詰め人生・マリアンヌ④
話し合いを終え、部屋に戻ったマリアンヌは頭を抱えたくなった。
状況が悪すぎる。
この結婚生活が破綻しかねない、そんな未来が見えたからだ。
ディアーヌは恋する乙女だ。
他の妻を許容するように恋心を抑えてはいるが、彼女からは本来であればリュカを独り占めしたいという思いを感じ取ってしまった。
今はちゃんと抑えられているようなので、そこは大きな問題ではない。
だが、リュカへの想いはそこまで隠していないのが問題だ。
客観的な、第三者としてみたマリアンヌの見立てでは、リュカはディアーヌのことを愛していない。好感の持てる女性、程度が精々だろう。
顔を合わせてからまだそう時間が経っていないので、しょうがない。
そういった温度差が、二人の間に絶壁を作っているとマリアンヌは思った。
恋愛感情は自然現象と同じ。愛が生まれるかどうかは、誰にも手出しできない。
相互理解による夫婦感は出せても、愛し合うようになるのとは別問題なのだ。
マリアンヌの手に余る。
セレストはマリアンヌと同類であると、その様に評価した。
何を考えているかは微妙に分かりにくいが、リュカに対して良い関係を作りたいという思いのほかに、妻達の間で主導権を握りたいという考えが透けて見えた。
いずれ国母かそれに近い位置を目指すマリアンヌとは、そこが違うようであった。
主導権を握られること自体は構わない。
しかし、マリアンヌはマリアンヌなりに自分の意思や願いがあり、それを捨ていいものとは考えていない。
もしも彼女がマリアンヌを縛ろうとするなら戦わなくてはいけないだろう。
目的が見えれば協力するのも吝かではない。
しかし、本当に協力し合えるかは未知数。
マリアンヌにとってのセレストは、身の内に仕込まれた毒のような印象であった。
コレットは、論外である。
何をするにしても受け身であり、自分の意思という物が無いようにすら感じる。
話し合いでも表情に乏しく、自分の意見を言うことをしない。
ただ、要所を押さえる事だけはするようで、言葉は少なくとも最後に判断はする。
“はい”か“いいえ”で答えられるときには首を縦や横に振ってはいた。宮廷で身を守る為に自己主張を止めたのではないかとマリアンヌは推測する。
コレットは意思の無い人形とは違う、それだけは確かだった。
リュカが彼女をどのように考えているか、マリアンヌは知らない。
どのような距離感を作っているかも分からない。
ただ、彼女が無表情でいなくてはならない要因が取り除かれた場合、それがここでどのような変化をもたらすのか分からなかった。
リュカに対するマリアンヌの評価は、一部がとても高く、全体的に低い。
平民出であるから仕方がないのだが、頭は良くとも教養を学んでこなかった。
そのため貴族社会でやっていけるようになるまで、あと数年はかかるだろう。知識量が足りないのはどうにもできない。
高すぎる戦闘能力とそれを自儘に使わない意思、皇帝への忠誠心は確かなもの。
遵法精神も高くルールの中で行動するが、シャルロットを排除したときのようにルールの中で自分の意思を通す程度の柔軟性がある。
分を弁えているというか、幸せの感受性が平民、それも身分の低い方の平民に近いのは問題だ。
夫婦関係に対する理想像が一夫一妻のそれであり、ハーレムを持て余しているのがよく分かる。本人は隠しているつもりだろうが、仕事だから、命令だから結婚したという態度を隠し切れていない。
そのくせ、夫婦になったのだからと互いの関係性に対しては誠実であろうとする。
そして一夫多妻であることに頭を悩ませる程度に善良で固い部分がある。
貴族や富豪のような立場の人間であればハーレムを「そういう物」として扱えるのだが、身近にそれが無かったので、ハーレムという未知に拒否感を持っている。
子供の頃から常識のレベルですり込まれている事なので、今から矯正できるかどうか怪しかった。
リュカに性的快楽を自由に楽しむ心の棚が無いことを、マリアンヌは非常に残念に思っていた。
基本は善良であり、理知的であり、将来性もあるので友人や仲間、仕事の相手といった面ではとても頼もしく信頼できる。
しかしハーレムを持つ雄としては完全に不適合者。
夫ではなく父親としての評価はまだできないが、後者、雄としての評価の低さが足を引っ張る。
ディアーヌの純粋な愛情は、リュカの負担。
セレストの対抗意識は不和を生みかねない。
コレットは……未知数。情報が足りない。
リュカはハーレムに否定的。
これをどうやって円満な形に収めるのか？
ディアーヌが愛ではなく好意で収まればなんとかなる。
セレストが野心を捨てればなんとかなる。
コレットがずっとそのままであればなんとかなる。
リュカがハーレムを受け入れればなんとかなる。
全て、現実的ではない。
もっと別の、互いのマイナスを打ち消し結びつける“何か”が必要だ。
それを見付けなければ、用意できなければ未来の幸せは手に入らない。
人生が“詰んで”しまう。
「子供は子供で不和の元でしょうし。ああ、もう。どうすればいいのかしら」
今助けてくれるなら神様を信じるかもしれない、マリアンヌはそう思うのだった。
