心の隙間①
リュカが治水関連の工事を受け持つ国側のメリットは、一度に大規模な工事を行うことにより、一つ一つの工事の影響を最小限に抑えられることだ。
この手の工事で問題が起きやすいのは、上流の河川工事をしたことにより下流の河川に思わぬ影響が出ることだ。そして河川の管理者は川が大きければ国をまたいで存在するため、工事の影響で戦争にすらなってしまうことだ。
それが帝国内の話であったとしても、軽く考えることなどできはしない。
だが、リュカが工事を受け持てばそういった利害調整はやりやすい。
全く問題が無いということにはならないが、それでも他の誰かにやらせるよりはずっといい。
リュカの作業は通常の工事と比べて圧倒的に早いので、問題が長期化しないのだ。短時間で解決してしまえば、多少問題が発生しようと深刻化せず、大きな影響は出ないのである。最悪、追加の工事の依頼もしやすい。
リュカを治水に配置することは、多くの国に喜ばれることとなるのであった。
そうなることは分かっていても、それができなかった。
マリアンヌは、リュカに仕事を与えられなかった件で、ディアーヌに後れを取った。
これは自分の国のことを中心に見るマリアンヌと、元々帝国全体を見渡してきたディアーヌとの差を見せつけられた形になる。
最初から多国間の調整を不可能だと断じてしまったマリアンヌの顔に泥を塗ったと言い換えることができた。
マリアンヌは大公国の姫。
ディアーヌは帝国の姫。
その差は、マリアンヌは今まで自覚をしていなかったが、思った以上に大きかった。
「本物の姫には敵わない、ということでしょうね」
マリアンヌはディアーヌよりも年上だ。
なのに、視点の高さではディアーヌに大きく負けてしまった。
マリアンヌは、一人になると思わず弱音を漏らした。
ディアーヌが自分と同じ年齢になった時、勝てるものは何かないかと考えてみたが、何も思い浮かばなかったからだ。
今でも年下のディアーヌに負けている部分があるというのに、それ以上に成長するのがマリアンヌには簡単に予測できた。
その事に、思った以上に落ち込んでいた。
マリアンヌは母国にいたころ、婚約者と一緒に居場所を失いつつあった。
内乱で婚約者を失ったことについてはマリアンヌに責任がなく、それを理由に立場を失った事はただの不幸に見舞われただけでしかない。
己を見ずに不要と論ずる周囲には人を見る目が無い、そう思うことができた。
だが、ここにきて能力的な面で自分よりも上のディアーヌと出会い、その自信が揺らぎつつあった。
自分の評価が低かったのは、嫁になる以外の価値が自分になかったからで、悪評も何もかも、己を不要とみなす評価は間違っていなかったのではないか。そんな風に思ってしまう。
マリアンヌの心に隙間風が吹く。
その隙間に、リュカは踏み込んだ。




