リュカの親類⑤
場所は変わり、レ=バン大公国。
マリアンヌの祖国では、王と王子たちが男だけで集まって話をしていた。
あえて女性を遠ざけた男の集まりなので、各自が酒とツマミを持ち込み、侍従や侍女も無しでやや下品な内輪話をしている。
これは重要な話し合いというものではないが、王位継承権を理由に骨肉の争いを起こさないようにするための、大事な集まりである。
……大事な集まりのはずである。
「むぅ。最近、マリーの反応が変わった。今までの事務的な雰囲気が、柔らかくなったようでなぁ」
「娘から女になっても、母親になるのとは違うという事でしょう」
「良い変化なんだから気にしなくてもいいじゃないか」
彼らはマリアンヌの祖父と父親、叔父にあたる。
そんな彼らから見て、今のマリアンヌは良い方向に変わっているように見えるらしい。
これまでの刺々しさ、固さが抜け、柔らかくなった。定期的に送られてくる手紙を見るとそれがよく分かる。
話題が事務的なものから私的なものの比重が増えてきたのだ。
マリアンヌの心に余裕ができたと、彼らの目にはそう映っていた。
彼らは一度、マリアンヌの婚約者が死んだときに、彼女の「姫としての価値」を見限っている。
ただ、姫としてのマリアンヌはどうでも良かったが、親族としてのマリアンヌには優しく振る舞っているつもりであった。
なのにマリアンヌが姫としての価値を取り戻そうと躍起になった事について、彼らはいい顔をしていない。むしろ反対に回ったクチだ。
結果、彼らはマリアンヌを追い込んでしまった。その気は無かったが、最悪の事態になった訳だ。
男とは不器用な生き物なのである。特に女性相手には頓珍漢な事をしてしまう。
手は取り合えるだろうが、分かり合える日はきっと来ない。
彼らの話題は多岐にわたり、マリアンヌやリュカの話だけではなく、全く関係ない話題もたまに混じる。
「そういえば、帝国御の騎士団長。近衛のそれが再婚するらしいな。なんでも、皇女だとか」
「……近衛の騎士団長? ああ、あいつか」
「聞いた事がありますね。たしか……マリアンデール? 16歳の姫君でしたね」
「うちの姫と似たような名前だなぁ、おい」
「年の差は3倍か。姫さんには災難な話だなー」
身内だけの懇親会、飲みにケーションではあったが、王族の集まりなので国際的な話題も出てくる。
王子の一人が、最近の話題として帝国内の婚姻話を思い出し、それを口にした。
特に、深い意図はない。
「あれ? その騎士団長はレグルスじゃないか? あいつって確か、女嫌いだったはずだろ」
「近衛の騎士団長が未婚では格好が掴んだろうが。帝国としては、形だけでも妻を宛がっておきたいんだろう。
そのための姫だしな」
「そうじゃなくて。前の奥さんって、確か、んー。何か忘れてる気がする」
近衛騎士団の団長ともなれば有名人で、ある程度の情報が出回っている。別の王子が誰かが彼を女嫌いと言っていた事を思い出す。
だが、再婚という事なら既婚者であり、奥さんと死別したのは間違いない。
そして彼の妻の名前、立場、その他の何かが引っ掛かると、王子は悩みだす。
悩みだすのだが、酒の回った頭では何も思い出せない。
そのうち、酔った頭で考えてもしょうがないと、考えることを止めた。
「思い出せん。どーでもいいか。また明日、思い出したら、その時はその時だな」
騎士団長の前妻は自分の国の人間ではないはず。
身内であれば間違いなく覚えているし思い出せるから、別の国の誰かだろうと王子は結論付けた。
確かに、騎士団長の前妻は、彼らには重要な情報ではない。
ただ。リュカにとっては他人ごとではなく、完全に関係者だったと、ただそれだけなのだ。
この場で思い出したところで瑣事でしかなかっただろう。
つまり、これから起こる事はどうしようもなかったのである。




