心の隙間③
リュカの「マリアンヌと距離を詰める」という目標は達成された。
マリアンヌは少しだけリュカに心を寄せるようになり、結果として彼女も妊娠をするに至った。
セレストから遅れること4ヶ月。
これで嫁たちは、全員母親となる。
「んん? もう味覚に変化が出てきたわ」
「そうなんですか?」
「ええ。肉料理は嫌いではなかったんだけど、今は止めておきたい気分。大豆料理の方が良さそうね」
セレストの妊娠は5ヶ月目。
この頃になると、セレストの体調も多少の変化を見せつつある。
ディアーヌやコレットの時はそこまで問題にならなかったが、セレストは味覚が大幅に変わり、食べるものに苦労し始めた。
セレストは自分で食材の調達ルートを持っているし、金銭に困らない出自であるから良かった。
だが一般庶民の場合だと、食生活の大幅な変化は下手をすると食が細くなって死に至ることもあると言われる。
偏食など、一部の金持ちにしか許されない我儘という扱いになってしまうのだ。
食べたくなくとも無理をして口に入れ、そして体調を崩してしまうことはごく稀にある。
一般的には「食べたくない」と「食べられない」に関する認識がまだまだ不十分な環境なのだ。
子供を作るとは、簡単なことではない。
そうやってマリアンヌの問題が片付き、今度はセレスト側に意識の向いたリュカであるが、セレストばかりに構っていられない。
ディアーヌはこれまでの不平等な扱いに不満を持ち、コレットの娘の件でも心労を重ねている。
妊婦から新米母親になった彼女の心は、いまだ不安定だ。
コレットは母親になったことで何か心労を重ねているという事こそ無いが、マリアンヌを慰めるときに手を貸している。
何らかの方法で報いる必要があり、同時に報酬を支払ったのだからそれで終わりと切り捨てるわけにもいかない。要求されずとも追加の何かをする義理を見せるべきだ。
そして、マリアンヌ。
距離を縮めたとはいえ、ここでいきなり他所を向いてはこれまでの頑張りが無駄になる。
これからも彼女に使う時間も確保しないとダメなのだ。
人間関係はコストの支払い、そのバランスによって成り立つ。
一方が一方に何かを差し出し続ける歪な関係は、長持ちしない。
心と時間と労力を、上手く釣り合わせ続ける必要があった。
それに、だ。
「ふふふ、旦那様」
妊娠したとはいえ、夫婦の時間は確保するべき。
ディアーヌの言葉により、妊娠してもマリアンヌとの時間はちゃんと確保されている。
そしてその時間の間のマリアンヌは、リュカに甘えるようになっていた。
これまではリュカとやや距離を置き、事務的だったマリアンヌが、だ。身をすり寄せ、体重をかけたりもするようになった。
呼び方も「リュカ様」から「旦那様」に変わっている。心境の変化が行動に出始めている。
今は二人きりの時に限られた行動であるが、いずれ場所を選ばなくなるかもしれない。
そうなった時のディアーヌの反応は、やや恐ろしいものがあった。




