落ち込むディアーヌ③
何が起りました!? どうすればいいんですの!?
ディアーヌは表情を取り繕うこともできず、大いに慌てていた。
これまでリュカと会うのはだいたいが先触れのある、予定されたものだったからだ。
不意打ちで顔を合わせることなどまずあり得ず、完全に予想を覆されたことで上手く思考が回らない。
デートの時も、素晴らしい音楽であった事は理解できるが、予想を大きく超えるものは出てこなかった。だからあまり感情が揺れ動かない。お気に入りだけにいつもの演奏家達では、腕が上がっていることは分かっても意外性に欠ける。
事前に心の準備ができていれば大きくは動かないものなのだ。ディアーヌの心は。
本物の芸術であればそれでも心が動くと言われればそれまでだが、それでも聞き慣れた定番の曲でそれをできる人間がどれだけいるだろうか?
そんなことはつゆ知らず、リュカはディアーヌの想定を越える一手を打つことに成功した。
さすがに部下が上司を売り渡すとは考えなかったのだろう。いや、今の状態ではそこまで考える余裕が無かっただけかもしれないが。
「ディアーヌ」
リュカはディアーヌの名前を呼んで、彼女を抱きしめた。
これが単純にして最も効果的な手段らしい。
リュカはあまりこういったことが得意では無いので、教わったことを素直に実行する。
「リュカ様! いけません、私では、今の、私では……」
とにかく場を仕切り直そうと、ディアーヌは混乱しつつもリュカから距離を取ろうとする。
腕の中で暴れるが、抜け出すことは叶わなかった。
ディアーヌ自身、リュカに拒否の意を示すつもりで体をよじったが、全力で暴れた訳では無い。
そうすれば普段のリュカであれば腕を放して貰えるし、リュカに抱かれることそのものは嫌では無かったし。
他の男であればどんな手段を使ってでも逃げだそうとするかもしれないが、愛する人が相手ではそんなことはできやしないのだ。
逃げようとするディアーヌをリュカは離さないとばかりに、腕に力を込めて自分の意思を示す。
そうするとディアーヌは逃げられないと理解し、体から力を抜いた。
「どんな抵抗をしようとリュカには敵わないから逃げるのを諦めた」ではない。
「どうすればいいのか分からないから、信頼する相手に全てを委ねた」が彼女の心情的に正しい。
実際、今のディアーヌはリュカに合わせる顔が無く、何をすれば良いのか、自分はどうしたいのかが分からなくなっている。
まだ二十歳にも満たないディアーヌは、身重であったからこそ、精神的に相当不安定であった。




