父の背中①
方針が決まったことで、リュカはするべきことを決めた。
子供のころ、リュカは父親の背を見て育った。
母の教えを受けて学んだ。
父親はいつも言葉が足りない人だったが、それでもリュカの父親であろうとしていた。
仕事をして、飢えないようにと食わせてくれた。
父親を、偉大とは言いすぎだが、凄い人だと母親に言われて、その通りだと思ったものだ。
この帝国では、家族をきちんと食わせられる父親は尊敬に値するのが庶民だったからだ。
「貴族だと、そこはどうなんだろうと思う。
みんなはどんな父親を尊敬した?」
しかし、リュカは平民生まれであって、貴族生まれではない。
貴族として生まれた子供たちに尊敬される父親像という物がどんなものか知らない、分からない。
ここは尊い血を持って生まれ嫁たちに意見を聞く方が良いだろうと判断した。
さすがに、平民と貴族では尊敬される父親像が違うことぐらい、リュカだって分かるのだ。
「民を食べさせられること、ですわ」
「他国の侵略から人と土地を守る人ね」
「食べさせる、と似ていますが。稼げる人です」
ディアーヌたちは、それぞれに自身のイメージを口にした。
三者三様だが、言っている事は分かりやすい。
為政者の立場として生まれたのだから、為政者として優秀であればいいと、そういう話であった。
「食べさせる、守る、稼ぐ……。
守るはいいとして。稼ぐは任務を受ければいいのかな。
でも、食べさせる?」
「開拓して食料生産を増やす、家畜を育てて肉などを与える、水を適切に分配する、災害から守る……。
どれも、国として動かねばならないことですの。
リュカ様の場合、この間、治水工事を行ったでしょう? あれでいいのですわ」
リュカは言われた事を自分に当てはめ、自分に何ができるかを考えた。
そのうち、「食べさせる」という部分が引っかかったが、ディアーヌは特に問題ないと言い切った。
今のままでも尊敬される父親だからだろうと。
細かい事を言い出せば、実際は問題だらけだ。
それは、リュカが「実行者」であって「企画者」ではないからだ。
貴族で優秀というと、企画者であることが望ましいとされるからだ。
実行者はどちらかと言えばではなく、完全に平民の立場である。
リュカは凄い魔法が使えるが、自分で新しい事業を考えて仕事を創出し、民を働かせるという考えで動けない。
残念ながら、上位者に従う兵士の時からそこまで変わっていない。
しかしそれは国にとって都合が悪い。
リュカのような者が何か自分の考えを持ち、それに従って動くと、止められる者がいないからだ。
こういった凶悪な戦力は、道具であることが望ましい。
リュカには、貴族的なあり方は望まれていなかった。
ディアーヌはそこを把握しているが、あえて口にしない。
ここでリュカが企画者になろうとすれば、多くの人が不幸になるだろうからだ。
ディアーヌはリュカを愛しているが、リュカが為政者の能力を持っているとか、指導者として適切であるとかは考えていない。
愛はあれど、そこはそれ。
愛で目を曇らせるほど、ディアーヌは愚かではなかった。
そんな事は露知らず、リュカは素直に嫁の言葉を信じた。
王侯貴族の知識が足りていないので、判断基準が嫁の言葉と少ない経験だけだったからだ。
実際、リュカの行った治水そのものは民の仕事を奪うと言うより足りていない部分を補っただけで、食っていけるようにする、生活を豊かにするという意味では間違っていない。
最強騎士の使い方としては正しいのだ。
こうしてリュカは、子供たちに尊敬される父親を目指す。
偉大な魔法使い、最強の騎士として、誇れる姿を子供に見せるために。




