彼女たちの努力⑤
「おや? これは誰の国の料理だ?」
ある日の夜。
仕事を終えてからハーレムにやって来たリュカは、夕食にと出された皿を見て首をかしげた。
リュカは食事の美味い・不味いにあまり興味を持っていない。
しかし、それでも出された料理が誰の国の料理かぐらいは区別がつくようになっていた。
数か月一緒に食事をしていたのだ。出される料理には国ごとの特徴があるので、興味は無くともそれぐらいは出来る。
ただ、そんなリュカでも目の前の料理がどこの国のものか、いま一つ分からなかった。
出された皿に乗っているのはローストビーフ。
オーブンで蒸し焼きにされた牛肉料理。薄くスライスされている。
表面は火が通っているが、真ん中は赤みが残った焼き加減。そこにソースがかけられており、葉野菜と肉の香りをさせるもっちりとしたパンが添えられている。
家畜の肉料理というと、リュカが最初に思い浮かべるのはコレットだ。
牧畜産業では彼女の国が一番進んでいる。
しかし使われているソースはいくつもの香辛料を使った、複雑な香りがする。
香辛料で思い浮かぶのはセレストだが、彼女の国の料理とは趣が違う。あちらは、どちらかと言えばスープ系、シチュー的な料理が多かった。
マリアンヌの国は最初から考慮の外だ。魚介料理であれば最初に考えが浮かぶが、肉料理とはなかなか結び付かない。
ただ、真ん中の赤み、レアな焼き加減は彼女のイメージがわずかにちらつく。
だとすると、ディアーヌの帝国料理か。
あっさりとした味付けを好むディアーヌであれば、肉を蒸し焼きにした、さっぱりした料理を用意しても不思議ではない。
ただ、この皿にはディアーヌの料理に見られる“華やかさ”が足りていない。
結論として、どの国の料理かリュカには分からなかった。
「どこの国の料理でもありませんわ」
「似たような料理はありますが、この皿は私たちのオリジナルです」
「美味しいと、言ってもらえると嬉しいのですけど」
このローストビーフは四人の食事の趣味を、限界まで擦り合わせていった一品だ。
この皿に至るまで、かなりの苦労を重ねた。主に料理人が。
だからこそ喜んでもらいたい、価値観を共有したいと思うが、彼女たちには拭いきれない不安があった。
残念ながら、この料理は「四人が美味しく食べられる共通の一品」であって、「リュカに喜んでもらおうという一品」ではないからだ。
リュカの食事の趣味は「とにかく量」なので、味付けにこだわりが無く、どうにもならなかったのだ。
周囲の視線が集中する中、リュカは肉を一枚摘まんで、口にする。
味わうようにゆっくりと咀嚼し、飲み込んでから何か納得をしたような顔をした。
「なるほど。美味いよ」
気を遣ったわけではなく、本心からの言葉。
リュカの言葉に、嫁たちは喜びをあらわにする。
美味しいからと言って、量を食べるのに向かない料理ではなかった。リュカが一番評価しているのはむしろそちらだ。
あっさりとした料理でありながら食べ応えもある。添えられたパンも肉に合う。
これはリュカ向きの料理であった。
いや、相当不味かったとしても気にせず食べはするのだが、美味しいのであればそれに越したことは無い。
何より、上手いと言わせることが出来たと嫁たちが喜んでいる。
リュカはほんの少しだけ、味にも拘るべきかと考えるのだった。




