第三話 ~名前が嫌いなら、僕達は呼ばないよ~
彼、九重 翔也の後をついて行く形で歩いているとネオンだらけの所から飲食店やら服屋雑貨屋など、昼間にやっている店達が連なっている道まで来た。
道に並ぶ店は締め切られ、明かりが街灯だけの夜道。僕達以外、誰もいない道を歩いていると一つだけ、看板に明かりがついている店が見えてきた。
「目の前の明かりがついているお店が僕達が目指している場所だよ」
僕の視線の矛先を分かったのか、九重は僕にそう言ってきた。
店の前まで来ると看板に書かれた文字が読めた。
看板には『BAR キャッスル』とシンプルに書かれている。
「BAR?」
「名取くんは未成年だよね。本当は入れたらダメなんだけど、お酒は提供しないし飲ませないから安心して」
未成年ってよく分かったな。でもまぁ、背も低いし、フードは被ってるけど顔が見えないことはないから顔から未成年って分かるか。
…………自分で、自分を貶してしまった気がするが、気にしない方が自分の為だと思ったから、これ以上は考えないでおこう。
そう思い、階段降りて、BARの扉を開けた九重の後ろを僕はついて行った。
「遅かったじゃないすか!! 翔也さん!」
カランカランとドアベルを鳴らしながら扉を開けたら中から声が聞こえた。
九重の背中で声の主は見えないが、言葉から目の前の九重と仲が良いことが分かる。
「あぁ、ごめんね。新入りさんを勧誘していたのさ」
そう言って、九重は僕が中の人に見えるようにその場から数歩、横に退いた。
九重が退いた事で相手が僕を見れるようになり、僕も相手を見れるようになった。
相手はなかなかの体格の良さで、さっき九重をカツアゲしていた奴と変わらないか上を行く体格だ。髪が黒髪に金髪メッシュで見るからにチャラそうだ。
マジマジとお互いに見つめ合い、最初に口を開けたのは相手の方だった。
「ちんちくりんじゃねぇーか!?」
…………………ブチッ!
僕の堪忍袋の緒が切れる音が体の中を響き渡り、僕の口からみるみると言葉が出る。
「そっちこそ、随分と大きな図体だね? 肉だるまみたいだ。筋肉馬鹿っぽいね」
ちんちくりんってなんだよ!? 確かに平均よりかは低いかもしれないが、ちんちくりんと呼ばれる程ではない! 決して、断じてだ!!
「あ? なんつったチビ」
今度はこいつ、チビって言いやがった!! ちんちくりんだけじゃ収まらずチビって!!
「チ、ビ……。聞こえなかったかな? そうだよね、初対面の人間に失礼な言葉を言えるぐらいだからね。君の頭は全部筋肉で出来ているんだよね。もう少し、大きな声で言ってあげるよ。肉だるまの筋・肉・馬・鹿さん!」
完全にキレた僕が"筋肉馬鹿さん"を強調しながら挑発すると、相手のこめかみに血管が浮き上がる。
「上等だオラァ! 表出やがれ!!」
「ハッ! そうやってすぐに拳で解決しようとする所なんてまさに馬鹿じゃないか!! 口で勝てないから力でねじ伏せるつもり!?」
「お前こそ、俺に勝てないからってビビってんじゃねえよ!? 口だけは達者の非力チビがさぁ!?」
「あぁっ!? むっかついた!! 良いよ上等だよ! かかってこいよ!」
お互いに相手に掴みかかろうとした瞬間。
「こらっ!!」
「痛っ!?」「いてぇっ!?」
突然、頭に痛みが走ると同時に声が聞こえた。
咄嗟に痛みに耐える為、閉じてしまった目を開けるとそこにはブラウンの髪色をした僕と背の低さが変わらない、白衣を着ている男が立っていた。年もそんなに離れていなさそうだ。
白衣の男の両手にはスリッパを持っていた。恐らくあのスリッパで頭を叩かれたのだろう。
「ちょっ! は? 痛いっすよ燈弥さんっ! いきなり何すんすか」
体格が良いだけの馬鹿が"燈弥さん"と呼ばれた白衣の男に非難の声を出す。
「それはこっちのセリフだよ! 初対面の人にちんちくりんとか言ったらダメでしょ! 失礼極まりないよ! それに加えて、喧嘩もし始めるし」
まったくその通りだ。もっと言ってやれ燈弥さんとやら。
僕がうんうんと頷いていると、燈弥さんが僕の方に向き変えた。
「新入りさんもだよ!」
「はっ……?」
突然の事で僕が唖然としていると、燈弥さんは言葉を続けた。
「いきなり失礼な事を言って来たのはこっちだけど、売り言葉に買い言葉で喧嘩をしちゃダメだよ」
「ご、ごめんなさい……」
まるで思春期男子が夢見る保健室の魔性美人の様な雰囲気でやんわりと説教されると、不思議と謝罪が出た。
謝罪を口にすると、燈弥さんは満足そうにうん!と頷いて微笑んだ。
凄く、保健室の魔性美人っぽい……。男だけれども。
「じゃあお互いに謝ろ?」
微笑んだ表情がとても穏やかで優しそうに見えるが、燈弥さんの背後からゴゴゴゴッと聞こえてきそうな圧を察知した。魔性の美人の雰囲気をしていたが、その裏はとてつもなく怒っていたのか。
この人は怒らせると怖いタイプだな。
さっさと謝って終わらせたいのはお互い様なのか、馬鹿が目線で「早く終わらせるぞ」と言いたいのが伝わってくる。
