最悪の騎士②
貴族の間でリュカの評判が下がると、どこからともなく、嫌な噂話が流布し始める。
リュカはディアーヌと結婚しているが、その関係を利用し、皇帝の地位を簒奪するのではないかという噂だ。
これまでは皇帝の忠実な臣下だったというのに、先日の行動も帝国に逆らう逆賊をあぶり出し殲滅するためだったというのに、それでも皇帝の命令以外で動いたというだけでリュカを叩き始めたのだ。
これが貴族の当主が言えば大問題だが、こうした噂に踊らされるのはその息子、しかも貴族ではなくなる次男以降であった。
当主達はリュカと直接顔を合わせる機会もあるのでそういった事を言う蛮勇を持ち合わせていないが、顔を合わせたことのない、顔を知らないような者にしてみれば、リュカなどとにかく多大な功績を挙げた運がいいだけの男でしかない。
膨大な魔力に恵まれたことは確かに幸運だが、リュカも相応に努力し、苦労している。他人に何か言われる筋合いはない。
それでも、見知らぬ有名人であるリュカは彼らにとって悪意をぶつける格好の相手であり、ようやく見せた隙を肴に、彼らは裏で悪意を口にするのだ。
悪評など、ちょっと聞いただけではその場で終わる話にしかならないが、何度も聞けば刷り込みによりそういうものかと考えてしまう。
リュカに対し関心や歓心を持っていなかった者も、徐々にリュカに隔意を抱くようになる。
皇帝の命令無しで騎士が勝手に動いた。
たったそれだけと言ってしまえばそれまでであるが、貴族籍を失う未来が待っている現状に不満を抱き彼らは、理由などどうでも良くとにかくリュカの悪口を広めようとするのであった。
しかし同時期に、市井の者の間に別の話が広まっている。
こちらはリュカを讃えるような内容で、帝国に逆らう愚か者を、リュカや公爵たちといった正義の味方が誅したという話だ。
多くの吟遊詩人が酒場で歌い、民はその語りに耳を傾ける。
彼らは単なる娯楽としてだが、リュカの活躍を聞き、その冒険譚に憧れを抱く。特に平民だったリュカが大出世するという物語は親近感や共感を得やすいので大衆に受けがいい。
民衆の間では、リュカの評判が今まで以上に良くなっていく。
ディアーヌらを中心に、リュカに親しい貴族達や、今回縁を結んだ忠臣達の手配によるものだ。
今回の件でリュカが評判を落とすことは織り込み済みで、作戦を実行している間に人を手配していたのだ。
そういった経緯もあり、歌になる物語は事前に吟遊詩人達に伝えられていて、ものすごい勢いで帝国中に広められていく。
リュカの評価は皇帝や忠臣、その他の貴族家の当主、貴族家の次男以降、民衆と、大まかに四つの間で分かれだす。
皇帝らの信頼は篤い。これは今まで通りだ。その魔法を頼りにしている。つまり、今の関係を続けなければいけない。
貴族家の当主はリュカの情報をしっかり持っているので下手なことは言わないが、内心では恐怖を抱えている。ただ、できれば関わりを持ち利益を得られれば、と夢想する。
貴族家の次男以降は悪意ある噂で自分の至らなさから目を逸らす道具扱いをしている。本人らにしてみれば、幸運だけで成り上がった下賤な男としか見えていないので、それが正当な評価だと信じて疑わない。実益など関係なく排除したいとすら思っている。
民衆にしてみれば現代の生きた英雄である。戦争の早期終結や大規模治水工事など、実利の面でも感謝している人間の方が多い。中には皇帝以上にリュカを頼みにしている者も居るほどだ。
現状維持しなければいけない相手、恐ろしいが利用価値がある存在、妬ましく消えて無くなればいい邪魔者、そして英雄。
それぞれが干渉し合い、状況はまた一歩進む。




