落ち込むディアーヌ②
ディアーヌが落ち込んでいるのは、子供ができた後のリュカの対応が予想以上で嬉しかったから。
その“予想以上の反応”が失われるかもしれない恐怖を想像してしまったから。
実際にそこまで怒っていないように見えても、心の底まで見通せるほどの経験や能力はディアーヌに無い。
リュカならそういった勘違いはしないが、王族としての教育を受けてはいてもディアーヌはまだ若いのだ。最悪のタイミングで叱られた為に必要以上に怯えてしまった。
その怯えようと言ったら、リュカの言葉が右から左に抜けていくほどだ。相当な重症である。
リュカにとって女性の扱いは専門外だ。若い女性が何を考えているかなんて、男に分かるはずがない。
だからリュカは女性の扱いについて、年配の侍女に相談してみた。
「こういう時は力強く抱きしめてしまうのが定番です。愛がなければ勧められない方法ですが、ディアーヌ様相手でしたら有効でしょう。
男なら、相手の事を考えるなら、抵抗されようとしばらく抱きしめ続けるぐらいの気概をお見せくださいませ」
「抱く必要が無くとも、夜を共にするのが良いでしょう。
まだ安定期にもなっていません。抱けなくなっていますが、それを“愛が失われた”と思いかねませんので、対処が必要です」
「耳が聞こえず目も虚ろ。ならば後は肌と肌のふれ合いしかありません! とにかく五感に訴えかけるしか、心を開く手段なんて無いんですよ!!」
侍女達は思い思いの提案をしていく。
人の心はいつも難しい話で、「これ」という正解がある事の方が少ない。
それでも彼女たちは予想できる最悪を想定し、その対処を過去の経験から用意していく。
動くのはリュカであるが、本人も乗り気というか、やる気がある。
侍女達はそんなリュカの姿に安堵すると共に、これならディアーヌを任せられると信じる事にした。
彼女達もディアーヌの世話という形で支えようとしているが、食が細り痩せ衰えていく主人を見せられ力不足に嘆くしかない。
それが妊婦であるというならなおさらだ。最も体を労らなければいけない主人を見ているのはどうにも辛い。
侍女達は最も有効な特効薬――リュカの働きに、大いに期待していた。
「ディアーヌ。入るよ」
何度も訪れたディアーヌの寝室。
扉の鍵はかかっていない。リュカは本来であれば独り寝をする休日を利用し、そこに勝手に入っていった。
ディアーヌの許可は無いが、侍女達の許可は得ている。何も問題は無い。
リュカの手にはホットワイン。
寝る前に飲む酒として、帝国では定番の物を用意してきた。
こうまでされればディアーヌもさすがに驚き、リュカの方を見た。
「リュカ、様? どうなされたのですか?」
たどたどしく、しかし大きく驚いたディアーヌは、普段ではあり得ないリュカの行動に目を見開く。
ようやく彼女の視線が、リュカに向いたのである。




