反面教師たち⑦
厩舎の調教師たちは、リュカに対して及び腰であったが馬の事となると態度が一変した。
趣味人と言うか、馬の育成に人生のすべてをつぎ込んだような熱量を持ち、リュカに対しても物怖じせず語りだす。
そんな彼らの態度にリュカは苦笑しつつも、セレストと一緒になって有益な情報を記録していく。
彼らは説明が得意という訳ではなく競走馬向けの情報とそれ以外を分けて語ってくれないので、話を上手くまとめるのは難しかった。
しかしセレストは商人として職人と話をした経験があり、リュカよりも手際よく情報をまとめていく。
こういった話であれば経験の浅いリュカよりセレストの方が上手なのであった。
調教師たちの話が終わるとリュカとセレストはいったん彼らと距離を置き、二人で休憩をすることにした。
馬を軽く走らせるコースがあったので、その近くに椅子を用意させ、腰を下ろす。
「さっきはありがとう、セレスト。助かったよ」
「これが私の役目ですので」
セレストはリュカと仲良くする気はあるが、別にリュカに惚れているわけではない。
寝所を共にしてはいるが、だからといってそれだけでリュカを愛する理由にはならなかった。
その為か、こういった場面ではリュカに対しどこか固い態度をとってしまう。
本人もそっけない態度をとってしまった事に内心で焦るが、それを表情に出さないだけの分別はある。
表情に出してしまった方が本音の付き合い、素の自分で語り合えるのだが、彼女はまだそこまでは上手くいかない。冷静冷徹な仮面を付けてしまう事があった。
セレスト自身が、リュカを自分のすべてをさらけ出せるほど信用しきれていないのだ。
身内認定まではまだ遠い。
付け加えるなら。
リュカもセレストの心にある壁を壊そうと思っていないので、二人の距離はなかなか縮まらない。
主にリュカが話しかけることで言葉を何度か交わしていたが、不意にリュカが沈黙した。
近くに仔馬が近寄って来たからだ。
別に仔馬に限った話ではなく、動物は人の都合やしがらみというものに配慮できないので、とんでもない事をやらかすので油断できない。
そうしてリュカが警戒していると、仔馬はセレストの髪の毛に噛みつこうとした。
「きゃっ!」
リュカはセレストを抱き寄せ、彼女を仔馬から守った。
セレストは思わぬ展開に思わず可愛い悲鳴を漏らす。
そして仔馬がしようとしたことに気が付いた厩舎の職員が慌てて駆けつけるが、リュカが仔馬をじっと見つめると、仔馬は詫びるように頭を下げた。
意思の疎通ができたわけではないが、リュカという脅威に対し降伏したともとれる。
そんな仔馬の態度に職員は驚きの表情をした。
頭を下げた仔馬を見て、リュカはセレストを解放した。
セレストは油断してしまった事を恥じるようにほほを赤く染め、リュカに向かって頭を下げる。
「助けていただき、ありがとう、ございます」
「うん。無事で良かった」
なんてことはない、そんなふうにリュカは笑った。




