失敗してもまだ挑む①
善意か悪意かは関係なく、人の行為は悪い方に出ることがある。
今回は分かりやすく、リュカがマリアンヌと仲良くなろうとして、ディアーヌが不機嫌になった。それだけだ。
そして二人の関係は進展していない。マリアンヌにとって“怖い人”であるディアーヌが不機嫌なのだからしょうがない。
予想できることのようで、リュカが何の対策も取っていなかったのには、一応、訳がある。
考えるだけ無駄だからだ。
全てに対応できる万能の解決策があるわけでもないのだから。
だから目標を一つ決め、それに全力で当たって目標を達成し、その後に発生した問題に対応するのが基本の考え方なのだ。
今回はディアーヌが不機嫌になることを分かっていたが、その前にマリアンヌとの関係を深めることを優先したため、こうなってしまったと。
リュカの誤算は、先にディアーヌをどうにかしない事にはマリアンヌの心を開くことが出来ない事だ。
リュカへの恐怖心を和らげるために相互理解を深めようとするのであれば、考え方の基本は間違っていないのだが、相互理解により溝が広がってしまう結果になった。
ディアーヌへの配慮が欠けていて、それをあえて無視しているのであれば、被害が自分に来るかもしれないし、ちゃんとフォローすると言われても安心できない。天秤はマリアンヌからリュカへの信用を失う方に傾いていた。
現状は武力的な意味の恐怖心に加えて、配慮の足りない振る舞いが人間関係的な部分で恐怖心を与えるようになっている。相互理解による和解の目は遠ざかっていた。
結果は散々だが、リュカは落ち込んではいない。
掲げる目標は変わらず、ディアーヌにも対処したうえで関係を深めようとすればいいと分かったので、一歩前進したと考えている。
魔法で解決しない事は難しい。だから問題が出る事は前提条件なので、失敗も何か得る物があったなら突き進むだけだ。
そして自分の苦手分野に関しては、他の人を頼るだけである。
「難問を通り越して、不可能に挑むつもりですか?」
「不可能と言う事は無いだろう?」
「能力が足りていない人が難事に当たるのであれば、不可能と言っても過言ではありませんよ。出来る可能性を持つ人が挑むならば、言いはしませんが。
リュカ様。御自身の対人能力に何があったからこそ、問題が複雑化している事は理解できていますか?」
リュカはディアーヌの侍女の一人を捕まえ、相談事を持ち掛けてみた。
この侍女はリュカを相手にしても臆することなく、かなり辛辣な意見も口にできる稀有な存在であった。マリアンヌとは対照的である。
ディアーヌの機嫌が悪くなることを抑えるために、リュカは何をすれば良いか、何ができるかと聞かれると、不可能だと返していた。
「姫様はリュカ様がマリアンヌ様と関係を深めることを頭では理解しています。ですが、心が付いてきておらず、最近はピリピリしているのですよ。
どうにかするならば姫様とのお時間を増やしていただく他ありませんが、今のリュカ様にそれは難しい相談でしょう。セレスト様やコレット様とのお時間を削ることが可能ならばその時間も確保できるでしょうが、意味が無いのはお分かりですよね?」
「今度はセレストやコレットとの関係悪化を招くからだろう?」
「はい、その通りでございます」
言い方は悪いが、言っている事は真理である。
人間の時間は有限で、その時間をどれだけ費やしてくれているか、それが人間関係を測る手段としては最上だ。
有限であるからこそ、重要な人には多くの時間を使い、そうでない人には時間を割かない。
誰彼構わず多くの時間を費やす事などできはしないのだ。
そもそも、時間の割り当ては比較によって測られることが多い。
ディアーヌへの時間とマリアンヌへの時間を比較したうえで嫉妬されるのであれば、結局はマリアンヌを切り捨てることになりかねない。
出来ることは時間を増やす事ではなく、一緒にいる時間の「密度を濃くする事」ぐらいだ。
「まぁ、それこそ言うは易し、でしょう」
「そうだよな。そういう方針で行くしかないか」
「正気ですか?」
時間の密度を濃くするとは、同じ趣味を語り合ったりするといった行動をとる事。共通の難事に肩を並べて挑む事。
マリアンヌとリュカの共通項などほぼ無いのにどうするのか。
そもそも先日は釣りを一緒にしたというが、それでも上手くいかなかったのではないか。
侍女はリュカの行動が読めなくなった。