「「ごめんなさい」」
お互いに同じタイミングで頭を下げて、謝罪をする。
その様子を燈弥さんは満足そうに頷いた。
「うんうん。いくらなんでも、初対面で喧嘩をするなんて思いもしなかったよ。まぁ、出会い頭に相手に"ちんちくりん"と言われたら、怒っちゃうよね」
「うっ……」
燈弥さんの皮肉混じりの言葉に馬鹿もバツの悪そうな顔をする。
ふっふっ、いい気味だ。
「でも、そんな言葉に乗っちゃって"肉だるま"とか"筋肉馬鹿"とか言っちゃうのもいけないよね〜」
「っ……」
今度はこっちに向いた皮肉に顔を背ける。
確かに……少し言い過ぎたかもしれない。それに僕がもう少し大人な対応をしても良かったかもしれない。
燈弥さんは僕達を見た後に肩を撫でた。
そして、燈弥さんは自分の胸に手を置く。
「そういえば、私達の名前を言ってなかったよね。私の名前は彩堂 燈弥。名前で呼んでくれて良いからね。童顔でよく高校生に間違われちゃうけど、れっきとした30代の成人男性だよ」
そうなのか…。年が上そうだと思っていたが、30代だったとは。高校生に見間違いそうな程、顔に幼さを残す顔、そして僕とさほど背の低さから、そんなに離れていないだろうと勝手に思っていた。
燈弥さんは次に馬鹿の方に手を向けた。
「そして、こっちのちょっと柄の悪そうな子は藍川 義。あだ名はラン君だよ、そう呼んであげてね。体格の良さから高校生っぽいけど、中一だよ。私とは違うベクトルで年齢を間違われちゃうんだよね」
「なっ!? 僕と同学年なのか?」
僕よりも遥かに背が高いのにっ……!!
憎たらしくに藍川義を睨む。
「お前がチビなだけじゃないか?」
「ちがっ! 僕はちょっと平均よりも低いだけなんだ! まだまだ成長途中っ!」
僕が反抗すると、藍川義とやらは馬鹿にしたように鼻で笑う。それに僕がまた反撃しようとすると、突然僕の視界が奪われた。
「こらこら。もう喧嘩はダメだよ。さっき燈弥に咎められたばかりじゃないか」
暗闇の中、後ろから聞こえてきたのは九重の声だった。
恐らく、九重が自分の手で僕の視界を奪っているのだろう。
「ちょっ、分かったからやめてくれ!」
「喧嘩しないって約束出来る?」
「しない!! 約束するよ!」
そう言えば九重は手で視界を塞ぐのをやめてくれた。そして、真後ろにいた九重は一歩二歩下がった。
後ろに下がった九重を睨むと、九重は困った顔をしながら笑った。
「ほら、自分も自己紹介しないと」
九重はそう言って、燈弥さん達に手を向けた。
「言われなくても、分かってる。……僕の名前は名取、幸鳥。ナトリは名を取ると書いて名取。コトリは幸せの鳥で幸鳥だから。間違っても小さい鳥の漢字で間違えないで。絶対にっ!」
からかわれるだろうと思い、先に念を押しておく。
「へぇ!幸せの鳥で幸鳥かー!オシャレだね」
楽しそうに微笑む燈弥さんとは裏腹に、僕の顔は暗くなった。
「オシャレ、かな……。自分ではそう思わないけど」
忌々しい名前は僕の鎖なのだから。オシャレとか好きだなんて感情を抱くはずがない。
「そっか……。まぁ、君が気に入ってない名前なら仕方ないよね。どうする?名前で呼ばないで、あだ名で呼んでもいい?」
「……うん」
僕が小さく頷くと、燈弥さんは大きな声で言い放った。
「これより! 第二回新入り君のあだ名決め会議を開始しまーす!」
あだ名決め……会議?
僕はポカンと惚けていると、燈弥さんは悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑って、僕を見た。
「名前が嫌いなら、僕達は呼ばないよ。でも、名前を呼べないのは不便だからあだ名を付けるんだ。ちなみに第一回目の人はラン君だよ。藍川の藍を別の読み方にして、ラン。いい名前でしょ?」
そう言って、燈弥さんは片手を僕に差し出した。
燈弥さんを見ると暖かい笑顔を浮かべている。見た人を暖かい気持ちにする、まるで春のような笑顔だ。
僕は恐る恐る、手を伸ばす。
燈弥さんは手を動かすことはせず、ただ僕が握るのを待ってくれている。
大丈夫な、気がするんだ。大丈夫、大丈夫って優しい声で語りかけているような気がするから。
僕が少し時間を掛けながら、燈弥さんの手を握ると燈弥さんは嬉しそうに笑った。
「さぁ、行こう」
そう言って、燈弥さんは僕の手を握り返しながら、僕の手を引っ張る。
燈弥さんの手は九重とは違う、暖かい手だ。でも、九重のように春の雰囲気を纏っていた。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。少しでも楽しんで頂けたら幸いでございます。
追記:2020.3.1にBARの名前を変更。急な変更、申し訳ありません。
再追記:2020.4.29にシーン追加や台詞を少し修正を致しました。至らない点だらけですが、これからもよろしくお願いいたします。