一攫千金②
セレストの出産が近づけば、彼女は無理の出来ない体になる。
本人が「ここまでなら大丈夫」と思っているラインよりも低い所でストップがかけられ、セレストは本気を出せない気の抜けた状態になってしまった。
心の中では「もっとやれるのに」という不満が高く積み重なるが、それを発揮できる場所が無かったのである。
あれは駄目、これも駄目。もう止めておきなさい。
そうやって制限をかけられるのはストレスである。ディアーヌやコレットとは違う形で、セレストのストレスが凝縮されていく。
気遣っての事であろうと、親切であろうと。制限をかけられる側は堪ったものではない。
セレストの本気を出せない燻りを見ているリュカは、自分が近くにいる事を条件に無茶を許すことにするのだった。
「ですが、もしも御子に万が一があれば……」
「大丈夫だ。俺を信じ、任せろ」
リュカの私的な時間は、嫁のために確保されることもある。
そんな二人の時間を使い、リュカはセレストを遠方へと誘った。
侍女は全員置いていくというおまけ付きで。
セレストは諸手を上げて喜んだが、周囲の反応は厳しかった。
何かあれば、そんな思いが拭いきれなかったのである。
そこでリュカは「自分が何とかするし、してみせるからとにかく任せろ」と強気の態度で侍女たちを退けた。
侍女たちには悪いが、これ以上一緒にいさせてはセレストが持たない。その方がお腹の中の子供に悪いと思えるほど、セレストの状況は良くなかった。
大切にされるだけが良いとは限らないのだ。たまには人形のように大事に仕舞うのではなく、鳥のような自由を与えるべきだった。
「そんな訳だから、約束通り、今日は本当に二人きりだよ。たまには遠出も悪くない」
「ありがとう、リュカ!!」
リュカは軽く変装して、帝都をセレストと並んで歩いていた。
有名人であるリュカだが、普通にしていれば意外と周囲は気が付かない。二人で貴族らしかぬ恰好をしていれば、ただの夫婦としか見えないのだ。
そもそも、有名であり顔を知っている人がどれほど多かろうと、見慣れたと言うほどでもないのだ。顔見知りでもなければ、リュカをリュカだと認識できない。
それに、御付きの侍女も今は居らず、常識的に考えれば二人が貴族であるとは誰も思わないだろう。
貴人を判別する一番の方法は従者の存在で、それがいない場合はだいたい金持ちでもない庶民なのである。
セレストはリュカが気を遣い周囲の人間を引き剥がしてくれたことで、大きな解放感を味わっていた。
周囲の心配が分からないわけではない。
ただ、もう少し自由が欲しかった。それだけなのだ。
今はリュカと腕を組み、離れないようにしながら街中を見て回っている。
特に何か欲しいわけでもないので、店の外から街を眺めるだけ。
リュカと一緒に、好きな所に好きなように行くだけで、セレストは嬉しかったのだ。
ちょっと疲れたので、どこかで休憩したい。セレストがそんな事を考えた時だった。それを目にしたのは。




