シャルロットの事情
シャルロット=アヴァロン。
彼女のフルネームはもっと長いのだが、一般にはそう呼ばれている。
シャルロットはアヴァロン王国の王太子の娘の一人として産まれたが、子供の数が多かった事もあり、そこそこに放置されて幼少期を過ごす。
彼女の王族らしかぬ振る舞いは、そういった理由がある。
アヴァロン王国は滅んだシザリスと直接の付き合いなど無いが、シザリスと付き合いのある小国家と密接な付き合いがあった。
シャルロットは半放置といった状態であったが、それでも王族である。王族の世話役、侍女は相応の家の出であることが求められ、彼女の世話役は件の小国家の者が行っていた。
シャルロットは世話役の彼女に懐き、彼女が自分の親であるかのように感じていた。
時に厳しく、そして優しく。彼女の言葉に道理の通らぬ事は無く、わがままを言われても辛抱強くそれに付き合うなど、彼女はシャルロットに惜しみない愛情を与えた。
15歳年上の世話役は、シャルロットにとって尊敬すべき人であったのだ。
シザリス王国の反乱では、ちょうど運悪くその世話役がシザリス王国に顔を出しており、世話役の彼女は小国家に対する人質として扱われた。
そして世話役はそこで戦争に巻き込まれ、命を落とすことになる。
シザリス王国の兵が、敗戦前に恐怖から精神のたがを外し、暴走したのが原因だ。パニックを起こした兵士に斬り殺されたのである。
シャルロットの怒りは、自分の世話役が死んだことである。
本来恨むべきは反乱を起こし、世話役を人質にしたシザリス王国であることは分かっている。リュカがその世話役を殺した訳ではないことも知っている。
だが、それでも誰かに怒りを叫び、糾弾の声を上げなければ気が済まない。
だから怒りをぶつけられそうな誰か、限りなく当事者に近い位置にいるリュカを標的に選んだ。
それが、この茶番劇を起こした理由だ。
「最初に言ったじゃない。
私は、あんたと結婚なんてしない。あんたなんて夫として認めない」
威圧する空気がなくなり、場が弛緩する。
その中にある、周囲の自身に向けられた侮蔑の視線。
シャルロットは再び怒りの炎を心に灯し、虚勢を張る。
目の前の男が怖い。
殺されるかもしれないことが怖い。
護衛など何の意味も無いことが怖い。
自分がまるで塵芥になったようで、怖い。
それでも、自分が敬意を払うべき世話役の死を聞いたときの怒りで、シャルロットは立ち上がる。
負けてなるものかと震える膝に活を入れ、リュカを睨んだ。
ただ。
そうして返ってきたのは。
満面の笑みを浮かべるリュカの姿であった。