帝国式・剣の指導③
「まさか、許可が下りるとは」
「リュカ様が訓練に対し肯定的な言葉を使っていたので、気を利かせたようですね」
「え? 俺のせいだったのか」
マリアンデールの非常識な“お願い”は、父親の皇太子の許可を得て、実現することになった。
これにはリュカの発言が絡んでおり、皇太子がリュカに気を遣った形である。
と言うのも、リュカは「父親に相談し、許可を得ようとしなさい」といった、筋を通せという趣旨で発言をした。
しかし言葉をこねくり回して解釈すると、「相談された父親がお願いを断ると、リュカの面子に傷が付く」という状況が成立する。
彼女はリュカが「相談を無下にするほど皇太子は狭量ではない」という意味合いで発言したと捉えたのだ。
ひねくれ者の揚げ足取りのような話であるが、それが貴族社会である。
リュカに配慮しなければいけない皇太子は、娘の思わぬ行動に頭を痛めつつも、許可を出すしかなかったのだ。
状況は理解したが、リュカにできることなど何も無いし、一度に指導を受ける人間が二人になったことで、やや扱いが軽くなるぐらいしかデメリットがない。
他の人間が同じ事をしないようにと周囲に釘を刺し、マリアンデールのみを受け入れることで、この話にはケリが付いた。
リュカは経験の足りない新人剣士である。
そしてマリアンデールはリュカよりも経験があるが、身体能力でリュカに大きく劣り、二人が戦えばリュカに分がある、と言う程度の物だ。
マリアンデールは女性であり、結婚して筋肉を付けすぎてはいけないと、訓練が抑え気味だったのだ。
一緒に並べて訓練をする意味はほとんど無く、稽古として行われる模擬戦も、師匠になるベルナールとばかり行われる。
「私とリュカ様が戦うということはしませんの?」
「駄目だ。マリーの実力的に、リュカとはやるだけ無駄だ。それに危険すぎる」
模擬戦は、実力が近い者同士で行うと効率がいい、などということはない。
それはある程度、双方に実力があって成立する話だ。
初心者同士の戦いは単なる棒の振り合いにしかならず、たいした経験にならない。下手がうつる、と言う見方をされる。
片方が実力者の方が、経験値として実入りがいいのだ。
マリアンデールはなぜかそれに反発し、リュカとの対戦を求めた。
「お嬢さん、遊びたいなら他の人にお願いした方が良いよ」
「リュカ様まで……」
リュカは基本的に、指導に対し口を挟まない。
言われたことを淡々と熟し、考えるべきを考え、己の成長につなげる。
そんなリュカにしてみれば、師匠に文句を言うマリアンデールは本気で剣の訓練をしているようには見えない。
初心者とは言われたことの意味が理解できない段階であり、今はまず言われたことをやる方が良いという考えだ。
そこで自分流を師匠に押しつけるなど、だったら人から習わずに自分一人でやればいいとすら思う。
習うとは、まず相手の考えを受け入れる姿勢から始まるのだ。
「ですが、それでは!」
「駄目なものは駄目だ」
「それをしたければ、相応の修練を積むことですよ」
マリアンデールはなおも食い下がろうとするが、大人の男二人は応じない。
彼女はここに味方がいないと泣き出してしまうが、それで絆されるほど、二人は甘くない。
そうしてこの件は、いったん棚上げされるのだった。




