドアが開いた。


「お帰りなさいませ、幸鳥様」


「…………ん」


運転席から聞こえる声に小さく頷く。

それを運転手が見ていたか分からないが、頷きが合図だったかのように車は動き出した。

窓から見える外の景色を見ながら、僕は今日の事を思い返した。


今日、久しぶりに来た学校は別世界のように思えた。何処を見ても大勢の人がいて、見慣れない風景に少し怖くなった。それでもなんとか、移動教室だったのか誰もいない教室に行き、鞄を置いて、昼休みまで保健室にいた。

静かな部屋には時々、怪我人が来て、手当ての手伝いもした。

退屈な一日だろうと思いながら、屋上まで行き、青い空を見上げる。


心地よい風が髪を揺らす。


あぁ、このまま死んでしまおう。言葉が軽いけれど、気持ちは決心してしまう。

そして、フラフラと導かれるままフェンスに跨った。そのまま飛び降りようと思った瞬間に彼が来たのだ。


そして九重達と出会った時の話をした。流石に千鶴という名の男と付き合っているとは言えるわけもなく、そこだけは話さなかったが、それ以外はほとんど話しただろう。


彼の雰囲気は何故か、何を話しても受け入れてくれる気がしてくる。包み込んでくれるかのような雰囲気は九重にそっくりだった。

でも、九重のようにパッと消えてしまうかのような印象は持たなかった。そこだけは九重とは違った。そこに違和感を持つのではなく、安心感を感じるのは何故だろうか。


明日も学校に来ようかな。おにぎりを貰った恩もある。

さっき感じた疑問を無視しながら、僕は明日が待ち遠しくなった。


青空には、遠い空に黒い雲が見えるが、今の所綺麗に晴れていた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたら幸いでございます

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