暇人②
嫁が複数いるハーレムにおいて、平等という言葉は存在しない。
いや、長期的に見ればバランスを取っているかもしれないが、短期的な視野で見ればどうしても愛情に偏りが出る。
特に出産という一大イベントの発生があればそちらに視線を向ける夫を責めるわけにもいかず、それ以外の嫁はどうしても扱いが悪くなる。
そういう訳で、自分が出産間際の時に大事にされていた経験も手伝い、出産後の嫁たちは初産の嫁に向ける夫の視線を残念に思うのだった。
人間、一度生活のレベルが上がるとそれを維持したくなるもので、愛情も一回大切にされるとその時を基準に考えてしまうのだ。
残念ながら、そんな都合の良い話はどこにも無いというのに。
4度目の出産立ち合いなので、さすがにリュカでも現状を理解しているが、問題解決は諦めてマリアンヌに意識を向けている。
こればかりは魔法で解決できることでもないのだから。
愛情や扱いに波がある事を理解してもらうしかないのである。
こんな時にはハーレムが崩壊しそうになるのだが、それを食い止めるたった一つの解決策が存在する。
それは嫁同士の関係が良好であることが条件で、普通はなかなか成立しない。
簡単に言ってしまえば、嫁同士で不満をぶつけ合い、共感を引き出して「そう考えるのは自分だけじゃない」と思わせる事。
男に出番はない。女同士で解決してもらうのだ。
事がここに至っては、男はむしろ何もしない方が良い。公平公正に接し、特別扱いは無し。
ここでリュカがセレストを特別扱いして構おうものなら、今度はマリアンヌが駄目になる。
そして不満が爆発しないままに時間が経ってくれさえすれば、セレストも大人になり今の不満が実は大した事ではないと知る。具体的には二度目か三度目の出産のときに。
一度不満が爆発してしまえば、手遅れになる。
いつかそうやって不満を爆発させたことを後悔するかもしれないが、元の関係に戻るのが難しい状態になってしまうからだ。
本人たちだけで話が付くならそれで済む事だが、リュカたちの結婚関連は周囲を確実に巻き込み、本人たちの納得だけで話が終わらない。
かと言って、今のセレストが抱える不満は確かに存在し、その心を蝕んでいるのも事実だ。
ただセレストに貧乏くじを引かせて不満を押さえろと周りが言うのも正しくない。
「セレストさん? そろそろ飲むのは止めた方が……」
「だから! たまには飲まないといけないんです!! ええ、こんな時は飲みましょう!!」
「どうしましょう……。話が通じない……」
「ありがとうございます、ディアーヌさん。あなたはやはり、良い人ですね!」
普段、嫁の中の誰かが不安定になれば安定剤の役割を果たすのはマリアンヌだ。
今回はそのマリアンヌが大変で、更にセレストが不満を抱えているため、急遽代理でディアーヌがその役割を受け持った。
ディアーヌにしてみれば、マリアンヌの代理も熟せる事を示して上位者としての立場を固めるきっかけの一つになればいいと、セレストとお喋りをしに来ただけだった。
ディアーヌはセレストのようなタイプにはお酒が良いだろうと、酒精の低い、飲みやすいワインを用意した。
それが間違いとも気が付かずに。
結果、ディアーヌはセレストに絡まれた。
絡み酒だ。
普段は大丈夫でも、出産直後で精神が不安定な状態だったため、セレストがものすごく簡単に酔ったのだ。
酔った、と言うより、不満のはけ口を与えられたことで暴走しただけかもしれないが。
暴走に巻き込まれたディアーヌは、次は止めておこうと教訓を胸に刻み。
暴走したセレストは記憶を失ったが言うだけ言って少しスッキリし。
食事でワインを嗜み、一切暴走する気配を見せないセレストに、ディアーヌが疑わしげなまなざしを向けるようになった。
事情を知る侍女たちは、そんな食卓を黙って見ていた。




