第四話 ~私達に興味がある。それがとてもとても嬉しいんだ!~
「ささっ、座って!」
燈弥さんに導かれるまま、目の前にお酒の瓶が綺麗に並んでいる棚が見えるカウンターテーブルに座らせられる。
僕が丸い、回転椅子に座ったら、僕の左に九重が座り、九重の隣に燈弥が座る。
僕の席の後ろにはソファで飲める所もあり、そこに馬鹿こと、藍川義ことランが座った。
「お酒でも飲みながらー……っと言いたい所なんだけど、未成年もいるから成人組はノンアルね。んで、未成年組はシャンメリーね」
燈弥さんはよく磨かれたワイングラスをテーブルに置いた。各自の飲み物をグラスに注いだら、燈弥さんは配ってくれた。
「じゃあ、まずは…………カンパーイ!」
「「「カンパーイ」」」
燈弥さんの言葉を合図に皆が一緒に飲み出す。シャンメリーの甘い炭酸が喉を刺激する。
ゴクリと飲み込み、グラスをテーブルに置いた。
「ではでは、新入り君のあだ名を付けよう!」
「あ、その前に一ついい?」
手を上げながら、燈弥さんの言葉を遮り、僕はさっきから突っかかっている事を言う。
「僕、まだこのグループに入るなんて一言も言ってないんだけど」
「えぇぇぇ!?」「はぁぁ!?」
燈弥さんとランの驚いた反応にだろうな。と思いながらため息をつく。
「えっ、えっ!? うそうそ! 翔也が新入り君なんて呼ぶから、てっきり新しい子が入って来たんだと思ってたんだけど!?」
「どういう事っすか!? 翔也さん!」
二人に問いただされる九重の表情は苦笑を浮かべていた。
やっぱりというか、九重は僕が¨見学¨という名目で来ているのを二人に話していなかったようだ。
言っていないだろうとはBARに来る前から察していた。九重は僕が見学すると言ってから、一度も僕から離れず、電話やメッセージを送る為にスマホ等の端末を出す素振りを見せなかったからだ。
来る前は僕に気付かれないように何か、合図を送っていたのかもしれないと疑っていたが、燈弥さんが僕を¨新入り¨と呼んだ時点で見学者扱いされていないと確信した。
それらを踏まえて、考えられる推測は知っていて、あえて新入り扱いをしているか。もしくは見学だと知らないか。
今回は後者の方だったわけだ。
はぁ、っともう一息、溜息を出す。
二人に詰め寄られる九重は笑みを浮かべながら、戸惑う二人に対応していた。その光景をシャンメリーを一口飲み込みながら傍観する。
僕はもう一つ、気になる事がある。
それは九重の存在だ。
僕が九重と会った時に言ったように、九重の身なりはとてもじゃないが、不良グループに入るようなものじゃない。
それは燈弥さんにも言えた。燈弥さんの服装は白衣だ。白いワイシャツに黒のズボン。その服装に白衣が足されたのだ。
一見、医師の様な服装だ。でも、わざわざ病院にいる訳じゃないのに、白衣を着る意味が分からない。
ランは見るからに不良だがな。
「ねぇ! 新入り……とは呼べないよね。君は今どういう気持ち!?」
「は?」
全く、三人の会話を聞いていなかった僕は燈弥さんの言葉に呆気を取られた。
問い詰めるターゲットを九重から僕に変えた燈弥さんは、僕に顔を近づける。
「今! 君はこのグループに入りたい!?」
燈弥さんはとても必死そうな表情だ。
今の気持ちか……。
僕はしばらく、考えた後に口を開く。
「____入りたいかはまだ判断出来ない。けど、君達に興味はあるよ」
まだ入りたいという気持ちにまで、達してはいないが、九重や燈弥さんの事、後ついでにランの事も気になり始めているのは事実だ。ここで嘘を言うほど、僕はまだ死んではいない。
真実は嫌いだけれど、嘘はそれ以上に大嫌いだ。でも、嘘がないと生きていけないのだ。
燈弥さん達から目を逸らす。それが原因で僕に飛びかかろうとしている燈弥さんに気付かなかった。
「ありがとうっ!!」
「うわっ!?」
僕の首に手を回し、抱きついてきた。
「ちょっ!? まだ入るとは言ってませんからね!?」
「それでも良いんだよ! 私に、私達に興味がある。それだけでとてもとても嬉しい!」
首に回されている腕の力が強くなったのを僕は感じた。顔は肩に埋められていて、どんな表情を浮かべているか、分からないけど。鼻声の言葉は聞くからに嬉しいと思っていることが分かる。
「まぁ……、頑張ってくださいね」
僕がそう言うと、さっきまで肩に埋めていた顔が燈弥さんが僕を見たことによって、見えた。
目尻に涙が見え、さっきの鼻声はやっぱり泣いていたからかと分かった。
なんで、こんな事で泣くか分からないけど、僕の言葉で嬉し涙を浮かべる燈弥さんに口角が上がってしまう。
さっきの言葉を続きを言うために、口を開ける。
「僕がグループに入りたくなる為に。僕を君達に本気にさせてみて?」
笑みを浮かべながら、その言葉を言うと三人は驚いたように目を見開いた。
そして、三人は見合わせ、僕に向かって笑った。
「まっかせてよ!」
「私は最初からそのつもりだよ」
「しょうがねぇな。生意気だけど、そこまでお前の事嫌いじゃねーし」
あぁ、楽しみだ。きっとこの三人は僕苦痛を無くしてくれるはずだ。
僕の息苦しいさも紛らわして、くれるはず。
密かに胸に宿る、高鳴る期待に胸を優しく撫でる。
「そうだ!」
突然、燈弥さんが声を上げた。
「君のあだ名! ナトリ コトリでしょ? 苗字も名前も"トリ"が付くでしょ?」
僕が気になっていた事を言われ、僕は体をピクリと揺らす。
「だから、取っちゃお! それで残った"ナ"と"コ"をくっ付けてナコ! ナコ君なんてのはどうかな?」
燈弥さんの言葉に言葉が出なくなった。
僕が嫌いな"トリ"の言葉を無くす。自分で考えるのは簡単だけれど、やっぱり他人に言われる度、自分は"トリ"なんだと自覚させられていた。
その重苦しい鎖を、今日会ったばかりの相手が解き放ってくれた。
「駄目かな? 気に入らない?」
「おい、なんか言えよ」
不安そうな表情を浮かべる燈弥さんと少し不機嫌そうな顔をするランに返答を急かされる。
ダメだ。泣くな。泣くんじゃない……"自分|"
「ううん。気に入ったよ、ありがとう」
笑顔を燈弥さん達に向けると、燈弥さんは安心した顔をして、ランは「なら早く言えっての」とふてぶてしく、でもその声色には確かに安心したようなトーンで呟き、シャンメリーを飲んだ。
ナコ、ナコか。短くていい名前だよな。軽くて、"鳥籠"から飛んでいけそうな名前だ。
僕は椅子から立ち上がる。
「じゃあ、改めて。どうも、ナコだよ。まだ入る気は無いけど、よろしく」
ナコだという名前は僕の鎖を緩めてくれていると、自分で言って感じた。
少し炭酸が抜けたシャンメリーを飲み干し、三人を見ながら僕は何処か、安心感を感じていた。
でも、現状は何も変わってなど、いなかった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたら幸いでございます
追記:2020.4.29に文章追加や台詞を修正致しました。至らない点だらけですが、何卒よろしくお願いいたします。