出産祝い③
「ハーレムの子に聞けばわかるんじゃないの?」
ディアーヌの母親、クレールはリュカがここに来た目的をいまいち理解しきれず、首を傾げた。
「情報が洩れるからよ。せっかくの贈り物ですもの。秘密にした方が楽しいわ」
コレットの義理の母親、ソフィは楽しそうに笑う。
クレールもつられて笑顔になった。
実際、楽しいのだろう。彼女たちの人生において、こういった話を振られるという事は全く無かったからだ。
皇太子妃、国王の後妻となると、簡単にこんな話を相談できるものではない。周囲は気を遣うし、彼女たちも気を抜けない。彼女たちとの面会とは、誰にとっても緊張を強いられる。微笑む程度ならともかく、笑顔になる事などありえない。
それが周囲に人が居ようと立場に見合った仮面を付けずに笑っていいのだから、本当に楽しいのだ。
夫と仲が良ければまだ良いのだが、残念な事に、二人は夫とそこまで仲が良くない。悪くもないが、素で笑い合えない間柄だ。
普通の政略結婚なので、互いの感情は愛し合う男女のそれではない。
つまり、立場があるので他より優先度が高く、貴族的な振る舞いよりも感情をそのまま表に出せるリュカとの会話は、彼女たちにとって夫たちとの会話よりも楽しかった。
二人はリュカから話を根掘り葉掘り聞き終えると、満足そうに微笑む。
リュカからの要望、ブローチの模様に関する規定の説明はすぐに終わったので、ここでの会話はほとんどがただの雑談であった。
当たり前だが、母親二人の振る舞いについては外で口外できない。
立場ある人間を陥れるために使われることが明白だからだ。
リュカを特別扱いしなければいけない、してもいいのだが、それでも妃殿下たちへの攻撃材料になるのだ。
規則の通りに何かしても、何をやっても責めてくるものは多い。
無用な隙は見せるべきではない。
そうして会話を楽しんだ二人は、リュカがわざわざ会いに来たという実績を手に入れ、おそらくも何も、これはリュカなりの気遣いなのだと苦笑する。
「あの子は、相当ハーレムで困っているみたいね」
「仕方が無いでしょう。平民の生まれの者は、平民として生きる方が幸せです」
リュカの表向きの目的はブローチの話であり、下手に情報を拡散させないために母親に聞くという行動をとった。
ただ、リュカが行動した以上、それ以上の意味がある事を二人は理解している。
結婚して皇族・王族の家族として迎え入れられたリュカだが、それでいきなり政治的な力を持てるわけではない。
政治的な力というのは、一族からの支援があって成立するものだ。
個人の力ではなく、集団の力なのだ。
リュカは今回、嫁の親族と顔繫ぎをすることでより深く縁を結んだ。
リュカにも政治力が備わりつつあり、リュカが政治の世界で戦う準備を整えているぞという、宣戦布告だ。
そうしないと、生まれた子供がどのように扱われるか分からない。
青い血を継ぐ者としての責務で使い捨てられない。道具にされるだろう。
それを可能な限り防ぐために、今のうちから動き出す。
それが親となるリュカの、責任の取り方だ。
ただ、それを素直に嫁に頼らないという事は……。
母親二人からは、苦い笑いしか出てこない。
「あとは若い子たちに任せればいいわ」
「そうね。親だからって、出しゃばるのは良くないわ」
今回の件で縁を持った二人は、義理の息子の未来を想い、ひそやかに話し合うのだった。




